第169話 知識欲が足りすぎて、礼節を忘れる

「と言うわけで、明日からは午後に訓練へ行ってくるよ。レスミアはどうする?」


 昼食後のお茶をしながら、雑談をしていた。ボコボコにされて、土だらけになった俺とは対照的に、レスミアは目立った汚れも無かったようだ。


「女性の見習い騎士も初心者って感じでしたよ。最初は剣の型通りに素振りだけでしたから。後半は弓の練習をしていました。

 あ! そうそう、パーティーメンバー候補の話ですけど、男の見習いは目付きがいやらしい人ばかりでしたので、ちょっと……それに、女の子の方も、わざわざ勧誘する必要があるのかなぁって思いましたね。

 ザックス様と出会った頃の私よりも新人っぽいです」


 最初の頃……〈不意打ち〉を楽しんでいたレスミアかぁ。基準はそれで良いのだろうか? いや、一芸を持っているという意味なら分かるけど。

 男の方も完全な初心者ではないけど、俺が3対1で対応できる程度の腕前だったんだよな。村に行く前、一緒に訓練した見習いは、もうちょっと強かった気がするのに。

 そうなると、仲良くなれそうな人を勧誘して、更に育てる必要があるのか……贅沢は言わないけど、もうちょっと訓練した人が良い。


「それよりも、私も鷲翼しゅうよく流に興味があります。騎士団のスカウトが覚えるなら、私も使えるかもしれません。明日も一緒に行って良いですか?」

「ああ、ウベルト教官に相談してみよう」


 取り敢えず、パーティーメンバーについては保留にした。




 その日の午後、レスミアはベアトリスちゃんとお菓子作りに精を出すそうだ。キャッキャと楽しそうに喋りながらキッチンへ向かって行った。


 その一方で俺はフロヴィナちゃんと二人で、玄関先でお客様を迎えに出ていた。馬車から降りて来たのは、エヴァルトさんと白衣を着たおじさん、それにトゥータミンネ様だった。てっきりエヴァルトさんだけだと思っていたので、内心驚きながらも簡単な出迎えの挨拶をしてから応接間に案内する。


 フロヴィナちゃんがお茶とお菓子を、お出ししてから新商品会議が始まった。


「えー、皆さま御足労頂き、ありがとうござい「君が描いた、ここの構造がハッキリとしていない。詳しく説明出来ないか?」」


 先ずは挨拶を話し始めたが、直ぐに他の声に遮られた。端に座った白衣のおじさんがテーブルに身を乗り出し、紙を何枚も広げて捲し立ててきた。それを、ソファーの後ろに立っている彼の従者が、慌てて肩を抑えている。


「ちょ、ちょっと工房長! まだ挨拶している途中ですよ!」

「挨拶など、玄関でしたではないか! そんな事より異界の知識の方が重要だろう!」


 何というか、マッ……研究熱心な人のようだ。その証拠に、エヴァルトさんとトゥータミンネ様は、揃って額に手を当てている。


「ランハート、いつも礼儀くらいは弁えろと言っているだろう。大人しく出来ないのなら、アトリエの援助を減額するぞ」


 減額と聞いた瞬間に、白衣のおじさん……ランハートさんは大人しくソファーに座り直した。腕組みをして目を閉じて大人しくなったが、足が貧乏ゆすりをしている辺り、早くしろと催促しているようだ。

 その様子を見たエヴァルトさんも、溜め息を吐いてから手を振り、俺に続きを促した。


「身分順なので、トゥータミンネ様に挨拶をしなさい」


 立ったままだったので、改めて向き直り、手を組んでから一礼する。


「昨日は離れにお見えになられたのに、ご挨拶出来ず申し訳ありません。村では色々ありましたが、無事戻って参りました」


「昨日はソフィアリーセの願いを聞いて、急遽お茶会になったので仕方がありません。それに、レスミアからおおよその話は聞きました。貴方は村を2度も救ったのです。わたくしも誇らしく思いますよ」


 柔らかな笑みで褒められ、胸が熱くなるように感じた。椅子に座るよう勧められたので、ソファーに座ってから、今日の訪問理由が話された。


「今日はそちらの2人の監視と、予算を出すに値する物なのかの見極めです。わたくし、錬金術師の専属工房を統括する立場なのよ」


 なんでも、貴族の女性は結婚すると、錬金術師にジョブを変更する事が多いそうだ(ただし、錬金術師のジョブが取れる&錬金釜を用意出来る資産がある家のみ)。

 子育てや社交の合間に調合をして、騎士団や各ギルドに薬品や魔道具を卸す。更に、同じ派閥の奥様方と連携、分担する事で安定供給しているのだとか。


 新商品が開発して飛ぶように売れるけど、1人では量が作れない。でも、錬金術師協会にレシピを売るのはレシピ代しか入って来なくなるので、もうちょっと稼ぎたい。そんな時は派閥内だけにレシピを売って、供給量を増やしつつ利益も確保する。


