第158話 例えるなら、アラサーOLが高校に入学するような感じ

 宿屋の厩舎に馬を戻したところで、今日の探索は終了した。


「予想以上に早く終わったわね。 領主様の言う通り、ザックス君に手伝ってもらって正解だったわ。

 今日はここで解散。明日からは22層に入る予定なので、今日と同じ時間に集合しなさい」


「了解です。お疲れ様でした」

 ストレージから袋を取り出して渡した。中身は水筒竹の黄色が10本と赤色が5本。エール竹とワイン竹がルイーサさんへの報酬だ。

 サードクラスの護衛料としては安過ぎるが、これは最初の取り決め通り。


 元々俺とレスミアが地図作りを手伝う事への報酬が、手に入れた採取物とドロップ品全部だったからだ。流石に無報酬では心苦しいので、3等分を提案してみたのだが「騎士団の任務なので、そちらから給料は出ている。私の取り分は不要よ」との事だった。月給制らしい。


 それなら現物支給で、採取物の中から欲しい物はないかと交渉を続けたところ、お酒に決まった。500ml缶サイズのエール10本と、250mlのワイン5本は1人では多い気もするが、討伐隊の皆さんで晩酌にするのだろう。


「あ、ザックス様、今日はキャラメルナッツと熟していないリンゴも追加して下さい。リンゴは馬の好物だそうですよ」


 少し分かり難いが、熟したのが蜜リンゴで、熟していないのは普通のリンゴの事だ。レスミアの言葉通り、キャラメルナッツを2瓶、リンゴ10個を袋に追加する。オマケに塩味のスタミナッツも2瓶も追加、お酒のつまみには塩っ気もいるだろう。リンゴが多いのは、討伐隊が乗って来た馬もいるからだ。


「ちょっと貰い過ぎじゃないかしら? レスミアちゃん?」

「大丈夫ですよ~。明日はお菓子を用意しておきますから、期待していて下さいね」


 レスミアの言葉に、キツ目の目尻が下がった。クールな女騎士でも、やはり甘い物には目がない様だ。少しホッこりした気分で見ていたら、俺の目線に気が付いたようで、咳払いをして「では、また明日」と厩舎に戻って行った。


「明日はお菓子って、ルイーサさんもお菓子好きか。随分と仲良くなったんだな」

「ええ、馬に乗っている間に、ちょこちょこおしゃべりしていましたから。

 あ! 先程渡したキャラメルナッツで、もう在庫が無いですよね。今晩、作るので手伝ってくださいね」



 その後、採取物と蜜リンゴの一部を売り払い、40万円弱を手に入れてから帰宅した。食材の大部分は売らずに確保していても、この金額とは……やはり、深く潜る程に美味しくなっていく。

 それに、騎士団が到着した事で、村長から受けていた調査依頼も終わり。諸々の書類仕事が忙しかった村長から、報酬の金貨1枚(100万円)を頂いた。硬貨とは思えないほどにズッシリと重く、金の輝きが眩しく見える。記念硬貨とか収集する趣味があると聞いた事はあるが、実際に手に入れると気持ちは分からなくもない。



 レスミアの取り分の50万については、大銀貨(10万円)ではなく、銀貨(1万円)で50枚を払った。大銀貨を使うような買い物は滅多にないので、銀貨の方が使い勝手が良いらしい。




「……それで、休暇だったのを返上して、馬を走らせて来てくれたそうですよ。軽騎兵のジョブの人は体重を軽くするスキルがあるので、先駆け部隊になる事が多いとか。でも、騎士団への貢献とか、お給料に反映されるから遣り甲斐があるとか」


 夕食後に2人で、お菓子の量産をしている。スタミナッツの殻剥きからオーブンで焼き上げ、キャラメルに絡めるまで、慣れたものだ。レスミアはスライスしたナッツをパイ生地の上に並べている。アップル&プラスベリーパイになるみたいだ。


 作業を続けながら、ルイーサさんから聞いた事を、レスミアが話題にして教えてくれた。騎士団の内情っぽい話もあるのだけど、聞いて大丈夫なのだろうか?


