第168話 ダンジョンの分類と鷲翼流の訓練

 翌朝、朝食を取りにリビングへ向かうと、メイドが3人に増えていた。おはようと声を掛けてから、伯爵家のメイド服に身を包んだレスミアに事情を聞いてみると、


「滞在中は離れに限って、メイドに混じって仕事をしても良いと、トゥータミンネ様に許可を頂きました。このメイド服と、お料理のレシピが報酬代わりなんです。トリクシーに新しい料理を教えて貰いながら、ザックス様の食事を用意しますよ」



「いえ、私の方もトンカツのレシピを教えて貰うので、おあいこですよ」

「私もお仕事が減るから大歓迎だよ~」


 一人だけ不真面目な娘が居るけど、レスミアと直ぐに仲良くなっているし、まあいいか。

 朝食はレスミアと一緒に取る事にした。メイドコンビには「お仕事ですから」「メイド長に怒られるよ~」と固辞されたけど、レスミアは臨時メイドなのでセーフ。一人で食べるのも味気ないからな。


 食後に今日の予定、武具の発注と採寸がある事を伝え、メイドコンビに応接間の準備をお願いした。その間に、レスミアと昨日の情報交換をする。この街のダンジョンには入れない事や、レスミアの貴族街の許可証、パーティーメンバーの伝手等々。


「普通ならダンジョンギルドで探したり、仲介を頼んだりするらしいけど、俺は外出出来ないからな。見習い騎士の戦士、1人なら勧誘してもいい事になったよ」


 貴重な魔法使いはもちろん、僧侶やスカウトもNG。まぁ、盾役が欲しかったので、問題無い。見習いなら一緒に訓練した人も居るから、多少は勧誘しやすいと思う。暇を見つけて訓練に混ざりつつ、仲良くやれそうな人を探すつもりだ。

 そんな話をしたら、レスミアは両手を合わせるようにパフッと叩いた。


「私も勧誘しましたよ! 魔道士と騎士ですから、盾役と魔法役で戦力倍増です。次来る時までに考えておいてくれるそうですよ」


 ん? 昨日、レスミアが誘える人って、女子会に来ていたメンバーだよな?

 本館のメイドや護衛騎士なら、次来る時、と言うのはちょっと変だ。空き時間に離れに来るだけなら、いつでも来ることが出来る筈。なんとなく違和感を覚え、誰を誘ったのか聞いてみる。


「ソフィアリーセ様と、ルティルト様ですよ。お二人とも貴族の学校でダンジョン攻略を目指しているそうです」


 姫騎士はルティルト様と言う名前らしい。あのフリフリの鎧でダンジョンに潜っているのだろうか? お貴族様のセンスは分からない。プロパガンダ用の儀礼装備と言われた方が、まだ分かる。もしかして、ソフィアリーセ様も昨日のドレス姿でダンジョンに入ったりしないよね?

 おっと、現実逃避も程々にしておこう。冷静になって考えてみると……


「いや、考えておくってのは社交辞令じゃないか? お貴族様……特に領地持ちは攻略用の管理ダンジョンを確保しているから、そこに護衛と一緒に入ると聞いたぞ。騎士団員でも順番待ちしているのに、俺達が混ぜてもらえるとは考え難いな。

 かと言って、逆に俺達のパーティーに入って、試練のダンジョンに挑むのもねぇ」



 『試練の』とは、昨日読んだ教科書に書いてあったダンジョンの分類だ。


・資源ダンジョン:街や村の近くにある、50層未満で素材回収とゴミ捨て用ダンジョン。誰でも入れる。

・管理ダンジョン:50層前後で調整されており、討伐し易くされている。立ち入りには許可が必要。

・試練のダンジョン:55層を超えて育ってしまった(育っていた)ダンジョン。下層で間引きはしているが、55層以上は地図も無く不明の為、誰でも挑戦出来る。

・放棄ダンジョン:既に魔物が溢れている魔物の領域の中心。周囲の魔物を殲滅し、ダンジョンも攻略しないと、その土地は解放されない。


 騎士団に所属していない一般の探索者や、勲章の星2つを目指す貴族は試練のダンジョンに入るしかない。俺達も資源ダンジョンでレベル上げをした後に、試練のダンジョンに挑む事になるだろう。


