第145話 凍える侵略に備えて

 雪女アルラウネから逃げ出した俺達は、ダンジョンの外で焚き火を囲んでいた。魔法を受けた面子は元より、他のメンバーも雪の中を行動していたので、体が冷え切っているからな。

 そんな中、俺は出しっぱなしの鑑定文を書き写していた。そのついでに、皆にも鑑定文の内容を語って聞かせる……ただし、読めなかった部分やレベル、助けを求める声については伏せておいた。


 話していくにつれ、フノー司祭の顔が青ざめていく。


「し、侵略型のレア種だと! 緊急招集を掛ける奴じゃないか! 今すぐサードクラスに連絡を……」

「フノー、落ち着きなさい! サードクラスなんて、居るわけないでしょ!

 連絡するなら騎士団の方よ!」


「ああ、そうだった、くそっ!

 俺は先に戻って、早馬の手配をしてくる! なんだって、こんな田舎で出やがるんだ」


 そう言い放つと、村の方へ走って行った。字面からして、危険そうな雰囲気はあったけど、そんなにやばいのか? 階層が増えたと知った時よりも、慌てている様に見えたぞ。

 レスミアと1つの毛布に包まっているフルナさんに、侵略型について聞いてみると、


「私も旦那から聞いただけだから、詳しくは無いわよ。なんでも、ダンジョンから魔物が大量に溢れる、スタンピードを起こすレア種らしいわ。それも、ダンジョンを放置した時と違って、奥の方の魔物が溢れるから、発見されると直ぐにでも討伐隊が組まれるとか。サードクラスは強制参加させられるとか」


 フルナさんの説明に、残りのメンバーが息を呑む。


「なんじゃ、それは……」

「あの黒い犬が溢れて来たらマズイですよ。私達でもトリモチに掛けて、数人がかりで倒しているのに」


 21層のサーベルスタールトの群れを思い出したのか、レスミアも顔を曇らせた。折角、血色が良くなったのに。


「そうね。フノーならもうちょっと詳しく知っている筈だから、私達も村に戻りましょうか。

 オルテゴさん、凍結は治った? レスミアちゃんは体温が戻ったから、大丈夫そうだけど」


「おう、寒気は無くなったから大丈夫だ。凍っていた装備も溶けたからな。しかし、状態異常の『凍結』か、初めて食らったが厄介なもんだ」

「私も凍え死ぬかと思いましたよ」


 氷属性の範囲魔法を受け、2人には雪だるまのアイコンが表示されたが、それが凍結の状態異常だそうだ。これに掛かると身体の芯が凍りついたように、体温が著しく低下する。服や装備品が凍り付くのは副次的な効果らしい。しばらく体を温めてやれば治るのだが、それまでは低体温で動きが鈍り、ついでに装備品も凍り付いて動けなくなる。雷属性の麻痺も厄介だったが、氷属性の凍結も同じくらい厄介だ。


 因みに、レスミアを抱えて庇った事は、あまり意味がなかった。装備品が凍りつくのを防いだが、範囲魔法は効果範囲内を攻撃するため、レスミアは魔法によるダメージと凍結の状態異常を受けたからだ。(俺も巻き込まれているが、魔法使いのステータス補正で精神力が上がっていたので、魔法ダメージが減り、状態異常にも掛かり難くなっていたらしい)


 いっそのこと、効果範囲外へ突き飛ばした方が良かったのかも知れない。初級属性と同じなら直径5m、何処を中心にしたのかも分からないので、一か八かの賭けになるけどな。

 しかし、可愛いレスミアに感謝されると、次も守りたくなってしまう。我ながら単純なのか、惚れた弱みなのか?



