第167話 お茶会と女子会とガールズトークと井戸端会議の違いは何でしょう?

 扉が閉じられ、中が見えなくなった。取り敢えず、応接間の中が異界と化しているのは、分かった(良く分かっていない)。


 おっと、入って行った女騎士さんを待つ間に、差し入れでも用意しておこう。立っていても食べやすい、棒状のアップルパイかバータイプのキャラメルナッツだな。フォルダを確認し、ストレージから取り出そうとした時、扉が開いた。

 先程の女騎士さんに続いて、もう一人出てくる。銀髪……ではなく、金髪ポニーが似合う姫騎士(仮称)だった。


 姫騎士は立場が上なのか、立哨していた女騎士2人が左右に分かれて頭を軽く下げる。それを見てピンッと来た。俺も合わせて、貴族に対する礼を取る。

 すると、俺にでも分かる、余所行きの笑顔を見せた。


「お嬢様からの言葉を伝えます。『今は花が咲き、蝶が舞い踊る時間です。夜が訪れるには早くてよ』……以上だ」


 以上と言われても……もうすぐ5の鐘が鳴るから夕方じゃね? いや、なんらかの比喩表現なのだろうけど……

 俺が首を傾げていると、姫騎士が笑顔のまま、呆れが混じった声で解説してくれた。


「今のは『女性だけでお茶会しているので、男性お断り』と言う意味です。

 中に入れる訳にはいきませんが、伝言くらいはして差し上げますわよ?」


 分かるような、分からないような意味だった。ニュアンスは分かった気がする。レスミアは元気そうだったから、伝言も特にはないかなぁ。でも、用もないのに呼び付けたとあっては、怒られる気がした。ご機嫌を取っておこう。


「お茶会ならば、お菓子が必要でしょう。こちらのベリーパイは差し入れです。宝石のようの艶やかなベリージャムは、同じく宝石のような美しい髪のお嬢様に相応しいかと存じます。是非、皆様で御賞味下さい」


 姫騎士にホールサイズのプラスベリーパイを渡し、女騎士の2人に棒状のアップルパイをそれぞれ渡し、笑いかけてから踵を返した。取り敢えず、甘い物を賄賂にしておけば、ハズレはないだろう。

 何故か、スルッと『宝石のよう』とか話してしまった。姫騎士の雰囲気に飲まれたか、口が滑ったか? 中にはレスミアもいるからセーフ……だよね。



 応接間から、少し離れたリビングに避難した。メイドコンビの姿が見えないので、ストレージのお茶を出して一息入れている。昼間の打ち合わせを思い返し、議事録にまとめていると5の鐘が鳴り響いた。


 しかし、お仕事終了の合図が鳴ったというのに、応接間に動きはない。村の時の様に、ストレージに料理が入っているので、夕飯の準備は気にしなくても大丈夫だけど……一人で先に済ませる訳にもいかないし、かと言ってお茶会の参加者の分まで用意するべきなのか?

 いや、勝手が分からないなら、待っていた方が良いな。借りてきた教科書でも読んでいよう。



 更にそれから1時間ほどして、ようやく廊下の方から声が聞こえ、玄関の方へ移動して行った。窓から様子を伺うと、青い髪と金髪の女性が箱馬車に乗り込んでいる。玄関の前にはトゥータミンネ様が出て、見送りしていた。お嬢様御一行はお帰りのようだ。


 ホッとしたのも束の間、リビングに数人のメイドさんがやって来た。その中にいたベアトリスちゃんが声を掛けてくる。


「ザックス様、レスミア様より食事も保管されていると聞きました。この後の夕食会で、奥様とお嬢様が食べてみたいとの仰せです」

「出すのは構わないけど、当のレスミアは? まだ応接間かい?」


 見送りにも、メイドさん達にも混じっていない。お茶会では大丈夫だったのか、気になるところではある。テーブルの上に料理を取り出しながら聞いてみたところ、ベアトリスちゃんではなく、少し年嵩のメイドさんが答えた。


