第120話 お代わりと一本吊り

 トリモチに脚を取られたサンダーディアーが、つんのめるように停止した。


 後ろに下がりながら、コッソリ足下に仕掛けていたのだ。転びはしなかったが、右前脚がくっ付いて動けないことには変わりない。ようやく出来た隙に、光剣に指示を出す。オートモードで放っていたが、頭上の枝角は大分傷だらけで欠けが増えている。そこに黄色の光剣が突撃して、枝角を1本切り落とした。


 床に落ちた枝角に気付き、サンダーディアーが再度吠える。


 胴体や後脚には毒矢が何本も刺さり、茶色の光剣の攻撃で毛皮には幾筋もの切り傷が出来ている。決して浅くない傷があるにも関わらず、怒りに燃えるサンダーディアーは後脚で立ち上がり、トリモチを力づくに引き剥がした。

 そして、紫電を纏った槍角をトリモチに叩きつけると、紫色の閃光を放つ。


 ……怒り過ぎだろ。鑑定文にあった『狙った獲物を執拗に攻撃する』ってこういう事か。


 閃光が消えるとトリモチが霧散して消えていき、槍角からも纏った雷が消えていた。サンダーディアーが満足気に顔を上げて、俺に槍角を向ける。トリモチの次は俺狙いか、大事な角の恨みは怖いな。それなら、徹底的にいこう。

 枝角が上を向いたところで、ワンドを向け充填していた魔法を発動させた。


「〈ロックフォール〉!」


 サンダーディアーの頭上に出現した点滅魔方陣から、直径5mの釣鐘状の岩が落ちてくる。初級属性でダメージが軽減されたとしても、純粋な質量攻撃ならどうだ!


 光剣によって、傷だらけになっている残りの枝角に〈ロックフォール〉が直撃した。枝角が枯れ木のようにバキバキに折れ、脳天に直撃する。



 やはり弱点でもないと圧し潰せないか。サンダーディアーは枝角を無くし、眩暈を起こしたようにフラついているが健在だ。釣鐘状の岩は地響きを立てて、横に転がった。

 アクアディアーの時と同じだ。後は槍角をぶっ叩けば、気絶して終了だな。俺はサンダーディアーに駆け寄って、スキルを発動させた。


「〈ブレイブスラッシュ〉!」

 光を纏った聖剣の一閃は、槍角を2本とも中程から綺麗に


 ……あっ! 聖剣では切れ味が良すぎたか!


 ノックバック効果で後ろに下がり、尻餅をついているが、気絶はしていない。切り飛ばされた槍角がクルクルと飛んでいくのを見て、唖然としているようだ。


 俺はサンダーディアーが復帰する前に近寄り、その足元に〈くくり罠〉を設置した。その瞬間、右前脚がスイッチを踏み抜き、地面に沈み込む。そして地面に隠れていた、と言うか出現したロープが脚に絡みつき、天井へと巻き上げられた。


 サンダーディアーが宙吊りになる。


 後脚が地面に着かない程度の高さで、攻撃するには十分だ。天井が高いので、壁に吊るされるかと思っていたけど、上手くいったから、良し。

 ただし、括ったのが前脚の為、頭が上だ。サンダーディアーは体を大きく揺さぶり、ロープを切ろうと短く残る槍角で引っ掻いている。そこに、矢が飛来し、首に突き刺さった。


「私の矢は、それで打ち止めです!」

 声がした方を見ると、レスミアが悔しそうな顔で構えていた弓を下した。


 首筋刺さった矢もあまり効いていないようで、宙吊りになったまま暴れている。蹴り上げている後ろ脚のせいで、近づけない程だ。仕方がないので、魔法陣に重点を開始する。


 しかし、その充填が完了する前に、サンダーディアーの動きが鈍くなってきた。宙吊り状態で暴れていたのが大人しくなり、ロープを切ることだけに専念している。


「最初の方に撃ち込んだ毒矢が、効いてきたんでしょうか?」


 サンダーディアーを迂回して駆け寄って来たレスミアはそう言った。アクアディアーに試した時と違い、3発も撃ち込んだ。体の大きさを加味しても、戦闘時間的には効き始める頃合いだろう。もしくは、激しく動き過ぎて毒が全身に回ったとか? 現に各部の傷口から、出血が増えている。


「後は毒で弱る一方だな。もうちょっと、色々試したかったのだけど……仕方がない。終わりにするか」

 充填していた魔方陣をサンダーディアーに向けた。


「〈ストームカッター〉!」


 地面の点滅魔方陣から突風が吹き上がり、風の刃がミキサーのように回転しながら上昇する。サンダーディアーの毛皮が薄く切られ、幾つもの赤い筋が入り、少しだけ血飛沫が舞った……やっぱり、大したダメージにはならないか。


 そして、上昇して行った風の刃がロープを切断すると、サンダーディアーが落下した。

 背中を打ち付け、横倒しになったところへ駆け寄り、


「〈ブレイブスラッシュ〉!」

 光を纏った聖剣の一撃で、首を切り落とした。



 しばらくして、サンダーディアーの死体が霧散していき、ドロップ品の皮とボス討伐の木の宝箱が出現した。それと、刺さっていた矢がバラバラと地面に散らばる。


「あー、使った矢の半分くらいは、折れてしまいましたね。まぁ、あの巨体の下敷きになれば、木の矢が折れるのはしょうがないですけど」


 レスミアが無事な矢を拾って、血糊を拭っている。俺も手伝いながら、折れた矢も回収するように頼んだ。鏃と矢羽根があれば、俺が〈メタモトーン〉で加工出来るし、近々大量に鏃無しの木の矢が購入出来る。矢の破損くらい気にしないように言っておいた。

