第138話 ダンジョンの中でも水竹育つ
「これくらいの傷なら〈メタモトーン〉……これで直せるから、買い替えはまだいいよ。それより、気になる事があってね」
傷跡をコネコネして直しながら、〈詳細鑑定〉の文面を皆に話した。
「最初の円陣を組んでの遠吠え、あの後に赤いオーラを纏っていたから、筋力値アップの強化だと思います」
「成る程、強化される前なら硬革装備でも大丈夫かもってか。筋力値アップと防御力アップがかち合って、俺の硬革装備は無事だったからあり得るかもな」
「そうなると先に魔法で数を減らすか、弓矢で遠吠えを邪魔するか、〈挑発〉で誘き寄せるか、ってところだな。
後は……囲むと尻尾の回転攻撃が来るのも厄介だ。魔法使いが居ないパーティーの基本戦術が使えんからな」
フノー司祭は、自警団をこの階層に入れた場合の事を考えているそうだ。魔法が無い場合は、盾役が注意を引いて、残りが囲んで殴るのが普通。それが使えないとなると……いや、戦士以外のジョブも増やしましょうと話そうとしたところ、横合いから別の意見も上がった。
「トリモチが効いとったから大丈夫じゃろ。脚がくっ付いてしまえば、尻尾も振れん。ザックス殿がやっておるように、盾役が〈挑発〉して、罠術師がトリモチを仕掛けて回る。それだけで、数が多くても何とかなると思うがのう。
まぁ、〈くくり罠〉は効かなかったようじゃが、魔物によって罠を使い分ければ良いだけの話だ」
ローガンさんは罠術師を大分買ってくれているようだ。今までの戦闘でアピールした甲斐があったな。
因みに〈くくり罠〉で吊り上げたのに、直ぐ逃げられたのは、尻尾でロープを切ったからだそうだ。そうなると、前脚を括っても爪か牙で脱出されそう。ローガンさんの言うように〈トリモチの罠〉で良いか。
ドロップしたのは毛皮が2枚と、尻尾が2本。最後の1匹を俺が止めを刺したので、罠術師のスキル〈解体の素養〉の効果で2個ドロップしたようだ。レアドロップが一気に2個手に入ったのは嬉しい。ただ、1匹から2本の尻尾がドロップするのには突っ込みたい。物理的におかしくないか?
【素材】【名称:剣尾狼の毛皮】【レア度:D】
・サーベルスタールトから剥ぎ取られた毛皮。尻尾のような特性は持っておらず、普通のウルフの毛皮より少し丈夫なだけである。主に防具や防寒着として使われる。ただし、刺し毛が少し硬めで肌に触れるとチクチクするので、肌に触れない部分に使う方が良い。
【素材】【名称:剣尾狼の刃尾】【レア度:D】
・サーベルスタールトの尻尾。その名の通りサーベルのような形状をしており、魔力を通すことで硬質化する。
尻尾の付け根を持って、魔力を流す。すると、だらんと垂れていた尻尾がググッと持ち上がり、反り返った。何かを彷彿とさせるが、考えたら負けな気がしてスルー。
長さはショートソードくらいで、反りのある片刃の刀……いや、少し幅広なので名前の通りサーベルなのだろう。刃の部分は毛が集まって硬化しており、軽く振っただけで蜜リンゴの細い枝を切り落とす事が出来た。
軽くて良いのだけど、尻尾の根元まで硬質化しているので非常に危ないな。硬革のグローブも手の平側は柔らかいソフトレザーなので、強く握ると破れそう。柄を着ければ武器になるか?
しかし、もう一本の方を検分していたフルナさんは残念そうに言う。
「ザックス君、その手の魔力で硬化する素材は、鍛治師に加工してもらわないと駄目よ。魔力を流し続けないと硬化しないし、MP消費も馬鹿にならないから……」
その言葉通り、魔力を流すのを止めると、ふにゃりと垂れ下がった。体感でランク0の便利魔法を使い続けるくらいはMPを消費するようだ。
「間に合わせで使う分には問題ないですよね。ショートソードより軽くて、切れ味も良さそうですし」
「男の子って、本当にこういうの好きよねぇ。まぁ、良いわ。私は要らないから、精算では譲ってあげるわよ。
そうそう、本当に使うつもりなら、注意しておきましょうか。血糊とかで汚れたまま、魔力を切って柔らかくすると、毛の中に染み込んで切れ味が鈍くなるわ。血糊を払うか拭き取るか、手入れを怠るとあっと言う間に使えなくなるから気をつけなさい」
なるほど、染み込んだ血糊が固まると、硬化する毛の邪魔になりそうだ。まぁ、俺には〈ライトクリーニング〉があるから、些細な問題だな。
レクチャーしてくれたフルナさんにお礼を言って、中央に出現した蜜リンゴを〈自動収穫〉した。
元果樹園の周囲を調査したところ、中心部へ進む道を発見した。小高い元果樹園から降りつつ、時折生えている蜜リンゴやスタミナッツを採取しながら進む。そのついでに木も聖剣で切り倒して回収した。
「戦闘では使わないのに、木材や宝箱を切り出すのには使うのね。罰当たりじゃないかしら?」
「切れ味の良い、只の道具ですよ。今のところ天罰も有りませんし」
呆れた様子で見ていたフルナさんに、そう返す。いつだったかレスミアにも言われたなぁ。当のレスミアは、耳を澄まして〈猫耳探知術〉で周囲を探り、フノー司祭の所へ報告しに行った。
少し慌てた様子だったのが気になり、収穫物をストレージにしまって追いかける。
「この先に、最低でも犬が6匹居ます。音で探知出来ない百合が居る場合、下手するとモンスターハウスかも知れません」
「いや、ここはフィールド階層だからモンスターハウスは無いはずだ。徘徊する魔物パーティーが偶然合流しただけと思うが……」
へー、フィールド階層にはモンスターハウスは存在しないのか。部屋が無いしな。いや、1階層丸ごとモンスターハウスなんてケースもあり得るのだろうか?
