第160話 ガール?ズトークと手順
話をしながらお酒を飲まされていたが、ちょっと酔いが回ってきた。今日は酒場の料理が各テーブルに用意され、追加注文も自由なのだ。看板娘のレニちゃんがクルクルと、忙しそうに給仕をしている。レスミアに食事をしようと提案して、空いているテーブルを探す。
少し離れたテーブルでフルナさん夫妻にルイーサさんが、赤いワイン筒竹を飲みながら、料理と甘い物を囲んでいるのが見えた。ムッツさんは捕獲されてお世話されているので、子供にしか見えないけど。指摘するのも野暮なのでスルーしておこう。近くを通り過ぎようとすると、酔いが回った女性陣の明るい声が聞こえた。
「ううむ、フルナの言うように若い子も良いのかもしれないな。年上が好みだったが、良いと思う人は既婚者ばかりでな。貴族になって側室狙いしかないと思っていたが、騎士団の見習いで有望株を狙うのも良いか?」
「そうそう、年下は良いわよ~。背伸びして頑張っているところは可愛いし、不意に頼りになるところを見せられるとキュンと来るわ。それに、若い子に合わせて自分磨きが捗るわよ。念入りに肌のお手入れをすれば、若く見られたりね」
「いや、僕の方が年上……」
「年下は分かりませんけど、頼りになる人が良いのは確かですよ! 吹雪の魔法から守る為に抱き締められた時は、物凄くドキドキしましたから!」
ムッツさんのか細い抗議は、第3の声に掻き消される。いつの間にかレスミアが、席に座って女子トークに参加していた。俺には場違いなので他に行こうとしたが、繋いでいた手を離してくれない。
いや、フルナさん夫妻には世話になったから、挨拶はしておきたいけど、後回しにしたいな~。と、アイコンタクトをしてみたが、にっこり笑って手をクイッ、クイッと引っ張られた。
……あ、ハイ。さっきまで俺に付き添ってくれたのだから、今度は俺が付き合う番ですね。観念して席に着くと、ムッツさんから同情の目を向けられる。多分、俺も同じ目で見返しているな。
女性陣の話題はコロコロ変わるので、ついていけない。取り敢えず、気配を消して食事に専念する。特にルイーサさんの愚痴が多く、フルナさんが既婚者の余裕でアドバイスしつつ旦那の惚気話をして、レスミアが便乗して惚気る。
流石に恥ずかしいので、本人が居ない所でして欲しい。ムッツさんは既に悟ったような表情でお人形のようになっているが、俺はその境地に達せていない。行きたくもないけど。
時折、料理や飲み物を運んでくれるレニちゃんが、少しだけ会話を聞いては仕事に戻っていく。女の子だけあって興味津々といった様子なので「話しが聞きたいなら、少しだけ代わろうか?」と声を掛けてみたが「駄目です。主役の1人に給仕なんてさせたら、お母さんに怒られちゃいます~」と逃げられてしまった。
駄目元だったけどスケープゴート作戦失敗か。直ぐ隣のレスミアには会話が聞こえていたのか、クスクス笑っている。しかし、テーブルの向かい側のルイーサさんに見咎められた。
「ホラッ! ザックスも若い女の子に目移りしているじゃないか! 隣に婚約者が居るのに! 男なんていつもこうだ!」
運悪く、ルイーサさんの愚痴と絡んでしまったようだ。レスミアが「友達に声を掛けただけですよ」と、取り成してくれているので大事には至らないけど……最初はクールな女騎士だったのに、飲んでいる今は、婚期に焦るキャリアウーマンみたいだ。
「まあまあ、ルイーサ、落ち着きなさい。ザックス君は、そこまで薄情な男じゃないと思うわよ。自作のペンダントをプレゼントするくらい……レスミアちゃん、着けてないじゃない!?
え? 他の女にあげたの?」
酷い言い草に吹き出しそうになった。テーブルの女性陣の目線が集中するのを感じて、即座に否定する。
「人聞きの悪い事言わないで下さい! そうやって揶揄われるから、帰ってから渡すつもりだったんですよ」
「それじゃあ、私が茶化せないじゃない! 今、ここで渡しなさい!ちゃんと愛を囁きなさいよ!」
酔っ払いめ!楽しんでいやがる!
