第123話 シュピンラーケン

 レスミアに見送られ、家を出た。

 ダンジョンギルドで素材を売り9万弱手に入れ、雑貨屋で野菜や芋類を買い取り、蜜リンゴを売り払う。


「後、この前話した鏃無しの木の矢が届いたから、倉庫まで取りに来てくれる?」


 フルナさんに裏の倉庫へ案内された。搬入用の大扉の横には、10本単位で括られた木の矢が無数に立てられている。ぱっと見だが、300本にしては多過ぎるような?


「養鶏場の倉庫を改めたら、大量に隠してあったそうよ。一応、古くて曲がった物や矢羽根の状態が悪い物は避けておいて、全部で634本。1本10円で端数はオマケして、6千円でどう?」


「いやいやいや、300本でも多いと思っていたのに、倍も要りませんよ!

 レスミアの弓矢も威力が足りないって言うので、上位素材を考え始めているのに」


 流石に滞留在庫の押し付けは勘弁して欲しい。ストレージに死蔵されるのが目に見えているのに、わざわざ買いたくはない。ドロップ品みたいに、タダで手に入るなら兎も角。と言うか、養鶏場のおじいちゃん、暇つぶしでも作り過ぎ!

 そんな俺の反論に、フルナさんは右手を頬に当てて、何かを思い出すように考え込む。しかし、然程時間を掛けずに交渉を続けられた。


「……弓矢の威力を上げるなら、弓術スキルを使いやすくする為に、魔力の通りが良い木材の弓にするって聞いたことがあるわ。後は、鏃を強度の高い金属にするとか。

 つまり、この木の矢でも、鉄以上の鏃を付ければ十分使えるのよ。5500!」


「鉄の鏃なら自分で作れますけど、けっこう手間がかかるんですよ。2,30本分くらいなら手作りしようと考えていましたけど、600はねぇ」


 昨日作ったインゴットの余りをストレージから出して見せ、渋ってみせたのだが、何故かインゴットの方に食い付かれた。


「錬金釜じゃなく、普通の鍋で作れたの?

 〈初級鑑定〉! へぇ、本当に錬金調合で作ったインゴットじゃない。やるわね。

 このインゴットを鍛冶屋に持ち込めば、安く鏃に……って、街に行かないと鍛治師がいないか。仕方がないわね、そちらの手間も考えて5千でどう?」


 どう足掻いても、渋ってみせても在庫を捌きたいようだ。さて、どうするか?

 いや、どうせ買うなら条件を付け足すか……


「俺としてはそんなに要らないのですが、小さい方の錬金釜を1日貸してくれるなら、5千円で引き取りましょう」


「貸すのは駄目よ!

 ……そうね、アトリエで私の監視下で使うのなら許可出来る範疇かしら。私の拘束料金をプラスして1万円!」




 そんなこんなで交渉を続け、最終的に6千円で引き取る事になった。錬金釜の使用時間も半日に減ったけど。

 大量の矢の束をストレージにしまい、料金を支払う。


「錬金釜を使いたい時は、前日までに言ってくれれば調整するわ」

「まだアイデアが固まってないので、2,3日後でお願いするつもりです」


「分かったわ。そうそう、旦那が家にいる間か、戻って来てからにしてね。そろそろ、街に卸しに行かないと在庫が圧迫して来てねぇ」


 雑談しながら店に戻るよう促された。


 なんでも、蜜リンゴを加工した商品を、実家の商店に持って行くそうだ。俺が大量に蜜リンゴを持ち込んだお陰で、実家の要求数の10倍以上も用意出来たらしい。嬉しそうな顔を見る限りでは、かなり儲かっていそうだ。

 ん? 俺がこの村にきてから2週間ほど経つけど、賞味期限は大丈夫なのだろうか? 瓶詰めにでもしているのか? その辺を聞いてみると、


「食料品じゃないから大丈夫よ。まぁ、薬瓶に入れるも、調合で作る時点で密封されているから、早々に腐ることは無いわ。

 そんな事より、調合依頼を受けていたシュピンラーケン30枚、出来ているわよ〈アイテムボックス〉」


 カウンターの上に白いシートが重ねられる。シルクの様に真っ白でツルツルした触感だれど、ゴムの様に伸びる変わった布?だった。



【素材】【名称:シュピンラーケン】【レア度:E】

・蜘蛛の糸からシート状に調合された布。強靭性、伸縮性に優れ、汚れにも強い。防具類の関節部分に使うと動きを妨げずに強度がある物に仕上がる。また、貴族や女性の衣装にも使われる。

・錬金術で作成(レシピ:蜘蛛の糸+蜜蝋)



 素材の蜘蛛糸は1mサイズだったけど、7割程に縮んでタオルサイズになっていた。鎧の間接部なら兎も角、衣装に使うには小さくないか?

