第166話 続、今後の打ち合わせ

「陛下には推測も含めて報告するが、近隣の領地へ注意喚起も必要だな」


 ノートヘルム伯爵は椅子の背もたれに体を預けたまま、クロタール副団長へ先を促す。


「『現神族の手駒らしき者が、領内を山賊行為で荒らし、ダンジョンを不法占拠しようと企てた』

 見出しは、こんなところでしょうか? 正直言って、侵略型レア種は不安を煽るだけになりますし、精霊に関しては誰も信じないでしょうから」


「ああ、私もザックスの件や、聖剣の存在がなければ信じないだろう。

 ヴィレハレム、ここまで聞いて裏の事情は分かったな。先日通達した件はどうなっている?

 各地のダンジョンの護りを強化するだけでなく、転移門のある街には、軽騎兵を含む2パーティーを待機させておくのだぞ」


 その言葉に、ここまで話を聞いて座っていた護衛の騎士が始めて口を開いた。後に聞いた話だけど、第3騎士団の団長らしい。顔が四角く、体もゴツイ、いわおの様なおじさんだ。


「ハッ、騎士団が常駐していない村へ、半年間の派遣人員は選定済みです。ただ、軽騎兵の方は、攻略期間だった者を呼び戻したので不満が上がっています。

 後は、各地へ派遣する分だけ、予算が足りません。追加をお願いしたいのですが……」


「特別予算を組んで出すつもりだ。この件についての運用費用をまとめ、予算申請の書類を出しなさい」


 予算が約束されたというのに、ヴィレハレム団長は口元を痙攣らせた。その正面に座るクロタール副団長は、呆れたような声を掛ける。


「ヴィレハレム様、まだ後任の書類仕事が出来る人員は、見つかっていないのですか? だから、私がいる間に探しておいた方が良いと進言したのに……」


「2人増やして、なんとか処理しているがギリギリだな。クロタール! 第3騎士団に戻って副団長にならないか? 今なら、部下も付くから、前よりは楽だぞ」

「お断りします。書類仕事が多いのは第1騎士団の副団長職も同じですが、勤務地が領都な分だけ、こちらの方が家に帰れる時間が多いので……」


 う~ん、残業や出張が多い会社勤めみたいな会話だなぁ。肉体派な騎士でも、出世すると書類漬けになるのか。騎士ではなく事務職を雇えばと言うのは野暮だろうか?

 紅茶のお代わりを頂きつつ、騎士団の内情を拝聴していたら、矛先がこっちに向いた。


「そうだ! ザックスも報告書が書けるなら、書類仕事も出来るよな。君ぃ、第3騎士団に入らないか。ダンジョン攻略を目指すなら、バックアップが貰えるウチが良いぞぉ!」

「……お誘いは光栄ですが、自由にダンジョンに入りたいので、お断りします」


 何より給料制なので、ダンジョンで得た素材やドロップを全部騎士団側が持っていくそうだ。沢山持ち帰れば、その分貢献になるが、自由に調合やバフ料理などが出来ないのは痛い。それにパーティーメンバーを上司に決められるのも、ちょっとね。

 即座に断ってしまったが、ヴィレハレム団長は気にした様子も無く、腕を組んだ。


「それならば仕方ない。俺の所にこれば、多少は守れたのだがな。ノートヘルム様、例の陳情について話しておかないのですか?」


 ん? 守るとか陳情って何の事だ? ヴィレハレム団長に釣られて、ノートヘルム伯爵に目を向けると、こちらも腕を組んで難しい顔をしていた。


「ああ、領内の貴族からだな。『ザクスノート用に確保されていたダンジョンを解放しろ』や、『廃嫡して平民になったのだから援助するな』などと、意見具申が上がってきているのだ」


