第105話 チキンレースとファンタジー化の波

 かすみ網のお陰で楽に進めるようになった……と思いきや、部屋で躓いた。小部屋でも通路より広い為、かすみ網は発動しようとしても不発に終わる。鑑定文には、設置場所は天井でもいいような事が書いてあるが、この階層は青空しかない。正確には上空に見えない天井はあるようだが、樹より上なので意味が無い。


 一応、入り口に暖簾のようにかすみ網を張り、自分を囮に小部屋の中からウインドビーを釣り出して網に掛ける事は出来た。

 ただ、小部屋だから逃げ切れたが、大部屋だと無理だな。ウインドビーが速過ぎて追いつかれるのが、ありありと目に浮かぶ。かすみ網無しでも戦う方法を考えようか。


 今のところ2つしか思い浮かばないが……取り敢えず、一昨日のレスミアは振り向きざまに矢切りを当てていたので、カウンターは有効なはず。



 大部屋にてウインドビー1匹と対峙した。ウインドビーに背中を向けて、攻撃を誘うのは同じだ。後は近付くのを〈敵影感知〉と羽音でタイミングを測り、振り向きざまに攻撃するだけ。

 万が一、刺されても硬革装備だから大丈夫と言いたいが、ソフトレザーの追加装備なので結構隙間が多い。首回りや二の腕、下半身の後ろ側はソフトレザーだけなので、おそらく貫通される可能性が高い。こんな命懸けな、だるまさんがころんだはやりたくないのになあ。毒もあるから尚更怖い。


 まあ、既にかすみ網猟でタイミングを測れている……筈だ。〈敵影感知〉で斜め上から徐々に降りて来ているのは分かるが、距離については羽音の大きさの方が分かりやすい。

 羽音の音量に耳を澄ませて…………耳障りに感じる音量……今だっ!


 振り向きながらショートソードを横に振るう……ウインドビーもこちらに気付いて浮き上がって回避しようとする。

 俺の剣はギリギリ毒針を切り落としたものの、本体は上昇して逃げて行った。


 チッ、ほんの少しだけ早かったか。

 上空に目を向けると、ウインドビーが魔方陣を展開したのが見えた。セットしてある範囲魔法を充填する時間はない、そうすると手段はひとつだけだ。足元に用意しておいた投げナイフを、ウインドビー目掛けて投げる……が、外れ。


 3本投げて、全て外れ。4本目に投げたハンマー(採掘用)が直撃して、魔法の発動は阻止出来た。いや、落ちて来たウインドビーは死に体だったので、踏み潰して終了した。


 う~ん、一昨日のレスミアの命中率の悪さを笑えないな。まあ、命中率を上げる当てはあるので、後で試そう。


 それよりも、外して飛んで行った投げナイフが1本、行方不明になった事の方が重要だ。地面を探しても見当たらないという事は、どこかに刺さったのか? 投げた延長線上を探すと、壁際の木の幹に刺さっていた。高い位置に刺さっているので、蜘蛛の巣と同じように聖剣で木を切り倒してストレージに回収する。


 いくら3本セットで5千円と、安めの投げナイフでも戦闘毎に失くす可能性があるのは痛い。何か気軽に投げられそうで、失くしても惜しくない物をストレージ内を探す。石玉を遠投すると重さ的に肩を痛めそうだよな、没。丸太も同様。木の枝なら投げられそうだけど、あまり軽いとダメージにならなさそう……保留。

 そんな中、最近増えてきたある物が候補に残った。面白そうなので、次はこれを投げてみるか。



 羽音を頼りにタイミングを測り、振り向きざまに攻撃する。文字にするとそれだけなのだが、2回目も外した。またタイミングが早い、ウインドビーに少しだけ届かないのだ。


 上空に逃げたウインドビーが魔法陣を展開したのを確認し、ストレージからある物を取り出す。そして狙いを付けて投げる瞬間、意識もしていなかったのに手首のスナップが利いた。そのお陰か、投げたは、一発目で見事ウインドビーの羽に命中!