隣に目を向けると、レスミアが期待するような目で微笑んでいる。ペンダントに使用した宝石は、最初に手に入れたターコイズだ。もちろん、アクセサリー加工すると言ってレスミアから預かったので、プレゼントする事自体はバレている。
こんな衆人環視の中で渡す羽目になるとは……先に済ましておくべきだったか。こうなったらいっその事、芝居掛かった方が良いかもしれない。そう考えて椅子から降りると、レスミアの前に片膝をつく。ストレージから小さな木箱を取り出し、蓋を開いてから、少し気取った仕草で中身が見えるように差し出した。
フルナさんに錬金釜と参考になるアクセサリーを借り、購入した銀のインゴットを〈メタモトーン〉で、コネコネして作り上げたシルバーチェーンのペンダントだ。チェーンが細かく、作成には時間と集中力がかなり必要だっただけに、自信作でもある。ペンダントトップにはターコイズと百合花チャームが揺れている。
かなりの数を倒したにも関わらず、1個しか手に入らなかったリーリゲンのレアドロップ、百合花チャームは特殊効果付きだった。普段使いしたいと言うレスミアの要望もあったので、どうせなら効果付きになるように追加したのである。
【アクセサリー】【名称:百合花のシルバーペンダント】【レア度:D】
・百合花のチャームがあしらわれたペンダント。シンプルながらも落ち着いたデザインで、どんな服にも合わせやすい。更に、弱いながらも回復効果が付与されているため、女性に人気がある。
・付与スキル〈HP自然回復増加 微小〉
「あーこのプレゼントを「愛!」……君への愛を形にして、この百合のネックレスを作りました。今後も共に歩んでくれるのなら、受け取って下さい」
「はい! 喜んで!」
レスミアが受け取り、ネックレスを首に掛けると、周囲から歓声が上がる。途中から周りが静かだと思っていたけど、完全に見世物になっているな。恐る恐る周囲を見ると、コップを掲げたり、拍手をしたり、顔を手で覆ったレニちゃんが指の隙間から興味津々で見ていたりした。
更に、ニンマリと笑った
「ザックス君、自作したプレゼントはもう一つ有るわよねぇ。そっちも渡してしまいなさい!」
くっ、帰ってからのサプライズにしようと思ったのに。ネタバレされると、効果半減じゃないか。諦めて、もう一つの木箱を取り出す。先程と同じようにレスミアへ差し出した。中身は赤い宝石、カーネリアンのシルバーイヤリング。
「これは、オマケのカーネリアンのイヤリングだ。レスミアが身に付けている物とは色違いだから、服の色に合わせて使い分ければ良いかなって」
受け取ったレスミアは嬉しそうに唇の端を上げたが、何かに気付いたようにハッと硬直すると悩み始めた。ギャラリーが見守る中、しばらく悩んだ後、身に付けていたターコイズのイヤリングを外し、カーネリアンのイヤリングへ付け替えた。ただし、右耳のみ。もう片方のイヤリングは、着けられる事なく木箱の蓋が閉じられた。
「片方だけ? 両耳の色は揃えた方が良いんじゃないか?」
「すみません。今はまだ、ここまでです」
俺の問い掛けにも目を伏せ、首を振るだけだ。レスミアの行動が良く分からない。
気に入らないなら両方突き返せば良いし、気に入ったなら両方着ければ良いだけだ。……色違いのイヤリングをするのが、今流行のオシャレとか?
俺が首を捻っていると、テーブルの向こう側からルイーサさんが忠告してくる。
「ちょっと、女の心の準備が済むまで、待つべきでしょう?
アクセサリーを送るなんて手順を踏んだのだから、両方着けろなんて野暮な真似は止めなさい。……これだから男は……若いから仕方がないかもしれないけど!」
なんの事だ? 手順と言うことは、なんらかのルールがあるようだけど。
周囲からも「男だからなぁ」「若いうちはそんなもんだ」「むしろ手順を踏むだけ真面目だろ」なんて声が聞こえてくる。
そんな中、ペンダント完成後に「一緒にイヤリングも作って、送ったらどう?」とアドバイスをくれたフルナさんは、笑いを堪えるように口元を抑えていた。
……なんか知らんが、謀ったな!