 村へ帰りギルドへ向かう途中、教会の扉が開けっ放しだったので覗いてみると、中でフノー司祭と村長が会議の準備をしていた。長椅子を並び替えるだけなので、俺達も手伝い、そのまま打ち合わせに入った。


「取り敢えず、村長には状況を説明して、騎士団への救援要請を出してもらった。早馬でも往復4日、ダンジョンから魔物が溢れるのが先か、騎士団の到着が間に合うか、微妙なところだな。最悪の場合に備えて、村の防衛計画も練る必要がある」


「ちょっと、フノー。先に侵略型ってのを、説明してくれないかしら? 私達はそれがどんな魔物なのか詳しく知らないのよ」


「ああ、分かった。とは言っても、俺も実際に見たのは今回が初めてだ。ギルドに入ってから教わった事だしな」


 フノー司祭は数枚の羊皮紙を取り出して説明を始めた。


 レア種と一口に言っても、色々種類がある。通常よりちょっと強いだけだったり、弱いのに高級品をドロップしたり、経験値を大量に持っていたり、ひたすらに群れを作ったり、タイマンでないと戦えなかったり。その中でも、危険性の高い種類の1つが侵略型だそうだ。


 侵略型はダンジョン内を、自身の属性で染め上げ、支配領域とする。そして、その階層を支配すると、上の階層へ侵略していく。最初の支配領域から出現する魔物は、侵略型レア種に付き従う眷属になる事が多く、侵略の尖兵として地上を目指して行くのだ。


「おいおい、それって、あの黒い魔物の事じゃねえか?

 村の防衛つっても、自警団じゃ無理だろ。俺の担当区域は丁度、収穫時期の作物もあるんだ。避難するにしても、被害が大きいぞ」


 東の農地の取りまとめをしているオルテゴさんには死活問題の様だ。額に寄ったシワに手を当てて、困った顔をしていたが、名案を思い付いたと声を上げる。


「そうだ! 階層が増えた時に要請していた調査があるだろ。騎士団が調査するなら、ついでに討伐してもらえばいいじゃねえか」


 その言葉に、皆が希望を見つけたように喜ぶが、フノ―司祭だけは難しい顔で首を振った。


「ムッツが昨日の夕方には騎士団に連絡している筈だ。向こうの準備もあるが、早くて2,3日で来るかもしれない。ただ、それで来るのは21層を調査するための部隊だぞ。サードクラスの騎士団員を寄越すとは思えないだろ。

 なにより、ギルド長として緊急要請を出さない訳にもイカンからな。騎士団に伝われば、侵略型に対応するために、調査よりも討伐部隊を再編するに違いない。だから、最速でも4日だ。

 そんな騎士団を待つにしても、何も備えない訳にはいかん。

 一応、侵略型レア種の元の種族によって、進行速度は変わるらしいが……」


「植物の魔物ですけど、支配領域内は移動するみたいですね」


 〈詳細鑑定〉で調べておいて良かった。植物だから動かないと決め付けて、呑気に構えていたら、黒い魔物を引き連れて外まで出て来る可能性もあったからな。

 俺としては、色々気になる事が多いので、討伐しに行きたい。ただ、1人では氷の蔦の物量に潰されるのが落ちだ。何とかしてパーティーメンバーも誘いたいところ……

 少なくともオルテゴさんは畑への影響が少ない方を選ぶはず。


「俺はこのメンバーで、討伐する事を提案します。防衛では村や畑に影響が出ますし、外に出るまで時間を与えたら、魔物がどれだけ増えるか想像もつきません。今なら、午前中に群れを潰したので、黒い魔物の数も減っていますから。


 難点は氷魔法をどうするかですけど、フルナさん、帰り道に話していた対凍結の薬品はどれくらいで作れますか?」


 話を振られたフルナさんは腕組みをして、思い出すように斜め上を見た。


「……確か、材料は去年の冬用のが余っているから、6人分だけなら1時間も掛からないわ。でも、それ以外の準備も入るんじゃないかしら?

