第126話 21層の様子見とレスミア

 気を取り直して、ジョブの入れ替えをする。

 村の英雄レベル20、魔法使いレベル20、罠術師レベル21、追加スキルに〈敵影感知〉。それと、念には念を入れて聖剣クラウソラスを装備した。


 レスミアも基礎レベルが20を超え、敏捷値のステータスが上がっていた。ミスリルソードを持って駆け回っていた所為だろうか。



【猫人族】【名称:レスミア、15歳】【基礎Lv21、狩猫Lv21】

 HP  D □□□□□

 MP  F □□□□□

 筋力値E

 耐久値F

 知力値F

 精神力F

 敏捷値B【NEW】

 器用値B

 幸運値C


 所持スキル

(省略)


 ここまで、ステータスの上昇も、ジョブの補正も敏捷値と器用値しか上がってない。潔過ぎる構成だ。筋力値も上げないとミスリルソードの呪縛から抜けられないのに。

 更に、狩猫もレベル20を超えた。



【ジョブ】【名称:狩猫】【ランク:1st】解放条件:基礎Lv5以上、猫族、猫人族専用

・猫の身体能力を生かした、戦闘寄りのスカウト。罠の看破も出来るが習得は遅め。回避型の前衛として戦おう。

・猫族が狩猫の上位にクラスチェンジすると、猫人族よりの体格に近づく。


・ステータスアップ:HP小↑、筋力値小↑、敏捷値中↑、器用値中↑【NEW】

・初期スキル:隠密行動、不意打ち

・習得スキル

 Lv 5:投擲術、猫着地術

 Lv 10:敏捷値中↑

 Lv 15:猫耳探知術、マッピング

 Lv 20:器用値中↑、罠看破初級【NEW】



 ようやく〈罠看破初級〉を覚えた。覚えるのが遅いとあったけど、効果のある30層まで10層分しか使えないとは。まぁ、罠を気にせず狩猫を使えるのは良い。

 そのレスミアは、スカウトレベル19で弓矢装備だ。未知の領域なため、遠距離攻撃手段を確保しておきたかった。



 準備を整え、21層への扉を開ける。その先に広がっていたのは、雑木林だった。森というほど木々が密集しているわけでもなく、細いコナラや、初めて見る太い木等がまばらに生えており、木漏れ日が差し込んでいる。13層辺りと同じく、光る空があるようだ。ただ、周囲を見回しても並木道のような道は無く、木々の生え方も不規則に見えた。


 一番おかしいのは地面だ。今までの階層は土床か石床で、砂埃こそあれど、ゴミや落ち葉などは無かった。21層は落ち葉が積り、草や低い木が生えており、むき出しの地面が無い。

 まるで地上に戻ったかのようで、ここのダンジョンの周囲にある林に似ていた。



 この状況に思い至る事が一つある。隣で扉の向こうを覗き込んでいるレスミアに聞いてみた。


「もしかして、フィールド階層だったりするのか? 確か21層以降に出るって聞いたな」

「……多分、そうだと思います。私も授業で習っただけなので、詳しくないのですけど」


 ダンジョンにおける通常の階層は、沢山ある部屋と通路で構成されている。平面的な蟻の巣みたいなものだ。

 それに対して、フィールド階層は1階層まとめて大部屋で、その中は地上の地形を再現した様相になるらしい。草原や森林、山地、海岸、雪原、砂漠等、厳しい環境も多いので対策をしていないと大変だそうだ。


 ここは森林フィールドと言えばいいのだろうか。


「どうします? 一応、21層が有る事は確認出来ましたけど……」

「軽く中を見ただけじゃ、情報が少な過ぎだろう。少し探索して、フィールド階層という事の確信と、出現する魔物くらいは押さえておきたいな。今までと同じなら、アクアディアーとウインドビーで戦い慣れた相手の筈だ」


 ウインドビーは16層から登場したので、ここの21層までのはず。戦い慣れているし〈ライトボール〉のホーミングがあれば楽に倒せる。アクアディアーは昨日出会ったばかりだけど、罠術スキルがあれば問題無い。

 つまり、一度に出る魔物の数が3匹に増える事と、地図が無い事くらいしか不安は無い……多分。


 レスミアは苦笑しながらも、了解してくれた。見透かされていた気もするけど。



 扉を潜り21層に踏み入れた。足元から枯葉を踏む軽い音がする。グルリと周囲を見回してみても、道らしきものは無い。

 振り返り、扉の方を見ると空まで続くゴツゴツとした岩壁だ。恐らく、この階層の端が岩壁なのだろう。当ても無く林の中を歩くより、壁沿いに歩いて行くことにした。





 歩き始めて数分過ぎる頃には、普通の階層ではない事を実感した。起伏が結構あるのだ。岩が折り重なった小さな段差を登ったり、緩やかな斜面を下ったり、低くなっているところに枯葉が溜まっていたり。その枯葉に紛れて、罠が仕掛けてあるのも困り者だ。枯葉のプールの中に、落とし穴の罠とか〈罠看破初級〉がないと気付けないだろ。