隣に来ていたフルナさんに聞いてみたら、鼻で笑われた。
「そんな状況、聞いた事がないわ。あるとしても、魔物がダンジョンから溢れる時くらいじゃないかしら?
私も魔物が溢れるような辺境には行ったことが無いけどね」
ダンジョンを長期間放置すると、中から魔物が溢れる……だったか。そんな雑談をしている内に話がまとまったようだ。
「一時的に魔物が合流しているだけなら、時間を置けばバラける筈だ。無理に戦う必要は無いからな。ここは別のルートに進むぞ」
フノー司祭の判断に反対する声も無く、中心部を迂回して進んだ。
森の中なので道など無く、歩きやすいルートをオルテゴさんが先導して進む。時折休憩を挟みつつ、地図を埋めながら進んでいくと、遠くの外壁に滝が流れているのが見えた。それを目印にして、辿り着く頃には夕方になっていた。
空まで続く岩壁の上部から、滝が流れている。あまり水量は多くないが、岩壁に沿って白く流れ落ちる水はよく目立つ。その下には小さな滝壺があり、そこから小川が流れていた。昼前に渡った小川の源流なのだろう。
そして、滝壺の周囲には広い範囲で石製の灯り……日本庭園にあるような三角屋根の小さい石像が何個も配置されていた。三角屋根の下には光る球があり、興味本位で近付いてみたが、透明な壁に阻まれて触れない。手でノックしても音すらならないのは、見覚えがある。13層辺りの不思議な壁だな。これは持ち帰り不可か?
念のため聖剣で根本や地面の下を突き刺してみたが、刺さりもしないし切った感触もない。
【魔道具】【名称:安息の石灯籠】【レア度:B】
・魔物を寄せ付けない光が灯された灯篭。破壊不可、接触不可。
あぁ、トウロウだ灯籠。フノー司祭の言っていた休憩所とは、ここの事だろう。ボス部屋後の休憩所とは違い、テーブルも椅子も無いけど、水が使えるだけマシかなぁ。これが持ち運べたら、お昼の時のような不意打ちを受けることも無くなるのに。
石灯籠のある周辺を見て来たが、確かに魔物は居なかった。ここなら、昼休憩の時みたいに、出現した魔物に襲われる事も無いだろう。
何故、俺1人で見回っていたかと言うと、他の5人は滝壺近くに生えていた竹林……と言うには本数が少ないか……まあ、その竹林に群がっている。
遠目で見るとフノー司祭がローガンさんを肩車して、上の方に手を伸ばしているが、本当に何やっているんだ?
俺以外が反応しているので、この世界の常識っぽいな。後ろの方で見上げていたレスミアの肩を突いて、こっそり聞いてみた。
「レスミア、あの竹って有名なのか?」
「え?! あ、そうでしたね。
あれは水筒竹と言って、中に水が入っています。蓋を開けるまで腐らないので、水を携帯する人……探索者とか行商人に人気ですね。飲み終わった後も、安いコップ代わりに使えますし」
「あ~、宴会とかで見かけた竹のコップは、これの再利用なのか。でも、只の水だよな、そこの小川で十分じゃ?」
「おじさん達はお酒目当てなんですよ。水筒竹は蜜リンゴみたいに熟成するとお酒に変わるんです。ホラ、上の方に黄色い部分の節間があるでしょう。確か黄色はエールだったかなぁ?」
レスミアが指差す方には、黄色に色付いた竹が1つだけあった。竹の殆どは緑色なのに、一部だけ黄色いと竹取物語のようだ。採取物のようなので〈詳細鑑定〉を掛ける。
【素材】【名称:水筒竹】【レア度:E】
・中に水を貯め込んだ竹。強度はあるのに節の部分で捻ると簡単に分離し、携帯サイズの水筒になる。内蓋のプルタブを引っ張ると外れて、中の美味しい水が飲める。マナを貯め込むと他の飲料水に変異する。緑色はミネラルたっぷりの天然水。
缶ジュースみたいな物か? 魔法使いが居ないパーティーには必需品なのだろう。
竹林を見回すと、端っこの1本に青と水色の竹を見つけた。手が届く位置なので〈詳細鑑定〉する。
【素材】【名称:炭酸筒竹】【レア度:E】
・中に炭酸水を貯め込んだ竹。強度はあるのに節の部分で捻ると簡単に分離し、携帯サイズの水筒になる。内蓋のプルタブを引っ張ると外れて、中の炭酸水が飲める。マナを貯め込むと他の飲料水に変異する。青色は炭酸水。
【食品】【名称:サイダー筒竹】【レア度:D】
・中に甘いサイダーを貯め込んだ竹。強度はあるのに節の部分で捻ると簡単に分離し、携帯サイズの水筒になる。内蓋のプルタブを引っ張ると外れて、中の甘いサイダーが飲める。水色はサイダー。
サイダーかよ!
糖分や炭酸はどっから出て来た? 竹の中で発酵しているのか?
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