 教科書を見せてレスミアに説明をすると、両手で頰杖を突いて少しガッカリした様子で呟いた。


「それだとソフィアリーセ様とパーティーを組むのは無理そうですね。残念です」

「なんか、昨日のお茶会だけで、随分と仲良くなったんだな。俺が挨拶した時は、貴族語で話されたり、睨まれたりして緊張したのに……」


「私も挨拶の時は緊張しましたよ。最初にソフィアリーセ様とトゥータミンネ様が長々と挨拶していましたから。私には無理って……

 でも、お二人とも私には、普通の挨拶と自己紹介だったので、助かりました!

 勲章を貰った事を褒めて頂いて、レア種の話とか、村でのザックス様の様子を色々話しましたんです。トゥティラ様も熱心に質問してくれましたし」


 ああ、メイドさん達が楽しみにしていた、ディナーショーの事だな。その様子を聞いていると、なんだかレスミアの方がアドラシャフト家と仲良くなっているような……俺はノートヘルムさんと、報告とか相談で話しているけど、他の人たちとは殆ど話した事がない。


 昨日、中庭に落ちた時にトゥティラ様とは会話……してないな! ほぼ一方的に弁明しただけだ。

 いや、廃嫡されたのだから、距離感が分からないと言うのもあるのだよ。なんて自分に言い訳しつつ、話題をずらす。


「そう言えば、夕食会で出した料理はどうだった?」

「……珍しかったせいか、トンカツと野菜の天ぷらは好評でした。けど、お菓子の半分くらいは及第点で、残りのお菓子と料理は、色々指摘を受けちゃいました~」


 肉の下拵えが甘いとか、スープの雑味が少し有るとか、細かいところまで言われたそうな。本来なら貴族に出すにはまだまだと、助言もしてくれたらしい。


「盛り付け一つにとっても、貴族の料理は違いましたから勉強になりました。飾り切りとかも覚えたいですね~。トリクシーに色々教えて貰うつもりです」


「俺は家庭的なレスミアの料理で満足しているけどね。楽しそうだから良いか。

 ……ああそうだ。昨日だけで、沢山お菓子と料理を使ってしまったから、また補充を頼むよ。材料はストレージの物を出すし、練習に作ったのでもいいから」


「早速、今夜は揚げ物の予定ですから、多めに揚げましょう!

 ザックス様も、5の鐘が鳴ったらキッチンに来て下さいね。揚げたてを格納した方が良いですから」


 そんな雑談をしていると、鍛治師が到着したとフロヴィナちゃんが呼びに来てくれた。午前中は武器の発注だな。レスミアと連れ立って、応接間に向かった。




 防具を含めて、武具の発注は滞りなく終わった。

 鍛冶師のお爺さんに黒毛豚の槍を見せた際、「貴重な素材を無駄遣いするな!!!」と怒られたり、「お揃いの色にしましょう!」と女性陣の声で、ジャケットをピンク色にされそうになったりしたけど。

 うん、素材を色々渡して加工の技術料だけなのに、50万円程掛かったけど問題ない。素材を溜め込んでいなかったら、貯金が吹き飛んでいたかもしれないな。


 因みに、シュピンラーケンは10枚を防具の素材として使い。それとは別に交渉した結果、服飾工房が50枚とシルクの糸束を30個、ウルフの毛皮を30枚買い取っていった。この街では取れないせいかちょっとだけ割高、総額45万円で売れ、出費を補填出来たので満足である。


 更に、蜘蛛の糸だけでも欲しいと要望があり、調合に使う1m10本単位で買い取って貰う事になった。蜘蛛の巣自体は、まだストレージに余っているので、時間があれば内職に励むとしよう。




