第172話 清掃のバイトと騒音の影響
今日は朝から本館で清掃業のバイトに勤しんでいた。ブラウニーは人がいない時に働く妖精なので、本館のメイドさんの指示で動く今は、只の清掃業者……いや、掃除機かもしれない。
「次は、こちらの棚の鍋をお願いします」
「了解です。〈ライトクリーニング〉!」
離れのキッチンも大きかったけど、本館のキッチンも更に大きい。使用人用のキッチンまで別にあるのは驚きだ。
今、キッチンではメイドと料理人が、選別作業に追われていた。〈ライトクリーニング〉ならば、丸ごと綺麗に出来るのだけど、予め汚れが酷い箇所をチェックしておきたいそうだ。要は、メイド長の抜き打ちチェックらしい。
「メイド長、こちらの銀製品の選別が終わりました 。暫く使われていなかったお客様用のお皿の裏面が、少し黒ずんでいます」
「……銀食器のお手入れ頻度を、見直す必要があるわね。この銀のスプーンも装飾部分に曇りがありますよ」
鍋とかフライパン等の調理器具は、火にかけるので落ち難い汚れがあるのは仕方がないけれど、領主一家やお客様が目にする食器やカトラリーが黒ずむのはNGだそうだ。数人のメイドが指摘を受けて、居心地悪そうにしている。
メイド長はアラフォーくらいのマダム……品の良いおば様だ。貴族女性のように、普段から目を細めて微笑んでいるけど、何かを指摘したり、叱責したりする時は、目が開かれるそうだ。
……メイド長は優しげに見えて、怒る時は目が怖いですよ。反論したり、反省しなかったりすると、10倍怒られるので大人しく聞いている方がいいです。
そんな情報をくれたベアトリスちゃんは、抜き打ちチェックを免れて、物凄く喜んでいた。先んじて、離れのキッチンが浄化されていたお陰だ。
その後は、使用人用のキッチンだけでなく洗濯場やお風呂場、トイレなど、下働きの現場を浄化して回った。
何処の現場でも、浄化されて綺麗になる様が驚かれて、少し面白い。「あ~、寮の私の部屋も綺麗にして欲しいなぁ」なんて呟くメイドも居たくらいだ。直ぐにメイド長に見咎められて、縮こまっていたけど。どの道、女子寮は男子禁制なので叶わぬ願いだったそうな。
午前中は色々な所を浄化するだけで終わった。
釈放されて離れに戻ると、昼食は少し豪華な料理が並べられた。飾り切りされた野菜が花のように盛り付けられ、鮮やかな色のドレッシングが数種類使われて彩られている。まるで皿の上で絵画を表現したように見えた。
少し食べるのが勿体無く感じてしまったが、見た目だけでなく味も良い。しかも、赤い部分にはローストビーフが使われていて、食べ応えも十分。
「まさか、料理に絵心を求められるとは思いませんでした。お貴族様の料理は難しいですねぇ」
ニコニコと、楽しそうにレスミアは話してくれた。ベアトリスちゃんも給仕をしながら解説をしてくれるので、完全に料理談義になる。
本館の料理が得意なメイドが派遣されて来て、レスミアとベアトリスちゃんを指導してくれたそうだ。
午前中の浄化で、清掃スケジュールに余裕が出来た為。そして、初日の夕食会で、レスミアの料理にアドバイスしてくれたメイドさんが申し出てくれたらしく。「見どころがあるので、鍛えて差し上げます」と、離れに来てくれた。
「あの方は、奥様専属の側使えですよ。本職の料理人より上手いって、メイドの間では噂になっていましたけど、本当でした」
側使えとは、主人の身の回りの世話をする人の事。更にトゥータミンネ様の専属と言うだけあって、プロ中のプロメイドらしい。メイドの上級職だろうか? そんなジョブは無いけど。
午後からは、レスミアと一緒にウベルト教官の指導を受けた。ボコボコにされた初日とは打って変わり、型の練習がメインで、ひたすらに繰り返して身体に覚え込ませる。
レスミアは基礎の足運びから教わっていた。レスミアも料理人ジョブで〈見覚え成長〉を習得しているので、覚えるのは早いだろう。
ウベルト教官の真似をして、クルクルとステップを踏んでいるのは、踊りのように見えた。
午前は浄化や調合、教科書を読んだりして過ごし、午後は訓練する。そんな日々が数日続いた。レスミアも同じ年頃のメイド仲間が出来て楽しそうに過ごしている。ダンジョンに入れない事以外、平和な日々だ。
変わった事といえば、2つだけ。
