第163話 街への帰還と出迎え

 ランドマイス村を出て、途中の野営地で一泊。特にトラブルも無く二日目の昼過ぎにはアドラシャフトの街に到着した。予定より少し早く着いたのは、途中から自分で走っていたせいもある。


 あまりの揺れの酷さに酔ってしまい、1日でダウンしてしまったせいだ。野営中に色々相談した結果、二日目はミスリルソードを片手に〈付与術・敏捷〉を掛けて走り、疲れたら馬車に乗り込む事にした。付与術は効果時間が短いので、ちょくちょく掛け直す手間があるけど、〈無充填無詠唱〉と〈MP自然回復量極大アップ〉を装備していれば、負担は軽い。


 レスミアは敏捷値補正がBのところ、付与術でAにパワーアップする。平気で馬に着いて行ける速さだった。まぁ、スタミナが足りないのでちょくちょく馬車で休憩していたけど。

 俺の場合はミスリルソードの付与術も入れてなんとか着いて行ける。ただ、スタミナは俺の方が多いのか、休憩する回数は少なく済んだ。それに、どうせMPが余っているからと付与術を各種掛けてみたり、馬にも掛けてみたりした。そのせいで、馬さん達が張り切り時間短縮に繋がったのだと思う。


 馬の駆歩に長時間並走して走るとか、人間離れして来た気が……いや、車ほどは早くないので、まだ人のはず。超人なら車を追い抜いたり、新幹線を受け止めたり、高層ビルから飛び降りて着地出来るくらいでないと。

 サードクラスでも超人とまではいかないよな……残像が残るほどの高速移動スキルがあったけど、スキルも魔法みたいなものだしノーカンという事にしておこう。



 街の中には入らず、そのまま外壁に沿って移動する。今向かっているのは、騎士団と貴族用の北門だ。

 アドラシャフトの街は内部で二つに分かれている。強固な外壁に守られた領主の館を含む貴族街と、騎士団本部(訓練場含む)。そして、その南側に追加で作られた下町だ。下町の外には広大な牧場と畑も広がっており、領民の食を賄うだけでなく他領への輸出も盛んに行われている……らしい。


 いや、街道から遠目に下町を見た程度で、入った事が無いんだよね。前回、出立する時も北門だったから、騎士団の建物と外壁の外の牧場しか、近くで見ていない。むしろ、下町で泊まった事のあるレスミアの方が詳しいくらいだ。


「いえ、私も実家から出てきた後に、ここを経由して村に行っただけなので詳しくはないですよ。壁に囲まれた転移門と、泊まった宿付近の商店通りを見て回った程度ですから」


 街の近くなので馬車もゆっくり進んでいる。揺れも許容範囲内なので、のんびり座っておしゃべりしていると、北門が見えてくる。騎士団が隊列を組んで出陣出来る程度には大きく、分厚い門だ。今日は討伐隊が先導してくれているので、隊長さんが手を振るだけで開門し、特にチェックをされる事なく通り抜ける。


 しばらくの間、騎士団のエリアを通り抜け進んで行くと、懐かしの離れに到着した。


「よし!到着だ。ザックス、我々の荷物を馬車の中に出して置いてくれ。私はこのまま騎士団本部に戻るからな」

「了解です。個人ごとに、分けて出して置きますね」


 荷物を出してから外に出ると、隊長が離れの玄関から戻って来るところだった。


「我々の護衛任務も、ここで終了だ。これで失礼する」

「貴方達との調査は新鮮だったわ。色々と買い込めたしね。レスミアも頑張りなさいね」



 討伐隊が元来た道を戻って行くのを見送り、改めて離れの玄関に向かうと、見覚えのある3人が出迎えてくれた。従僕のフォルコ君に、メイドのフロヴィナちゃんとベアトリスちゃんだ。