 その夜、夕飯の試作の味見から、そのままキッチンで串揚げパーティーが秘密裏に開催された。犯行に及んだ4人は容疑を否認しており、

「キッチンどころか、服までラード臭い……」

「コンロに立ったまま、みんなで囲んで食べるのも楽しかったよね~。本館のメイドにバレなきゃへーき、へーき〜」

「ちょっと食べ過ぎましたね。ザックス様、明日は訓練に行きませんか?」

「取り敢えず〈ライトクリーニング〉で全員、部屋ごと浄化するよ」


 証拠は、女性陣の体重が増えた事のみ。真相は6の鐘と共に闇に消えた(只の消灯)。




 翌日、装備を身に付け訓練場へ行き、見習い騎士の訓練に混ぜてもらった。ウベルト教官の指導を受けつつ、パーティーメンバーの候補を探そうとしたのだけど、レスミアを連れて行ったのが裏目に出た。


 騎士団の訓練は男女別で行われている。ファーストクラスでは男女の体力差が大きいのもあるが、年頃の異性がいると集中力や注意力が散漫になり、やる気が出ても空回りする事が多いらしい。


 そして、レスミアの銀髪がツヤツヤになっているのも、不味かった。トゥータミンネ様から、シャンプー等の髪のお手入れセットを頂いたらしく、昨晩「浄化してもらったけど、ラードの臭いが残っているような気がします」と、念入りにお手入れしたそうな。

 結果、見慣れている俺でも、2度見して髪を触らせてもらった程だ。日光に当たるとプラチナの如く反射して、見惚れてしまう。


 見慣れていない、見習い騎士の男達では言うまでもない。一心不乱に見つめる者や、見惚れて口をポカンと開けている者、飢えた狼のような目線になっている者までいる始末。レスミアを背中に隠しながら、ウベルト教官に助けを求める。


「お嬢ちゃんは、女騎士見習いの訓練に混ざってくると良い。ホレ、あっちに見える2つ目が女子寮で、その向こうの訓練場でやっとる。ウベルトからの紹介と言えば混ぜてもらえるじゃろ」


「ウベルト教官、ありがとうございます。

 それじゃ、私は行きますけど、お昼は離れで一緒に食べましょうね」


 背中側から耳元で囁かれた。ぞくっとして耳元を押さえて振り向くと、銀髪を翻して走り去る後ろ姿だけ。

 まぁ、別々になれば一安心、と思うには早かった。見習い騎士達からは、羨望の眼差し……いや、憎しみが篭った眼差しで見られている。再度、ウベルト教官に助けを求める様に目を向けると、


「ふむ、ザックスがどの程度、鍛錬を積んできたのか見てみたいのう。スキル無しで、見習いと2対1で模擬戦じゃ! 」


 見習い達が、近くの者と顔を見合わせてペアを作ると、俺に近いペアが木剣を振り上げ襲い掛かって来た。勧誘のために力量を見るのには好都合かもしれないけど、レスミアに情欲を向ける奴は入れたくないな。

 そんな、益体も無い考えは頭の隅に追いやり、木剣を構える。振り下ろされる木剣を足捌きだけで避け、そのまま側面へ移動しながらカウンターで腹に一撃を入れた。その隙に、もう一人が攻撃して来たが、左腕のスモールレザーシールドで外側へ受け流す。そして、開いた腹を木剣の柄で殴りつけた。

「グへッ!」

 蛙のような声を上げているが、皮鎧の上からの打撃なので大怪我はしていないだろう。次のペアが動き出すのが見えた為、バックステップで倒れた見習いから距離を取った。休む暇ももらえないようだ。




 多対1の対処法として以前習ったのは、同時に相手取るのではなく、常に位置取りを変えて相対する数を減らす。多人数が互いに邪魔し合い、攻撃の手数を減らす事が出来れば最良。そこにダンジョンで鍛えた回避攻撃を叩き込んで数を減らす。


 しかし、流石に4対1は無理だ。背後からの足払いで、転がされた。

「おわっ!」

「足を止めるからじゃ!