1つはあぶらとり紙の試作をした事だ。とは言っても、輪切りにした丸太に紙束(和紙)を乗せて、アイアンスレッジハンマー(試作品)で叩き続けるだけ。斬撃や突きが効き難い魔物を想定して作った大型ハンマーなのだけど、A4サイズの紙を全面で叩くには丁度良いサイズだった。大型化したので重くなったが、付与術で筋力や耐久を上げれば問題無い。更に修行者のスキル〈反復動作〉のお陰で、同じ動作をする限り疲労が少し軽減される。2時間、アイアンスレッジハンマーを振り続けていると、自分が工事機械にでもなった気分だ。いや、むしろ餅つき機か? 杵と臼を使った餅つきなんてTVでしか見た事ないけど。
ただ、離れの庭先で作業していた為、バンッバンッと叩く音が騒音になったようで、見物に来る人が多かった。苦情が来る前に、訓練場の端へ移動して続けたのだけど、こっちはこっちで訓練中の見習い騎士の注目を浴びてしまった。
商品の種なので、正直に説明する訳にはいかない。
……ハンマーの素振りですよ~。とか、グラウンドの整備です。
と、誤魔化そうと考えていたのに、近付いて来たのはウベルト教官だけ。何故か見習い騎士達には遠巻きにされてしまった。
パーティー勧誘のハードルが上がった気がする。
それは兎も角として、透けるほど薄いあぶらとり紙は完成した。自分で試して拭き取れたので、作った分の1/4程を離れのメイドトリオに試供品として渡し、残りをトゥータミンネ様に献上した。使えるかどうかは女性の判断に任せよう。
そして、変わった事の2つ目は、義理の弟が出来た事だ。
庭で蜘蛛の巣解体をしていると、玄関の方から子供に声を掛けられた。明るい赤髪を短髪にして、刺繍や布が多い服を着たお坊ちゃんだ。
「お兄さん、おはようー。今日も変な事してる! これは何ですか!?」
「おはようございます、アルトノート様。これは、シルクスパイダーと言う、魔物の蜘蛛の巣です。危ないから近付いては駄目ですよ」
俺の言葉に、アルトノート君の後ろで控えている黒髪の青年執事さんがスッと距離を詰めた。アルトノート君が近付こうとしたら、直ぐに止められる位置だ。
「はい! でも、大きいクモの巣なら、触らなきゃいいんだよね! もうちょっとだけ近くで……」
「駄目です。アルトノート様」
少し近付こうとしたアルトノート君は、即座に肩を掴まれた。
……執事さんお疲れ様です。
貴族のお坊ちゃんとして躾けられているようだけど、7歳の子供の好奇心は止められないようだ。
最初出会った時も、あぶらとり紙を作る為にアイアンスレッジハンマーを振るっていた時だった。本館にまでバンッバンッと言う音が届き、その発生源を突き止めるべく探検して、離れまでやって来たのだ。そして、「何をやっているんですか? これは何?」と、子供特有の何で何でに答えていたら、懐かれた。決め手はいつもの聖剣クラウソラスだな。父親のノートヘルム伯爵から、聖剣の話を聞いていたそうで、目を輝かせてバチバチ拒絶されていた。
俺の事も言い含められているのか、ザクスノート君とは別人だと認識している……のだけど、「はい、お兄様は駄目だって……でも、年上の人なら『お兄さん』で良いよね!」と、無邪気な笑顔でグレーゾーンを突いてきた。これには、執事さんも予想外だったようで、苦い顔をしていた。
俺としては断った方がいいのだけど、期待している子供……一応、貴族の申し出を断っていいのか判断に迷った。
「その呼び方は誤解を招く恐れがあります。ノートヘルム伯爵に許可を貰ってからの方がいいと思います。
そうですよね?」
最後は執事さんに向けて、同意を求めた。上司に投げようぜって。
執事さんはハッとしてから、こちらを見て頷いた。
「ええ! そうですね。ザックス様の言うように、旦那様に聞いてからでないと許可出来ません」
「ええ~、いい考えだと思ったのに……」
その日は、お勉強の時間を中断して見に来たらしく、早々に戻って行った。「お父様にお許しを貰ってくるね~」と手をブンブン振るのは、元気で可愛いらしく見えた。
後日、許可が下りてしまった訳だけど……ノートヘルム伯爵、子供に甘くね?
まぁ、他のお客が居ない時、離れ限定と条件は付けられていたので大丈夫と思いたい。
それからというものの、ちょくちょく遊びにくる様になった。
今日はシルクスパイダーの面白い生態を話したり、蜘蛛の巣解体をやって見せたりすると、「踊る蜘蛛! 僕も見て見たいなぁ」なんて、目を輝かせて喜ぶので話し甲斐がある。
話がひと段落するのを見計らって、お付きの執事さんがアルトノート君に囁く。
「アルトノート様、明日の件を相談するのをお忘れずに……」
「あっ! 覚えていますよ!今日はお兄さんに相談があって来ました!」
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