「少し情報収集すれば、意味の無い意見だと分かるのに。

 ああ、確保してあるダンジョンは、ザクスノート様が学園を卒業する3年後に50層に育つよう管理されている。今、解放する意味など無い。

 それと、君への援助は国王陛下の判断でもある。陛下に異を唱えている事に等しいとなぜ気付かん!」


 田舎でのんびりしていたので、そんな事になっているとはつゆ知らず。この街を離れるように手配されたのは正解だったようだ。

 それにしても、クロタール副団長は忠誠心に厚い人だったのか。意外な一面も知れたな。

 それに対して、ノートヘルム伯爵は落ち着くように声をかけた後、こちらを向いた。


「その援助だが、今後は少し減額させてもらう。街の防衛という予想外の出費が増えたからな。第2、第3騎士団への追加予算に回さなくてはならない。各町を治めている貴族達への配慮も必要だ。

 王家からの援助、拠点を準備するというのは、生きているから安心しなさい」


「拠点があるだけで助かりますから、大丈夫ですよ?

 生活費はダンジョンで稼げますし、ダンジョンで手に入る食材で自炊していましたから、出費は多くなかったです。村の方では補助金が、かなり余っていたと聞きましたからね。

 まぁ、余っていたお陰で、侵略型レア種の討伐用物資が準備出来た訳ですけど」


 マナポーションが無かったら、2連戦に耐えられなかった筈だ。


「それと、この街のダンジョンは使用禁止だ。次のダンジョンが決まるまでは、大人しくしていなさい」

「え!?…………分かりました」


 ……明日にでも行こうかと思っていたのに。でも、スポンサーがNGと言うなら、それなりの理由はあるはずだ。不承不承ながらも、返事をした。


 既に2日もダンジョンに入っていないのだ。この街では何が採取出来るのか楽しみにしていたのにと、肩を落としてしまう。


「あれから、まだ一月と少ししか経っていない。ザクスノートの事が風化するには短過ぎる。貴族街やダンジョンギルドはもちろん、街にも立ち入り禁止だ。他の貴族……陳情を上げてくるような者に、姿を見られると面倒だからな」


 暗に、帰ってくるのが早すぎると言われた気がした。

 しかし、最下層の22層まで攻略してしまったから、あれ以上とどまってもレベルは上がり難い。お金と素材は貯まるかもしれないが……戦闘系のジョブが後3レベル上げれば、セカンドクラスになるのに、お預けされている気分なのだ。


「不服なのは分かるが、貴族からの命令として受け入れなさい。今の君は平民なのだから、身分の差と言うものだ。本来なら、こうして話す事も出来ず、命令をされる側なのだぞ。どの道、装備更新に一週間は掛かる。ゆっくりしていると良い」


「装備更新? あ! 頼んでいた鍛治師ですか?」


「ああ、クロタールが依頼した『異変の調査』の報酬だな。この報告書を持って完了とする。報酬として求めていたのは、鍛治師と錬金術師協会への伝手だったな。

 紹介は構わないが、錬金術師協会については、次のダンジョンがある街の協会宛で紹介状を用意しておこう。錬金術師は貴族が多いので、この街の協会は駄目だ。

 代わりと言ってはなんだが、武器を扱っている鍛治師だけでなく、騎士団の隊服を作っている工房も紹介しよう」


 革製品を取り扱っている工房まで、紹介してもらえるとは渡りに船だ。多目に収穫して来た雷玉鹿の皮で交渉するつもりだったからな。錬金術師協会については貴族案件と言われたので、大人しく待つしか無いが。


「ありがとうございます。もう一つの依頼の方、シュピンラーケンを10枚も用意してあります。確認して下さい」


 ストレージから、テーブルの上に取り出して見せた。クロタール副団長が一枚手に取り、確認を始めた。その間にノートヘルム伯爵が手を挙げると、執事さんがサッと動き、給仕をしていたメイドさんに指示を出している。

 そのメイドさんはテーブル近くに跪くと「失礼します。〈中級鑑定〉」とシュピンラーケンを1枚ずつ鑑定し始めた。


「この白さと弾力、品質には問題無い」

「鑑定でも、全てシュピンラーケンと確認出来ました」


 メイドさんは優雅に一礼すると、下がって行った。流石、本館のメイドさんは所作も美しい。それと比べると、離れの2人は今一歩と言うか……親しみがある感じだな。普段から格式張った態度でいられても疲れるから、構わないけど。