 相変わらず、受け身が下手じゃのう。早よう立て!」


 ウベルト教官の叱責を受けて、慌てて立ち上がる。そこにトリオの見習いが襲い掛かって来た。必死に木剣で切り払い、位置取りを気にして回避し、盾で受け流す。そこにカウンターを入れようと……背後に気配を感じて、無理矢理ステップを踏んで横に逃げた。

 案の定、ウベルト教官が足払いを仕掛けて来た。


 ちょっと!教官が以前よりスパルタなんだけど!!!




 見習い20人と模擬戦が終わり、小休止となった。どうも、見覚えがない顔ばかりと思ったら、10月に入ったところで配置のローテーションがあったそうだ。今いるのは練度が低いメンバーなので、3人掛かりでも教官が足を出してきたそうな。疲れて座り込んでいると、そのウベルト教官が話し掛けてくる。


「回避の足運びとカウンターは中々良かったぞ。ただ、剣や盾で受け流す時に、足が止まるのは駄目じゃのう。後、受け身も」

「受け身は、身体に染み付いていないと言うか……訓練が足りないんですかね?」


 すると、ウベルト教官は空の遠くを見つめて、寂しそうに語った。


「若は子供の頃から体力作りはしていたが、本格的な剣の訓練は、戦士のジョブに就いてからだったのう。攻撃の為、剣や槍の素振りはしていたが、防御や受け身は後回しにしていたんじゃ」


 ジョブに就くのは13歳だったな。2年ほどの訓練で内容に偏りがあり、無意識でも動く様な、身体が覚えている技術にも偏りが出たのかね?


「若は回避やカウンターも苦手だったのに、ザックスはものにしておるからの。ザックスなりの戦い方を身に付ければ良い。

 よし、残りの時間は儂と組手をするぞ。受け身も実際に投げられた方が、覚えやすいじゃろ」


 歳を感じさせない動きで投げ飛ばされ、老練なテクニックで腕を捻られて転がされた。徒手空拳でも爺さん強い! ステータスの強さではなく、技術で転がされている。受け身を練習しつつ、失敗したら〈ヒール〉で回復し、訓練は続いた。


 一応余録として、職人の〈見覚え成長〉を付けているが、投げ技を見覚えるのは、まだまだ時間が掛かりそうだ。




 午前中の後半は、組み手と受け身の練習で終わってしまった。どうも、ウベルト教官が使うのは、柔道や合気道みたいな投げ技だけでなく拳や肘、膝を使った打撃技も織り交ぜて戦う流派らしい。投げられまいと回避に徹しても、逃げた先で打撃を喰らいボコボコにされた。

 何度目かの〈ヒール〉で回復しながら、解説と型を指導された。


鷲翼しゅうよく流は翼のような柔軟な投げ技と、鋭い爪の如き打撃技の組み合わせがキモじゃ。さっきのように、投げの掴みを囮として、逃げる方向を誘って本命の打撃を入れる。逆に打撃と見せかけて、掴みから捻るも投げるも自由自在じゃ。

 明日からは、型の練習と組み手を交互にやって、身体に覚え込ませるぞ!」


 なんと、明日からは午後にマンツーマンで指導してくれる事になった。今の時期は新人指導なので、型の繰り返しや、体力作りがメインらしい。他の人に任せても良いそうだ。

 俺的には、剣や槍の扱いが上手くなりたいと相談してみたものの、剣の扱いは基本の型が出来て入れば良いと言われてしまった。


「セカンドクラスになれば、スキルも色々覚えるからのう。それらを組み合わせて、自分の戦い方を模索するとええ。

 鷲翼流も教えるのは基本の型だけじゃが、覚えておくと便利じゃぞ。酔っ払いや暴漢を殺さずに取り押さえる事が出来る。人型の魔物にも有効じゃ」


 槍などの長物を使う犯罪者や人型魔物には、懐に飛び込む近接戦が有効らしい。アドラシャフトの騎士団では軽戦士やスカウトといった、敏捷値が高い者が鷲翼流を習得するそうだ。

 ふと、軽戦士の上位である軽騎兵のルイーサさんを思い出した。残像が見える程の高速移動スキル、あれで懐に潜って敵を投げ飛ばすのは面白そうだ。

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