第119話 20層のショートカットと雷玉鹿
小休止をしながら、懐中時計を見ると15時半。最後の20層を攻略するのには、少し時間が足りない。レベル上げでもするか、採取地巡りをするか……採取は午前中にも散々したな。20層の地図を広げて、悩んでいるとレスミアがおずおずとした様子で声を掛けて来た。
「あの……20層を攻略したら、ザックス様は直ぐに帰ってしまうのですか?」
「20層攻略というより、レベル上げが目的だからね。暫くは沢山あるジョブのレベル上げと、錬金釜の資金集めかな。ボスドロップ品の皮が騎士団の隊服の素材で優秀らしいから、自分の装備用に確保しておきたいし、高く売れそうなら余分に集めるのも良い。街に戻るのはそれからだな」
俺の言葉にレスミアは安堵したかのように笑みを浮かべる。その笑みの意味を考えつつ見ていたら、視線が絡み……お互いに顔を逸らした。
何とも言えない微妙な雰囲気の中、静寂に包まれる。
「……ザックス様」「レスミア」
「レスミアの方から話してくれ」
「あ、はい。ええと……この後、ボス部屋に直行しませんか? どの道、明日の午前にはザックス様1人でも挑むつもりですよね。それなら先に2人で戦う方が安全ですよ。それに、お昼にカツサンドを食べたので、きっと大丈夫!」
「……ああ、そうしようか。道中の魔物は無視して、ショートカットしよう」
レスミアの言葉に乗っかって答えた。
誘うなら今なのだろう。でも、もし断られたら、ボスを倒す気力が無くなってしまう気がした。それならいっその事、先に倒して自分の退路を絶った方が良い。
そう、頭を切り替えて、休憩を切り上げた。
「あの、ザックス様の方は何を言いかけたんですか?」
「……続きは、また今度な」
長い階段を降る。非常階段のように、いくつもある踊り場で折り返しながら降りて行く。
会話も無く、黙々と進み、底の20層に到着した。
土手のような道がつづら折りに続き、その下には小部屋が並んでいる。そして、奥には馬鹿でかい大扉が見えた。地図で見た通り、10層と全く同じだ。地図を見た時はコピペなのかと疑ったけれど、ボス階層仕様と考えた方がいいのだろう。
そして、本来ならグネグネと続く土手道を歩いていくのだが、今日はのんびり歩いて行く時間は無い。そこで10層ボスを周回する時に発見した2つのショートカットを使う。
1つは部屋の壁の上を歩くルートだ。下の部屋に向かう坂道の途中から、壁の上に登れるので、そこを歩く。ただし、壁は上部になるにつれ薄くなっており、足の踏み場は5cm程の細い幅しかない。
まぁ、レスミアは危なげなく駆け抜けるのだけど。コツを聞いてみたら、手と尻尾でバランスを取るのだそうだ。尻尾の無い俺には真似出来ずに、バランスを崩して落ちた事がある。
そこで2つ目だ。
小部屋は土手道の左右に有り、その中には小部屋を挟んだ対岸側の土手道に繋がっている所もある。そこに飛び降りて、坂道を駆け上がるだけ。小部屋内に降りると魔物に見つかるから、坂道に降りるのが良い。10層のジーリッツァは行き掛けの駄賃として狩って居たけど、アクアディアーは片手間では倒せないからな。
そんな感じに、ちょっとアップダウンが激しいショートカットだ。真っ直ぐ走れる壁の上のショートカットが羨ましい。坂道を駆け上がりながら、壁の上で揺れる尻尾を見てそう思った。
ショートカットを走り抜け、大幅に時間を短縮して大扉前の広場に辿り着いた。途中で壁の上を走るレスミアが、ウインドビーに追い掛けられるハプニングがあったが、怪我も無く逃げ切った。
「び、びっくりしました~。もうっ!出てこられないなら、追っかけて来ないで!」
尻尾を膨らませながら、下の小部屋のウインドビーに文句を言っていた。
並木道の階層では高く飛んでいたウインドビーが、20層では何故か小部屋の低い所を飛んでいる。壁より上に飛ばない不思議に思っていたが、どうやら小部屋から出られないようなのだ。レスミアを狙って追っかけて来た時も、壁より下を並走しただけで、最終的には部屋の角で止まり戻って行った。
部屋の上から一方的に戦えるので、狩場としては最適な仕様だ。ただ、魔物側と言うか、ダンジョン側に不利な構成は何のためなのだろうか? 色々と考えを巡らせたが、しっくりくる理由は思いつかない。
大扉の前にある休憩小屋で一息入れながら、ボス戦の打ち合わせをした。事前情報は仕入れているが、実際に戦ってみないと分からない部分も多い。ボスが中級ランクの雷属性と言うだけで厄介なのだ。
聖剣クラウソラス取り出して、ジョブは村の英雄レベル18、魔法使いレベル18、罠術師レベル15で経験値増は無し。念の為に追加スキルに〈ヒール〉と〈フォースドライング〉をセットした。レスミアはスカウトで弓矢をメインにする。
そして、パララセージティーを飲み水代わりに、抗麻痺剤を飲む。既に試し飲みして、30分も効果が続く事が分かっている。バフ料理が5~15分しか持たない事を考えると、破格の効果だ。
ステータスに2つのアイコンが点灯したのを確認してから、ボス部屋に足を踏み入れた。
