第171話 宝石に封じられたもの

「あ、サイコロが消えちゃったよ~」


 霧散するのはいつもの事だが、そのマナの霧が拡散せず、天井付近に集まり渦を作る。10は最も幸運が舞い込むはずなのだ。固唾を飲んで見守っていると、渦の中心に銀色の四角いウィンドウが出現した。


 そこから、何かが落下し絨毯の上に落ちる。すると、役目を終えたのか、ウィンドウと渦は霧散して消えていった。

 俺も席を立ち、何が落ちたのか確認しに行く途中、エヴァルトさんの制止の声が響いた。


「わ~、綺麗な宝石「メイド!触るんじゃない! 」はいぃ、ごめんなさい!!」


 フロヴィナちゃんが拾おうとしたのを止めたようだ。次いで、トゥータミンネ様に鑑定をお願いしている。俺もそれに習い〈詳細鑑定〉をセットする。

 テーブルの向こう側、絨毯の上には大きな緑色の宝石が落ちていた。それも、複雑にカッティングされていて、そのまま宝飾品として飾れそうな物だ。


「〈中級鑑定〉!……え?! 効かない!?」

「〈詳細鑑定〉!」



【魔道具】【名称:エメラルドの封結界石】【レア度:A】

・〈封結界〉が施された宝石。宝石の内部に、対象の1体を封印する。対象が風属性の場合、封印が強固になる。

 現在、※※※※を封印中。



「レア度Aのエメラルドの封結界石と言う魔道具のようですね。既に何かが封印されているみたいです」


 封印出来るのは1体なので、危険は無いだろう。それよりも、鑑定文の※※※※表示が気になり、手の平サイズのエメラルドを手に取った。


「(だせ~、このやろ~、あ!おまえ、きこえてんだろ! だせ~)」


 頭の中に響く子供の声と共に、エメラルドの封結界石が点滅した。やっぱりか。 特殊アビリティ設定を変更して聖剣クラウソラスを取り出す。


「お、おい、ザックス。いったい、それは何なのだ?」

「……子供の声?」


 周囲の声は後回しにして、エメラルドの封結界石を軽く上に放り投げた。そして落ちてくるのに合わせて、聖剣で両断する。

 真っ二つに割れたエメラルドが絨毯に落ちると、破片から緑の光の玉が湧き出てきた。


「(たすかったぜ~、ありがとよ~)」

「ちょっと待った、なんで封印されていたんだ?」


 光の玉に話しかけてみたが、俺の頭上をクルクル回るのみ。緑の光の粒子を撒き散らされて、その殆どが聖剣に吸い込まれていく。光の粒子を撒き終わると、(推定)風の精霊は天井をすり抜けて消えて行った。




「…………聖剣に光が吸い込まれて……報告書に有ったのと同じか!! すると、先ほどの光の玉が精霊なのか?!」

「おそらくですけどね。エメラルドの封結界石が点滅するのに合わせて、子供の声が聞こえましたから。〈プリズムソード〉!」


 風属性の緑色の光剣を召喚すると、ロングソード並みの長さにパワーアップしていた。氷属性と同じだな。


「しかし、私には子供の声など、聞こえなかったぞ」


 エヴァルトさんは困惑しながら、周囲を見回すと女性陣が答えた。


「私も聞こえませんでした~、光ってはいたけど~」

「わたくしは聞こえました。やんちゃそうな男の子みたいな声でしたわ」


 トゥータミンネ様も頬に手を当てて、困惑していた。前回は俺にしか聞こえなかったのに、今回はトゥータミンネ様にも聞こえた?


「一旦落ち着きましょう。メイド、お茶を入れ直しなさい」

「はい! ただ今~」


 エヴァルトさんの声で仕切り直しとなった。聖剣をポイントに戻し、お茶が入るまでの間に、俺も情報を整理する。昨日のクロタール副団長の推察を思い返していた。精霊を捕らえる方法、その一部がコレなのではないだろうか?

 割れた封結界石の破片をテーブルに置き、鑑定しても『破損している』となっているので、もう危険性は無さそうだ。宝石として再利用は出来るといいなぁ。



 お茶を頂きながら2人に推察を話したところ、更に困惑させてしまった。



「ふむ、その推察からすると、現神あきつかみ族の企みを防いだと言ってよいのか? 遊び人スキルのギャンブルの結果というのが、理解に苦しみますが……」

「わたくしも実際に見にして、聞いていなければ到底信じられませんわ。それにしても、なかなか見事な宝石ですわね」


 2人して俺を見ながら言ってきた。ギャンブルスキルで幸運が舞い降りただけなので、俺は無罪では無いだろうか? 偶々、俺にとっての幸運が領地のためになっただけなのだし。黒幕の商人が、何処かで慌てふためいているかも知れないと考えると少し笑える。


 トゥータミンネ様は現実逃避するかのように、封結界石の欠片を見入っている。ハンカチで包むように持っているのは、指紋……皮脂を付けないためだろうか? 俺は素手で拾ってしまったが、こういう時に育ちの差が出ている気がした。フルナさんも宝石や銀製品は手袋を着けて取り扱っていたし、後で〈ライトクリーニング〉すれば良いという問題ではないな。

 まぁ、それはさておき、俺も気になった事を聞いてみる。


「そう言えば、トゥータミンネ様は光の玉の声が聞こえたんですよね? 精霊らしき声が聞こえる、聞こえないの差は何なのでしょうか?」


「ああ、それならば心当たりはあるが……私からは話し難い話題ですので、トゥータミンネ様お願いします」


 トゥータミンネ様は封結界石をテーブルに置くと、髪を掻き上げた。エメラルドグリーンの髪が広がるのを美しいと感じていると、「これよね?」「ええ、ザックスは分かっていないようなので」と言う声が聞こえた。