「わたくしの傘下の工房も、女性が多いですからね。美容に関する商品や、生活を楽にする物を開発、販売しているの。新しい物は貴族街で売り、十分に行き渡り新商品が出れば、古いレシピは協会に売って平民にも広める。そうして、領内を豊かにしているのよ」


「なるほど、トゥータミンネ様のエメラルド色に輝く、美しい髪の秘訣はそれでしたか。

 貴族でしか流通していない物を頂き、ありがとうございます。レスミアは貰った髪の手入れ道具を早速使いまして、元々綺麗な銀髪が更に輝きを増していました」



 おっと、お礼を言うつもりだけの筈が、スルリと髪を褒めてしまった。まぁ、褒める分には問題無いよな、相手も笑顔のままだし。そのトゥータミンネ様は一度咳払いをしてから、話を続けた。


「コホンッ! エヴァルトから新型馬車のアイディアを相談されたのだけど、わたくしの工房では馬車に詳しい人がいません。そこで……変わった研究が好きなランハートに任せたのです」


 トゥータミンネ様がスッと目を向けると、その先のエヴァルトさんが頷き、続けて話し始めた。


「私も君の報告書を読んで語りたい事は多いが、先にランハートの用事を済ませよう。彼は、私やノートヘルムと同じパーティーを組んでいた仲間で、今は錬金導師として貴族街にアトリエを開いている。さっき見た通り、研究に熱中すると礼儀など放り投げてしまう問題児でな。歳を重ねれば落ち着くと思ったのだが……」


「フンッ! 話はそれで終わりだな。

 君のアイディアの通り試してみたのだが、動きはするものの問題点が多い。馬ではなく馬車自体をゴーレム化すると、消費魔力が多過ぎる。車体の下部、車輪付近のみをゴーレム化する事で多少消費魔力は減ったが、長距離を移動するのは厳しいな。

 後は、スピードが出ると揺れが酷い。止まるためのブレーキは組み込めたが、向きを変えるハンドルの機構が分からない」


 テーブルに出されたのは、俺が機械工学の教科書から、うろ覚えで描いたスケッチだ。それを馬車に組み込む為の設計図として書き起こした物も数枚ある。感心しながらも、設計図を見て、記憶を掘り起こ……せなかったので、こっそり腰の後ろに刺したワンドを握って〈カームネス〉発動させ、頭の巡りを良くしてから改めて考える。

 

「ああ、モーターが無いからパワステなんて無理だよな……ブレーキ用のディスクも前輪側にあるし、いっその事ゴーレム動力とやらを四駆から後輪駆動に変えて、機構を分散させた方が良いかも?」


 ステアリングは重くなるけど、馬車は木製だし、この世界の人はジョブ補正で筋力値が高いから平気だろう。

 なんとか、絞り出した改良案をいくつか話して、試してもらう事になった。取り敢えず、アイディアは出して、実際に組み込めるかは研究者のランハートさんにお任せしよう。

 後は揺れか……村に帰って来る時も酷かったからなぁ。街道が整備されていないのも問題だけど、車体にも揺れ対策が必要だ。


「揺れの問題は車輪に空気入りゴムタイヤを付ける事と、車体のサスペンションとしてスプリングや板バネを取り付ける、後は出来るか分からないけどショックアブソーバーとして油圧シリンダーを付ける事ですかね」


吊るしサスペンションと言うのは車体から見て、車輪を吊るすという事なのか。なるほど、なるほど、車体の上側はどうでもよくて、下側が重要だと……下側さえ基礎研究で機構を固めてしまえば、箱馬車でも荷台でも、乗り合い用でも使えるな」


 これまた、うろ覚えスケッチを描きながら、順に説明した。目を輝かせて興奮するランハートとは対照的に、他の2人はこめかみを押さえて難色を示している。


「樹脂となると魔絶木か……50層以降で取れるペルレラバーならいけるかもしれないが、高すぎますね」

「車輪を覆うほどの量、しかも4本分よ。魔絶木の樹脂でも高くなるわね。それに、アレは魔道具の配線に使うから流通はしているけど、よく使う工房に確保されているから、量を揃えるのも大変かしら?」


 ゴムとして使う樹脂もダンジョン産で、採取地で木を傷付け滲み出て来る樹液を採るそうだ。ただ、量を採取するには時間が掛かるので、採取専門の業者くらいしか採取して来ない。その為、レア度の割には値段が高くなっている。

 そして、紙に色々と書き込んでいたランハートが顔を上げて、問い詰めるように話してきた。


「駄目だな。あの樹脂では強度が足りん! のんびりと動く馬車ならいいが、速度を上げると耐えきれないぞ! 何か強度を上げるような異界の知識はないのか?!」


「えーと……ゴムに硫黄混ぜて練り合わせて、硫化させるのはゴムの強度アップだったかな? 後は……タイヤと言えばカーボンブラック! 確かインクを混ぜればよかったような? もちろん、この世界の樹脂でも同じか分からないので、研究する必要はありますよ」


「研究対象が増えるのは良い事ではないか!!!私は大歓迎だぞ!!