「レスミア様は夕食会の為に、お召し替えに行っておられます」

「ああ、ドレスコードみたいなものか。そうなると……俺はこの格好で良いですか?」


 まだ儀礼服のままなので、夕食会とやらでもドレスコード?は問題無いはず。しかし、予想とは裏腹に首を振られた。


「いえ、夕食会にはレスミア様のみ、招待されています。

 多少変則ではありますが、お茶会の延長のようなものでして……女性のみとさせて頂きます」


 ああ、うん。女子会の続きかな。先程からメイドさん達の目線が怪しいというか、有名人でも見かけたように遠巻きに見られ、内緒話をしている。口元を押さえてお上品に話しているが、行動は農家の奥様方と似ているなぁ。


 テーブルに並べた料理は、メイドさん達がキッチンへ持ち運んで行った。お貴族様に出せる様な食器へ移し替え、見栄えが良いように盛り付け直すそうだ。その際、味見兼毒味も行うとか……大変だ。


 蟹脚のスープを鍋ごと渡し、メイドさんがアイテムボックスに格納して運んでいく。メインとなるのはトンカツや野菜の揚げ物だ。ただ、揚げたて熱々で格納してあるのに、盛り付けしている間に冷めてしまいそうのは惜しい。その事を年嵩のメイドさんに話すと、メインだけは後で取りに来ることになった。


 しばらくして、キッチンからメイドさん達が出てくる。料理を乗せた台車が廊下を通って行き、1台だけリビングへ入って来た。ベアトリスちゃんが配膳をしてくれた中には、好物のミートパイもある。パイと言いながらパイ生地ではなく、マッシュポテトが被さっている変わり種の料理。焼き立てで香ばしい匂いが堪らない。

 台車の料理が全て並べられた後、何故がティーポットもテーブルに乗せられた。お茶のお代わりなどは、給仕役のメイドさんの仕事なので、自分で注ぐと怒られる(経験済み)。なので、ティーポットがテーブルに用意されるのは珍しい。ベアトリスちゃんに目を向けると、少し恥ずかしそうに応接間の方を指差した。


「本来なら給仕をしなくてはならないのですが、私も応接間に行ってよろしいですか?

 レスミア様の話の続きが気になって、気になって仕方がないのです!」


「ああ、構わないよ。食べ終わったら、食器はキッチンに運んでおくね」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうに笑うと、いそいそと応接間に向かって行った。あんなに楽しみにされているレスミアの話って……ディナーショーでも開いているのか?




 一人で食べる夕飯は久し振り。こちらに来てからは給仕のベアトリスちゃんとか、半同棲状態のレスミアが居たからな。たわいもない話題でおしゃべりしたり、料理の感想を話し合ったり。久し振りのミートパイは、懐かしくて美味しいのに、感謝を伝える相手が居ないのは少し寂しいな。


 食後のお茶を飲んでいると、メイドコンビが台車を押してやって来た。台車の上には、空の大皿と彩り用の野菜だけが乗っているので、そこにトンカツと野菜の天ぷらをまとめて取り出す。ベアトリスちゃんがトングで盛り付け直している間、フロヴィナちゃんがニヨニヨ笑いを堪えながら近付いて来て、肘で突いてくる。


「ザックス君、情熱的だったんだね~。やっぱり、赤髪だからかな~」

「ヴィナ! すみません、私達は直ぐに戻ります」


「はいはい、またね~。

 トリクシーってば、続きが気になるのは分かるけどさ、そんなに急がなくても」


 二人はじゃれ合いながら、戻って行った。

 楽しそうで何より……女子会で何が話されているのかは、深くは考えないでおこう。精神的にダメージを喰らいそうだしな。



 食後のお茶を飲み終えても、誰も戻ってこないので〈ライトクリーニング〉で食器を浄化して、キッチンへ運んだ。

 勝手知ったる台所……と、いう訳でもなく、初めて入る。以前滞在した時も、お客様だからと言われ、立ち入り禁止にされていたからだ。なので、お皿やカトラリーをしまう場所も分からない。取り敢えず、キッチン台に置いておけばいいだろう。ついでにストレージに入れっぱなしだった、伯爵家の料理が入っていた鍋や食器も出して置く。


