第170話 新商品開発会議の続き

「全く、自分勝手過ぎる。申し訳ありません、トゥータミンネ様。アイツを拾ってきた事を少し後悔しました」


「ああいう人だと知っています。理解は出来ませんが……

 ふぅ、彼の作る物は、当たり外れはあれど当たれば大きいですからね。今回は当たってくれると良いのですけれど。

 それに、馬は騎士団に無くてはならない物です。その馬の代わりになる物が、作り出せるのならば、大きな利益になるでしょう」


 トゥータミンネ様は笑顔のままだけど、声色が冷んやりしている気がした。ランハートを拾ってきたとか、気になる話ではあるけれど、雰囲気的に薮蛇になりそうなのでスルー。

 長いこと話していたので、お茶のお代わりを貰い、喉を潤す。今日のお茶菓子は、ベアトリスちゃん作のカスタードタルトだ。牧場が多いアドラシャフトでは定番のお菓子らしい。材料のミルクと卵が良いせいか甘いだけでなくコクが深く、表面の焦げもカラメル状になっていて、香ばしさと少しの苦味が良いアクセントになっている。

 一言で言うと美味い。


 食べ終わる頃、音も無く優雅にカップを降ろしたトゥータミンネ様が、こちらへ目を向けた。青い目を細め、殊更笑顔を深めて話し掛けてくる。


「ザックス、わたくしのアトリエでも作れそうな、異界の知識はありませんの?

 貴方の有用性を見せた方が宜しいでしょう?」


「ああ、女性の派閥を味方に付けるなら、先程の馬車やバイクでは微妙だという話ですね。君が貴族に返り咲いた時に、同じ派閥に入れるように、利益を見せておきたいという心積もりでしょう」


 エヴァルトさんの補足は助かる。馬無しで揺れが少ない馬車……車モドキやバイクでは女性の関心を集められないそうだ。まあ、男の話題であるのは、日本と同じだな。


 トゥータミンネ様のアトリエでは、美容と生活を楽にする物を取り扱っているのだったか。しかし、美容関係なんて覚えていないどころか、目にした記憶すら無いのだけど……CMで椿オイル配合とか……いや、椿以外の材料が分からないし、既に髪が輝くような化粧品を使っている時点でなぁ。

 え~と、ヘチマの茎を切って、ペットボトルに差し込んで採取する。ヘチマ水は、お肌に良いとか……いや、これはお婆ちゃんの知恵袋じゃ。


 美容、使った事がある美容品…………制汗スプレー! は、材料なんて知らない。髭剃り用のクリーム……は、こっちの世界にも、似たような物があり使っている。

 後は、あぶらとり紙?


 確か……そうそう、富山の金箔だ!金を叩いて延ばすのに、紙で挟んで叩く。その時に使った紙が発祥だと、旅行先で見学した覚えがある。紙の繊維が徹底的に叩き潰されて、滑らかになり脂を吸収しやすくなっているらしい。


 取り敢えず、あぶらとり紙を提案してみたが、反応は芳しく無い。


「顔のテカリを抑える為に、余分な脂を拭き取るのは良いわね。でも、紙を叩くだけで作れる物なのかしら? 繊維を潰すと言われても、想像し難いわ。白紙は練金釜に登録されているけど、レシピの内容まで覚えていないもの」


「私も大まかな知識だけですな。木を溶かして繊維を重ねると読んだ覚えがあります。ザックス、現物はありませんか?」


 和紙とか色紙(藁半紙)は、工房の手作業で作られていると聞いていたが、流石に専門外の内容まで貴族の奥様が把握している訳もないか。

 創造調合するには、より詳細なイメージが必要になる。だから、知識だけでなく現物があった方がイメージしやすい。俺もペンダントを作成するのに、見本を借りたのでよく分かる。現物があっても、チェーン部分が難しくて、何度も失敗したけど。


「それなら、ハンマーで叩いて作ってみます。何回叩けばよいのか分かりませんけど、完成品は知っているので、出来るまで叩くだけですから。

 あ!現物があれば良いなら、紙繋がりでもう一つアイディアを出します。インクを付ける必要のないペンは如何ですか? ボールペンと言います」


 ストレージから、試作品のボールペンと設計図を取り出した。

 最近、報告書や資料作成をする機会が増えてきたけど、頻繁にペン先へインクを付けるのが面倒で仕方がない。なので、22層の調査が終わってから、暇な時間で作ってみた物だ。


 ボールペンの構造は先端の真球と、それを保持してインクを適量付けるホルダー部から出来ている。地味に真球の精度を出すのに技術力がいるらしく、発展途上国では作れない所も多いなんて、工場見学で習ったな。


 でも、創造調合ならイメージ力でなんとかなる!


