第135話 トーチカに守られた果樹園

 それを発見したのは、木に登って奇襲を掛けていたレスミアだった。戦闘終了後に再度木に登って確かめてから、話し始める。


「あっちの方、少し小高い所に茶色い木の実が生っています。後は川みたいな水音も。地図だと……壁がそこなので、ここら辺かな?」


 ローガンさんが書いた地図と周囲を見比べながら、示した場所は中央寄りの所だった。今までは外壁沿いに進んで来ており、この階層が真四角なら角1つ分、壁沿いの1/4は踏破した事になる。道を外れるが、採取物の情報が増えるなら良いと言う意見が採用されて、見に行く事になった。

 食材が、調合素材が増えるかもと言う、女性陣の主張に勝てる男共が居なかっただけだけどね。


 中心部の方向へ、緩い登り坂を進んで行くと、木々が少し途切れ小川が見えて来た。レスミアが〈猫耳探知術〉で聞いた水音の出所だろう。川幅は1m程しかなく、水深も水底が見える程浅い。橋など見当たらないが、大きめの岩を飛び石として足場にすれば渡れそうだ。が無ければ……


 川の向こう側に、岩陰から2本の百合の花が起き上がった。砲塔の如く花弁を、こちらに向けるや否や、出現した魔方陣がすごい早さで完成していく。


「こりゃイカンな。俺が相手だぁ!!!」

 オルテゴさんが大声を上げ〈ヘイトリアクション〉で注意を引く。しかし、2匹のリーリゲンの後ろの崖上から、もう1匹起き上がった。

 計3匹の集中砲火が始まった。1匹ずつ、魔法の発動をズラして、絶え間無く水の針が飛んでくる。


「全員、後ろの木まで下がれ! オルテゴ、お前も無理せず下がれ!」


 フノー司祭の指示に、俺も充填中だった〈ストーンバレット〉をキャンセルして一旦離脱した。オルテゴさんも盾を構え、飛んでくる〈アクアニードル〉を受けながら、後ろ歩きでゆっくりと下がってくる。

 しかし、そのオルテゴさんが木に隠れて一息吐いたのも束の間、木に〈アクアニードル〉が突き刺さった。それも、5本、10本と増えていき……メキメキと悲鳴を上げて倒れていく。

 俺達は慌てて、更に後ろの木に逃げる羽目になった。



 3本の折れた木が折り重なり、漸く〈アクアニードル〉の砲火が止まった。木の隙間から覗いて見ても、まだ花弁をこちらに向けているので、油断は禁物だけど。


「下の2匹は、川に根っこを伸ばしとるな。通りで魔法を連射するわけだ。硬革装備でも、あれだけの数を食らうと怪我じゃ済まんかもな……

 フルナ、ザックス! ここから魔法で倒せそうか?」

「私は無理よ」

「俺は狙えますけど、3匹相手だと範囲魔法の方が良いかな」


 折り重なった木の隙間から観察して、釣鐘岩をどこに落とすか考える。ここまでの道中、巻き込みを心配して範囲魔法を使うのは躊躇していたけど、全員後ろにいるから大丈夫か?

 ワンドの先に魔方陣を出して充填、視界に現れた点滅魔方陣を動かす。崖上のリーリゲンをで巻き込むように配置してから発動させた。


「〈ロックフォール〉!」


 上空の点滅魔方陣から釣鐘岩が現れ、その崖上のリーリゲンを圧し潰す。そして、崖から2/3以上はみ出た釣鐘岩が、崖下に転がり落ち、地響きと共に川辺にいた2匹も圧し潰した。


 上手くいったと胸を撫で下ろしていると、横倒しになった釣鐘岩が落ちてきた勢いをそのままに、斜面に沿って転がって来るのが見える。


「お、おいザックス! あれ、こっちに転がって来てないか?!」

「あ~、距離があるので、多分大丈夫ですよ。多分」


 この階層で出現する魔物、両方の弱点が土属性なのに〈ロックフォール〉の使用を控えていた理由でもある。斜面が多いから、物理的に岩が残る土属性は自爆トラップになりかねない……こういう時は〈フレイムスロワー〉や〈ストームカッター〉みたいな非実体系が良いのに、弱点を付けないなら意味が無い。いや、〈フレイムスロワー〉は山火事になるな。



 横倒しに転がって来た釣鐘岩は、カーブしていき、木を数本薙ぎ倒して止まった。円柱状だったら真っ直ぐ転がって危なかっただろうけど、形状的にセーフ。ただ、今後も斜面ではやめた方が良いな。巻き込まれたら重戦士でも、直径5mの岩を受け止めるのは無理だろう。仮に受け止められても、オルテゴさんだと腰が再起不能になりそうだ。



 折れた木や釣鐘岩を回収して、小川を渡った。釣鐘ロードローラーで地面が凹んで、川の流れが変わったり、岩が砕けたりしているが、ダンジョンなのでそのうち治るだろう。

 それより、綺麗な小川の方が気になった。


 川の飛び石なんて、苔だらけで足を滑らせる。子供の頃に川に落ちた記憶があるけど、ここの小川には苔が無い。いや、苔どころか、魚や虫も居ない。川の中の石をひっくり返しても、何も居ない。

 いや、思い返しても、森には小動物や鳥の声も聞こえず、花畑や落ち葉の下にも虫が居ない。居るのは魔物だけ……

 地上を模したフィールド階層であっても、何か作り物めいた世界に見えた。



 小川の側の坂道を少し登ると果樹園になっていた。何本もの木に生っているのは、蜜リンゴと、キャベツのように緑の葉っぱに包まれている茶色の……大きなどんぐり?


