第165話 お嬢様の裏事情と、山賊の謎

 扉が閉まると、緊張が途切れてどっと疲れが押し寄せてきたように感じた。片膝を突いたままぐったりしていると、お前も席に付け、と声が掛けられた。テーブルの端の席に座ると、隣にクロタール副団長やって来て、肩を叩いてくる。


「ハハハッ、面白い余興だったぞ。笑顔の仮面を着け慣れているお嬢様達が、表情を崩していたからな」

「いえ、余興ではなく、事故ですよ事故」


 〈リアクション芸人〉……遊び人のジョブ的に、人を楽しませる隠し効果があったに違いない。

 もう一人いた護衛騎士も席に着く。執事さんは新しいお茶をテーブルに置いてから後ろに控えている、ここからの会議?には参加しないようだ。紅茶で咽の渇きを潤してから、先ず一番の疑問を聞いてみる。


「あの、ノートヘルム伯爵、先程のお嬢様……ソフィアリーセ様と顔合わせさせたのは何だったんですか?」


 予定では5の鐘だった筈だ。光属性の魔法を見せる意図も分からない。


「私ののトゥータミンネはヴィントシャフト領の出身で、向こうの領主の妹だ。つまり、領主の娘のソフィアリーセ嬢は、私の姪にあたる」


 なるほど、親戚だったのか。言われてみると、トゥータミンネさんと顔立ちが似ていたな。髪の色も、エメラルドとサファイアと色の違いはあれど、美しい髪という点も似ている。髪には魔法の素質が出ると、聞いた覚えがあるので水属性とか得意なのだろう。

 などと、一人で納得していたら爆弾をぶっこまれた。


「ソフィアリーセ嬢は、学園で厄介な上位貴族に目をつけられ、婚姻を迫られていた。それを回避する為に、ザクスノートと婚約させたのだ」


「ゴフッ! ゴホッ、ゴホッ、ええ? つまり婚約者?!」

 危うく、紅茶を吹き出すところだった。

 そりゃ、婚約者に対して初対面の挨拶をしたら、睨まれても当然だ! 中身違うけど!


「ザクスノートは嫌がったが、母の説得に応じて婚約を結んだのだ。それで、流石の公爵家でも2つの領地を敵に、しかも国王派を相手にするのは部が悪いと、手を引いてくれたのだが……ザクスノートが亡くなった事により、またアプローチが増えてきたらしい。

 今日話していたのは、その打開策といったところだ」


「俺……っと、私も責任の一端という、事情は分かりました。何か手伝える事があれば、微力ながら力になりましょう」



 不可抗力だったとはいえ、俺がここに居る事の余波には変わりない。上位貴族相手では役に立たないと思うけど、何か力を貸すのはやぶさかでは無い。


「…………なんにせよ、向こうの領主の返答があってからの話だ。今は領内の問題を優先しよう。クロタール、山賊の件について教えてやれ」


「ハッ。

 ザックス、山賊を支援する商人が居た事、ダンジョンに何かを置いて行った事までは話したな。山賊の生き残りを尋問して、多少の情報が得られた。山賊の大半は、頭目の男が集めた赤字ネームや、灰色ネーム、それと食い詰め者だ。なんでも「食うに困らない楽な仕事」と言って集められたそうだ」


 その後は、山賊の活動内容について色々聞いたが、胸糞案件なので詳細はカットしよう。国境近くの街道を通る商人を襲っては殺人掠奪し、騎士団が近付けば隣の国ドナテッラに一時的に避難して、別の場所から再侵入するなどして、逃げ回っていた。


「ドナテッラの警備体制には苦情を入れたいですな。お昼寝時間とか、確実に穴が出来ると分かっているならズラせと!