 一括で調合しようとして失敗したが、真球とホルダー部分、インクを入れるシャフト部分、先端のキャップと部品ごとに分けて調合。そして、出来た部品を調合する事で、なんとか1本だけ成功した。

 ただ、鉄鍋調合では歩留まりが悪過ぎる。20本分の材料から、出来た部品は10本分。そこから完成品は1本だけと、成功率が5%しかなかった。


 そして、成功した一本も……

 実際に紙に試し書きをして見せると、線は引けるが滲んで太線になってしまった。


「普段使っているインク瓶の物では緩過ぎて、インクが多く出てしまいました。後はインクの粘度を上げれば、綺麗に書ける筈です」


 興味深そうに見ていた2人に試作品と設計図を渡して、試し書きをしてもらった。


「ほう! 先端のボールが回転して、付着しているインクが紙に付くのか。これは面白い! インクの粘度を変えるだけならば、そう難しくない話でしょう、トゥータミンネ様?」


「ええ、絵画用の絵具は粘度違いで注文も出来ます。わたくし達が開発せずとも、インク工房に注文可能でしょう。

 このボールペンは是非とも欲しいわ。お手紙や招待状など、ペンを使う事も多いの。手を汚さないようインク瓶とペンを取り扱い、優美な文字を書くのは大変なのよ」


 サラサラと試し書きをしていたトゥータミンネ様には、思った以上に高評価を頂けた。

 個人的には、錬金釜を購入してから開発の続きをしようと思っていただけに、お任せ出来るなら任せたい。ボールペンに最適なインクを作るのも大変そうなので、インク工房で手に入るなら手間も省ける。


「そうなると、ほぼ完成品ですね。設計図も手直しはいるが、完成している。このレシピの値段をどうするか……需要は広くあるでしょう。高額になるのではないですか?」


「そうね……普通は開発者が商品を売りに出して、販売価格や売れ行きを考慮してレシピの値段を決めます。わたくしも売れると思いますが、先ずは完成品を関係者で使ってみて反応を見たいわ。従来の優美な羽根ペンの方が良いという人もいるでしょうし、値段設定はそれからね」


「値段設定はお任せします。レシピの相場も知らないので判断出来ませんから。

 俺としては、自分で買う練金釜にレシピを登録したいので、その時に買わせて下さい」


 俺の言葉に、トゥータミンネ様は笑顔のまま、目を細めて話し始めた。


「これは貴方が設計した物でしょう。レシピの権利は当然、貴方の物です。いくら廃嫡して平民になったからといって、その功績を取り上げる様な浅ましい真似は出来ませんわ」


「いえ、未完成品もいいところですよ。インクは適していないし、外観は鉄の棒みたいでシンプル過ぎるし、持ちやすい様にグリップも付けていません。

 それに、ノートヘルム伯爵には色々援助して頂いているので、恩返しくらいさせて下さい」


 美人な奥様に笑顔で威圧されている様に感じて、真似して笑顔で返す。しばらく、笑顔を向けあった後、パン、パンッと手が打ち鳴らされた。

 エヴァルトさんが呆れた様に「はい、はい。そこまで」と仲裁に入る。


「どちらの言い分も一理ある。ここは第三者の私が判断しましょう。

 その前にザックス、ランハートに教えた馬車やバイクの知識の見返りはどうするつもりですか?