「どんぐりじゃなくて、ヘーゼルナッツよ。殻を剥くのが面倒だけど、色々使い道は多いわよ」

「ヘーゼルナッツ良いですよね! クッキーやパンにしても香ばしいですし、ペーストにするのも良いですよ! ローストしてお塩振るだけでもお茶請けになりますし」

「お!そりゃあ、酒のツマミに良さそうだなぁ。採取物には興味なかったが、少し分けて貰うのも良いな!」


 皆してワイワイ騒ぎ始めるが、俺にはピンと来なくて疎外感を感じてしまう。ヘーゼルナッツ……聞いたことはあるけど、ハワイのチョコ菓子だっけ?


 いや、アレはマカデミアチョコだった気がする。実物を近くで見れば思い出すかと思い、低い所に生っていた茶色の木の実に〈詳細鑑定〉する。



【素材】【名称:スタミナッツ】【レア度:D】

・ヘーゼルナッツの亜種。マナで強化されており、栄養価が非常に高い。一粒食べれば1戦こなせる程の活力が湧き、行軍食や、戦闘糧食としての需要が高い。



「あれ? これヘーゼルナッツの亜種の、スタミナッツって言うみたいですよ」


 俺の言葉に、いち早く反応したフルナさんも手短な実に〈初級鑑定〉を掛けたようだ。そして、額に手を当てて呻き声を漏らす。


「これスタミナポーションの素材になるナッツじゃない……

 レスミアちゃん、お菓子の材料にするならヘーゼルナッツの半分くらいの量にしないと太るわよ!」


 『太る』と言う言葉に耳をピンッと立てて反応する辺り、女の子だよなぁ。まぁ、バフ料理の新しいレシピを作るときは、味見も沢山するそうなので切実な問題なのだろう。食べた分はダンジョンで運動しているから大丈夫だと思うけど。


「スタミナポーションは1瓶飲むだけで、ご飯無しでも丸1日働けるくらいに元気になるそうよ。その材料だから、このスタミナッツも栄養が沢山詰まっているはず……

 結構珍しいから、私も調合レシピは持ってないのよね。今度、街の錬金術師協会に行って、買ってこようかしら?」


「おお、レア物なのか! そりゃあ、村の特産品に出来るかもしれんな」

「そうなると、ここまで来られる若いのを育てないといかんぞ。ローガン、出来そうか?」

「儂は若いのに、軽く見られとるからのう……無理矢理にでもしごけるオルテゴの方がいいじゃないか?」


「俺は東の農地の取り纏めがあるんだぞ。自警団のお守りまでやってられんぞ」



 何故か村興しの会議が始まったので、巻き込まれないように離れ、収穫をする事にした。ストレージから一番大きな麻袋を取り出して、口を広げる。


「〈自動収穫〉!」


 スタミナッツにも効果はあるようで、茶色の木の実だけが宙を飛び、袋に飛び込んでくる。それにしても、飛んでくるのに袋の中では音もせずに貯まっていくのは不思議な光景だ。木の実同士がぶつかる音すらしないのは、最初に蜜リンゴを収穫した時と同じく、収穫物が傷つかないような力が働いているのだろう。


 袋いっぱいになると少し重く、30kgはあるように感じた。しかも、収穫した1本の木にはまだまだ残っている。袋を取り替えて、再度〈自動収穫〉を使うと、最後の方は隣の木から飛んでくるようになった。1本の木から50kgくらいか?

 地面に置くと、ジャラジャラと軽い音がする。あ、殻剥きする手間を考えると、量が多いのも考えものかなぁ。


「蜜リンゴの収穫も驚いたけど、ナッツも収穫出来るのは良いわねぇ。あっという間じゃない。葉物以外も〈自動収穫〉が効くなんて知らなかったわよ。植物採取師のおばあちゃんもレベルを……いえ、流石に酷ね。

 ローガンさん、採取師も育てて下さいよ」

「罠術師のためにも採取師は育てたいが、レベル10以降をどうするかじゃのう。スカウトも育てなきゃならんし……」


「ザックス様、私も蜜リンゴの収穫を手伝いましょうか? 」

 後ろで会議している面々に比べて、レスミアの優しさが心に染み渡る。いやまぁ、〈自動収穫〉出来る物は任せてくれと言ったのは俺なので、非難するつもりも無いけど。


「ありがとう、でも、蜜リンゴより昼食の準備をしてくれないか。ここは開けた場所だし、魔物の気配もしないから、休憩するには良さそうだしね。

 おーい、皆さん! そろそろお昼にしませんか?」


 話し合っていたフノー司祭も了承してくれたので、レスミアに敷物や弁当等を渡して準備をお願いした。さて、準備が出来るまでに〈自動収穫〉を進めるか。

 袋を取り替えて、次の木に向かった。

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