第108話 油断大敵×2
2つ目の宝箱部屋はハズレだった。ヒカリゴケが眩しいほどに光っているだけで、何も無い。
その後、鉱物系の採取地で採掘をした。宝石は出ないが、魔水晶はボロボロと採れたので資金的には助かる。最後の宝箱部屋を目指す頃には警報装置の効果範囲を抜けたのか、魔物も出始めた。狭い通路での戦いになるけれど、慣れてきた相手なので問題はあまり無い。
シルクスパイダーは隠れる樹々が無いので、生け垣の側面や上に張られた蜘蛛の巣にいる事が多い。真っ赤な生け垣の中に焦げ茶色のシルクスパイダーは、微妙に保護色になっていて見え難いのが難点だ。
そして、近付くと飛び降りながら攻撃してきたり、上から糸を噴き出したりと、少し行動パターンが変わっている。その上、誘き寄せるための蜘蛛の巣を張る場所が無く、通路を塞ぐように張ろうとしても、16層以前に採取した蜘蛛の巣は支える為の糸が短くて通路に張れない。
まあ、ここの17層で採取した蜘蛛の巣ならサイズは合うから、そっちを使えば良いだけの話だけど。警報装置で一掃した後、無人の蜘蛛の巣を回収しておいて良かった。レスミアと2人で蜘蛛の巣に掛かると、シルクスパイダーはいつも通り誘き寄せられて、踊り出した。
行動パターンが少し変わったところで、肝心な弱点行動がそのままでは意味無いなぁ。
そして、生け垣越しでも〈敵影感知〉で魔物がいるのが分かる。正確な距離は分からないが、範囲魔法なら問題ない。動かないシルクスパイダーは〈ストームカッター〉で薙ぎ払った。生け垣毎切り刻んでくれるので、ショートカットの為に伐採する手間も省ける。
残念ながらウインドビーは、上方向の突風で飛んで行ってしまうので、風の刃では倒せない。飛んで戻って来てから普通に戦う必要がある。
そのウインドビーは通路が狭く、剣が振り難いだけで、変わりはない。レスミアに振り向きざまの攻撃を伝授したが、1回目で成功して良かった。内心、ホッとしながら、ミスリルソードの長さに感謝する。
「私も一番最初に戦った時に矢斬りをしたので、多分大丈夫です。それに、今のお手本で羽音も覚えましたから。あ、万が一の時はフォローして下さいね」
レスミアは、そう自信ありげに微笑みながら俺の手を握ってくる。グローブ越しではあるが、細い指にドキリとしたところで、スルッと離れていく。猫を思わせる、一瞬の触れ合いが名残惜しく、その背に空の手を伸ばし……空の?
気が付いたら剣を奪われてた。
「私のスモールソードは突き用なので、ミスリルソードをお借りしますね」
振り返って悪戯っぽい笑顔を見せる。レスミアがミスリルソードを気に入っているのは知っているが、意表を突かれたな。
「……仕方がないなあ。ホラッ、鞘も」
交換で受け取ったスモールソードをストレージにしまい、ショートソードを取り出して剣帯に佩いた。まあ、生け垣を纏めて切るのはショートソードだと厳しいので、ミスリルソードを使っていただけ。レスミアが持っていても特に問題は無い。この階層の探索は半分過ぎたので、交代したと思おう。
それから何戦かしたが、ミスリルソードはレスミアと相性が良い。レスミア自身は筋力が低いのがネックだが、付与スキルの〈豪腕〉と〈軽量化〉で長く切れ味の良いミスリルソードを扱う事が出来るようになり、〈敏速〉の効果で身軽な身のこなしが更に速くなる。短所を補い、長所まで伸ばしているのだからな。
ウインドビーの相手を任せたところ、全て叩き斬っている。曰く、猫耳で正確に距離を測って、ミスリルソードで振り向きと攻撃速度を上げているそうだ。やっているのは俺と同じなのに、一段上に行かれた気分でモヤモヤする。
それに、なかなか剣を返してもらえないし、気になる事もあるので、満足気な表情で納刀しているレスミアに聞いてみた。
「ミスリルソードで戦果を挙げるのは良いんだけど、折角上狙いの練習した弓は使わないでいいのか?」
ピシリと聞こえるような感じで硬直した後、頬に手を当てて悩み始めた。17層の始めでは弓に専念すると言っていたが、実際に使うと意志が揺れているのかな?