 執事さんから銀貨5枚の報酬を受け取ったところで、思い出した。


「余分が有れば買い取ると、依頼書にはありましたが、追加は御入用ですか? 70枚くらいは融通出来ますよ」

「多いな、それは……専属工房の職人も喜ぶだろう。ただ、数枚ならば兎も角、そこまで数が多いと具体的に必要な枚数は把握していない。直接、職人と交渉するといい。ノートヘルム伯爵、職人を派遣するのは、いつ頃でしょうか?」


「帰還日の翌日で指示しておいた筈だ。エドムント、どうなっている?」

 誰だ?と、思ったら、執事さんがスッと前に出てきて答えた。


「明日の午前に鍛冶師、午後に防具と服飾職人を手配済みです。ザックス殿は明日、離れにてお待ち下さい。そこで採寸や発注を行います」


「ああ、そうだ。ザックス、雷玉鹿の皮は取ってきているな?

 報酬は伝手の紹介だけなので、装備品までは支給出来ない。武具の素材がないと、かなり高額になるぞ」


 ノートヘルム伯爵は、少し心配そうに話してきた。元より、援助は拠点と生活費なので、問題無い。武具は自前で整えられるように、素材を貯め込んできたのだ。安心させる意味も込めて、胸を張って答える。


「ええ、大丈夫です。雷玉鹿の革なら150枚程、乱獲して来ました。錬金術で鞣し済みなので、後は仕立ててもらうだけです。俺とレスミアの分を使っても余りそうなので、よければ革と肉をお譲りしましょうか?」


 席についている3人が、驚きに目を見開いた。それもそのはず、騎士団も半年毎に、隊服用の皮集めに来るけれど、長く逗留しても100枚程が精々らしい(フルナ談)。


「この短期間で随分と集めたものだな。しかも、2人パーティーで……いや、それくらいでなければ、侵略型レア種なんて倒せないか。

 うむ……では、ボスの鹿肉を10個買い取ろう。アレは半年に一度の楽しみなのでね。後、革は次の行き先まで取っておきなさい。そちらの方が高く売れる筈だ」


 この街では騎士団が定期的に確保してきている&今後は安定供給する(予定)なので、定価にしかならないそうだ。その点、他の街ではレアな素材で、騎士団の隊服と同じなら欲しがる探索者は多い。俺としても錬金釜の費用の為に、高く売りたいので異論はなかった。


 雷玉鹿の肉10個分の代金を頂き、後で厨房へ届ける事となった。おっと、食材で思い出した!


「頼まれていた、ランドマイス村の余剰食料を買い取って来ました。こちらが食料品の一覧と取引の明細書で、預かっていた予算の残りです。この食材も後で厨房へ持っていけば良いですか?」


「いや、保存の利く穀物と芋類は、後で案内させる倉庫に出し、それ以外の野菜はストレージに入れたまま保管していなさい。2ヶ月後の新年祭で使う予定だ」


 なるほど、冬の最中に新鮮な野菜が使えるのは、お祭りに丁度良いのかもしれない。特別感があるからな。


 その後は細々こまごまとした事を話し合った。訓練場の使用許可に、見習い騎士の訓練に混ざっても良いか。専属の錬金術師のアトリエ見学を却下され、代わりに庭先での調合許可をもらったり、エヴァルトさんから新商品開発のお誘いが来ていたり、レスミアが街に出られるように許可証を発行して貰ったり、パーティーメンバー募集のため見習い騎士の勧誘許可を貰った、等々。


「後は……この屋敷と離れに限っては、光魔法を使っても良い。使用人全員に、ザックスに関する情報は全て伏せるように指示してあるからな。特に浄化魔法は期待されているぞ。手が空いた時にでも、メイドを手伝ってやれ」


 その言葉に、給仕のメイドさんがこちらに向かって一礼した。その目にロックオンされている気がしたけど、〈ライトクリーニング〉くらいなら、大した手間でもないのでいいか。家事が大変なのはレスミアを見ていると分かるからな。


 粗方、話し合う事が終わり、お茶で一服していた。

 今後の予定としては、次のダンジョンが決まるまでは待機、と言うか軟禁に近い。新装備発注した後は、訓練か調合の練習くらいしかする事が無い。後は、学園で使う教科書を借りて読むくらいだろうか?


