第101話 錬金釜の価値と創造調合

 材料を放り込んで混ぜるだけ、お手軽すぎる錬金釜調合には驚いた。

 しかし、気になる事もある。〈錬金調合初級〉の鑑定文に「完成品をイメージする」とあった筈だ。フルナさんは調合中も解説したり、おしゃべりしたり、集中してイメージしているようには見えなかった。そして、解説中にレシピ、レシピとよく言っていた。

 調合に慣れたレシピだから片手間でもイメージ出来るのか、それとも調合中のイメージをしなくてもいい、何か秘密がある?


 錬金術師の機密かもしれないが、今日は生徒なんだ。思い切って、そこら辺を聞いてみると、何故か喜ばれた。


「そこまで色々考えられるなんて、ザックス君は錬金術師に向いているわね。

 いいムトルフ、さっきの調合を見て凄い!とか、簡単だね!で、思考を止めては駄目よ。何故そうなったのか、どうしたら出来るのか、常に疑問を持って自分の頭で考えるのが錬金術師よ」

「……はい」


 俺は日本と、この世界のギャップのせいで、考えるのが癖になっているようなものだけどな。それに、今回はスキルの鑑定文を読んでいたから疑問に気付けただけ。

 まあ、俺が褒められたのは、ムトルフ君への教育の一環として、出汁にされた気もするが。



 ムトルフ君への〈錬金調合初級〉スキルの説明が終わり、解説の続きが始まった。


「3つ目の創造調合では、そのイメージ力が重要になるけれど、先に錬金釜の方を教えましょう。

 錬金釜は魔力が通りやすい金属で作られているわ。この混ぜ棒も同じで、流した魔力が均一に混ざるような仕掛けが施されているの。

 そして一番重要なのが、ここの緑色の石。 錬金コアとか、ただ単にコアって呼ばれているわ。ここにレシピを登録すると、そのレシピに限りイメージを代わりにしてくれるのよ。

 ザックス君、コアを触りながらスキルを使ってみなさい」


 少しワクワクしながら、コアに触って〈錬金調合初級〉を発動すると、視界にリストが表示された。



 ●レア度F

 ・純水(水)           ・丈夫な縄×10(丈夫なツタ)

 ・調合液(純水)        ・銅のインゴット(銅鉱石)

 ・上質な小麦粉(小麦粉)  ・青銅のインゴット(銅鉱石、スズ石)

 ・研磨剤(鉱石各種)     ・煙幕玉×10(煙キノコ、火種の実)


 ●レア度E

 ・ポーション×10(薬草、踊りエノキ、薬瓶)

 ・解毒薬×10(解毒草、解毒草の根、リンゴ、薬瓶)

 ・なめし液(木材、錬金炭、純水)

 ・瞬火玉×8(煙キノコ、火種の実、燃石炭)

 ・抗麻痺剤×20(キャットニップ、パララセージ、踊りエノキ)



 おお! 知っている物から、初見の物まで色々ある。後ろの括弧は素材かな? 分量は分からないが。ポーションは10本単位しかないのか。


「レシピの一覧は見えているようね。試しに作ってみる? ザックス君の手持ちの素材で作れそうな物を選びなさい」


 インゴットなんて実物を見た事がないから作ってみたいが、この村じゃ使い道が無いって言われているしな。そうなると、使い道がありそうな物にするか。

 俺が何を作ろうか迷っていると、その間にムトルフ君が桶で錬金釜に水を入れてくれた。


「決めました。抗麻痺剤を作ってみたいですけど、分量を教えて貰えませんか?」

「……ああ、20層のボス対策ね。ちょっと待って、私も騎士団の来る半年に一度しか調合しないから」


 フルナさんは壁際の本棚から木製のファイルのような物を取り出して、中の紙をパラパラと捲っている。おそらくレシピ集だろう。見せて欲しいとお願いしたが、考える素振りもなく却下された。


 口頭で教えてもらった分量をメモし、素材を準備する。天秤と分銅で量るなんて理科の実験以来で、ムトルフ君にも手伝ってもらった。キャットニップは葉っぱだけ、踊りエノキは石突を切り離す。根っこ丸ごと取り出して笑われたパララセージも、葉っぱだけでいいらしい。