少しジト目で睨み付けていると、フルナさんは慌ててフォローしてくれた。
「まあまあ、ルイーサ。2人とも親に話を通していないから、正式な婚約者でもないし。おままごとみたいなものよ。レスミアちゃんが片方しか付け替えなかったから、自制しているのは分かるでしょう」
「そうか、ならば早く両親に許可を得るのだな。そうすれば、他の者からとやかく言われることもないだろう。フルナ達の様にな」
そう言って、未だに捕獲されたままのムッツさんに目を向けた。あれは、イチャイチャいているのを黙認されていたのか。てっきり、憐れみの目で見ないように、スルーされているのかと思っていたよ。
予想外のハプニングはあったけど、その後は挨拶をして回っているうちに時間が過ぎ、お開きとなった。別れを惜しむ声と共に、お酒を注がれたので結構飲まされたが、自分で歩ける程度で酔いも酷くはない。蒸留酒でなければ、酔い潰れる事も無いようだ。少しだけ、お酒への苦手意識が減った気がする。
家への坂道をレスミアと並んで歩いていた。空には満月が大きく腰を据えており、月明かりでランプも必要ない程だ。そして、冷たい風が吹き抜けて、斜面に生えた下草がウェーブするように揺れた。
「クシュンッ!」
ストレージから毛皮のマントを取り出して、レスミアの肩に掛けた。
「ありがとうございます。それで、アクセサリーの件は知らなかったんですね」
「ああ、最初はペンダントだけのつもりだったんだけどね。宝石……カーネリアンが余っているからって、フルナさんから勧められたんだ」
嬉しそうに胸元のターコイズとチャームを触り、チャリッと音を奏でさせる。次いで、右耳の赤いイヤリングを触って揺らして見せた。すると、月明かりが反射して、赤い光が踊る。
上機嫌にアクセサリーを触りながら、求愛の手順を教えてくれた。
「以前、女の子が成人する時、母親から晴れ着用のアクセサリーを貰うって話しましたよね。その続きです。
恋人の男性を親に紹介して、親同士が話し合って、婚約の許可が出ます。その後、晴れ着の女性が身に付けているアクセサリーと同等以上、若しくは女性の好みの物を男性が送り、交換させるんです。全部交換し終えたら……その、『貴方色に染められました。結婚しましょう』と言う意味ですね」
なお、女性の方も料理を振る舞ったり、服や小物を作ったり、愛を綴った手紙を送ったり、デートしたりして、愛を確かめ合う期間だそうだ。
そして、レスミアは濁して話したが、酒場での周りの反応を見るに、全て交換する=肉体関係という事だろう。確かに、あの場面で『両方付け替えろ』と言うのは、ガッついた若い男だなぁ。
「だから、今夜はこの家に泊まりますけど、着替えに使っていた客間で寝ますからね」
村長とのメイド契約が切れたので、既に村長の家からは退去済み。その荷物の殆どをストレージに預かっている。今夜一晩だけだけど、一つ屋根の下という訳だ。
家の前に辿り着くと、レスミアが扉を開けてから、クルリとワンピースの裾を翻しながら振り返る。
「お帰りなさいませ、ザックス様!」
花咲くような笑顔で、迎え入れてくれた。この家に帰って来るのは、これが最後か。この1ヶ月、何度となく交わしたやり取りだったが、名残惜しく感じてしまう。
「ただいま。でも、雇用契約が切れたんだから、敬語や様付けじゃなくて良いんだぞ。今は対等の恋人だしな」
「あっ、それもそうですね。
それじゃあ……お帰りなさい、ザックス………………待って!なんか、恥ずかしい!」
急に顔を赤くすると、両頬を手で押さえて後ろを向いてしまった。尻尾がクネクネしているから、喜んでいるのか?
「すみません、様を取っただけなのに、物凄く恥ずかしくて……もう暫く、今まで通りに呼んでも良いですか?」
「ああ、待っているよ」
後ろから、頭を軽く撫でてから、家に入った。
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