「大丈夫ですよ~。小休止の時にアップルパイをこっそりとあげたら、仲良く慣れましたし!」

「それって、賄賂……まぁ、いいか。

 騎士団の貢献って、いうのが気になるな。組織だから内部で権力争いしてるのか?」


 クロタール副団長の周囲の人が俺(ザクスノート君)を警戒していた事を思い出した。人が3人居れば派閥が出来るなんて聞くが、頼りになる騎士団であって欲しい。内部闘争で割れるとか……いや、創作でも継承権争いで、第何王子に付くとかで割れて、ゴタゴタになる話とかあったなぁ。


「さあ? 詳しくは知りませんけど、支給される装備品とか、攻略するダンジョンは貴族出身が優先的になるそうですよ。 ルイーサさんは平民だから、貢献を積んでもなかなか回って来ないそうです。

 そのせいで、大年増一歩手前だとか、乾いた笑いをしてましたけど……あ、次オーブン使います」


「了解、その間に追加で殻剥きしておくよ。

 ん?大年増?……ルイーサさんって何歳位なんだ? ぱっと見だと25歳くらいか?

 フルナさんと同じくらいには見えたけど。それくらいなら、大年増は言い過ぎだよな」


 オーブンにパイを入れていたレスミアは、扉を閉めてからバッと振り向いた。遠心力でスカートがふわりと広がるのに目を奪われそうになるが、詰め寄られ、人差し指を重ねた×を突きつけられた。


「ザックス様、大年増って30歳の事ですよ。若く見えると言っても、気にする人は気にしますから……万が一でも、女性に向かって言っては駄目ですからね!」

 大年増一歩手前……29歳か。レスミアの解説によると、この国では15歳で成人する為、女性は20歳で行き遅れ、25歳で年増、30歳で大年増だそうだ。


「20歳で行き遅れは厳しくないか?」

 

「ダンジョンに挑んでいる騎士団や、探索者の女性は結婚が遅くなる事が多いですけど、それでも20歳くらいが多いと聞きますね。25歳で正直なところギリギリかと思いますよ。逆に農村だと結婚も早いですね。私の地元でも、継ぐ畑がある友達は成人前から婚約者がいましたから。

 ……キャラメルも良い色合いです。この前の塩を掛けた物も作りましょう」


 キャラメルを絡めたスタミナッツをパレットに広げたところで、レスミアがピンクソルトを振りかける。

 この村だと、一緒に猪解体をしたオルテゴさんの息子さんが16歳で結婚していたな。長男は早くに結婚して、次男三男は畑の手伝いか、探索者になってダンジョン行きか、自警団行きらしい。実際に村の自警団は次男三男が多かったから、士気も練度も低いそうだ。


 今現在は、ほぼ強制的にシゴかれているけど……体力が無いので、村の外周部を鎧装備でマラソンさせ、武器の扱いもイマイチだったので、門近くの広場で戦闘訓練をしていた。ノートヘルム伯爵からの通達書には『半年間、管理教育用に騎士団の1パーティーを派遣』とあったが、新兵の教育にはそれだけ掛かるという事なのだろう。

 おっと、話がズレてきた、少し戻して、


「友達に婚約者って、レスミアには居なかったのか? 可愛いからモテるだろうし、実家が商家ならそういった話もあるんじゃないか?」


「あはは! 居ないので、心配しなくても大丈夫ですよ。ヤキモチを焼いてくれるのは嬉しいですけどね~。

 前にも言いましたけど、次女なので好きにして良いって、お父さんからは言われてますよ。

 実家の店は既に兄が継いでいますし、姉が大きな街の商家に嫁ぎましたから、今のところは安泰なんです」


 お姉さんが嫁いだのは、ここアドラシャフト領よりも、更に南の領地らしい。暖かい気候のせいで、小麦があまり取れず、ドナテッラからエノコロ麦を輸入している。

 レスミアの実家はお姉さんのお陰で、その輸出の窓口の一つになれた。ただ、儲かっている分だけ忙しくなり、手一杯な状況が数年続いたらしく、しばらくはのんびり商売したいのだとか。


