第117話 蜜リンゴ農家

 倒したアクアディアーが霧散していき、ドロップ品が残された。袋に入った鹿脂と鹿皮だ。



【素材】【名称:鹿脂】【レア度:E】

・鹿の脂身から精製された油脂。皮膚を保護して再生を促す効能があるため、切り傷や火傷の手当や、手荒れを治すのに使われる。また、他の動物性脂と比べて匂いが少なく、べた付かないため、石鹸や化粧品として使われることも多く、女性人気がある。


【素材】【名称:鹿皮】【レア度:E】

・アクアディアーの皮。軽く丈夫なうえ、少しだけ水属性を備えている。その為、吸水性と保湿力が高く、水に濡れても変形し難い。また、通気性にも優れているので蒸れ難く、防具素材として使われる。



 どちらも1つずつ。鹿皮の方は硬革装備の原料だな。ソフトレザー製のブーツより、硬革製の方が蒸れ難いと感じていたけれど、素材の特性だったのか。

 そして〈解体の素養〉は効かなかったようだけど、そんな事よりも重大な事がある。ショートソードの刃が欠けてしまった。しかも、両刃の左右両方とも2mm程欠けている。2mm程度とはいえ、真っ直ぐな刃の欠けは目立つのだ。


 原因は〈フルスイング〉と、その直後に角をぶっ叩いた事しか思い当たらない。あの角、硬かったからな。

 今までも、磨り減っているような事はあったけど、研げば目立たなくなる程度だった。アクアディアーは毛皮も切り難く、角は最低でも鉄レベルの硬度か。


 参ったな、角を叩いて気絶を狙うにしても、剣がボロボロになってしまう。槍にしても、鉄製の穂先だから一緒だよなぁ……そうなると、昨日作ったアレの出番か!


 ストレージから、タケノコ槍……もとい黒毛豚の槍を取り出した。鑑定文によると、黒毛豚の角は、フノー司祭のバトルメイスに使われているウーツ鋼と同等の硬さらしい。コイツなら、アクアディアーの角を叩いても大丈夫なはず。少し素振りをして、使い勝手を試す。少し重いので、振り回し難いが、その分破壊力はありそうだ。




 しかし、アクアディアーと再戦する前に、鉱石系の採取地に着いた。ツルハシを振るって採掘をするが、宝石は出ない。代わりにと言っては何だけど、鉄鉱石と燃石炭が多めに産出した。燃石炭は瞬火玉改に使えるので、売らずに取っておこう。鉄鉱石は……夕方試してみるか。



 もう一箇所の採取地に向かう途中で、アクアディアー1体、ウインドビー1匹に出会った。天井に〈かすみ網の罠〉を設置して、黒毛豚の槍を構える。視界の上の方にウインドビーが飛んで行くのが見えたが、無視する。


 またしてもアクアディアーと睨み合いになるが、あちらの周囲は水が撒かれて泥濘になっているので、近付くつもりは無い。睨み合いが続く中、後ろの方から〈敵影感知〉でウインドビーが墜落したのが感じ取れた。


 それに気を取られ、目線がズレる。 次の瞬間、アクアディアーが猛然と突進し始めた。てっきり、左右にステップで来ると、踏んでいたのに……ステップだけに。


 頭から前に伸びる角を構えて走る様は、まるでランスチャージをする騎士の馬のよう。正面から受けると、硬革装備でも貫通されそうだ。回避一択だな。


 アクアディアーの突進をひきつけてから、斜め前に躱した。

 散々ワイルドボアと戦ったので、突進攻撃には慣れている。あまりに早く横に逃げると、ホーミングしてくる事もあるので、逆に危険なのだ。


 走り抜けたアクアディアーは減速すると一度飛び跳ねて、こちらへ向き直った。そして今度は左右にステップを踏みながら近付いてくる。1戦目と同じだ。近くに着地したアクアディアーが角を振るのに合わせて〈フルスイング〉を発動させた。


 角と角が衝突し、アクアディアーの角を頭ごと反対側へ弾き返した。更に、スキルの効果で後ろにノックバックする……横に殴ったのに、後ろにノックバックするのは物理的におかしいが、スキルだからと納得しておく。


 振り切って硬直が解けた後、俺は一歩踏み出して、大上段から槍を振り下ろす。先端の黒毛豚の角がアクアディアーのを打ち据えた。


 あっ! 角を叩くつもりが、槍で長くなった分だけズレてしまった。まぁ、白眼を向いて倒れたのでセーフかな?