「いらっしゃいませ、ザックス様」

「お帰りなさ~い」「お元気そうで何よりです」


「……ただいま、はちょっと不味いのかな? また、お世話になります。それと、パーティーメンバーのレスミアです。彼女も一緒に逗留させて下さい」


 俺の隣にいたレスミアを前に出し、紹介しておく。


「ええ、領主様からの指示で、3階の一室をレスミア様用に整えてあります。先ずは中へどうぞ」


 中に通され、以前使っていたリビングではなく、少し豪華な応接間に通された。こちらのソファーは良い物なのだろうけど、沈み込む程の柔らかさで座り難いんだよな。横になってうたた寝するには良いのかもしれないが。


 対面に座ったレスミアは緊張しているのか、カチコチに硬直していた。猫耳が垂れ下がり、尻尾を膝の上に回して両手で持っている。


「レスミア、ここの離れには、お貴族様はいないから緊張しなくても大丈夫だよ」

「ええ?! こんな立派なお屋敷が離れ? それに、こんな豪華な絨毯とかソファーとか汚してしまいそうで、怖いですよ」


 朝からマラソンしていたからなぁ。俺も少し埃っぽいかもしれない。そう考えて、ファルコ君に目を向けると、直ぐに頷き返してくれる。


「はい、フロヴィナが浴室の準備をしています。ザックス様から先に湯浴みと、旦那様の前に出られる服へ着替えて頂きます。

 その後、5の鐘より旦那様との面会が予定されていますので、それまではこちらでお寛ぎ下さい」


 帰還日が決められていたから、既にスケジュールが組まれていたみたいだ。ファルコ君は、本館に連絡しに行くと出て行き、すれ違いにベアトリスちゃんがワゴンを押して戻って来た。ワゴンにはお茶の準備が整っており、テーブルにミルクティーとアップルパイが並べられる。

 こちらでは、よく飲んでいたのを思い出し、一口頂く。まろやかな甘みと茶葉の香りが口の中に広がる。なんとも言えないホッとした味だ。


「美味しいな。まだ1ヶ月程度なのに、懐かしさを感じるのも変な話だけど」

「ええ、好みの味は覚えています。夕食にはミートパイも準備してありますので、期待していて下さい」


 その気遣いに、思わず頬が緩む。続いてアップルパイに手を伸ばすと、対面で緊張していたレスミアが、アップルパイを真剣な表情で食べているのが見えた。


「以前のアップルパイよりも甘さが控えめ……ミルクティーに合わせてあるんですね。それにリンゴの香りが強くて、美味しいです!」


「ありがとうございます。でも、以前? レスミア様は初めていらっしゃったのでは?」


 首を傾げていたので、助け船を出す。


「出立の時に餞別で貰った、棒状のアップルパイの事だよ。ダンジョンで休憩する時に、分けて食べたんだ。確か……蜜リンゴを使っている事にレスミアが気付いて、何度も再現しようと作っていたよ。農家の奥様方にも好評だったね」


「レスミア様も、お料理が好きなのですか?」

「料理人のジョブレベルは20です! それに村では、ザックス様のお世話をしていましたからね」


 得意げに胸を張って、ドヤ顔している。お世話になっていたのは事実だけど、そう胸を張ると目が吸い寄せられてイカン……いや、胸元で光る百合花のシルバーペンダントが気になっただけじゃ。馬車では身に付けていなかったのに。


 幸いにも、2人はお菓子談議を始めていたので、気付かれてはいないだろう。大人しくお茶菓子を頂いていると、食べ終わる頃にはフロヴィナちゃんが戻って来た。


「ザックス君、お風呂の準備出来たよ~。着替えも用意しておいたから。案内はいいよね?」

「流石に覚えているよ。ありがとう」


 応接間を出る際、後ろからフロヴィナちゃんの華やいだ声が聞こえて来た。


「あ! アップルパイ美味しかったでしょう。トリクシー、私達も休憩にして食べよう~」

「ちょっと、ヴィナ! レスミア様はお客様なのよ。ちゃんとして」

「私は構いませんよ。むしろ、様付けはくすぐったいから辞めて欲しいかな」


 女三人寄れば姦しいってね。歳が近いから、直ぐに仲良くなりそうだ。




 風呂から出た後に〈ライトクリーニング〉で身体を乾かす。余分な水分も浄化対象になるらしく、便利に使っている。一家に一台欲しい魔法なのに、この国では俺を含めて2人しか使えないとか、勿体無い。似たような魔道具が作れれば、売れるだろうに。