部屋の中は土壁と石床の大部屋で、天井もかなり高い。部屋を見回しても〈罠看破初級〉には反応はなく、ポップアップは出ていない。戦闘しやすそうではあるけれど、問題なのは所々に水溜まりがある事だ。コンクリートの様な床なので、泥濘みに足を取られる心配は無い。けれど、雷魔法が水溜まりを介して通電、麻痺する事があるらしい。雷魔法を避ける際、水溜まりには足を踏み入らない様な立ち回りが要求される。
まぁ、先に〈フォースドライング〉で乾かしてしまえば問題無い。部屋全体を乾かすのは無理でも、一部でも消して安全地帯は作っておく。背後で扉が自動的に閉まる音を聞きながら、水溜まりを消して回った。
水溜まりを消しながら、部屋の中央に近付くと魔方陣が光り始めた。光の中から現れたのは巨大な鹿魔物。隣にお供のアクアディアーもいるけれど、比較すると子鹿に見えるサイズ差だ。
【魔物】【名称:サンダーディアー】【Lv20】
・アクアディアーの上位個体。頭上に広がる枝角で中級属性の雷魔法を操る。その際、余剰魔力で顔前に突き出た槍角を帯電させ、攻撃した獲物を麻痺させる。基本的に帯電した角での攻撃を好み、狙った獲物を執拗に攻撃する。
・属性:雷
・耐属性:氷
・弱点属性:木
【ドロップ:雷玉鹿の皮、雷玉鹿の肉】【レアドロップ:雷玉鹿の角】
青よりの青紫色の毛皮は美しいが、アクアディアーの1.5倍はある体躯からの威圧感が凄い。そして、槍の様に突き出た2本角のもランスのように太いうえ、頭上にも木の枝を広げた様な角が2本、広がっている。戦国時代の兜にも見えなくもない……頭重そう。
魔方陣の光が収まると、開戦の合図と言わんばかりに、サンダーディアーが甲高い嗎を上げた。
「〈プリズムソード〉!」
呼び出したのは光属性と土属性の2本の光剣。本当なら弱点の木属性が良いのだけれど、〈プリズムソード〉で呼び出せない。プリズムだけあって虹の7色、7属性しかないからだ。
土属性の茶色の光剣を、お供のアクアディアーへ、黄色い光属性の光剣をサンダーディアーへそれぞれ射出した。茶色の光剣がアクアディアーを貫き倒したが、黄色の光剣はサンダーディアーが振るった槍角で弾き返される。
……フェケテリッツァにも弾かれていたので、予想はしていたよ。
しかし落胆する前に、クルクルと回るものが空中から落下して、カンッ、カラカラと転がる。それは、茶色く白っぽい尖った枝の様な……切り落とされた槍角の先端だった。
思わず、サンダーディアーの頭の角に目を向けると、1本の槍角が短くなっている。
サンダーディアーも目を見開いて驚いていた。その目が徐々に怒りに満ちた物に変わっていく。今度は絹を裂くような鳴き声を短く上げた。すると、頭上の枝角に魔方陣が現れ、槍角には紫電が絡みつく。
……早速、雷魔法かよ!
サンダーディアーの向こう側には、レスミアが弓矢を構えているのが見えた。充填中の隙に毒矢を打ち込むのは、打ち合わせ通り。俺もワンドを腰から抜き、魔方陣に充填する。足元を確認して乾いた地面に移動してから、光剣にも角を攻撃するように指示した。
茶色の光剣は切り掛かっても弾かれて、明らかに効いていない。黄色の光剣は弾かれていないので効いている筈、枝角の位置が高すぎて見えないけど。茶色の光剣には胴体を攻撃するように指示を変える。先に充填が完了したのは、
「〈ストーンシールド〉!」
非実体の盾では貫通された時が怖い。頑丈そうな〈ストーンシールド〉を保険に貼ってから、横に回避行動に移った。
少し遅れてサンダーディアーの魔方陣が一瞬光り、青紫色の半透明な玉が現れる。ボスの名前から察するに〈サンダーボール〉と言ったところか……バチバチと放電しながら、こちらに飛んで来る。
しかし、速度はスローボールのように遅く、横に移動し続ければ簡単に避けられそうだ。そう安堵した束の間、〈サンダーボール〉がカーブした。
……スローボールじゃなくて、スローカーブだった?!
いや、野球じゃないと内心ツッコミを入れつつ、〈ストーンシールド〉で防御した。石盾に当たった〈サンダーボール〉が弾け飛び、周囲に放電する。
危ねぇ、宙に浮いている〈ストーンシールド〉じゃなかったら、着弾時の放電に巻き込まれていた。腕に持つような金属盾だったら麻痺していたかもしれない。
息つく暇もなく、今度はサンダーディアーが左右にステップを踏んで、近付いて来た。図体はデカくても、アクアディアーと似た行動……近くに着地してからの、槍角の薙ぎ払いを〈ストーンシールド〉で受け止め……きれずに後ろによろけてしまう。
流れるように、往復して振るわれた槍角を防御して、押されるように後ろに下がる。〈ストーンシールド〉が削られ、破片を零しながら逃げた。反対側ではレスミアが、矢を射っているのが見えるが、サンダーディアーは意に介していない。
何度も、何度も執拗に槍角が振るわれ、その度に〈ストーンシールド〉で受け止めて、パラパラと破片を零す。
そして遂に、貫通されボロボロになった〈ストーンシールド〉が消えていった。
サンダーディアーは、今度は俺に止めを刺すと言わんばかりに、槍角を突き出して踏み込み……
トリモチに脚を取られた。
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