「プフフッ! ま、まあ採り方が分からないなら仕方ないわね。ダンジョンなら直ぐに生えて来るから良いけれど、地上でやったら駄目よ」


 花の方は調合では使い道が無いらしいが、香りは良いので精油を採ったり、ポプリにしたりするらしい。フルナさんに、教えてもらったお礼に花を何本か進呈したら、さっそく〈フォースドライング〉で乾燥させていた。


 準備が整い、早速調合を始めたのだが、本当に魔力を注いで混ぜるだけ。必要なMPも然程多くはないし、自然と混ぜ棒に流れ出る魔力を維持するだけで良い。うん、確かにおしゃべりくらい出来るな。むしろ、それくらい暇と言える。


 5分後、錬金釜の中が一瞬青く光り、青い煙が少し出る。計量したので煙が減ったようだ。釜の底には緑色の小さな錠剤が20個出来ていた。



【薬品】【名称:抗麻痺剤】【レア度:E】

 ・状態異常の麻痺を緩和する錠剤。事前に飲んでも予防効果がある。

 ・錬金術で作成(レシピ:キャットニップ+パララセージ+踊りエノキ)



 ボス戦前に飲めば良さそうだ。効果時間が分からないのが不安だけど、数も十分あるから事前に試せばいい。後は依頼の奴だな。


「シュピンラーケンも調合したいのですが、錬金コアのリストにありませんよね。フルナさんなら出来るって聞いたのですが……」

「シュピンラーケン? あぁ、フノーから聞いているわ。あっちの大きい錬金釜にレシピを入れてあるから問題無いわよ。糸が1m10本セットと蜜蝋1個で1枚出来るわ。調合は10枚ずつ行うけど、素材は集まったの?」


「蜜蝋は1個だけ……全然足りないです」

「そう、それならまた今度ね。どの道、大きい方の錬金釜は、貴方には使わせられないわ。素材を持ってこれば、私が調合してあげる。料金は頂くけどね」



 大きい錬金釜にも興味があったが、駄目か。未練がましく、大きい錬金釜に目を向けたところ、理由も教えてくれた。


「大きい方には、私が開発したレシピも入っているから、見せられないのよ。稼ぎ頭の商品なんだから、材料を知られるのも駄目ね」

「あれ? レシピって自分でも登録出来るんですね。レシピは錬金術師協会から買うって言っていたので、てっきり協会を通さないといけないのかと……」


「次はその辺を解説しましょうか。

 便利なレシピだけど、コアに登録する方法は2つ。協会で既存のレシピを買ってコアに入れる。もう一つは、自分で作ったレシピを登録用のマナ紙に記入して、現物と一緒にコアに入れる。そのどちらかよ」


 協会で買う方が手っ取り早いが、非常に高いらしい。簡単なポーションでも10万円程。しかも、1つ買っても登録出来るコアは一つだけ。フルナさんのように大小2つ持っている場合でも、両方共使いたいならレシピも2つ買うそうだ。


「レシピも高いけど、錬金釜は桁が違うわよ。この小さい方でも500万円! 更に初心者向けの低レアレシピを10種類くらい入れたら600万はいくわ」

「「たっかっ!」」


「錬金術師に貴族が多い理由ね。平民は富豪とか、私みたいに実家が錬金術師の店とかでなきゃ、準備出来ないわ」


 ムトルフ君は驚き過ぎて、ポカンと口を開けたまま錬金釜を見つめている。家が雑貨屋だから、商品の値段は知っているのだろう。そこに桁違いの値段の魔道具がある&将来引き継ぐなんて知ったら驚くよな。


 ああ、フルナさんが師匠じゃ無いって、散々言っていたのはこのためか。弟子に錬金釜を準備しないといけない=500万円の資産譲り渡しみたいなものだ。


 しかしこれ、ノートヘルム伯爵に錬金術師協会を紹介してもらっても、買えないぞ。錬金術をやるつもりなら、金策を考えないと。



「2人共、錬金術はお金が掛かるという事は、理解出来た?