 倒れたアクアディアーに槍を突き刺して止めを刺す。黒毛豚の硬度のお陰か、付与された貫通効果のお陰か、硬い毛皮を易々と食い破り突き刺さった。これならば、トリモチで拘束するだけでも槍で倒せそうだ。


 少し離れた所で、網に包まれて藻搔いているウインドビーを踏み潰して、戦闘終了。ドロップ品を回収した。


 血糊を拭きながら黒毛豚の槍をチェックしたけれど、欠けどころか傷らしき物も無い。このまま使い続けても大丈夫そうだ。


 まだ、2戦しかしていないが〈フルスイング〉で気絶させるか、〈トリモチの罠〉で拘束するか、〈ストーンバレット〉で弱点を突くか、攻略法が分かってきたな。



 そこから、魔物と3回遭遇した。アクアディアーが2匹居ても〈ロックフォール〉で纏めて押し潰すか、〈ストーンバレット〉で片方を倒せば問題ない。

 ただ、気絶狙いの時は〈フルスイング〉を使わないと難しい。槍が重いせいで振り回すのが少し遅く、穂先の黒毛豚の角でなく、木製の柄が当たってしまったのだ。スキルだと体が勝手に動く分、穂先が当たるように修正してくれている気がする。



 そして、植物系採取地に到着した。中に入る前に採取師もセットしよう。細かい様だけど、採取すると経験値が貰えるので、毎回付け替えている。まだ、カンスト表示が出ていないので、レベル20に上げれば何か覚えるかも知れないし。


 ジョブを付け替えていると、植物採取師がレベル15になり、新しいスキルを覚えているのに気が付いた。あると便利な〈投擲術〉に、新しい手腕スキルだ!



【スキル】【名称:果物農家の手腕】【パッシブ】

・木に生る果物、野菜等を〈自動収穫〉スキルの対象に加える。



 果物の自動収穫!?


 採取地の中を見回すと蜜リンゴの木が8本ある。早速試そうと、収穫用の袋を取り出して……いや、薬草とかの葉物用の袋じゃ小さいな。数が入らない。鉱石用の袋は砂汚れで食べ物は入れたくないし。ストレージを漁ってみると、丈夫なツタが入った大袋があった。錬金術の素材になるかもしれないからと、保管していた奴だ。

 これなら、あまり汚れていないし、丈夫なツタをストレージに直入れすれば空くな。


 空の袋を両手で広げ〈自動収穫〉を発動させた。次の瞬間、近くの木から蜜リンゴが飛んで来て、袋の中に飛び込んでいく。あっという間に袋がいっぱいになるが、飛んで来る勢いで潰れていないか心配だ。


 中身をストレージに放り込みながらチェックしたところ、1つとして潰れた物は無かった。


 う~ん、原理は分からないけど、便利だから良いか……ファンタジーに毒されて来たなぁ。


 低い木に生っている火種の実も〈自動収穫〉の対象になった。瞬火玉改に使える事が判明したので、これも確保する。もう一方の素材の煙キノコは、手作業で取るしかないけどね。採取バサミで傘だけ切り取り収穫する。


〈自動収穫〉の対象が増えたので、手作業で収穫するのはダイコン……もとい解毒草と煙キノコ、丈夫なツタだけ。随分と楽になった。蜜リンゴはお金稼ぎには良いけれど、木の上の方は収穫が大変だったからな。頂上付近はレスミア任せだったし。


 本当なら、レベル上げを兼ねてアクアディアー狩りをするつもりだったけれど、予定変更。植物系採取地巡りをしよう。ついでにやりたい事もある。



 5層などの階段に近い採取地を巡り〈自動収穫〉でぱぱっと収穫する。下層の方は数も少ないのであっという間だ。

 そして、道中で出会ったパペット君を〈アクアシールド〉で捕獲してから〈詳細鑑定〉する。この為に作ってきた画板を首に掛け、鑑定文を書き写した。


 ヒュージラットは壁際にねずみ捕り(トリモチ)で拘束し、ジーリッツァやワイルドボアは〈くくり罠〉で一本釣りする。突進コースに罠を設置するだけの簡単なお仕事だ。


 予想外だったのは、前脚にロープが絡み宙吊りにされたワイルドボアが、脱出した事だ。口元に生える牙でロープを切ろうと、懸垂の様に頑張っていた。重そうな身体なので腹筋つりそう。

 鑑定文を書き写しながら、ワイルドボアの悪戦苦闘を眺めていると、なんとか削り切って落下した。まぁ、その下には〈トリモチの罠〉を仕掛けておいたので問題はない。仰向けに落ちたせいで、今度は背中がくっ付いてしまい、脚をジタバタさせる様子には笑ってしまった。コントかな?


 逆にジーリッツァは宙吊りになると、諦めたように大人しくなった。出荷待ちとは潔い。そして、火を点けて業火猛進状態になると暴れだす。まぁ、自力では切れないので、ロープが燃え尽きるまでジタバタしているだけだったけどね。ケバブの屋台かな?


 倒した後、〈解体の素養〉の効果で焼豚を2個ドロップした。

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