第144話 沈魚落雁、閉月呪花
花から出てきた美女は、肩口から胸まで着崩した着物は露出度が高く、目が吸い寄せられてしまう。いや、雪女に見惚れていた訳では無い、レスミアの方が大きいし……しかし、その黒い目が開かれた瞬間、全身に悪寒が走った。
さっき聞こえた、助けを求める声。コイツじゃない! コイツから助けてって意味だ!
何故だか分からないが、明確に倒さなきゃいけない敵だと、頭が認識した。
雪女が目を吊り上げ、口を歪め、まるで目の敵でも見つけたかのような般若の如き形相になる。
「魔物だ! 全員戦闘じゅん……」
フノー司祭の号令の途中で、足元から吹き飛ばされて全員が宙に舞った。
回転する視界の中、混乱する思考を抑えて、咄嗟に左手で握っていたワンドからスキルを発動する。
「〈カームネス〉!」
混乱していた頭がクールダウンする。丁度、地面が見えたところだが、後数秒もしないうちに落下するだろう。近くにあった棒状の何かを掴んで体勢を立て直し、何とか両足から着地する事に成功した。
息を吐きながら、視界に映る地面がおかしい事に気付く。花畑だった筈なのにクロユリが無い。代わりに、白く半透明な……氷のような太い蔦が生えていた。辺り一面、長い氷の蔦だらけで、まるで竹林にでも迷い込んだよう……いきなり生えてきた蔦に吹き飛ばされたのか?!
周囲を見回すと、他のパーティーメンバーは散らばって倒れて……レスミアが細長い蔦に絡め取られているのが目に入る。
激情に駆られながらも、〈カームネス〉のお陰で考えられる最善の手を打った。
「〈緊急換装〉!」
左腰に現れた聖剣クラウソラスを抜刀し、氷の蔦へ斬りかかった。聖剣は硬そうな氷の蔦を易々と切り裂き、振るう度に切り倒す。レスミアを拘束している氷の蔦まで、息継ぎすら忘れて切り続けた。
「キャアッ!」
落ちて来たレスミアを、空いた左腕と身体で抱き止めた。
レスミアを地面に下ろしながら、胴に巻き付いたままの蔦を剥ぎ取る。ぱっと見で怪我はしていない事に安堵しながら、次の手を打った。
「〈プリズムソード〉!」
光剣が4本召喚された。属性や本数指定をしていないので、初級の4属性が出てきたようだ。何故か最大本数が増えているけど。
そんな疑問は頭の隅に投げ捨て、周囲にオートモードで周囲に散らした。先ずは氷の蔦を減らして、安全地帯を確保が優先だ。オートモードならパーティーメンバーを避けて戦ってくれるからな、手数が欲しい時には最善だろう。MP消費が激しいのは難点だけど。
「レスミア、大丈夫か?」
「ええ、自分で立てます。ザックス様、他の人と合流しましょう」
レスミアの緊張をはらんだ言葉に頷き返し、自身でも聖剣を振って安全な場所を確保する。その間にレスミアが声を掛けて呼び集めた。近くにいたフルナさんとフノー司祭は直ぐに合流出来た。先頭を歩いていたオルテゴさんとローガンさんは少し離れた場所に居たが、既に声に気が付きこちらへ向かっている。
しかし、メンバーが集まるに連れ、氷の蔦が動き始めた。
細く長い蔦が鞭のように振るわれ、太い蔦が棒のように振り下ろされる。伐採を進めていた俺は、複数の蔦に集中攻撃を受けていた。何とか聖剣で切り払い、左腕につけた硬革の盾で受け止めるが、蔦の数が多く捌ききれない。二の腕に痛烈な打撃を受け、聖剣を落としそうになったところで、後ろから声が聞こえた。
「オラァッ!俺が相手だあぁ!!!」
周囲の氷の蔦が標的を変え、オルテゴさんに殺到する。カイトシールドを掲げて耐えているが、ガラ空きの脇腹や足に攻撃を受けていた。
右腕の痛みからして、硬革装備の無い部分への直撃はマズイ。聖剣を左手に持ち替え、光剣を2本呼び戻し、射出する。こちらに届く蔦を減らさないとジリ貧だ。
「オルテゴさん、一旦下がりましょう!」
「盾役が先に下がれるかっ! お前が下がれ!」
怒鳴られながらも、光剣を操作してオルテゴさんを援護する。何とか2人で後ろに下がると、フノー司祭が魔方陣に充填していた。全員が集まったところで発動する。
「光の女神に祈りを捧げ、我らに癒しの御加護を賜らん……〈ヒールサークル〉! 」
足元から光の粉が噴き上がり、右腕の痛みがマシになった。レスミアが駆け寄ってきて、腕の事を心配してくれる。幸いにも確保していた安全地帯のお陰で、一息つけそうだ。
「全員、背中合わせに全周囲を警戒! ザックス、光の剣で後ろの蔦を排除してくれ、撤退す……魔法が来るぞ、構えろ!」
その声に正面を見ると、氷の蔦の奥で雪女が白い魔方陣を掲げている。天を抱くように両手を広げ、その中心で魔方陣が完成し、白く光を放った。
「〈カバーシールド〉!