 部品毎に調合は別であるし、鍛治師に発注する部品もある、組み立ては馬車職人も手伝いに入る。アイディア料として権利を主張するか? それとも一時金を要求しますか?」


 ここで言う権利とは、売り上げの数%を得る特許権の様なものらしい。

 発端は日本の知識を欲しがったエヴァルトさんに話した所為な気もするけど……バイクは個人的には欲しいと思っただけなので、金銭を要求するのもねぇ。頭を悩ませながら、思いついた事を整理する様に話す。


「知識と言っても、日本の先達が開発した物なので、俺が権利を主張するのは変ですよね。この世界向けにローカライズしたなら兎も角、開発はランハートさんにお任せした様なものですし。

 でも、バイクは欲しい……ああ、それなら現物支給が良いです! 完成品か、それに近い試作品でも良いですよ!」


「ふむ、試作品ならば、こちらとしても負担が軽くて助かります。

 これを踏まえると、錬金術師が自身でレシピを開発していないのに、権利を主張するのは、確かに変ですね。

 ザックスには、レシピの権利は与えず、練金釜への登録用紙と現物を提供するのみ。

 そして、トゥータミンネ様は派閥にレシピを売る際、発案はザックスによるものと喧伝しても良い。そして、その売り上げは伯爵からの援助に当てては如何だろう?」


 んん? 両方の案を取り入れているけど、俺に有利過ぎないだろうか?

 しかし、俺が口を開く前にトゥータミンネ様が了承してしまった。


「では、その様に取り計らいましょう。

 ザックスもそれで良いですね? 先程も改良案を口にしていましたし、それくらいは受け取りなさい」


「あ、はい……改善案に追加で、強度の関係で先端は金属で作る必要がありますが、インクを入れる部分は半透明な素材を使うと良いですよ。インクの残量が目に見えますから」


 俺ばかり利益を得たのでは心苦しいので、パッと思いついた改善案も投げておいた。プラスチックは無いだろうけど、ダンジョン素材で代用出来る物があるかも知れない。




 ようやく、新商品会議が終わると、今度はエヴァルトさんからの質問責めにあっていた。主に報告書にまとめたジョブの話で、珍しいジョブに心躍らせたのだとか。


 話していくうちに、面白い話も聞けた。俺も驚きだったのだけど、罠術師と遊び人は過去に取得した人がいたそうだ。罠術師は王都のダンジョンギルドに所蔵された文献に、『卓越した狩人のみが得られるレアなジョブ』として紹介されており、遊び人に至っては遊び歩いていた王族の自伝に書かれている。


 ダンジョンに入るのが嫌で逃げ回っていたら、いつの間にか遊び人ジョブを手に入れた。此れ幸いと、社交界で吟遊詩人みたいなことをして、大人気になったそうな。


「王族と言えどダンジョンを攻略しなければ、平民落ちなのは昔も同じです。私はてっきり、平民落ちした王子を支援する為に、吟遊詩人として雇ったと思いましたね。それなのに、遊び人なんてジョブが本当に存在するとは……只の娯楽本としてではなく、真面目に内容を吟味しておくべきでした」


 遊び人のスキルについても、使用感などを話した。エヴァルトさんが〈ダイスに祈りを〉を見たがったので、トゥータミンネ様にも何が起こるか分からないと念押ししてから許可をもらった。


「ダンジョン内使うと採取物が生えてきたり、魔物が突然現れたりしますが、地上で使う分には大した事は起きませんよ」


 精々ラキスケしたり、銅貨を拾ったり、階段を踏み外す程度だ。その効果も即時効果だったり、時間を置いて幸運、不運があったりするので、直ぐには見られない場合もある事を話してから、スキルを使用した。


 皆に見えるように扉の方へ向けて、10面サイコロを放り投げる。絨毯の上をポインッ、ポインッと跳ね、扉で跳ね返り転がって行った。コロコロと転がりエヴァルトさんとトゥータミンネ様の後ろに行ってしまい、俺の位置からでは結果が見えない。

 それを、フロヴィナちゃんが「私が見てくるよ~」とワクワクしたような興味を隠せない顔で歩いて行く。


「まぁ!」「これは!?」「10だよ~」


 椅子に座ったまま後ろを向いた2人は驚きの声を上げ、間延びした声が結果を教えてくれた。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あぶらとり紙の原理は、叩くことで繊維をほぐし、繊維の密度を高める事で、微細な隙間を多く出来ます。その隙間が毛細管現象を起こし油を吸着する……らしいです。本編内のは、作者のうろ覚え知識ですね。

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