「ドナテッラは農業国なせいか、のんびり気質が多いのですよ。お父さんと兄さんも、程々に商売出来れば良いって感じなんです。逆に姉さんは商売っ気が強くて、突っ走るタイプでしたから……自分で他国の商家の息子さんを捕まえて、婚約から取引ルートまで引いてくるとか、誰も予想できませんよ。

 あ、塩味が効いていて美味しいです。でも、キャラメルナッツばかりというのも、芸が無いですね。もう一品作りましょう」

 

 お姉さん強えぇ……政略結婚って、普通は親同士が決めるものじゃないのか? いや、政略じゃなくて、恋愛結婚だったのかもしれないし、実家のために取引ルートを作ったのかもしれないけど、行動力あるなぁ。

 レスミアは小麦粉やバターなどを計量し、ボウルの中身を混ぜながら話を続ける。


「ですから、私が他の商家と政略結婚する方が困るみたいですねぇ。私も成人前から店の手伝いばかりでしたので、いっその事商売から離れて、好きな料理とメイド修行のために来たんですよ。ザックス様に捕まっちゃいましたけど……」


 えへへ、と照れたように笑った。

 その笑顔を見ていると幸せな気分になるけど、同時に恥ずかしさも伝播してくる。笑い返す顔が暑く感じてしまうほど……二人きりの時で良かった。ナッツをスライスする作業に戻ることで、頭をクールダウンさせる。ただ、冷静になると、気になる事があった。


「そうなると、ダンジョン攻略から貴族を目指しているのは良いのか?

 最下級の準男爵がどれほどの影響力があるか知らないけど……」


「あ! えーと、どうなんでしょうね。名ばかり貴族なんて言われていますから、大丈夫じゃないですか?」


 以前、クロタール副団長から効いた話を思い返す。確かダンジョン攻略しただけだと半端者扱いで、貴族の学校も卒業することで正式に貴族として認められる。あの翼を模したブローチが貴族の証だったな。

 そしてノートヘルム伯爵は、俺が貴族に返り咲いたら、新しい家名を与えると言っていたはず。支援を受けている以上、スポンサー様の要望には応えないといけない。

 つまり、名ばかり貴族ではない。そのことを、クッキー生地を器に入れて成型しているレスミアに説明した。


「私が貴族夫人に?……貴族の学校って幼年学校と、どう違うんです?! ザックス様も一緒に行けるんですよね?」

「落ち着けって……まだまだ、先の話だから今慌ててもしょうがないぞ。街に帰ってから、詳しい人に聞いてみるからさ。実家の件も、それからだな」


「……そうですね!取り敢えず、お菓子作りに集中します!

 このクッキー生地が焼けた後に、キャラメルナッツを敷き詰めて、追加で少し焼けばフロランタンの完成ですよ~。

 あ!お菓子と言えば、ルイーサさんもダンジョン攻略を目指しているって話していましたよ。明日、お菓子を差し入れするついでに、色々聞いてみましょう!」


 あわあわと、慌てた様子のレスミアだったが、お菓子作りをしていると落ち着くようだ。確かに、既にサードクラスのルイーサさんなら、俺達よりも情報は持っている筈。まだ、数日調査は続くので、フロランタンを対価に教えてもらう事になった。





 後日聞いてみたところ、ルイーサさんは拍付け(婚活)のためにダンジョン攻略を目指していたので、詳しい情報は手に入らなかった。


「貴族の子女が行く学校なのだから、お上品なところではないか? クロタール……様のように、貴族出身の騎士団員は気品があるからな。私がそこに行くというのは、考えた事も無かったよ」


 ふむ、貴族学校なのだから、ハイソな上流階級イメージだろうか? ダンジョン実習もあると聞いていたから、軍学校みたいな所を想像していたのに。

 ルイーサさんだけでなく、俺も場違いになりそうだ。

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