第102話 午後はピクニック(時々農作業)と復習
アトリエから雑貨屋の裏手まで戻って来たところで、3の鐘が鳴り響いた。ちょっとギリギリまで調合し過ぎたかな。フルナさんとムトルフ君に、もう一度お礼を言ってから別れた。
いつものダンジョン裏の空き地に到着したが、レスミアの姿は見えない。見回してみると、林の中に銀髪の大きな三つ編みが見えた。風を切るような矢音と、何かに当たる音が聞こえるので、弓の修練をしているようだ。
声を掛けようと近付いたところ、木に立て掛けられた的だけではなく、高い枝に括り付けられた的が見えた。ウインドビーに見立てた的だな。しかし、一朝一夕で上達する訳もなく、上の的に刺さった矢は2本だけで、外れて周囲の枝に刺さった矢の方が多い。
昨日の今日で真面目だなあ。それとも余程ショックだったのか。
「レスミア、お疲れ様。練習はそれくらいにしてお昼休憩にしよう」
「お疲れ様です。先に矢を回収して来ますから、敷物を引いておいてもらえますか」
了解すると、レスミアは的にしていた木をスルスルと登り、枝に刺さった矢を回収し始めた。猫のような身のこなしは見ていて飽きないが、俺も昼食の準備を始めるか。
昼食はイノシシのベーコンを使ったサンドイッチだった。ダンジョン産の食材ではないので、何の効果もなかったが美味しいので問題無い。
その後、レスミアのジョブを料理人にしたまま、レベル上げに向かった。道中のジーリッツァを弓の的にして、ゴリラゴーレムを2回虐めるだけの簡単なお仕事だ。
普段なら、この後は16層の攻略に向かうのだが、今日は13層から15層の採取地を巡る事にした。要は昨日のレベル上げと同じコースだな。その事をレスミアに伝えると、何故か心配された。
「大丈夫ですか?! 体の調子が悪いならお休みにしましょう!」
「いやいやいや、何でそうなる? 元気だよ!」
「え~、いつもなら先に進むじゃないですか? それに新しい魔物の蜂が出て来たから、倒しやすい方法を試すとかするのに、採取だけなんて……」
確かにそうだけど! そんなに分かりやすいのか?
ふと、気付いた。穴掘り依頼の時と、フェケテリッツァ戦の後に体調を崩して休み(個室トイレ作り)の時以外で、階層が進まないのは今日が初めてだ。
「……その通りではあるけどね。
今日は午前中に習った錬金術の復習をしておきたいんだ。調合の感覚を忘れないうちにね」
「それなら良いのですけど、採取も辞めにしてお休みにしてはどうですか? 私は料理人の〈初級鑑定〉を覚えたので、十分ですよ」
「いや、採取はしておきたい。採取地だけ巡って、今日は早めに帰ろう」
「は~い。蜂が相手なら弓の出番でしたけど、昨日と同じなら私の出番は少ないですよね。このまま料理人で行きます」
シルクスパイダーは蜘蛛の巣で誘き寄せるし、ワイルドボアも1匹なら〈エアカッター〉で終わりだからな。まともに戦うのはワイルドボア2匹編成の時だけ。
折角、上狙いの弓の練習をしていたのに、申し訳ない。そう言ったら、指でつんつんと突かれ、「あんな蜂、直ぐにハチの巣にしてやりますよ!」と返されて、笑いあった。
俺の方もレベル上げ編成だ。修行者レベル12、錬金術師レベル11、料理人レベル11に、追加スキルは〈罠看破初級〉〈敵影感知〉〈初級属性ランク1〉。
スカウトを外しても、必須スキルはいるので、追加スキルも3枠に増やした。経験値増の倍率は3倍に落としたが、しょうがない。
順調に採取をして回り、15層ではジョブを変更する。レベル15に近いものを優先して、戦士レベル14、修行者レベル13、採取師レベル14だ。修行者が続投しているのは〈取得経験値中アップ〉を見込んでのことだ。
特に特筆する事は……新しい罠を発見した程度だ。
【罠】【名称:弓矢の罠】【アクティブ】
・スイッチを踏むと近くの壁から木の矢が飛んでくる罠。複数回作動する。
そのまんまだな。3m棒でスイッチを押してみると、通路脇の樹と樹の間から、矢が撃たれた。向かいの樹に刺さった矢を引き抜いてみると、鉄の矢尻に矢羽も付いていて、普通に使えそう。レスミアの手持ちの矢と比べても大差がなかったので、そのまま矢の在庫にする事にした。
ただ、予想外だったのは、罠を起動すると全く同じ場所に矢が飛ぶ事だ。矢の回収にスイッチを連打したところ、先に刺さっていた矢に、次の矢が刺さって壊れてしまった。
「この罠、私より上手くないですか……」
レスミアが矢の出て来る先をジト目で見つめていたが、透明な壁の向こうから飛んでくるので、弓から撃たれる瞬間は見えなかったそうだ。
結局、1本刺さる毎に回収して、8本入手した。2本は壊れたので矢尻だけ。
帰宅したのは16時前。
