第121話 偽造インゴットと槍角対策

 突然、頭を地面に打ち付けられながら逆さ吊りになったサンダーディアーは、叫びながら周囲を見回している。枝角で充填していた魔方陣まで消えているので、混乱しているのだろう。

 その隙を逃さず、首元に黒毛豚の槍を突き刺した……が、骨に当たったのか、深くは刺さらない。ならばスキルを、と考えたところでサンダーディアーが暴れ出した。


 未だに帯電したままの槍角を振り回すので、慌ててバックステップで距離を取る。


 槍角の先端が地面よりも少し上の高さで、逆さ吊りされているため、思いの外攻撃範囲が広く、迂闊に近寄れない。反対側では、レスミアも踏み込む隙を伺っている。


 首筋と切断された脚から出血し、毒矢も尻に3本刺さっているので時間の問題ではあるけれど……試すかどうか迷っていると、暴れるサンダーディアーの枝角に魔法陣が現れた。


 届かないから、魔法攻撃に切り替えるつもりか! 往生際が悪い!


 意を決し、サンダーディアーに近づいて、黒毛豚の槍をバットのように構える。帯電した槍角の動きを観察し、叩きやすい位置に来るタイミングで〈フルスイング〉を発動させた。


 自動で身体が動き、槍がしなる程の勢いで、槍角を強打する。頭だけでなく、宙吊りされた体全体がサンドバックでも殴ったかのように、吹き飛んだ。



 一方、俺は振り抜いた後、腕に激痛が走り、槍を放り投げてしまった。腕が麻痺してガクガクと震える。体の方も僅かに痺れを感じて、片膝をついてしまった。


 帯電した槍角から、電撃が伝わったせいだ。帯電した槍角の威力がどれ程なのか、危険度を知りたくて試してみたのだけど、殴った瞬間でなくスキル終了後にダメージを食らうとは想像していなかったよ。


 視界に映るHPバーは少し減り、その横には雷マークのアイコンが点滅している。そして、その隣の雷に包帯が巻かれたアイコン……パララセージティーの〈麻痺自然回復小アップ〉のアイコンも点滅しているのは、効果発動中だろうか?


 徐々に体の痺れが取れていく。腕の感覚はないが、なんとか立ち上がれそうだ。と、顔を上げたところに、サンダーディアーの首がゴトンと転がり落ちた。

 思わず立ち上がって数歩下がると、 血塗れのミスリルソードを右手に下げたレスミアが駆け寄って来た。〈不意打ち〉で首を落としたのか。



「ザックス様! 大丈夫ですか!?」


「あぁ、腕が痺れただけだよ。それも、バフ料理のお陰で治りは早いみたいだ」


 まだ痺れて感覚はないが、動かす事は出来るようになってきた。手を握ったり開いたりして見せると、レスミアは安堵して息を吐く。


「確かに、角への一撃で大人しくなり〈不意打ち〉出来ましたけど、無茶はしないで下さいよ」


「宙吊りにしていたし、無茶って程では無いよ。抗麻痺剤やバフ料理が、どれだけ効果があるのかも試しておきたかったからね。

 結果として、帯電した槍角は危険過ぎる。何とかして無力化する方法を考えないと」


 帯電したのを剥がすだけなら、トリモチを破壊していた時のように消費させるか、地面にでも刺してアース接続してやるか? いや、〈くくり罠〉で逆さ吊りにすると、地面に届かないギリギリに調整されているようだから、別の手がいるな。



 ドロップ品の皮を拾い、レスミアが手招きしているので、一緒に宝箱を開けた。宝箱の底には金属製の鍵が1本入っている。その持ち手のところに水晶が付いているのには、見覚えがあった。



【魔道具】【名称:鉄の鍵】【レア度:D】

・鉄の宝箱、及び木の宝箱の鍵を開ける事が出来る。使い捨て。



 やっぱり、宝箱用か。ただ、このダンジョンでは使う事は無いだろう。宝箱部屋は全部回った後だからな。時間を置けば出現する可能性はあるけれど、確認のためには巡回しないといけないからなぁ。それに、そもそも鉄の宝箱を見た事が無い。鍵の掛かった木の宝箱でも使えるといっても、何か勿体無く感じてしまう。