 一度、国境を跨いで逃げられた時は、範囲魔法を打ち込むか迷った程でしたから」


「気持ちは分かるが、絶対に止めろ。あそこの昼寝は、神へ祈りを捧げているものらしいからな。時間をズラせと言うのも内政干渉に当たる。

 それに、基本的におおらかな国だから、魔法の1発くらいは見逃してくれるだろうが、万が一という事がある。もし、戦争になれば勝ち目など無いのだからな。我が国の方が何十倍もの国力と人口が有ってもだ」



 気になる話ではあるが、話がズレた。

 それは兎も角として、問題のランドマイス村を襲う前に、商人が追加人員として魔法使いを3人連れてきたらしい。魔法で派手に燃やして自警団を引きつけ、別動隊がダンジョンに侵入する。捕虜になった山賊も、魔法使いの素性は知らないし、会話も無かったそうだ。


「先ず、ここがおかしい。魔法使いならば、山賊のような真似をしなくても、引く手数多だからな。レベルを上げた結果として増長し、犯罪を起こして名前を染める奴も居るが……報告では〈ファイアボール〉しか使っていない。この手の輩は派手に範囲魔法を使いたがる筈なのにな」


「自警団を引き付けるのが目的だから、加減したとか?」


「その可能性もあるが、私なら延焼させやすい〈ファイアジャベリン〉を使う。それに、見習い騎士が到着してから、君が聖剣で頭目を倒すまでの間、魔方陣を充填する時間は十分にあった。〈フレイムスロワー〉を打ち込む絶好の機会なのに、使われたのは〈ファイアボール〉だけだ。

 後は、君の報告書にあった頭目もおかしい。ここの記述の信憑性を問いたかったのだ」


 クロタール副団長が差し出してきたのは、俺が書いた異変の報告書。指差す場所に目を通すと、頭目の鑑定結果の事だった。


【人族】【名称:失念】【基礎Lv38、重戦士Lv15】(赤字ネームのため攻撃可)


「すみません。一度見ただけのおっさんの名前なんて覚えて無いです」

「そっちじゃない! 基礎とジョブレベルの方だ!」


「ああ、それならここに書いた通りですね。やたらと高い基礎レベルと、セカンドクラスという事に驚きましたから、よく覚えていますよ。今見ても……あれ?」


 基礎レベルが38もあるのに、ジョブがレベル15? よくよく考えるとおかしい。

 戦闘系のセカンドクラスになれるのはレベル25からだ。基礎レベルが25でジョブが15ならば、育て直し中と考えられる。

 しかし、基礎レベル38という事は……重戦士以外のジョブをレベル38まで使っていた?

 いや、そのジョブが嫌になってジョブチェンジしただけかもしれないが。


「レベル38まで育てたジョブを変えるのは普通じゃないな。君は複数ジョブを付け替えられるから、理解し難いのか? 今まで使えていたスキルを手放すのは、かなり不安な行為だぞ。

 可能性としては2つある。1つは、戦士のレベル上限であるレベル30まで育てたが、セカンドクラスが出ず。そのまま基礎レベル38まで上げて、ようやく重戦士が手に入った場合だ。ただし、レベル上限になってもセカンドクラス得られないなんて、普通の人なら才能が無いと諦めるな。

 2つ目は、誰かにジョブを変えるように指示された。もしくは強要されたかだ」


 強要された? あ!黒幕っぽい商人か?


「山賊の頭目の装備品も、重戦士にしてはおかしい。軽量の革鎧で、盾すら持っていなかったそうだな?」

「はい、見るからに山賊って感じの風体で、重戦士には見えなかったですね」


 腕とかノースリーブだったので、光剣で狙うには丁度良かったけどな。大楯でも装備されていたら、厄介だったに違い無い。商人がバックにいたのに、装備品くらい融通していないのか?


「〈ファイアボール〉しか使えない魔法使いも、同じように強制されたものかもしれない。

 本来、魔法使いならば、多種多様な魔物に対処するために、初級属性の適正が3つ以上はないと駄目だ。しかし、人相手なら弱点を突く必要はない。弓の様に訓練せずとも、お手軽に遠距離攻撃手段が手に入る。火属性があれば火事を起こすのも容易い


 クロタール副団長の言葉に、ノートヘルム伯爵は重々しく頷き、続くように話した。


「状況証拠からの推測でしかないが、頭目と魔法使い達は、支援していた商人の奴隷であった可能性が高い」


「奴隷?!この世界には奴隷制度があるのですか?」

 奴隷という言葉に驚いた。そりゃ、学校の歴史で習ったように、人がいて文明があるのなら、奴隷文化があってもおかしくはない。ただ、俺の認識からすれば、過去の出来事なのだ。実際に直面すると、どう判断していいのか分からない。