 粘着糸に羽がくっ付いたせいで、片側の羽が動かなくなり、落下した。


 そう、投げたのは蜘蛛の巣解体で出た粘着糸を巻き取った棒だ。ただの木の棒では威力が低そうだったので、粘着でくっ付けば嫌がらせになると思ったが、羽に当たれば予想以上の効果だったな。

 それに、追加スキルにセットした〈投擲術〉の補正もいい感じだ。〈弓術の心得〉と同時に覚えるくらいなので、同程度の補正があると踏んでいたが、無意識にスナップを効かせるとは……


 振り返りのタイミングは要練習、もしくは他の手を考える必要があるが、〈投擲術〉と粘着棒のセットは使えそうだ。難点としては、追加スキルを3枠にしないといけないので、経験値増の倍率が減る事だ。



 その後も、同種の魔物2匹の時は範囲魔法で倒し、1匹ずつの時は通路でも、かすみ網を使わずに戦った。なかなか成功しなかった振り返り攻撃も、4回目にして初めてようやく成功。ウインドビーを両断した時には思わずガッツポーズをしてしまった。音を頼りに敵を倒す……映画の盲目の剣客にでもなった気分だ。


 逆に〈投擲術〉の方は当たり過ぎて怖い。目標を注視して投げると補正が良く効くのか、全弾命中どころか狙った羽に当たるのだ。スキルの効果と自覚していなければ、手元が勝手に微調整しているのにも気付き難い。これは自分の才能と勘違いしてしまうな。


 案の定、スキルを外したら当たるまで3発必要だった。



 植物系採取地に到着した。早速、薬草畑の前で採取用の袋を手に持ち、スキルを発動させた。


「〈自動収穫〉!」


 すると、近くの薬草の葉が茎から千切れてバッと浮き上がり、袋にくる。あっという間に袋は薬草で満杯になった。機械化じゃない、予想以上にファンタジーだったよ!


 袋を取り替えて〈自動収穫〉を使うだけ、楽過ぎる。ルール通りの薬草畑の半分、8袋収穫するのに3分掛らなかった。収穫後、葉っぱだけが綺麗に消えて、茎だけがゆらゆらと揺れている。

 これ〈葉物収穫の手腕〉以外の手腕スキルが増えれば、他の素材も〈自動収穫〉で楽になるんだよな。優先的にレベルを上げようじゃないか!


 葉物という事で、キャットニップやパララセージも〈自動収穫〉出来た。しかし、パララセージの香りの良い花は、収穫出来なかったので手作業で回収する。

 解毒草も一応葉物なので〈自動収穫〉出来たのだが、下のダイコン部分が取り残されてしまった。解毒薬の調合にはダイコンも必要なうえ、ダンジョンギルドでは丸ごとでしか買い取ってくれないのに……解毒草は手作業で収穫するか。



 ダイコンって葉っぱの部分がないと、引き抜き難いんだな。手の中の折れたダイコンをみて、しみじみと思った。



 他の採取物を収穫して、階段を目指す。道中の戦闘では、ウインドビーとのチキンレースになっていた。針を突き出した状態では比較的飛ぶ速度も遅いので、ギリギリまで引き寄せても、今のところは刺されてはいない。ギリギリ過ぎて、剣ではなく裏拳で殴り飛ばした時は肝が冷えたが……


 階段に着く頃には、7割方斬れる様になった。



 小休止をしてから17層に降りた。ここは全てが迷路になっており、宝箱部屋が3つもある面倒な階層だ。事前に地図で確認済みなので、レスミアと一緒に攻略するつもりである。

 実際に降りると、周囲の様相が変わっている事に驚いた。今までの樹々が立ち並ぶ訳でも、6層の様な土壁の迷路でも無い。青空が見えるのは同じだが、壁が赤い葉の生け垣になっていたからだ。



【植物】【名称:レッドロビン】【レア度:E】

・紅色の新芽が鮮やかな常緑樹。枝が密に茂るため、生け垣にされることが多い。



 あ、紅葉で赤いのではなく、元々赤い種類なのか。今までが緑の樹々だったから、夏から秋に変わった様にも見える。今地上は秋だしな。


 植生が変わったので、追加スキルを入れ替えて〈フレイムスロワー〉を垣根に打ち込んでみた。迷路なので通路が狭くなっており、ウインドビー2匹を焼き払おうとするなら、生け垣はどうあっても巻き込まれる。先に延焼するか確認が必要と思ったのだ。

 魔方陣からの火炎放射が止まると、大部分の葉は燃え尽き灰となって散っていった。効果範囲ギリギリの枝には火がついて燃えているが、しばらくすると徐々に火は消えていく。ふむ、使っても大丈夫そうか……

 しかし、葉は燃え尽きても幹や枝が残っているので、剣で切り払わなければならないし、何より熱い。火事の後みたいなものだからな。戦いに使うなら十分だけど、ショートカット目的で焼き払うのは駄目だな。

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