「ちょっと残念ですけど、ボスの宝箱以外だと滅多に出ませんから、しょうがないですね」


 レスミアも残念そうにしていたが、1戦目で手に入れた鹿脂をあげたら、コロッと機嫌が良くなった。なんでも、色々とお手入れに使えて良いらしい。

 2戦目を終えて、時間もキリが良いので、帰宅した。




 自宅の倉庫で装備品の手入れをしていると、否応にも傷が目に付く。

 ショートソードの欠けが気になって仕方がない。多少研いだところで焼け石に水だった。


 いずれ買い換えるにしても、上位の金属の武器にしたいので、同じ鉄製のショートソードを買う気にはなれない。そうなると、槍と同じく自前で修理するしかないな。


 黒毛豚の槍の余りというか、最初の槍の穂先を取り出す。刃だけになってしまったけど、補修素材にするには十分だ。〈メタモトーン〉で少しだけ摘み取り、欠けた所に移植する。後はショートソード側にも〈メタモトーン〉を掛けて、欠けの周囲を柔らかくしてくっ付け、最後に整形。スキルの効果が切れてから、軽く研いで完成だ。


 ぱっと見では、補修したと分からないくらい綺麗に直せた……強度的にどうかは分からないけどね。現状ではウインドビーかシルクスパイダー相手に使う程度だから、大丈夫だろう。



 装備の手入れを終えて、庭に出る。ボチボチ暗くなって来たけれど、少しだけ調合をしたい。今日の目的は鏃作りのつもりだけど、問題もある。レスミアの使っている鏃は青銅製だ。青銅は銅と錫の合金なのは知っている……けど、その比率が分からない。


 歴史の授業とか、ゲームとかで出て来ても、何対何で混ぜるなんて細かい事知りようが無かったからな。1から検証している時間は無い。

 だから、青銅は諦めて鉄製にしよう。丁度今日のボス戦で、レスミアが弓矢の威力が足りないと言っていた。鉄製の鏃なら貫通力がアップするんじゃないか?


 鍋に調合液と鉄鉱石を入れて掻き混ぜる。いきなり鏃は難しそうなので、インゴットの作成からだ。グルグルと混ぜ、鉄鉱石が溶けてから、イメージを開始した。



 赤い光と共に、赤い煙が噴き上がる……失敗だ。鉄分子だけ取り出して、インゴット状に固めるイメージだったけど、駄目だったか。

 次はTVでしか見たことがないが、溶鉱炉のように溶かして不純物を取り除き、インゴットの鋳型に入れて固めるイメージで掻き混ぜる。



 鍋の中が青く光り、青い煙が噴き出す。結構、煙の量が多いので無駄が多かったのだろう。煙が収まると、鍋の底には台形の形をしたインゴットが出来ていた。取り出してみると、ずっしりと重く、表面に……



 『GOLD 999,9』と刻印されている……金のインゴット?! いや鉄色だからバレバレの偽造品だよ!



【素材】【名称:鉄のインゴット】【レア度:E】

・鉱石を精錬し、鉄のみで固めた中間素材。取引や流通、貯蔵しやすく加工されている。

・錬金術で作成(レシピ:鉄鉱石)



 セーフ! 〈詳細鑑定〉では鉄のインゴットなのでセーフに違いない。

 インゴットの形を想像するのに、少しだけ金の延べ棒を思い浮かべたのが不味かったか? でも鉄のインゴットなんて見た事が無いのでしょうがない。


 まぁ、売ったりせず自分で使う分には問題無いよな。〈メタモトーン〉で刻印を潰して平らにする。次に調合する時は、これを想像すれば良い。

 形を覚えようとかざしたところで、周囲が大分暗くなっているのに気が付いた。今日はここまでか。調合道具を片付け、家に戻った。



 家の中は蟹の良い香りが漂っている。レスミアに頼まれ、ストレージから渡した食材の中に、以前に煮込んでいた蟹脚のスープの鍋があったのを思い出す。夕飯への期待が高まる中、キッチンを覗くとレスミアが鍋を掻き混ぜていた。声を掛けると、パァッと笑顔になる。