 そんな中、レスミアは活き活きとしていた。



「あっちの樹の下、何か赤い実が生っています。行ってみましょう」


 言うや否や、軽やかに駆け出して行った。〈敵影感知〉と〈罠看破初級〉に反応はないので大丈夫だろうけど。こっちは慣れない山道を、枯葉で滑らないようについて行く。


 追い付いた先では、俺の腰くらいの低木に、少し紫っぽい赤い実が沢山生っていた。それをパクパクと食べているレスミアさん。何やっているんだか。


「このラズベリー、甘酸っぱくて美味しいですよ。子供の頃を思い出しますねぇ。ザックス様もどうぞ」



【素材】【名称:プラスベリー】【レア度:D】

・属性を蓄えるラズベリー。食べると蓄えていた属性への抵抗力を得る。周辺の影響を受け、蓄えた属性により色と味が変化する。

 この実は雷属性を蓄えている。



 また変わった食材だ。口に入れるとプチっと弾けて酸味が広がる。甘みは少ないが、これはこれで美味しい。一つだけだと、逆にお腹が減るけどな。

 懐中時計を見ると12時前。早く終わらせて戻った方がいいな。ストレージから袋を取り出して〈自動収穫〉でラズベリーを集めた。


「ああ! まだ食べてますよ!」

「ラズベリーじゃ、お昼ご飯には足りないだろ。サッサと終わらせて帰ろう」


 レスミアのジョブを狩猫に変更して〈猫耳探知術〉で索敵を頼み、その間に〈自動収穫〉で3袋採取した。ただ、周囲を見ても他に採取物は無い。ギルドの半分採取ルールはだったはず。


「全部収穫してしまったけど、ここは採取地じゃないからセーフか?」

「そもそも部屋でもないですからね。

 あ!あっちの方に水音がします! 急に聞こえ始めたから、多分鹿だと思います」


 水撒きしているアクアディアーか。腰の聖剣を右手で抜き、スキルを発動させる。


「〈プリズムソード〉!」


 土属性の茶色の光剣を一本召喚した。更に、左手のワンドで〈ライトボール〉を充填し始める。

 レスミアの誘導で斜面を登り始めると、〈敵影感知〉で圧力を感じ始めた。そして、小高い丘の頂上に到着。反対側の斜面の下には花畑が広がっている。そこの中心にアクアディアーを発見。


 咄嗟にカーソルを動かしロックオン、射出した。弾かれるように飛んでいった茶色の光剣は、アクアディアーの胴体を貫通する。

 まずは1匹!


「後2匹は何処だ?」

 気配はするけど、倒れたアクアディアー以外に見当たらない。隣で弓を準備していたレスミアに、尋ねてみたが、


「分かりません。音もしませんし、〈敵影感知〉の方は?」

「こっちも、倒したアクアディアー付近に居るように感じるけど……」


 レスミアのジョブをスカウトに戻して、〈敵影感知〉を試してもらう。それでも、判別出来ないので、斜面を駆け下りて花畑に近づいてみる。そんな時、放置していた光剣が、動き出して花畑を伐採し始めた。


 ……ん? オートモードに切り替わった?


 花が舞い散る中、一際大きな百合の花の花弁が切り刻まれて……いや、縮尺おかしくないか? 他の百合の倍以上の大きさ?!


「ザックス様、左奥にも変な百合の花が! 多分魔物です!」

 レスミアの声に左奥を見ると、馬鹿デカい百合の花が、根っこを蛇のように動かして。花畑の花を踏み潰して歩くと、その大きさがよく分かる。こちらに向けた花の先に、魔方陣が展開された。


 風を切る矢音が聞こえ、レスミアの放った矢が百合の花を貫く……が、花弁を貫かれても、魔方陣の充填は止まらない。


「〈ライトボール〉!」



 追撃として、充填待機させていた魔法をロックオンして放った。魔方陣から小さな光の玉が射出され、着弾して弾けて光のドームになる。そして、そのまま消えていき、中心にいた百合の花はヘタリ込むように横たわった。


 倒した……な。もう一匹も聖剣に切り刻まれたようだ。おっと、死体が消える前に〈詳細鑑定〉しよう。



【魔物】【名称:リーリゲン】【Lv21】

・ダンジョンのマナで魔物化した百合の花。植物型魔物に分類され、歩きながら〈アクアニードル〉を撃ってくる。また、歩くのにも使われる根で水分を吸収すると、魔法の充填時間が早まる。更に、同種の仲間がいる場合は、連携して交互に撃つ。

・属性:水

・耐属性:火

・弱点属性:土

【ドロップ:百合根、片栗粉】【レアドロップ:百合花チャーム】


 植物型の魔物……今までは大きな動物型の魔物だったから、まだ(日本の)常識の範囲内だったけど、歩き回る植物か~。ファンタジーに侵食されていく。いや、歩き回るキノコも居るって聞いていたし、今更かねぇ。


 それにしても、水のある場所だと〈アクアニードル〉の詠唱が早くなるとか、水撒きするアクアディアーとのコンボか? 面倒な相手だ。まぁ〈ウインドニードル〉を受け止められる硬革の盾なら、大丈夫だとは思う。〈ライトボール〉で倒せるから、HPは高くなさそうだしな。