ダンジョンの出口で蜜リンゴ狩りの奥様方と出くわして、レスミアが井戸端会議に取り込まれたり、「珍しく早いな!」なんて門番の人に言われたりしたが、早く帰って来れた。なんでも、昼食後に蜜リンゴ狩りに行くと、大体この時間帯に帰る村人が多いそうだ。通りで普段、帰り道に他の人を殆ど見かけない訳だ。
装備品の手入れを終えてから、先ずは蜘蛛の巣解体を始める。ブラストナックルを装備して、右手に魔力を集める。昨日までの左腕の魔力を遮断するのではなく、錬金術で習った方法だ。
ただ、全身から右手に集めると、高温になり過ぎて糸が融けてしまった。徐々に加減をして集める魔力を減らしていくと、両腕の分だけを右手に集めるくらいが、丁度良い温度なのが分かった。あまり下げると温度が低くなって粘着質を剥がせない、でもMPの消費を最低限に落としたい。そんな微妙な魔力操作をしながら、〈熟練集中〉も使って作業を続けた。
1時間で〈熟練集中〉が切れたところで、蜘蛛の巣解体は終了して片付けた。
次は本命の調合だな。錬金釜は高価だが、創造調合にチャレンジしたい。日本の便利な道具を想像して、創造できるのが目的だ。外観や効果だけでなく、構造までイメージしなければならないのがネックだが、簡単な物ならいける筈、多分。
レスミアが料理をしているキッチンにお邪魔して、戸棚にしまってある使われていない鍋を3つ確保。更に物置部屋から大き目の桶を回収して洗う。
フルナさんに、アトリエからの帰り道で教えて貰ったのだ。
「創造調合なら、普通の鍋でも出来るらしいから、錬金釜が手に入るまでは、それで練習したら良いんじゃない? 私はやった事無いけど」
師匠もおらず、錬金釜を買うお金も無い。そんな薬品調合だけで稼いでいる平民の錬金術師が稀にいるらしい。更に、普通の鍋で創造調合を練習し、新しいレシピを開発して成り上がった人も極極稀にいるのだとか。
確かに、〈錬金調合初級〉スキルの説明文には【鍋や釜】と記載があるので、出来る筈だ。
洗い終わった片手鍋に水入れ、一旦外に出た。今の家には煙突が無いので、失敗した場合に出る赤い煙が充満してしまうのだ。暖房の魔道具が組み込まれているらしく、暖炉が無いためだ。
大小の丸太をテーブルと椅子がわりにして座り、混ぜ棒代わりの鉄製のマドラーを持って、スキル〈錬金調合初級〉を発動させた。鍋の底に薄っすらと魔方陣が現れる……何か薄過ぎる気もするが、全身の魔力を、右手に流れるように集中させて圧力を高める。
あれ?!流れていかないな。
午前中と同じくらいの圧力になっているのに、魔力が流れ出ない。更に魔力を集めて圧力を高めていくと、じわじわと滲み出て行く程度になる。混ぜ棒がストローだとしたら、今は中に綿でも詰まったストローだ。
それでも、少しずつ流れはするので、水を掻き混ぜながら魔力をじわじわと流していく。しかし、綺麗に混ざらない。このところ体内で魔力制御をしていたせいか、魔力の流れを感じる事が出来る気がするのだ。
目で見える訳ではないが、水の中の魔力は濃いところと薄いところが斑らになっているように感じる。掻き混ぜても、なかなか均一に混ざらない。
午前中とは全然違う結果に頭を悩ませて、教えて貰った事を思い返す。確か錬金釜の辺りで、言っていた。
『錬金釜は魔力が通りやすい金属で作られているわ。この混ぜ棒も同じで、流した魔力が均一に混ざるような仕掛けが施されているの』
あぁ、お高い金属なんだろうな。鉄の鍋と鉄のマドラーでは駄目なのか……
ストレージを漁って、棒状の物を色々試してみた。
・鉄製の投げナイフ……鉄のマドラーと同じ
・木の棒……鉄よりは少しだけ流れた
・ワンド……木の棒よりも良い、ストローの詰まりが少なくなった感じ
・黒毛豚の角……流れやすいが角に魔力が貯まるだけ
・く、蟹の足……流れ難い、鉄レベル
・ミスリルソード……
魔力の流しやすいと(鑑定文で)評判のミスリルソードを使ってみた。地面に置いた鍋に、抜き身のミスリルソードを下に向けて、切っ先だけを水に入れる。
今までのように魔力を右手に集め……一定の圧力になったところで、いきなり集めた全ての魔力がミスリルソードへと流れ落ちた。ストロー云々どころか、バケツをひっくり返したようだ。水面が2連続で青く光り、その光を刀身がエメラルド色に反射する。
いきなりの出来事に驚き、魔力の流れを断つために剣を手放してしまった。
自由を手に入れたミスリルソードは、そのまま落下して鉄の鍋を貫通、切っ先が地面刺さる。そして直ぐにバランスを崩して地面に倒れてしまった。鍋も一緒にひっくり返しながら……地面に流れ出た青い液体は、程なくして赤い煙へと変わっていった。
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