 具体的には防寒着……装備品が凍らないようにする毛皮のマントとかね。後は、攻撃用の爆弾や、MP回復用のマナポーションとか。

 村長、村の予算から出してもらえますか?」


「ううむ、村の存亡に関わる事だからな、好きにせい。ただし、予算も無尽蔵じゃないからな、使った分だけにしてくれよ」


「大丈夫よ、ウチの店だって村の一員なんだもの。赤字にならないギリギリの黒字程度で請求するわ。

 と、言うわけでザックス君、今日手に入れた毛皮と火晶石を寄越しなさい。後は……レスミアちゃんから聞いたけど、火吹き罠から火精樹の油を回収しているでしょ、それも全部よ!」


 思わずレスミアの方を見ると、バツが悪そうに苦笑していた。別に口止めしていた訳ではないけど、井戸端会議でどれだけ情報が流れているんだろうか?

 まぁ、フルナさんは口が上手いから、あれやこれやと聞き出されたのだろう。火精樹の油は爆発物の威力を上げる効果がある。俺では爆弾作りどころか、レシピも知らないし材料も無いので、ストレージの肥やしになっている。トラップハウスで集めた分も含めて、瓶4つ分を買い取ってもらった。


「結構、溜め込んでいるじゃない。これなら数が作れそうよ。

 話を戻しましょうか。錬金釜で毛皮を鞣して、服飾職人の何人かに手分けしてマントに仕立ててもらうわ。急ぎで頼んでも、今日いっぱいは掛かるわね。MPの回復とお肌の為に夜は寝たいから、準備が整うのは明日の朝が最速よ」


「おお、俺の娘も服作っとるから頼むといいぞ!」

「そうねぇ……オルテゴさんの分の毛皮は後で渡すから、それまで待っていて下さい。

 それじゃ、時間が勿体ないから、私はアトリエに行くわ。後はよろしく」


 フルナさんは素材をアイテムボックスに格納すると、教会から出て行った。


 それからも残ったメンバーで話し合ったが、明日の朝までは様子見する事になった。なんでも、侵略型レア種に階層が支配されると、エントランスの鳥居型転移ゲートから、その階層にワープ出来なくなるそうだ。転移ゲートをチェックしていれば、侵略状況が分かるので、その侵攻速度を見て判断する。


「俺達はこの後、村の防衛計画を相談するが、ザックスとレスミアちゃんは好きにして良いぞ」


 ローガンさんは自警団の古株メンバーを呼びに行ったし、教会には以前の会議で見かけた人が、何人か集まって来ていた。現時刻は14時。まだ時間はあるので、俺は討伐の準備をした方が良いな。そう考えて、フノー司祭に断りを入れて辞する事にした。


「夕方まではダンジョンで素材集めと、ついでにエントランスの転移ゲートもチェックしておきます。夜には自警団の人でも、見張り要員を寄越して下さい」


「ああ、その役割も話し合うつもりだ。すまんが昼の間は頼む」



 教会を出たところで、レスミアの意見も聞かずに決めてしまった事に気が付いた。


「レスミアはどうする? 午前中は激戦だったし、凍結も受けていただろ。家に帰って休んだ方が良いんじゃないか」

「フノー司祭から〈ヒール〉してもらいましたし、キャラメルナッツも食べたので大丈夫ですよ。

 むしろ、ザックス様が1人で、レア種を倒しに行かないか心配です! 私を置いていかないって約束しましたよね?」


 俺の顔を覗き込むように笑顔を見せてくる。付いて来いと言ったのは確かだけど、蒸し返されるのは、少し恥ずかしい。照れ隠しに猫耳を撫でてから、その手を引いて歩き出す。


「いや、流石に1人、いや2人でも無理だって。氷の蔦に一斉攻撃されたら終わりだよ。フノー司祭に言った通り、只の採取に行くだけさ」

「22層には行かない方が良いですよね。21層ですか? あの黒い犬が群れていなければ、私達でも大丈夫だと思いますけど……」


 21層の3匹編成なら、範囲魔法で先制して数を減らせば問題ないだろうけど、今回はそうじゃない。レスミアを安心させるために、笑いかけた。


「いや、角の採取だよ」



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近況ノートを更新しましたので、良ければご覧ください。

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