第137話 強襲する剣尾狼

「犬っころどもがぁぁ!」


 オルテゴさんが叫び〈ヘイトリアクション〉で注目を集めると、散開し掛けていた犬達が3方向から囲むようにオルテゴさんへ殺到して行く。

 正面の犬が右前足を振るい、爪でカイトシールドの表面を引っ掻いた。嫌な音を立てながら、後ろに1歩下がった所に左右から犬が襲いかかる。


「〈ツインアロー〉!」

 左の1匹に2本の矢が刺さり、動きを止める。そこをフノー司祭のバトルメイスが、犬の胴体を殴り飛ばした。


「引っ張るんじゃねぇ! くそっ、この犬、力強いな!」

 右の1匹からの噛み付きは、盾で受け止めたようだ。ただ、盾の下側の尖った部分に噛み付かれ、引っ張り合いになっている。

 俺はその後ろ脚に〈くくり罠〉を仕掛けた。蜜リンゴの木が再出現してくれて助かったな。頭上の木に巻き上げられたロープが、犬を宙吊りにする。無力化成功!


 正面の1対1ならオルテゴさんも暫くは大丈夫だろう。今のうちに〈詳細鑑定〉を掛けた。



【魔物】【名称:サーベルスタールト】【Lv21】

・尻尾の毛が硬質化し、刃物のような鋭さを得たウルフ。爪と牙のみならず、尻尾を振り回し斬撃を繰り出す。周囲を囲まれると、体を一回転させて全周囲を切り裂くため、非常に危険。攻撃魔法は使わないが、同族がいる場合、筋力値アップのバフをお互いに掛け合う。

・属性:火

・耐属性:風

・弱点属性:水

【ドロップ:剣尾狼の毛皮】【レアドロップ:剣尾狼の刃尾、エンチャントストーン(筋力値)】



 ざっと斜め読みして、後ろのフルナさんにも聞こえるように大声を出す。


「弱点は水! 尻尾が刃物みたいに鋭いから注意して!」

 視界の端に青い魔方陣が現れていたので、伝わったのだろう。手ぶらだった俺も、腰からワンドを抜き充填を開始する。


 その直後、吊り上げた筈の1匹が地面に降り立った。


「え?!」

 後ろ脚を吊り上げた筈なのに……そんな疑問が過ぎり目を向けると、後脚の切れたロープが煙となって消えていくところだった。サーベルスタールトが牙を剥き、唸り声を上げて怒りを露わにしていた。


 そのサーベルスタールトが地面を踏み締めるように溜めを作る。そして身を捩り、その場で一回転すると、横から白い剣閃に襲われた。


 咄嗟にワンドでガードするも、軽い衝撃と共に斬り飛ばされ、胸に強烈な一撃を受ける。胸への衝撃と痛みに、後ろへ数歩下がったところで、今度は飛び掛かって来るのが見えた。


「〈ホーリーシールド〉!」


 鋭い牙が幾重にも並んだ口が大きく開かれ、俺の喉笛を噛みちぎろうと迫る。その光景がスローモーションに見えた。自分の動きまで緩慢に感じる世界の中、唯一持っていた武器、短くなったワンドをカウンターとしてサーベルスタールトの目に叩き込んだ。



 押し倒されて背中から倒れる。圧し掛かられ、左の手首に噛み付かれてしまった。体勢的には不利だが、その代わりサーベルスタールトの目にはワンドが刺さっている。


「離せ! このっ! このっ!」

 なんとか抜け出そうと、右手でワンドの柄や鼻先を殴りつけるが一向に離さない。むしろ、唸り声と噛み付く力が強くなっている。万力で絞められるような感じだが、不思議と痛くは無い。牙も貫通していないし、硬革のグローブのお陰か?



 そんな中、頭上の蜜リンゴの木に銀色の煌めきが見えた。枝からジャンプしたレスミアが、スモールソードを下に構えて降って来る。その切っ先が、サーベルスタールトの頭を程度に突き刺さった。


 一瞬、俺も諸共に串刺しになるかと思ったけど、〈不意打ち〉で貫通するのを手元で調整したのだろう。器用なもんだ。

 ビクンッと痙攣して、動かなくなったサーベルスタールトが倒れ掛かって来たので、横に押し退ける。


「大丈夫ですか!」


「ふぅ、ふぅ、助かった。 ありがとう。左手も無事みたいだ」

 左手もようやく解放された。握ったり開いたりしても、痛みは無いので大丈夫だろう。臭い唾液塗れだけど。

 その様子を見たレスミアは、ホッと息を吐いた。


「残りはどうなっている?」

 周囲を見回すと、丁度フルナさんが〈アクアニードル〉で1匹倒したところだった。


「後はオルテゴさんが引き付けている1匹だけですね。近くなので加勢に行ってきます」

 そう言うと、レスミアはスモールソードを引き抜いて駆けていった。


 俺も続こうと立ち上がるが、胸の鈍痛で攻撃を受けていた事を思い出した。胸の硬革のブレストアーマーを触ると、貫通はしていないが、ゴッソリと斬られた線が残っている。ギリギリ耐えてくれたか。視界に映るHPゲージも10%程減っている事から、余程強い攻撃だったと知れた。