俺が相手だぁぁぁぁ!!!」
滑るように前に出たオルテゴさんが、雄叫びをあげる。〈挑発〉で注意を引いて盾になるつもりなのだろう。その背中を頼もしく感じていたが、その姿が急に見えなくなる。
降っていた雪が急に酷くなり、猛吹雪となったからだ。雪と風が吹き荒れ、猛烈な寒さと共に周囲の様子すら見え難くなる。
……範囲魔法か!
隣で戸惑っていたレスミアの腕を引き、抱えてしゃがみ込んだ。左腕の盾で頭をガードしつつ、表面積を小さくする。咄嗟に吹雪の魔法と推定し、被害を最小限に抑える事にした。叩き付けるような雪と凍えるような寒さを、腕の中の温もりを絶やさぬように耐え忍んだ。
しばらくして、体を乱暴に叩かれた。目を開けると、体に積もっていた雪が剥がれ落ちるのが見える。フルナさんが心配そうな顔で、雪を払ってくれていた。
「生きてるわね! しっかりしなさい、次の魔法が来る前に逃げるわよ!」
手は動くが、関節が硬い……いや、装備品が凍りついているのか! 無理矢理に動かすと、張り付いていた氷が、バキバキと音を立てて崩れ落ちる。
それを見たフルナさんが、俺の体を叩き始めた。ちょっと痛いくらいだが、お陰で頭も回るようになって来た。
視界の左下に映るHPバーが3割減っている。レスミアとオルテゴさんに至っては半減、しかも雪だるまの様なアイコンまで付いていた。状態異常か?!
腕の中のレスミアは震えているし、前に立っていたはずのオルテゴさんは、雪の彫像様になっている。フノー司祭とローガンさんが呼び掛けながら、雪を払い落としているのが見えた。
更にその先、蔦の林の奥で雪女が、口元に手を当てて笑っている。妖艶な美女なのに下半身が花のためか、真っ黒な目のせいか、姿を見ても敵意しか浮かばない。
その細められた目と視線が合う。その真っ白な手が口元から外れると、醜悪な笑みを浮かべていた。
嫌な予感がして、ステータスと特殊アビリティ設定の画面を開く。設定を変更していると、雪女が俺を指差したのが見えた。その指先に魔方陣が現れる。大きさからして、先程の吹雪の魔法か、同等の魔法に違いない。
つまり、立て直し中の俺達が食らったら終わりだ。充填には時間が掛かるが、負傷者を抱えて逃げ切れる筈もない……残された手は1つしかなかった。
ウインドウを消し、〈ゲート〉のスキルを使用した。この3日間ダンジョンから出るときは〈ゲート〉の赤い光の壁を使っているので、他のメンバーも気付くはず。
「フルナさん、レスミアを連れて、先に脱出して下さい!」
「……任せなさい。ザックス君も無理しちゃ駄目よ」
腕の中で震えているレスミアをフルナさんに預けようとしたが、左手を掴まれた。
「ダメ……ザックス様もいっしょに……」
「時間稼ぎをするだけだから大丈夫だよ。外で待っていてくれ」
安心させる為に手を握り返してから、フルナさんに任せた。
フノー司祭の方も〈ゲート〉に気付いたのか、ローガンさんと2人掛かりでオルテゴさんを引きずっている。皆が脱出するまで、少しだけ時間稼ぎをしようじゃないか!
グローブごと凍りつき、右手に握られたままの聖剣の柄を触り、光剣を呼び寄せる。そして、4本の光剣を雪女に向け、順に射出した。しかし、魔方陣を充填していた雪女の前に、壁が現れた。氷の蔦が集まり盾となったのだ。光剣は蔦の壁に突き刺さり、4本共受け止められてしまった。
緑色のカーソルを操作して風属性の光剣で斬撃するが、2重3重の壁を突破出来ない。そうこうする間に、細めの蔦が光剣に絡みつかれてしまう。刀身ならば兎も角、柄を拘束されてしまうと弱い。カーソルを動かしても、抜け出せなくなってしまうからだ。フェケテリッツァの時も、口に咥えられて無力化されていたからなぁ。
4本全てが蔦に絡め取られてしまうのに、それほど時間は掛からなかった。
時間稼ぎもここまでだな。一撃くらいは入れたかったが……蔦の壁が少し開き、雪女が顔を出した。指先の魔方陣も8割方光っており、時間の猶予もない。
最後に〈詳細鑑定〉を掛け、鑑定文のウインドウを開いたまま〈ゲート〉に飛び込んだ。
【魔物、幻獣】【名称:氷花雪女アネモネ】【Lv32】
・アルラウネの侵略型希少種。※※※を取り込み、氷属性に変質している。巨大なアネモネの花から雪女が生えており、取り込んだ※※※で気候すら操り、氷魔法を多用、支配領域を雪原へと変える。木や魔物を吸収し、支配領域の中継器として花を設置する。戦闘時には氷の蔦へ作り変えて自在に操る。
この個体は火を極端に恐れる。属性的には弱点でもないが、火を目にすると最優先で消そうと行動する。
植物だが、根を使って歩行することも可能。ただし、本体の球根を危険に晒すため、支配領域内で外敵が居ない場合にしか動かない。上の花が倒されると、本体が姿を現す。
・属性:氷
・耐属性:木
・弱点属性: 雷
【ドロップ:巨大氷花の花弁】【レアドロップ:氷結芍薬、※※※】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます