第118話 階段部屋のお茶会と毒矢の威力
ダンジョンの裏手で蜘蛛の巣解体をしていると、3の鐘が鳴り響いた。作業を終えて片付けをしていると、林の中からレスミアが姿を現す。向こうも弓の練習を切り上げたようだ。2人で昼食の準備をする。
今日はイノシシベーコンを使ったキッシュに、昨日の試作品から作ったカツサンドだ。どちらも美味しく食べていると、レスミアが思い出したように手をポンっと叩いた。
「そう言えば、昨日言い忘れていました。トンカツのバフ効果がちょっと変なのです」
なんでも、トンカツを材料にしたカツサンドも同じらしいので〈詳細鑑定〉をしてみる。
【食品】【名称:カツサンド】【レア度:E】
・トンカツを挟んだサンドイッチ。肉厚なトンカツなので、食べ応えは十分。サクサクの衣にスパイシーなソースが絡み、パンと一体化して美味しくなる。
・バフ効果:HP小アップ
・効果時間:10分
〈HP小アップ〉は豚肉のバフ効果だよな。元々は微小アップだけど、踊りエノキを入れれば小アップに効果が上がる。どこが、おかしいのかと首を捻ると、
「いえ、踊りエノキは使っていません。ダンジョン産なのは豚肉だけで、パン粉は勿論の事、下味のお塩やハーブも地上のです」
言われてから、カツサンドのパンを剥がしてみる。挟んである野菜はレタスに、スライスしたタマネギ、トマトなど。踊りエノキは見当たらない。そうなると、何が原因なのか……ダンジョン産でないとバフ料理にはならない筈。
「ん? ラードもダンジョン産だよな?」
「ええ、トンカツを揚げるのには使いましたけど、引き上げてから、ちゃんと油は落としましたよ? それに、お肉にも脂身は付いていますし、同じなのでは?」
「いや、ドロップ品としては別物だしな。それに、衣が油を吸っているから材料扱いになっているとも考えられないか?」
ピンクソルトを味付けに入れるだけでも、効果時間が増えたりするのだから、衣に吸われたラードの効果かもしれない。
そんな感じで話し合っていたら、論より証拠と言う事で、実際に試す事になった。
ブレイズナックルを装備した手のひらにフライパンを乗せて、魔力を込めて加熱すれば準備完了。ラードを炒め油にして、1人前のロース肉が焼かれている。こんがりと焼き色が付いたくらいで鑑定してみると、バフ効果は〈HP小アップ〉だった。
「ラードが踊りエノキと同じく、バフ効果を高めてくれるなら料理の幅が広がりますね。風味は変わりますけど、バターの代わりにしてお菓子にも出来ますよ!」
楽しそうにレシピを考え始めたレスミアへ適当に相槌を打ちながら、残っているサンドイッチとカツサンドを両手で挟んで、ホットサンドに焼き上げた。ふふふ、散々蜘蛛の巣解体に使ったから、焦げない程度の温度に調整するのもお手の物だ。
フライパンのトンテキ共々、美味しく頂いた。
食後のお茶とお茶菓子も、バフ効果が付いている試作品だ。しかも、2種類有り、小瓶サイズで冷やしてある。(薬瓶がなかったので代用だそうだ)
【食品】【名称:パララセージティー】【レア度:E】
・パララセージの葉を使ったお茶。抗菌、抗ウイルス性、神経を和らげる効果がある。
・バフ効果:麻痺自然回復小アップ
・効果時間:10分
スッとする香りに、ハチミツの甘さでスッキリする味だ。のど飴にこんな味があったなあ。気分転換には良さそうなお茶である。〈麻痺自然回復小アップ〉は実際に麻痺に掛かった場合に早く治るのだろう。効果は抗麻痺剤と似通っているので、ボス戦前に合わせて飲みたい。
【食品】【名称:薬草ドリンク】【レア度:E】
・ポーションの失敗作。傷を治すほどの効力は無く、自然回復力を上げる程度。
・バフ効果:HP自然回復量小アップ
・効果時間:10分
失敗作? こちらは、甘い青汁のようだ。 ハチミツのお陰で飲みやすくはなっているけど、ドロドロとした粘度があって後味が悪い……牛乳でも混ぜたら抹茶オーレみたいになるかもな。バフ効果の〈HP自然回復量小アップ〉は有用なので、もうちょっと飲みやすくして欲しい。
「ザックス様から聞いたポーションの作り方を参考にして、踊りエノキの煮汁を混ぜて効果をアップさせました。ハチミツで味を調整して、冷やしたので飲みやすくはなりましたけど……どうでしょう?」
先程の感想を言うと、苦笑いされた。
「薬草を絞った汁だけでは、バフ効果が出なかったんですよ。すり潰した状態か、煮込んでから濾さないと……でも煮汁に踊りエノキの煮汁を加えるとポーションになってしまったのです。
味の改善として牛乳を入れるのは、まろやかになっていいかもしれませんね。この村だと手に入り難いのが問題ですけれど」
料理研究で色々試した結果、すり潰し状態でないと〈HP自然回復量小アップ〉が出ず。それに、パララセージティーにハチミツを入れたら効果が上がったのに、薬草ドリンクの方は変化しなかったそうだ。
口直しにと勧められたのは、昨日良い匂いがしていたお茶菓子。
【食品】【名称:キャラメルアップルケーキ】【レア度:E】
・キャラメルで煮込んだリンゴを入れたケーキ。表面にはスライスアーモンドが散りばめられ、香ばしくカリカリの表面に、中のしっとりした生地のコントラストが良い。
・バフ効果:知力値小アップ
・効果時間:10分
伯爵家のアップルパイのように、棒状に作られているのは屋外で食べることを前提にしているらしい。蜜リンゴの蜜とバターと煮込んでキャラメルにして、ダンジョン産の普通のリンゴが煮込まれている。一口齧るとアーモンドの香ばしい香りとキャラメルの風味が口の中に広がった。アップルパイとは違った甘さも良い。ちょっと甘過ぎる気もするけど。
効果の〈知力値小アップ〉も、魔法の威力が上がるので良い。
「こっちは、料理人のジョブを取る前から作っていたので、自信作ですよ!
ただ、こうして色々作ってみても、効果が上がったり消えたりする事があって難しいですよねぇ」
ハチミツと蜜リンゴも踊りエノキのように、他の食材の効果を上げる時もある。取り敢えず、レシピや効果は記録してデータを増やすしかない。料理研究も難航しているようだ。
19層に降りてきた。ジョブは村の英雄レベル15、商人レベル11、採掘師レベル11、魔法使いレベル17に、経験値増3倍。追加スキルで〈フルスイング〉、〈敵影感知〉、〈トリモチの罠〉という構成にした。今日はレスミアがスカウトなので、罠の対処とウインドビーの相手を任せる感じだ。
必須スキルが多くなってきて、あれもこれもと付けていると枠が足りない。俺1人で対処せずにレスミアにも頼らないと、非戦闘職のレベル上げが出来ないからな。
「〈トリモチの罠〉!」
アクアディアーの突進を引きつけ、足元にトリモチを仕掛けてから斜めに避ける。そこに突っ込んだアクアディアーは、前脚を取られて頭から地面に突っ込んだ。前に突き出た角が深々と地面に刺さってしまって、身動きが取れなくなる。
後は無防備な横腹を槍で突いて倒した。
足でもスキルを発動出来るようになったお陰で、搦め手が捗る。罠の設置と回避が同時に出来たり、脚を止めた魔物の足元をトリモチに変えたりすると、面白いように掛かるのだ。
「こっちも終わりましたよ」
レスミアの方もウインドビーを始末したようで、ドロップ品の蜜蝋を拾って来てくれた。
「鹿の攻撃も、突進がメインなら戦えそうです。次は毒矢を試してみませんか?」
そう言って、矢筒に取り付けられた革製品を指差す。昨日プレゼントした追加矢筒には3本の毒矢が装填されているのが見えた。
アクアディアーなら獣系でタフそうだから、試し撃ちの的には良いかもな。そう返して、拘束してから試す事にした。
次に遭遇したアクアディアーは2匹、睨み合いには付き合わず、先頭の1匹目に〈ストーンバレット〉を浴びせて倒した。その後ろから2匹目が、左右にジャンプして近付いて来る。
後ろで弓を絞る音が聞こえたので、手で止めるように指示した。ぴょんぴょんとステップを踏んでいる内は狙い難いし、最後はこちらに近付いて角振り回しなので、その時の方が良い。
俺の近くに着地したアクアディアーが角を振り回す。それに合わせて槍を振り、弾き返しの反動も使って側面に回り込む。そして、アクアディアーの足元にトリモチを設置した。
甲高い鳴き声を上げ、逃れようと脚を動かすがトリモチの粘着質はくっ付いて離れない。そこに毒矢が飛来して胴体に突き刺さる。毛皮が結構硬いのに、深々と刺さっているのを見ていたら、レスミアが近寄って来た。
「ザックス様~、そこに居ては2射目が撃てませんよ。危ないです」
「いや、毒矢1本でどこまで効果があるのか見たい。角が届かない位置で観察といこう。2本目は効果が薄かったらな」
レスミアは呆れながらも、納得して矢を矢筒に戻した。俺は画板と筆記用具セットを取り出して〈詳細鑑定〉を書き写し始める。ついでに、毒の状態異常の観察結果も書いておこう。懐中時計も取り出して、時間を確認しながら記録した。
しばらくは元気に動いていたアクアディアーだが、5分を過ぎる頃には大人しくなる。10分経つと、頭が重いと言わんばかりに、こうべを垂れて角が地面についた。15分後には、刺さった矢傷から血が溢れ出す。毒矢をワザと斜めに引き抜こうとしたら、中でポキリと折れた感触がした。引き抜くと、毒針の先端が折れており、傷口から流れ出る血が増えた。
「多分、このまま放っておけば出血多量で死ぬだろう。ただ、時間が掛かるから毒だけで倒すのは辞めた方がいいかな? 本数を増やせば時間短縮になるかも知れないけど」
「そうですね。動きは鈍りそうなので、ボス相手には3本撃ち込むのが良いかもしれませんよ」
まぁ、道中の雑魚に使うのは勿体ないかな。毒針が使い捨てなうえ、手作りで数が少ないし。
観察もこれぐらいにしておくか。地面にペタンと座り込んでいたレスミアへ、立つように促してから、止めを刺した。振り返ると、レスミアがスカートやズボンの土埃を、パンパンと払っている。尻尾まで使っているのは器用だな。ドロップ品を回収して、先に進んだ。
植物系採取地では、早速蜜リンゴの木に登ろうとするレスミアを引き止め、〈自動収穫〉で蜜リンゴを収穫した。
「わわっ、薬草の時と同じで飛んでくるんですね。
あの勢いで飛んでくると、蜜リンゴは柔らかいので潰れていませんか?」
俺と同じ心配をして袋の中を覗き込んでくるので、中身をストレージに移しながら、底の方の蜜リンゴを見せてあげた。レスミアはホッと胸をなでおろし、蜜リンゴの木を見上げた。
「楽に収穫出来るのは良いですね。でも、ちょっとだけ、残念気分です。木の上の蜜リンゴを取るのは楽しかったので」
今まで木の上の方は、全てレスミアに任せていた。蜜リンゴの収穫が好きそうに見えていたけれど、木に登るのも好きだったのかな。猫っぽい。〈自動収穫〉のスキルは、発動した時点で近くの物からオートで対象が選ばれてしまうので、上の方だけ残すのは難しい。
「いいんですよ~、早く終わる方が良いですから。あ、普通のリンゴも少し欲しいので、あっちの木から取りますね」
そう言うと、スルスルと木に登って行った。
いや、普通のリンゴは下の方にもなっているけどね。やっぱり、登りたかったんじゃないか。
その後、魔物を倒しながら探索を続け、階段に到着した。階段近くの宝箱部屋にも寄ったのだけれど、ヒカリゴケが光っているだけで何も無かった。腹いせに、扉を蝶番ごと貰って来た程度だ。異変らしき事は何も無いので、ちょっと拍子抜けに感じた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
フラグを立てたところで、今年の更新は終了です。近況ノートに締めのあいさつと小ネタを載せたので、お暇な方は、どうぞご覧ください。
それでは、良いお年を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます