第164話 蒼玉のソフィアリーセ

 青いお嬢様と一瞬だけ視線が交差すると、その青い目が細められた。睨まれている?

 そっと目を逸らし、テーブルの近くで片膝を付いて、ノートヘルム伯爵へ貴族の礼を取った。


「探索者ザックス、ランドマイス村でのダンジョンの調査と、レア種を討伐し帰還しました」


「ああ、報告書は騎士団より届いている。ご苦労だった。目を疑う様な内容ばかりであったが、後回しにして先に紹介しておこう。そちらは隣の領地を治めるヴィントシャフト伯爵家の三女、ソフィアリーセ嬢だ」


 伯爵の後は、お客様に挨拶だったな。一度立ってから向き直り、ソフィアリーセ様に向かって膝を突く。


「初めまして、探索者のザックスと申します。以後、お見知り置きを……」


 取り敢えず、無難な挨拶をしてみた。何故、隣の領地のお嬢様が、俺に紹介されるのかが分からない。しかも、挨拶したのに声も返ってこない。恐る恐る顔を上げて、様子を窺うと睨まれていた。さっきより視線が鋭い!

 その後ろにいる護衛の女性騎士……金髪ポニーで、装飾過多な白い鎧を着た様は、漫画やゲームに出てくる姫騎士の様……その姫騎士からも、厳しい目で睨まれている。その隣のメイド服の女性は、微笑んでいるけど、逆に怖い。


「……貴方は、光の女神を忘れてしまったのですか?」

「光の女神と言うと、教会とかに祀られているフィーア様ですよね? 創造神と習いましたけど、それが何か?」


 首を捻りながら答えると、周囲から溜息が漏れた。クロタール副団長なんて、口元押さえて震えている。……あ!貴族的な隠語か何かだ!


「ソフィアリーセ嬢、これで分かっただろう。中身が違うのだから、貴族の常識も知らないのだ。

 ザックス、聖剣と簡易ステータスを見せて上げなさい」


 最早聖剣は、何処ぞの印籠の様な扱いになっているな。ただ、毎回取り出すだけでは芸がない。スポンサー様へのアピールをするには丁度良いだろう。村の子供達にも好評だった、アレをやろう。



 立ち上がり、ポーズを決めて注目を集める。そして、


「〈緊急換装〉!」


 次の瞬間には、ミスリルフルプレート纏っていた。ソフィアリーセ様が目を丸くして、驚いている。これで不機嫌な感じを吹き飛ばせると良いのだけど……

 腰に着けられていた聖剣クラウソラスを取り外し、再度膝をついて掲げる様に差し出す。


「聖剣クラウソラスです。防犯機能が付いており、私以外が触ると拒絶しますので、ご注意ください。少し触る程度なら、光るだけですが」


 テーブルの上に置き、いつもの注意事項を述べる。何故かみんなして触りたがるからな。しかし、お嬢様は対応が違った。何処からか銀色の扇子を取り出すと、口元を隠して聖剣に見入っている。

 しばらく観察した後、姫騎士の方に目を向ける。それだけで伝わったのか、姫騎士が頷いてから、テーブルの聖剣に手を伸ばす。


「ひうっ!」

 バチッと言う音と共に、可愛らしい声が聞こえた。皆の注目を集める中、顔を赤らめながらも続ける。


「そこまでになさい」


 お嬢様の声で終了し、聖剣を消してから複数ジョブをセット、簡易ステータスを代わる代わる見せて行く。扇子で口元を隠しているが、その目が驚きから呆れに変わっていく。


「貴方は節操が無いわね。適性が無い魔法使いまで……そんなに沢山のジョブを育てて、何を考えているのかしら」


「えっ? 魔法使い系は戦闘の主力ですし、ジョブが手に入ったら育てたくなりませんか? 新しいスキルを覚えるのはワクワクしますよ。後は……ジョブの情報を集めるためですかね? ジョブ情報をまとめた本を出版して、広めるのも良いです。皆が自分に合ったジョブを育てる、なりたいジョブが取れる、そんなワクワクを皆で分かち合いたいです」


 パーティーメンバーのレスミアも、ジョブを4つ切り替えながら育てている事も教えたら、更に驚かれた。


「猫人族の少女だったな。彼女も複数のジョブを育てているのは初耳だぞ。

 ああ、ザックス。そろそろ兜を脱ぎなさい。顔を隠して話すのは失礼であろう」


「あ、すみませんでした。今脱ぎます」

 しかし、兜を脱ごうにも、首の辺りで引っかかって脱げない。ミスリルフルプレートは〈緊急換装〉でしか着たことがないから、どうやって着脱するのか分からないのだ。しばらく悪戦苦闘していたが、面倒になって特殊アビリティ設定の画面からポイントに戻した。


 兜で狭くなっていた視界が開けると、正面の女性陣が徐々に顔を赤くしていく。


「キャアアアアア!! 変態ぃぃぃ!!!」


 次の瞬間、姫騎士が踏み込んできて、右ストレートで殴られた。




 視界に天井が映り、青空に変わる。浮遊感が消えて、落下し始めた時には、空いた窓が見えた。


「げふっ!」


 2階の窓から落下したのに、不思議と痛みは無い。殴られた頬も、落下して打ち付けた背中も、ツッコミを受けた程度の衝撃を感じただけだった。あのスキルのせいか……と、悟った時、新しい悲鳴が上がった。