長くなりそうなので、その間にドロップ品を回収し、地図と〈マッピング〉スキルで残りの道のりを確認する。大分遠回りになるが、行けそうだ。
レスミアはまだ悩んでいるようなので、特殊アビリティ設定のチェックを外してミスリルソードをポイントに戻した。そして、代わりに取り出したスモールソードで肩を叩く。
「そろそろ行くぞ~。正気に戻れ」
「決めました!今日はミスリルソードで……あれ? 私のミスリルソードは?!」
腰の剣に手を添えようとして、ようやく気が付いたようだ。腰や周囲を探し始めたので、その手にスモールソードを手渡した。
「しまったよ。残りの道のりは1/3くらいだから、ショートカットしなくてもいいだろう?」
「えぇっ!折角の機会なのに……ショートカットした方が良いですよ!意地悪しないで使いましょう!」
先程の様に、手を握られておねだりされた。上目遣いで訴えられると、二つ返事で了承したくなる。我ながらチョロいなんて考える頭の端で、やけにスキンシップが多いと引っ掛かりも感じた。そんな考えも、手を引っ張られて霧散する。さて、この状況をどうしようか?
上目遣いに見てくるレスミアの目に引き込まれながらも、妙案を思い付く。
「それなら1つ賭けをしないか? 次のウインドビーを先に倒せた方が、残りの時間もミスリルソードを使うと言うのはどうだろう」
レスミアの弓の腕前を見るためなので、ウインドビーが上空で魔法陣を展開してから開始。もちろんジョブは〈弓術の心得〉の無い狩猫で、俺も〈フレイムスロワー〉で必中出来ない様に魔法は禁止する。
「その勝負、受けて立ちましょう!練習の成果を見せてあげます!」
先に進んで、ウインドビーと接敵した。ペアのシルクスパイダーは先に〈ウインドカッター〉で処分し、ウインドビーも背中を見せて誘う。そして、振り向きざまの攻撃はワザと外して上空に逃がした。上に逃げて行ったウインドビーが針の先をこちらに向けて魔方陣を展開するのが見える。ここからが勝負だ。
既に弓を引き絞り、狙いを定めていたレスミアが矢を放った……が、ウインドビーのギリギリ下に外れ。悔しそうな声が漏れるが、直ぐに矢筒に手を伸ばしている。
1射目は譲ったが、俺もその間にストレージから取り出した粘着棒を構え、狙いを定める。「あ、その棒はお昼の……」なんて声が聞こえたが、構わずに投擲した。〈投擲術〉の補正で微調整された粘着棒は、クルクルと回転しながらウインドビーの羽に命中する。羽に受けた衝撃で魔方陣が消え、片側の羽が動かなくなり落下し始めた。
後は墜ちてきたところを踏み潰すだけ、勝ったな。
1人だけ〈投擲術〉を使うのは狡い? いや、ジョブを含めて自分の力ってレスミアには話している。それに本気を出すなら特殊アビリティの〈無詠唱無充填〉で〈フレイムスロワー〉を使うだけなので、1秒も掛からない。魔法を禁止というハンディキャップを負っていたのは俺の方だ。
そんな自己弁護を考えながら、落下地点に向かう。ウインドビーは無事な方の羽を羽ばたかせているが、落下は止められない……が、少しだけ横に流れた。その少しが、勝敗を分ける事になる。
「なっ! こんな時だけ引っかかるとか……」
落下地点が少しだけズレ、生け垣に張られていた蜘蛛の巣の端にウインドビーが引っ掛かったのだ。通路に蓋をする様に張られた蜘蛛の巣は、生け垣の上部と同じ高さ。つまり剣も槍も届かないほど高い!
慌ててストレージから投げナイフを取り出し、狙いを定めたところで、後ろから飛来した矢がウインドビーに突き刺さった。
「当たった!? やりました!私の勝ちです!」
振り返ると、レスミアが弓を掲げるようにガッツポーズをしてた。そして駆け寄って来ると、満面の笑みで両手を差し出して催促してくる。「約束しましたよね!」
敗者は大人しく従うか。ミスリルソードを取り出して、手渡した。
意気揚々と進むレスミアだが、あまり戦える場面は少ない。〈敵影感知〉で反応があれば〈フレイムスロワー〉の魔方陣に充填を始め、会敵すると同時に焼却しているからだ。生け垣が燃えると熱さで移動し難いが、逸るレスミアを抑えるためでもある。
生き残って、動きの鈍った焼き蟹……もといシルクスパイダーは叩き斬られているけど。
「次はあの角を左に曲がれば、最後の宝箱部屋ですね。早く行きましょう」
次の獲物を〈敵影感知〉で補足しているのか、ショートカットで切った生け垣をしまっている途中で、横をするりと抜けたレスミアが先に進む。後を追って、落ち着けと声を掛けようとした時、その先の十字路の地面にあるポップアップが目に入った。
「レスミア!止まれ!」
忠告は間に合わない。レスミアは俺の声に振り向きながら、罠のある十字路に足を踏み入れてしまった。
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