 どの道、毒矢は使い捨てだしな。



【素材】【名称:雷玉鹿の皮】【レア度:D】

・サンダーディアーの皮。アクアディアーの皮以上に強靭で柔らかいうえ、少しだけ雷属性を備えている。非常に美しいため、防具以外にも人気がある素材。



 結構大きな皮だけど、騎士団のジャケットのような防具にするのに、1枚で足りるのだろうか? いや、その前に錬金術で鞣すとか、フルナさんが言っていたような覚えがある。そこら辺も含めて相談だな。



 次は、お待ちかね宝箱を開けよう。ボスの宝箱は、あまり良い物は入っていない事は、ゴリラゴーレムの周回でよく知っている。過度な期待は良くないけれど、見た目がカマボコ状の蓋の宝箱なだけに、期待してしまうのはしょうがない。


「この形の宝箱だと、血塗れのアレを思い出してしまいますね~」

 レスミアはまだ、引きずっているのか。まあ、アレはストレージに封印してあるので出てくる訳がない。サンダーディアーのドロップ品でも出ないかと期待して、2人で蓋を開けると……ビニール袋に入った鹿脂が1つ入っていただけだった。


 がっかりだよ! アクアディアーも、この階層に出るからしょうがないけどさ。腹いせにではないが、地面を聖剣で切り取り、宝箱を回収した。



 釣鐘岩含めて回収が終わり、既に出現していた青い魔方陣で休憩所に移動する。休憩所内を見て回ったが、10層とまるきり同じだった。設備がグレードアップしてもいいだろうに。


 テーブルで一息入れながら、反省会だ。

 聖剣を適度に当てて様子を探ってみたけれど、あの角が厄介だ。こちらから攻撃しようにも、槍角の長い間合いの内側に踏み込まなければならないし、側面であっても首を振り回されたら槍角が届きそう。俺的には、回避し続けるのは難しいので〈ストーンシールド〉で防御出来て助かった。それに一時的とはいえ拘束出来る罠術スキルは必須だ。


 なんて意見を出すと、レスミアからも反省点が話される。


「私は矢が効いていないように感じました。毒矢の方は、最後の方に動きが鈍くなりましたけれど、普通の矢は10本撃ち込んでも意に介した様子もありませんでしたから。あまり深く刺さらなかったので、威力不足かもしれませんけど。

 後は……ずっとザックス様ばかり狙われていたので、無防備な後脚に〈不意打ち〉したかったです!」


「ああ、うん。ボス部屋には罠が無かったし、狩猫の方が良いかもな」



 そんな反省会の後、まだ少し時間があるので、もう1戦する事になった。休憩所の脱出ゲートから出て20層に入り直し、ショートカットを走り抜けてボス部屋に向かう。


 抗麻痺剤を飲み、ジョブを再設定する。戦士レベル17、魔法使いレベル19、罠術師レベル17に経験値増3倍、追加スキルに〈フォースドライング〉、〈取得経験値中アップ〉をセットした。

 そしてレスミアは狩猫レベル17に、毒矢とミスリルソードを装備している。


 作戦としては単純だ。

 俺が〈挑発〉と罠術スキルで注意を引き、レスミアが毒矢を撃ち込み、隙を見て〈不意打ち〉でダメージを稼ぐだけ。万が一、不測の事態になったら、俺が〈緊急換装〉をして、聖剣を使えばいい。経験値は減るけど、安全が一番だ。



 ボス部屋に入り、2回目の戦いが始まる。

 魔方陣からボスとお供が姿を現わす。光が消えると同時に、お供のアクアディアーへ〈ストーンバレット〉を撃ち込んだ。


 サンダーディアーの槍角の間合いの外から撃ったため、礫は2発しか命中しなかったが、ふらついている。後はレスミアに任せよう。今度は吠えているサンダーディアーに〈挑発〉した。


「頭に枯れ枝付いてるぞ! カチカチ山にしてやろうか!」


 自慢の角を馬鹿にしてやればと考えたけど、なんとか注意を引けたようだ。俺の方を向いて、枝角に現れた魔方陣が光り始める。それに合わせて〈ストーンシールド〉を張った。


 その後は、1戦目と同じだ。〈ストーンシールド〉で耐えながら後ろに下がり、トリモチに掛ける。怒ったサンダーディアーが力づくで脱出し、トリモチを破壊したところで、レスミアが忍び寄った。


 次の瞬間、サンダーディアーが悲鳴を上げた。血飛沫と共に、後脚が宙を舞う。


 流石、ミスリルソードでの〈不意打ち〉だ。一撃でこれか……


 脚を1本失ったサンダーディアーは、よろめきながらも倒れず、片脚で踏ん張った。こちらも、ボスなだけはある。なんて感心していると、俺から目線が外れた。後ろに顔を向けているで、敵愾心と言うかヘイトがレスミアに移ったのだろう。既にレスミアは後方に離れているけど。


 サンダーディアーは3本脚で器用にピョンと跳ね、身体を180度入れ替えた。そして、頭上の枝角に魔方陣が現れる。それを見た俺は、残った後脚に駆け寄り〈くくり罠〉を設置した。


「フィーーーッシュ!」

「キュアァァァーーーーーーー」


 後脚が高く巻き上げられた。

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