 衣装作りの知識は全く無いので、そんな疑問は置いておき、貴族に需要があるのに注目したい。高値で売れるかも。その辺りをフルナさんに聞いてみる。


「あ~、確かに貴族や女性向けではあるけど、レア度が低いのよね。貴族向けというより、平民の富豪とか、普通の人の取って置きのお洒落用よ。

 騎士団は5千円で買い取るのだったのよね? 妥当な値段じゃないかしら。需要があるところなら1割2割くらい増えるかもしれないけど。

 この村でも、少し需要があるから買い取るわよ」


 残りの調合分、蜘蛛の糸束と蜜蝋を20セット渡しながら交渉し、1枚5500円で10枚を売る事にした。


「毎度ありがとうございます。

 若い奥様達が欲しがるのだけど、騎士団以外に採取して来てくれる人が居なくてね。助かるわぁ。

 そうそう、ついでにレスミアちゃんの分も作るのはどう? 材料として2枚分貰えれば、工賃はサービスするわよ」


 向こうからサービスするなんて、ちょっと怪しかったけど、10枚分売った御礼なのだそうだ。村の服飾職人も、材料が無くて困っていたらしい。

 特に断る理由もないので、レスミアの分として2枚渡しておいた。


「レスミアちゃんには、空いた時間に顔を出すように言っておいてね。採寸とか、デザインの要望を聞くから」


「分かりました。

 そうだ、調合と言えば、雷玉鹿の皮も調合で鞣し加工するって聞きましたけど、これも10枚単位ですか?」


 雷玉鹿の皮を取り出して見せ……た途端に奪われた。


「この手触り、〈初級鑑定〉!

 確かにボスの皮……もう倒して来たの!? 流石は聖剣ね!

 その調子で100や200くらい狩って来てちょうだい。うちの店でも割り増しで買い取るわよ!

 因みに〈量産の手際〉で増えるのは20枚で1枚しか増えないのよ。だから調合依頼も20枚単位で受け付けるわ」


 20枚かぁ、周回する理由が増えたな。

 フルナさんのセールストークを受け流しながら、雷玉鹿の皮をストレージに回収して、店を後にした。




 朝からの商談で、どっと疲れた気分だ。気分転換に19層の採取地に行く事にした。


 今日のジョブは村の英雄レベル19、罠術師レベル20、遊び人レベル15、採掘師レベル15に経験値増3倍。追加スキルに〈初級属性ランク4魔法〉、〈フルスイング〉、〈敵影感知〉で、黒毛豚の槍装備だ。

  既にレベル20の罠術師を付けるのは経験値的に勿体ないけれど、必須スキルが多いのでしょうがない。



 階段から近くにある採取地に向かっている途中、飛び回っていない気配を2つ感知した。アクアディアーだな。

 弱点属性の〈ストーンジャベリン〉の魔方陣に充填を開始する。単体のランク1と、範囲魔法のランク3の中間くらいの大きさだ。それに付随して、充填に掛かる時間とMPも中間くらいで完成した。


 少し進むとアクアディアー2匹と遭遇する。1匹と睨みあっていると、もう1匹が無視するな、と言わんばかりに突進して来た。

 俺は少しずつ下がりながら、2匹が直線上に並ぶまで引きつけ、魔法を発動する。


「〈ストーンジャベリン〉!」


 ワンドの先の魔方陣から、石の槍……杭と言った方がらしいな……が射出された。それは突進する1匹目の首元に当たり、そのまま胴体を貫通。尻側から飛び出た杭は2匹目に突き刺さり、貫通して地面に刺さった。


 2匹分を縦に貫通するとか、凄い貫通力だ。上手いこと射線に2匹以上誘い込めば、MPの節約にもなる。

 〈潜伏迷彩〉中に魔法が使えないのが残念だ。姿を消したまま充填出来れば、まとめて貫通する位置取りが出来るのに。


 因みに〈ストーンジャベリン〉で出て来た杭は、消えずに残っていた。〈ロックフォール〉の釣鐘岩と一緒だな。ダンジョン内に放置しておけば消えるだろう。回収することも出来るけど、血塗れなので要らないな。何かに使う当てが出来たとしても、その場でカラ撃ちすればいいだけだ。



 鉱物系採取地では〈石炭供給操作〉で石炭類の出現率を下げてみる。その結果、土山4つで、魔水晶25個に各種鉱石玉20個、そのうち燃石炭は1個に石炭0個と効果が如実に現れた。

 いつもなら5,6個は石炭系が出ていた分が、他の鉱石になっているようだ。


 ただ、燃石炭は瞬火玉改に使えるので、欲しいのだけどなぁ。使い道の無い石炭だけ減らせると、なお良かったのに。



 植物系採取地では、蜜リンゴが全体の半分しか熟していなかった。赤いリンゴから徐々に色が薄くピンク色になり、黄色を経てハチミツ色になると、完熟になる。半分は薄い黄色のリンゴなので、昨日の午後に採取した分が熟す時間が足りなかったのだろう。


 半熟の物は食べた事がなかったな。薄い黄色のリンゴを1つもいで、齧ってみる。シャクリと良い音がして、リンゴの甘さが口に広がる。齧った断面を見てみると、白い果肉の半分が蜜入りに変わっていた。


 ふむ、蜜リンゴほど甘過ぎる訳でも無く、普通に甘いリンゴだ。成ったばかりの赤いリンゴも瑞々しかったけど、こちらの半熟の方が甘くて好きだな。果物としてそのまま食べる分も取っていこうか。

 蜜リンゴ60個と半熟リンゴ60個を〈自動収穫〉した。

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