 一番興味深いのは、油圧シリンダーと言う物だな! 揺れを吸収するだけでなく、油圧を調整して伝えるのが面白い!

 漏れないように精度を高めなければならないが、創造調合で作れば問題無い!」


 話せば話すほど、変人だけど頭の回転の速さが凄いと分かる。俺の拙い知識を話すと、細かいところを自分で保管して、更に馬車にどう組み込むか考えているのだ。

 錬金術師は想像力と発想が大事だと、フルナさんが言っていた事を思い出した。


 正直なところ、機械工学の授業や車雑誌で覚えただけなので、実際に車を部品単位でいじった事は無い。なので、アイディアとして出せても、自分で作るのは厳しいと思う。

 そんな中、オブザーバー的に話を聞いていた2人の話し声が耳に入った。


「ふむ。ザックスのいた世界はマナが無く、魔道具とは違う技術が進んでいると聞いていたが、ここまでとはな。専門的な話を横で聞いているだけでも、馬車とは別物だと分かります」


「エヴァルト、楽しいのは分かりますが、実際に作るとなると大変ですよ。車輪に使うゴムの配合比率も分からないし、板バネという物も何の金属が良いのか、厚さや大きさも分からないもの。全部、作ってみては実験を繰り返すしかないのです。

 ランハートが活き活きしているので、援助に出す研究費を考えると、頭が痛くなりますわ」


「ふむ、私もランハートの工房には援助していますが、今回はその予算から採取依頼を掛けた方が良いかも知れませんね」


 お金の問題は何処にでも絡むな。金属部品は兎も角として、ゴムが手に入り難いとは。そう言えば、ランドマイス村でもゴム製品を見かけた覚えが無い。瓶もコルク栓が殆どだったし、俺の履いている膝くらいまであるトランクスも紐で締めるからな。それに、シュピンラーケンで仕立てたレスミアの下着は……サイドに紐が付いていた覚えもある。つまり、庶民にはゴムは出回っていない。


 ゴムが貴重なら、タイヤ4本分は結構なお値段になるはずだ。研究するにしても、削れる所があれば……


 あ! それなら、タイヤの数を減らせば良いじゃないか! 丁度、馬代わりに欲しいと描いてきた物がある。それをストレージから取り出し、皆に見えるようにテーブルに広げた。


「それなら、俺から別の提案をします。馬車は一旦後回しにして、こっちのバイクと言う物を開発しませんか?

 例えるなら、馬を機械化したような物です。1人乗りの小型で、タイヤの数も2つしかないので試作するにしても部品数が少なくて済みます。それでいて、ブレーキやサスペンションなどの部品も必須ですから、こちらの研究結果を馬車に流用すれば、開発費の削減になるでしょう」


 外見が分かる全体図には、カウルなどが付いていない、フレーム剥き出しの無骨なバイクを描いてみた。こちらの方が構造的に分かりやすいからだ。

 いの一番にランハートが、紙を奪い去って目を通し始めた。その後ろから、エヴァルトさんが覗き込んでいる。


「馬の代わりか……ザックス、車輪が2つでは横に倒れてしまいませんか? 到底走れる物には見えないのですが……」


「それは、乗っている人がバランスを取るから大丈夫ですよ。むしろ速度が出ていた方が、真っ直ぐ安定します」


 カーブとかで車体を倒していても、アクセルを回すと自然と起きる。まぁ、自転車にも乗ったことがない人だと、低速域でバランスを取るのには慣れがいるだろうけど。



 その後もランハートの質問に答え、足りない部分を描き起こした。それを元にランハートが、この世界の技術向けに再設計し直す。

 そして、それが完成するや否や、早速工房で試作を始めると言い出した。


「折角、異界の知識が得られたのだ。早く研究しなくてはバチが当たるではないか! ザックス! 他にも面白そうな知識があれば書き出しておけよ」


 テーブルに書き散らした紙を掻き集めると、挨拶もせずに部屋を出て行ってしまった。置いていかれた従僕の少年が、慌てて後を追っていく。扉の所で振り返り、一礼してから出て行く辺り、従僕の方が礼儀をわきまえているな。

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