「この大陸では、無いな」

「ほぼ?」


「そうだ。歴史の話になるので掻い摘んで話すが、この国……いや、この大陸は統一国家に支配されていた。その中心種族以外の者は、全て奴隷だったのだ。

 そして500年前に首都が魔物に滅ぼされてから、奴隷達が蜂起し、中央平原の街で国を起こした。それが、ここランドフェルガー王国だ。それ故に、我が国だけでなく周辺国家も奴隷制度は無く、法律でも禁止されている。

 ただし、中心種族の生き残りが、大陸北部の大森林に国を構えていてな。今でも、奴隷制度が残っているそうだ」


「つまり、今回の黒幕が、その生き残り種族の可能性が高いと言う事ですか……ちなみに、何て種族なのですか?」


「ああ、神の代理人を名乗る『現神あきつかみ族』だ。統一国家時代、歯向かう奴隷は強制的にジョブを入れ替え、反抗する力を奪っていたらしい。頭目のジョブレベルが低いのは、これを連想するな」


 神の代理人??? 王権神授された種族って事か? いや、個人ではなく種族って人数が多すぎだな。例えるなら、白人至上主義みたいな感じだろうか。

 ノートヘルム伯爵は、現神族に嫌な思い出でもあるのか、厳しい顔で続ける。


「現神族は魔法の扱いに長け、魔道具も統一国家時代の遺産を多く継承している。そのため、今でも大陸は現神族の物だと言う価値観でいるらしい。黒い噂の多い種族だからな、今回のダンジョンの異変も仕組まれていても不思議ではない。ただ、それでも、ダンジョンに捨てた魔道具か何かで侵略型レア種を人為的に呼び出す……そんな事が可能なのか?」


「しかしながら、22層で侵略型が出るなど聞いた事がありません。アレは50層以降にしか出ないから、緊急招集の対象もサードクラスと定められたと歴史書にも記されています。私自身も1度だけ招集に応じた事もありますが、その時も55層でした。

 浅い層に、自然に出ると考えるよりも、人為的なイレギュラーと考えた方が良いかと……」


「お前の案も一理あるが……不思議と言えば、クロタール、報告書の最後のページを出せ。

 ザックス、ここの精霊とは何の事だ?」


 報告書には、俺の頭に響いた声や戦闘中の光、パワーアップした聖剣等を根拠に精霊と書いておいた。これ以上、説明しようがないのだけど……取り敢えず、許可を得てから〈プリズムソード〉を使い、氷属性の白色の光剣と、比較用の赤色の光剣を召喚して見せた。

 しかし、ノートヘルム伯爵は、困った様に眉間に手を当てて俯いてしまう。逆にクロタール副団長は面白そうに推測を述べ始めた。


「精霊を捕らえ、レア種に取り込ませて……いや、ダンジョンに取り込ませて、侵略型レア種が出現するマナを補う為の生贄だろうか? そうすれば、低層で出現した事も説明出来る。


 ハハハッ、我ながら荒唐無稽な話だ。先ず、存在自体がおとぎ話の精霊をどう捕まえるのだろうかねぇ?統一国家時代の魔道具なら可能なのだろうか?」


 やはり、精霊はおとぎ話的な存在のようだ。曰く、草原で迷子になった子供が、光る蝶々に村の方向を教えてもらった。海でおぼれた子供が、下半身魚の女に助けられ、浜辺で倒れていた。雪山で雪崩に巻き込まれたはずの子供が、いつの間にか麓に作られていた、雪だるまの頭に乗っていた。

 そんな精霊が登場する民間伝承は、どれも子供による証言なので、信憑性は薄いとされているそうだ。


「それを陛下に報告しなければならない、私の身にもなって欲しいものだ。クロタール、私の代理で謁見してくるか?」

「いえ、下級貴族の男爵位が代理では、アドラシャフト家の品位が疑われてしまいます。ここは国王陛下の覚えがめでたいノートヘルム様が謁見されるべきでしょう」


 分かっとる、そう言い返してノートヘルム伯爵は疲れた様に、椅子の背もたれに寄りかかった。やはり、王様と会うだけでも大変そうだ。日本で言うところの天皇陛下か、総理大臣に会うようなものだろうからな。

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