「キャアァァ!!! お兄様?!お兄様が! ルーシェ、早く僧侶を呼んできて!」

「お嬢様、落ち着いて下さい。ホラ、無事の様です」


 起き上がって声のした方を見ると、金髪の女の子……義妹?のトゥティラちゃんがメイドさんに肩を抑えられていた。


「すみません、スキルが暴走しただけで怪我は無いです」


 そう、ここまで吹っ飛ばされたのは遊び人の〈リアクション芸人〉が発動したせいだ。ダメージを無効化して派手なリアクションを取る効果のせいで、吹っ飛ばされたもよう。

 立ち上がって、大丈夫な事をアピールすると、メイドさんが慌てて妹ちゃんの目を塞いだ。


「お嬢様、見てはいけません!

 貴方も、早く服を着なさい!」


「あの、ルーシェ? 指の隙間が空いていて、丸見えよ。ただの薄着のおに……ザックスじゃない。目を塞ぐ意味あるの?」


 〈緊急換装〉の影響でゴツイ上着がストレージに格納されてしまったようだ。お嬢様御一行に睨まれたせいか、(冷)汗をかいていた。薄手のシャツがぴっちりくっ付いているが、変態と言うほどではない。


 ……ピュアな、お嬢様ってだけかなぁ。殴り掛かってきた姫騎士は、くっコロとか言いそうな風貌をしているし。


 ブーツと上着を着直して、2階の窓を見上げると、何人もの人が顔を覗かせている。それに向けて、「大丈夫です。直ぐに戻ります」と声を上げてから戻る事にした。周囲を改めて見ると、中庭っぽい。そこに設置されている白いテーブルで、妹ちゃんはお茶をしていたようだ。


 さて、ここから玄関に戻るには……屋敷の中を歩いたルートを思い出して、逆算していると、メイドさんから声がかけられた。


「ザックス殿、玄関ならあちらですよ」

「ありがとうございます。お騒がせしま「ちょっと、ルーシェ!そっちは使用人の出入り口でしょう!

 ザックス、玄関は向こうの方が近いです」


 さっきの目隠しといい、おっちょこちょいなメイドさんだなぁ。再度お礼を言ってから、屋敷へと戻った。




「先程は失礼しました。スキルの暴走で吹き飛ばされてしまったようです。まぁ、そのスキルのお陰で怪我も無いのですが」


 部屋に入ると同時に頭を下げて謝る。〈緊急換装〉と〈リアクション芸人〉の説明をする事で、何とか理解は得られたようだ、多分。ソフィアリーセ様は微笑んだままだし、姫騎士さんは顔を赤くしたままだけど……


「変わったスキルがあるのは分かった。そのくらいにしておこう。

 それとザックス、頭に砂が付いたままだ。浄化魔法で身なりを整えなさい」


 ノートヘルム伯爵の言葉に驚き、思わず振り返ると頷き返された。あれ? レスミアからの情報だとかなり貴重な魔法だろうに、見せてもいいのだろうか? まぁ、お貴族様だし、似たような魔道具があるのかもしれない。


「了解しました……〈ライトクリーニング〉!」


 光の粒子に包まれ、それが消えていくと、お嬢様一行が目を見張って驚いているのが見えた。そこにノートヘルム伯爵が、次の指示を出してくる。


「照明の魔法も見せてやれ」

「あ、はい。〈サンライト〉」


 天井近くに煌々とした光の玉が現れる。護衛騎士も含めて、皆が手をかざしながら見上げていた。あれ? やっぱり珍しいのか?


「ソフィアリーセ嬢、これで理解してもらえたと思う。私の提案を検討してもらえるかな?」


 ノートヘルム伯爵の言葉に、お嬢様はハッと正気に戻り、扇子で口元を隠した。しばし、目を閉じて考え込んでいたが、扇子を閉じるとノートヘルム伯爵を見据えて話し始める。


「ええ、よく理解しましたわ。わたくし個人にも利がある事は確かだと思います。ただ、即答出来る程ではありません。そうですね……別の視点からの情報が欲しい事と、父の説得が必要でしょう」


「エディング伯爵やケイロトス様の気質からして、説得は容易いと思うが、私からも後押しをしよう」


 ノートヘルム伯爵が軽く手を挙げると、執事がさっと前に出て、お嬢様に便箋を差し出した。それを後ろに控えていたメイドが受け取り、チェックをしてからお嬢様の前に置く。


「最初の提案の他に、領地間の利益について詳細が書いてある。今後とも互いの領地に、安寧と光と闇の加護がもたらされる事を願う」


「かしこまりました。その御言葉、父に届けましょう。返答については、わたくしも学園で講義がありますので、1,2週間はお時間を頂きたく存じます。

 随分と長居をしてしまいました、これにて失礼させて頂きます。


 ノートヘルム伯爵、御機嫌よう」


 ソフィアリーセ様は優雅に一礼し、俺を一瞥してから部屋を出て行った。

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