 この後、倉庫で取り出す物と残す物を選り分けられるよう、ストレージのフォルダを軽くチェックしていると、未分類の一時置きフォルダに取り扱いに困る物があったのを思い出した。折角なので、配ってしまおう。


「村の雑貨屋から餞別を頂いたのですけど、私にはまだ必要ありませんので、皆様にお裾分けです。エルナート商会で取り扱っているそうなので、良かったらどうぞ」


 ムッツさんからの餞別品、精力剤を1本ずつ、3人の前に置いた。執事さんは「歳なので必要ありません」とやんわり断られ、メイドさんに渡すのはセクハラになりそうなので、代わりにフロランタンを一袋プレゼント。

 喜んでくれたメイドさんとは対照的に、渡された3人は困惑していた。


「トゥータミンネが貴族レシピで作っているからな……おお、そうだ!クロタールのところは、まだ子がいなかったな。私の分を譲ろう」

「それは良い考えですな! 先程も第1騎士団の方が、家に帰れると言っていたし、奥方も喜ぶであろう!」


「お、お気遣いありがたく頂きます……」


 あれよあれよと言う間に、クロタール副団長の前に3本とも置かれてしまった。まぁ、笑顔で受け取っていたから、喜んでくれたと思う。




 1階の厨房と地下の食料品倉庫で、荷下ろしをしてから離れに帰った。道すがら懐中時計を見ると、既に16時半を回っている。お嬢様への挨拶から始まって、結構時間が掛かったようだ。お風呂に行ったレスミアを放置してしまったが、しょうがないよね。メイドコンビと仲良くやっているだろう。


 ファルコ君に先導されて離れに戻り、仕事が残っているからと、本館にとんぼ返りする彼を見送った。玄関で「ただいま~」と声を掛けるが、珍しく誰も出てこない。まだ、おしゃべりしているのかと思い、ついでにレスミアに貴族街の通行許可証を渡す為に応接間に足を向けると、扉の前に見慣れない女性騎士が2人立っていた。深緑色の鎧とスカートなので、アドラシャフトの騎士ではないようだが……


「あの~、どちら様ですか?」

「ハッ、我々はヴィントシャフト家の騎士です」

「今、主がお茶会を開いているため、警護中です。そう言う貴方は、ここの滞在者ですか?」


 ヴィントシャフト? さっきのお嬢様か!

 帰ったと思いきや、離れに来ているとは……なんで?


 取り敢えず、女性騎士さんに自己紹介しつつ、胸の勲章を見せて身の証を立てる。ついでに、お茶会にレスミアが参加しているか、確認してみると、


「銀髪の猫人族の少女ですね? 彼女でしたら主賓として招かれています。お取次ぎしますか?」

「ええ、お願いします」


 お嬢様御一行には睨まれたり、笑顔で凄まれたりしたからな。レスミアも借りてきた猫状態に違いない。フォローくらいはしてやらないと。

 女騎士さんの一人が中に入って行く時、扉の中を覗いて見て驚いた。中は華やかなお嬢様が何人もいたからだ。パッと見て分かるのはソフィアリーセ様に、妹ちゃんことトゥティラ、それにエメラルドのような髪は母親のトゥータミンネ様。更に、それぞれが護衛の女騎士やメイドを連れているから、応接間は女性の園と化していた。


 その中心で銀髪の猫耳少女が、にこやかにおしゃべりしている。そのレスミアと目が合うと、大輪が咲いたような笑顔で手を振ってくれた。


 アレ? 余裕そうだぞ?






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ダンジョンはおろか、街まで出禁になりました。しばらくは日常回……いえ、ダンジョンに行くための準備回です。

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