 最後の1匹の所へ向かうと、オルテゴさんが爪の攻撃を受け止めているのが見える。そして、同じく加勢に向かったフノー司祭とレスミアが囲んでいた。

 メイスとスモールソードの攻撃を受けて、サーベルスタールトが唸り声を上げる。そして地面を踏み締めるような動きを見せた。見覚えのある光景に、反射的に叫んだ。


「全員、後ろに下がれ!!!」


 即座にレスミアがバックステップで距離を取る。それを見たフノー司祭も後ろに下がったところで、サーベルスタールトが一回転した。回転と共に、ピンッと伸びた白い尻尾が円を描く。空を切り裂く音がした後、金属音が鳴り響いた。逃げ遅れたオルテゴさんの盾のを尻尾が斬り付けた音だ。


「うおっ! いってぇな、この野郎!」


 受け止め損なって、怪我をしたのか?

 心配だけど先にサーベルスタールトの動きを止める方を優先した。


「〈トリモチの罠〉!」


 包囲から逃げ出そうとしていた脚を、粘着で縫い止めた。身をよじって尻尾を振り回しているが、届くのは後ろの方だけ。ストレージから黒毛豚の槍を取り出し、3人で集中攻撃して倒した。




「ハァ、美味い昼飯を食ってたせいか、休憩所でも採取地でもないのに気を抜きすぎたな。

 オルテゴ、ザックス、怪我をしただろ。治療するぞ!」


「助かります。幸い硬革装備は貫通して無いので、打撲だと思います」

「俺もだぁ。脇腹に一撃貰っちまった」


 そう言うオルテゴさんの脇腹を見ると、同じ硬革装備なのに傷が入っていない。俺の方は横一文字に傷が入ったのに……


「ああ、お前たちには〈ホーリーシールド〉を掛けたからな。それよりも、先に治療だ。そこから動くなよ。

 祈りを捧げ、神の癒しを賜らん…………〈ヒールサークル〉!」


 足元に光る魔方陣が出現した。範囲攻撃魔法の魔法陣と同じくらいの大きさで、全員が入れるほどの大きさだ。そこから緑色の光の粉が吹き上がる。怪我した所に光が集まると、徐々に痛みが消えていった。HPゲージも回復して満タンになる。


「ありがとうございます。痛みが無くなりました。

 それで、先程の〈ホーリーシールド〉とは、名前からして防御力を上げる補助魔法ですか?」


「魔法じゃなくて、神の奇跡な。女神様の聖なるお力で、体と防具の防御力を上げる補助の奇跡だぞ。

 オルテゴ用に準備していたんだが、咄嗟にお前に掛けて正解だったろ、直後に押し倒されていたからな!」



 防具も?

 涎塗れのグローブを端切れ布で拭き取り、観察してみると臭いだけで傷は無い。なるほど、左手を噛まれても痛く無く、 硬革のグローブも傷付いていないのは、そのお陰か。


「ただ、そうなると厄介だな。僧侶が居ないと、盾役の戦士だけじゃ不安だぞ」

「そうねぇ、ザックス君の硬革の傷を見る限り、同じ場所に2回、3回と攻撃を受けたら危ないわね。

 これはもう、ボス素材の防具に買い換えるしかないわよ!」


 フルナさんが、俺の硬革のブレストアーマーの傷を触りながら、セールスしてくる。今日の防具というか、ブラウスは胸元が開いているので、前屈みになると谷間が……


「確かに心配ですね。既に手に入れているボスの皮で、防具を作って貰いませんか?」


 レスミアが割り込むように近づいてきて、硬革のブレストアーマーの傷を撫でた。

 彼女の方が大きいのだが、皮のドレスと硬革装備で固められていて、前屈みになっても小さく見える。家で着ているメイド服だと大きくてマロいのにな。


 そのレスミアと目線が合うと、はにかむように微笑んだ。少し恥ずかしげな笑みに、何処を見ていたのかがバレていると悟った。いや、ついつい目が吸い寄せられるのは男の宿命サガなんですよ……なんて言い訳は口に出さず、会話を続ける事にした。





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 丸く、そしてエロいの略ですけど、マロいって表現が好き。

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