 改めて家庭科室のような大きなキッチンを見回すと、魔道具のコンロや流しが付いたキッチン台が3つもある。それぞれの壁際には冷蔵庫らしき物も見えるし、大小様々な鍋も棚に並んでいた。変わった魔道具でもないかと思ったけど、案外普通の豪華さだな。


 先程の夕食会の準備に使われたとみられる、お皿やトング、まな板等の調理器が流しに置かれていたので、まとめて〈ライトクリーニング〉しておく。ついでとばかりに、コンロや流しも浄化する。後は棚の鍋も、綺麗に管理されているが、火に掛かる底の方が黒ずんでいたので〈ライトクリーニング〉。


 目に付く汚れを浄化しまくったが、流石に戸棚を漁ってまで、浄化対象を探す気にはなれない。俺は人知れず綺麗にするブラウニー妖精であって、泥棒ではないのだからな。

 メイドが戻って来る前に、そそくさと退散した。



 その後、お風呂場も浄化し尽くした。綺麗なお風呂にのんびりと温まってから、寝間着に着替え、リビングに戻る途中、応接間が静かになっている事に気が付いた。耳をそばだててみると、玄関の方から話し声が聞こえて来た。


「今回のはメイドの間で流れる噂話でも、上位に入るんじゃない?」

「もうちょっと脚色すれば、吟遊詩人に歌われたり、小説になったりするかもね〜」

「今日は乗せられて喋りましたけど、広めるのは流石に恥ずかしいです!」

「ええ~、あんなに楽しそうに惚気てたのに〜?」


お貴族様の見送りでもしていたのだろう。「あはは!」と聞こえてくる笑い声は、レスミアとメイドコンビだけだ。


「まぁ、楽しかったけどね。応接間とか食器片付けなきゃ。ヴィナも手伝ってよね」

「あ、私はお風呂の準備をしてくるよ~」

「私もお片付けを手伝いますよ。元々メイド修行していたんですから」


「先にお風呂入ったから、もう沸いているよっ……レスミアか?!」


 玄関に向かう角から顔を出して、声を掛けたのだが、ドレス姿に驚いてしまった。髪を結い上げ、若葉を思わせる薄緑色のドレスを纏っているので、一瞬誰か分からなかったのだ。


「どこかの貴族のお嬢様かと思ったよ。よく似合っている」


 主に肩出しで鎖骨がエロい。胸はストールのような布地で隠されているけど、お腹からスカートにかけては体型が分かるほどぴっちりしていて、エロい。じっくりと眺めていると、「目がエッチですよ!」と、レスミアは自分の身体を抱き締めて後ろを向いてしまった。いや、お尻も形が分かるほどで……


「はいはい! 台車が通りますよ~。続きは部屋でやってね~」

「レスミア様は、先にお風呂をどうぞ。片付けは私とヴィナでやりますから」


 いつの間にか応接間に行っていたメイドコンビが、台車を押して出て来た。それを呼び止めてから、台車に〈ライトクリーニング〉を掛ける。ついでにレスミアにも……あ、化粧まで浄化されて、すっぴんに戻っている。今後、女性に使う時は気を付けないと危ないな。


「え!なに?!光が……」

「おお~! お皿が綺麗になってる! レスミアちゃん、これって話に出てたのだよね?」


「ええ、光魔法で綺麗に浄化されたんですよ。しつこい汚れを綺麗にするメイドの救世主であり、メイドの仕事を奪っていく悪魔でもあります!」


 その評価は初耳なんだが……『機械が仕事を奪っていく』みたいなノリだなぁ。






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