「お帰りなさぁい。もう少しで出来ますので、リビングで待っていて下さいね」

 そう言われても、このお腹が空く香りの中で待つのは酷だ。俺も配膳や、茹でた脚の殻剥きなどを手伝った。



「今日のメインは、蜘蛛コンソメのポークシチューですよ。召し上がれ」

「いただきます!」


 一見すると肉と野菜がゴロゴロ入ったビーフシチューのようだけど、肉は黒毛豚のロース肉らしい。レア種の高級肉だけど「次は20層をクリアしてから」という約束をレスミアが覚えてくれていた。


 高級肉だけあって、大きめに切られていても、蕩けるように柔らかい。味は違うけれど豚角煮を思い出す食べ応えだ。そして、一緒に煮込まれた野菜は蟹と黒豚の旨味を吸って美味しい。脚の身をパン代わりに、スープに付けて食べるのも格別だ。

 レスミアも「今日の料理は会心の出来栄えです!」と、笑顔で食べている。


 昼間の会話で、気不味くなるかもと心配していたけど、美味しい料理に感謝だな。俺も釣られて笑う。



「やっぱり美味しいですよね。時間を見つけて、もっとスープを作りましょうか? 蜘蛛の脚や黒豚のお肉も確保したいですね!」

「シルクスパイダーはまだしも、レア種の黒豚の肉はなぁ。前に戦った11層を見て来てもいいけど、まず居ないだろう」


 滅多に会えないからレア種な訳だ。迷宮階層で遭遇したモンスターハウスも、ウインドビーが複数居ただけだしな。


「う~ん、あ! 20層のボスがドロップするお肉なら手に入りやすいんじゃないですか? 鹿肉も美味しいですし、料理人の食材が出やすくなるスキルを使えば、楽に手に入りますよ!」

「皮も欲しいから、肉ばっかりって訳にはいかないけどね。周回して、肉のドロップが少ない時なら〈食材調達〉スキルを付けてもいいかな」


 まぁ、それには楽に周回する手段を考えないと。今日の戦闘は大変だったからな。


「私のミスリルソードで〈不意打ち〉して首を落とせば、一撃ですよ!」


 最初に出会った頃のレスミアは「攻撃がちょっと苦手なので、スカウトにした」と言っていたのに、好戦的になったものだ。いや、直ぐに〈不意打ち〉にハマった気もするけど。


「〈不意打ち〉は、真後ろから脚を狙うなら兎も角、首を狙うのは難しくないか? 鹿や馬の視界は広いって聞くから、接近を気付かれそうだ。それに、逆さ吊りにした時も、角の振り回しで踏み込めなかっただろ。帯電した角に触れるだけで、激痛と痺れがくるからな」


 俺の指摘に、レスミアも残念そうな顔で、食事を再開させる。ポークシチューを付けた脚の身をパクリと食べていると、「ん!んんんん!」突然ジェスチャーをはじめた。手に持った脚の身を指差しているが、意味が分からない。

 俺が首を捻っていると、口の中の物を飲み込んでから、興奮気味に話し始めた。


「蜘蛛の巣ですよ! 逆さ吊りにしてから、角に蜘蛛の巣を掛けて、石床とくっ付けちゃえばどうでしょう?」


「……面白い手かもしれないな。ずっと素材として見てたから気付かなかったよ」

「蜘蛛を誘き寄せるのに、何度も蜘蛛の巣に掛かったじゃないですか。あの粘着力なら、多少暴れても簡単には外れませんよ」


「その隙に〈不意打ち〉したいって事だな」


 レスミアはチラリと舌を見せてから、破顔して笑った。

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