 そして、カゴに入っていた着替えを着ていく。貴族向けの服なせいか、余計な装飾やヒラヒラが付いているのはしょうがないとしても、上着が分厚くゴツイ。あれだ、軍人が着てそうな肩パット付きの服だ。左胸の辺りに勲章を取り付ける細工がされていたので、銀盾従事章を付けた。


 一応、袖を通してみたが暑い。秋とは言え、この通気性0の服ではサウナスーツになりそう。下シャツを長袖の物から、夏用の薄手のランニングシャツに変えて、なんとか人心地ついた。



 応接間に戻ると、レスミアとメイドコンビが楽しそうにおしゃべりに興じていた。女子会に乱入するようで、入り難いなぁ。


「お風呂上がったよ~」



 声を掛けると、3人の目が一斉に向いた。メイドコンビには値踏みする様に、上から下まで見られるが、レスミアは手放しで褒めてくれる。


「ザックス様、まるで貴族みたいでカッコイイです!」


 まるで、では無く、貴族の儀礼服?その物ですよ。笑顔が見られたので、指摘はせずにお礼を返しておく。逆にフロヴィナちゃんからは、着こなしが駄目と注意された。


「袖のここ、隠しボタンがあるから、閉め忘れ~。脇腹もダボってしているから、折りたたむようにまとめて後ろのボタンでと止めないと。後、襟元もキッチリ閉めて~。あ!勲章も曲がっている!


 うん! これで良いかな? 側使えの経験は無いけど、貴族服の着付け講習は受けたから~。トリクシー、どう思う?」


「うん、いいと思う。後は、胸を張って偉そうに……自信満々な感じでいれば良いと思うよ。あ、いえ、そう思います」


 メイドさん2人に全身をチェックされ、あちらこちらを修正されて、なんとか及第点が出たようだ。動き難い服に四苦八苦しながらソファーに座ると、ベアトリスちゃんがお茶を入れてくれた。後は夕方までのんびりしていれば良いな。


「ザックス様、私が作ったお菓子をいくつか出して下さい。ベアトリスさんがバフ料理を食べてみたいって」


「それは構わないけど、先にお風呂に行って来たらどうだ? さっきまで埃っぽいと言ってただろう」


 あっ、と自分の服を見下ろし「そうですね、さっぱりしてきます」とフロヴィナちゃんに案内されて出て行く。が、直ぐにとんぼ返りで戻って来た。


「着替えを預けたままでした! ザックス様、チェストボックスを出して下さい」


 あー、レスミアの引越し荷物を預かったままだった。ストレージから取り出そうとしたところ、フロヴィナちゃんから待ったが掛かる。先に部屋に案内すると、提案してくれた。


「荷物を広げるにしても、部屋の家具にしまった方が良いよね~。こっち、こっち~」


 そう言って、階段へ案内し始めた。アドラシャフトの街のダンジョンを使うなら、ここの離れを使うのかもしれない。

 因みに、俺は2階へ上がった直ぐの部屋を使用していたが、10日程だったので自室という気はしない。私物も無かったからな。


 おっと、置いていかれる。2人の後を追って、3階への階段を登った。3階に足を踏み入れようとした時、いきなり壁のような物にぶつかった。


「うわっ!何だこれ?!」


 先ほどまで何もなかったのに、階段の一番上にだけ、白い靄が掛かっていた。下半分は真っ白で、上半分は半透明。触っても硬い感触が返ってきて、通り抜けられそうに無い。例えるなら改札で引っかかった気分だ。近付けない事からフィールド階層で見掛けた『安息の石灯籠』を思い出したが、あれは壁すら見えなかったからちょっと違うか。