「ちょっと、ちょっと、今の魔法何ですか?! 新しい範囲魔法ですか?」


 レスミアが捲したてるように質問してきた。余程驚いたのか、尻尾が膨らんでいる。俺の視線に気付いて、そっと背中に隠す仕草が可愛い。


「村の英雄ジョブが覚えた上級属性の光魔法だよ。さっきのはランク1の〈ライトボール〉。あれで範囲魔法じゃなくて、単体魔法なのは凄いよな。

 それと、もう一つ。服とかの汚れを綺麗にする〈ライトクリーニング〉!」


 実際に便利魔法を使ってみせた。足元の魔方陣から光の粉が舞い踊り、レスミアの体を包み込む。革のドレスのスカートや硬革のプロテクターから、煙が多く上がっているのは返り血の所為だろう。サンダーディアーの首を落とした時など、返り血は少なからず浴びてしまうから。戦闘終了後に拭き取っても、拭き残しがあったり、乾拭きでは血糊が薄っすらと残ったり、手入れは大変なのだ。


 なので「ザックス様、凄い!」と、喜んで貰えると期待していたのに、何故かレスミアは頭を抱え込んで俯いてしまった。あれ? 凄く便利な魔法なのに……なので有用性をアピールしてみる。


「あ~、そうそう、範囲指定も出来るから、家の掃除や洗濯も楽になるよ」

「そんなんじゃ、ないですよぉ」


 あれ? これもハズレか。

 ああ、そうか。掃除洗濯はメイドの仕事だから取るな!って事?

 難しいなあ。なんと言葉を掛けようか迷っていると、ようやくレスミアが顔を上げた。


「そうじゃなくて、光魔法なんて気軽に使っちゃ駄目です!

 光魔法が使えるのは最強の魔法使い、ただ一人!学校でも習うような事を何で知らないんですか!

 そんな貴重な魔法が使えると知られたら、貴族に取り込まれちゃいますよ!」


「え?! 昔は沢山使える人が居たと文献にあるって……今は少ないとは思ってたけど、1人だけ?」

「名前まで教えられましたから、有名ですよ……」


 エヴァルトさん! 古い文献の話に脱線して、今の常識を教え忘れているよ!

 

 いや、落ち着け。責任転嫁してもしょうがない。迂闊だったのは、俺の問題だ。

 光魔法に浮かれて、自慢したかった感も否めない。常識の無さを誤魔化すのも限界だな。

 

 腹をくくる時が来たようだ。


「簡易ステータス! 取り敢えず、俺の種族を見てくれ」

 転生者の事を含めて、話す事にした。




 そして、洗いざらい暴露したら、またしてもレスミアは頭を抱えてしまった。

 俺としては、もどかしい状況を話せてスッキリした。なんて胸を撫で下ろしていたら、頬を抓られた。


「な、ん、で! 光魔法は隠す気も無いのに、私に秘密にしてたんですか!」

「話すタイミングを逃したというか、簡易ステータスを見せても気が付かなかったレスミアも悪ひりゃ……」


 両頬を引っ張られた。


「もう! そんなんだから……もう!

 通りで常識的なことを知らないのに、変わった事を知っている筈ですね!……箱入り貴族かと想像していたのに、異世界なんて予想できませんよぉ」


 しばらくの間、グニグニと引っ張られたが、何とか解放してもらえた。あまり痛く無かったので、レスミアも本気で怒っている訳では無いのだろう。むしろ、その目は心配してくれているように感じた。


「まぁ、そんな事情があるから、貴族に取り込まれると言うか、内定は決まっているんだよ。どの道、ダンジョンは攻略するつもりだからな」


「え?! あ、いえ、その……そう言うつもりじゃ無くて…………(貴族の女性が群がるに決まっているじゃないですか)」


 急に顔を赤らめて俯いてしまった。そのせいで後半が聞き取れなかったけど、モジモジと指を絡めては、離す。何かを迷っているような様子だ。

 レスミアの様子を見て、察しが付かない程、鈍感な俺ではない……多分。


 惹かれているのは自覚していたし、一軒家で同じ時間を過ごしていると、恋人と同棲している気分になっていた。夜になって見送るのを残念に思うほど。ただ、それでも怖くて一歩が踏み出せないでいた。これは、レベルを上げても、どんなジョブに変えても強化できない、俺の心の弱さだ。


 レスミアの様子に当てられるように、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。ここが、勝負どころだ! 覚悟を決めろ!


 しかし、俺の口が動く前に、レスミアが顔を上げた。

 そして、恐々と震えながらも伸ばされた手が、俺の袖を掴む。熱を帯びて潤んだ瞳でポツリと言った。



「置いていっちゃ、ヤです」



 返事を迷う事はない。伸ばされた手を両手で握り、思いの丈をぶちまけた。


「レスミアの事が好きだ!

 これからも俺について来い! レスミアの料理が食べたいから、大歓迎だ!」


 俺の言葉に、手を握り返して笑ってくれた。その潤んだ瞳は嬉しそうに細められ、笑顔が咲いた。


「はい!!!」

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