「コホンッ、ザックスは魔法の適性が髪の色として出る事は知っていますか?」

「はい。確か……『鮮やかな髪色は魔法の資質の表れ』と聞いた事はあります。」


 散髪をしてもらった時に聞いた話だよな。情報源……壁際で控えているフロヴィナちゃんの方を向くと、目が合った途端にスッと顔を逸らされた。

 ん? 不審に思う前に、トゥータミンネ様が話を続けた。


「その中でも、宝石のように輝く髪を持つ女性は『精霊に祝福された宝石髪の乙女』と呼びます。宝石髪の乙女が生む子供は、魔法適性に優れると言い伝えられているため、時の権力者が挙って求婚をする程でしたの。

 今はそこまでではありませんが、わたくしも学園時代には、何人もの殿方に誘われたものです」


 婚約していたので全部振ったと続いたが、教えられても反応に困る。

 しかし、資質が遺伝するという部分には、妙に納得してしまった。知っている範囲でも、妹のトゥティラちゃんは金髪だし、従姉妹のソフィアリーセ様はサファイア色だ。


 ふと、今日のレスミアの輝くような銀髪を思い出した。心配になって聞いてみたが、獣人の種族は魔法の資質が低いので、多分違うらしい。


「レスミアは銀髪でしょう。艶のある白髪ならば、氷属性に祝福があるかも知れませんが、銀色となると……対応する属性がないわ」


 因みにトゥティラちゃんの金髪も、光属性か不明らしい。光魔法を覚えるフォースクラスに至った女性がいないので、確認されていないそうだ。


「わたくしの髪はエメラルド、風の属性に強い適性があります。他の属性と比べると、魔力の充填が1割程早く、MPの消費も1割減り、おそらく魔法の威力も上がっていました。こういった分かりやすい恩恵が有ったからこそ、宝石髪には精霊の祝福があると信じられてきたのです。

 そして、この封結界石?でしたか……これもエメラルド。中から出て来た光の玉も緑色。わたくしにだけ聞こえた子供の声。

 祝福持ちだからこそ、精霊の声が聞こえたと考えるのは当然でしょう」


 俺も聞こえましたよ、と挙手して発言してみたが「聖剣を持っている時点で特殊事例です」と素気無くイレギュラー扱いされた。解せぬ。

 精霊の祝福か……ふと思い至り、特殊アビリティ設定の魔法適正を開くと【NEW】マークが増えていた。



・魔法適正、初級(●火5p、●水5p、★風5p、●土5p)【NEW】

      中級(★木5p、★氷5p、●雷5p)

      上級(●光5p、●闇5p)



 やはり、風属性が星マークに変わっている。星マークが精霊の祝福なのだろうか?


「先程の風属性に、レア種に取り込まれていた氷と木属性、これらの適性が星マークに変わっていますね」

「ほう! それが分かれば早いじゃないか! トゥータミンネ様の適性をみる事は出来ないのか?」


「元々、俺が持っている〈特殊アビリティ設定〉のスキルで見ているだけですから、無理だと思います。レスミアのステータス画面を見ても、類似のスキルはありませんでしたから。

 念のため、トゥータミンネ様のステータス画面を見せて貰えれば、はっきりしますけど……」


 横合いからブフっと、噴き出すような音が聞こえた。そちらを見ると、口元を押さえたフロヴィナちゃんが横を向いて俯いている。2回目の不審な行動が気になったが、またもやトゥータミンネ様の声で遮られた。


「いえ、ステータス画面は自分で見えるので結構です。そもそも、ステータス画面から別の画面に行くという事自体、普通は出来ないのですよ」


 結局、改めて風属性と他の属性を使い比べ、祝福があるか確認する事になった。最後に、金髪の件で気になった事を聞いてみる。


「金髪が光属性の祝福か分からないって話でしたけど、確か1人だけ光魔法を使える有名人が居るんですよね? その人は金髪ではなかったのですか?」


 俺の言葉にエヴァルトさんが肩を竦めて、被りを振った。


「ああ、ハイムダル学園長の事だな。男だから祝福は無いよ。それでなくとも禿げているから、金髪かどうかも定かではないし」


 『精霊に祝福された宝石髪の』と言うだけあって、宝石髪は女性しか居ないらしい。


「ああ、光魔法の事が広まれば、ハイムダル学園長が押し掛けて来るから注意しなさい。自分の後に続くフォースクラスが出ない事を憂いておられたからな」


 しかし、卒業生は星1つ、2つで満足してしまう。ダンジョンを攻略する貴族は、大抵が家の跡取りだからだ。特に60層以上の魔境では、全滅の危険性が高い為、無理をしてまでレベル上げをする者は殆ど居ない。

 星3つや、フォースクラスのレベル80が英雄と持て囃される訳である。


 興味深い話を聞いていると、5の鐘が鳴り響いた。有意義な半日だったと、笑顔でトゥータミンネ様は本館へ帰っていったが、話し足りないエヴァルトさんは夕飯も食べて行く事になった。


 その日の晩は就寝の6の鐘が鳴るまで、エヴァルトさんと語り合った。存分にジョブの事や、この世界で気になった事が聞けたので満足だ。また、時間が出来たら話す約束をして見送った。


 最後まで給仕として付き合ってくれた、フロヴィナちゃんにも労いの言葉を掛けたのだが、


「大丈夫~。ミーアちゃんには上手く話しとくから~」


 口元を押さえ「にゅふふふ~」と謎の笑い声を漏らしながら、キッチンへ去って行った。

 ミーアは、レスミアの渾名と分かるけど、何が大丈夫なんだ?

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