 半透明な壁の向こうではレスミアがオロオロしているのが見える。


「あ! ごめんなさい。これがあるのを忘れてたよ~。

 3階は女性専用で、男の人は立ち入り禁止なの~。ザックス君ちょっと降りて」


 数段下に降りると、白い靄は霧散して消えて行った。

 ……おお、ファンタジーによくある結界ってやつか!


「ここも、貴族が泊まることもあるからね。防犯用の魔道具が設置されているんだよ~。窓も同じだから、夜這いは出来ません。残念でした~」

「いや、夜這いなんてしないって」


 一旦、2階に降りて、引越し道具のを取り出した。後はレスミアのジョブを料理人に変えて、アイテムボックスに入れればいい。因みに荷物を入れる箱が無かったので、木の宝箱を使用してみた。インテリアにも使える宝箱。毎日の暮らしに、宝箱を開けるワクワクがプラスされます。蓋はちょっと重いけどね。


「レスミアちゃん、そこがザックス君の部屋だよ。2階は男性専用だけど、掃除にメイドが出入りするから、女の子も出入り自由! 好きな時に遊びに行くと良いよ~。後で合鍵あげるねっ」


「あ、それじゃあ。毎朝、起こしに行きましょうか?」

「女の子は魔道具で守られているのに、男にはプライバシーもないのか!」


 その様子が可笑しかったのか、2人は笑いだした。合鍵は冗談だったようだ。セーフ! 俺だって一人の時間は欲しいんだよ。



 3階に向かった2人を見送り、応接間に戻る。先程頼まれていたお菓子、キャラメルアップルパイのホールを取り出して、ベアトリスちゃんに渡しておいた。「レスミア様がお風呂から出て来られた後に、切り分けてお出ししますね」と、キッチンへ運んで行った。


 しばし、一人でのんびりしていると、フォルコ君が戻って来た。少し困惑気味に、おずおずと話しかけてくる。


「すみません、ザックス様。旦那様が今すぐ、お会いしたいそうです。着替えが終わったらお連れするようにと……」

「ん?別に構わないけど、5の鐘だったよね。 何か急ぐ理由が出来たのか?」


「私も本館の執事長から、指示されただけなので、理由までは分かりません。本館までご案内致します」


 ベアトリスちゃんに本館に行くと伝えてから、フォルコ君に先導されて離れを出た。しばらく歩いて、離れの数倍の大きさの本館に到着する。玄関でフォルコ君から、年配の執事さんに交代して2階へ案内された。


「ザックス殿、旦那様は他のお客様と面会中ですが、そこに貴方も呼ばれています。部屋に入ったら、先ずは旦那様に帰還の挨拶をして下さい。その後、お客様にもご挨拶を……挨拶の仕方は分かりますか?」


 クロタール副団長に教えて貰ったやつだよな。胸の前で手を組み、確認を取る。


「こうですよね? 片膝は付いた方が良いですか?」

「ええ、最上位の礼を見せた方が良いでしょう」


 それで、お客って誰?と聞く前に部屋に到着してしまった。執事さんが小さなベルを鳴らすと、内側から扉が開かれる。


「ザックス殿をお連れしました」「入室を許可する」


 執事さんに促されて、部屋に足を踏み入れる。以前、入った覚えのある執務室だ。そこのテーブルの短辺にノートヘルム伯爵が座り、その後ろにクロタール副団長ともう一人の騎士が護衛に付いている。


 そして、テーブルにはもう一人、女の子が座っていた。サファイアの様な青い髪を複雑に結い上げてハーフアップにしており、煌びやかなドレスを纏った、見るからにお嬢様だ。微笑を浮かべた顔がこちらに向けられ、その青い目が細められた。

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