 続けるわよ。協会でレシピを買う場合も悪い点はあるの。錬金術師なら誰でも簡単に作れるようになるから、ライバル店がいると、お客の取り合いになって儲けは減るわ。レシピ代も高いのに、売れないのでは買った意味が無い。儲けるには、この村みたいに独占出来る僻地に行くか、独自の売れる商品を開発するか。


 そこで、3つ目の創造調合よ! 」


 熱が入ってきたのか、ババーンッと効果音でも付きそうな勢いで、指を指された。

 【創造】なんて言っているが、結局のところ錬金釜のレシピ補助無しで〈錬金調合初級〉スキルを使う事らしい。イメージするなら【想像】な気もするが、実際に物が出来るので【創造調合】なのだとか。


「と、言うわけで、ザックス君! 実践してみましょう!」

「えぇ! 先ずはお手本見せて下さいよ。」

 錬金術師は職人で覚えた〈見覚え成長〉のスキルを持っているから、作業を見せてもらえれば真似しやすいと思う。そう主張したのだが、即却下された。


「イメージするだけだから、見ているだけじゃ分からないのよ。

 でもそうねぇ、いきなり新商品を考えろってのも酷ね。最初に調合したポーションか解毒薬ならイメージしやすいかしら? 素材が安い煙幕玉でも良いわね。気兼ねなく失敗出来るし」


 最初から失敗を想定されている……取り敢えず、イメージしやすそうなポーションにした。薬草と踊りエノキ、薬瓶を準備してから、創造調合に挑む。


 フルナさんの指示でコアには触らず、混ぜ棒を錬金釜の水底に付けた状態でスキルを発動すると、底に薄い魔方陣が現れた。最初は純水経由で調合液の作成から始める。しかし、混ぜ棒で掻き回すが、魔力が流れていかない。抗麻痺剤の時は勝手に流れたのに……


「あ、レシピ有りと違って、魔力を押し出すようにしないと流れないわよ! 」


 押し出すように? 普段はスキルや魔方陣を使おうとすれば魔力が流れ始めるが、それを自力でやれと言うのか。ブレイズナックルの制御訓練で、左右を分断出来るようにはなってきたが、意識的に魔力を自分で流すのは、初めてかもしれない。


 右腕の魔力を押し出すように意識して……混ぜ棒から魔力が流れ始めるが、その量は少ない。水圧、と言うか魔力圧が弱い?


 いや、それなら圧力を高めてやれば良い。右腕だけでなく、左腕の魔力も集め、胴体や下半身の魔力も右手へ集める事に集中する。目を瞑り、右手に魔力を圧縮するように圧力を高めていく。

 すると、一定の圧力を超えたところで、魔力が逃げるように混ぜ棒へ流れ始めた。混ぜ棒でかき混ぜ、その圧力を維持する事に集中していたら、釜の中が一瞬青く光る。薄い煙が出て純水の完成だ。


「あら? 新人はここで躓くのに、やるわね」


 そんな声が聞こえたが、俺に反応する余裕はない。魔力を集めて圧力を維持するのが精一杯だからだ。程なくして、調合液が完成する。


「薬草と踊りエノキを入れるから、貴方は完成品をイメージしなさい。

 外観、寸法、効能、作成手順、完成品に関係がある事を思い浮かべながら、魔力を流すのよ」


 ん? 薬瓶無しで外観や寸法?! 薬瓶に入っていない状態だと、ただの液体なんだけど? え、薄緑色の液体が錬金釜の底に出来るイメージでいいのか? 効能は鑑定文にあったHP+20%でいいな。あ、でも今日作ったのは+18%じゃないか、こっちの方がいいのか? 作成手順は作ったばかりだから大丈夫……あ、駄目だ、魔力が流れてない!


 しまったと思った瞬間、釜の中が光り、赤い煙がモクモクと立ち上った。驚いて調合台から離れる。部屋の中央の天井には煙突があるのが、調合台はその真下ではないため、出て行く煙よりも立ち上る煙の方が多い。部屋の中に充満しそうなところで、


「〈ブリーズ〉!」


 フルナさんが風の魔法で、煙を煙突の穴に吹き流す。風の流れが出来た事で、次第に赤い煙が晴れていくと、錬金釜の中身は何も残っていなかった。


「完成品のイメージが不十分だったり、途切れたり、魔力が途切れるとこうなるわ。赤い光と煙は失敗の証ね。こうなると、素材も調合液も煙になって消えてしまうわ」

「フルナさん、薬瓶を用意しておいたのに、なんで入れなかったんですか?!」


 イメージと魔力操作の両立が出来なかったのが原因だけど、外観のイメージが変更しなくてはならなくなった事には文句の一つでも言いたかったのだ。しかし、悪びれもしない様子で、あっさり流された。


「初めてにしては、調合液が出来た時点で上出来よ。でも、その時点でいっぱいいっぱいに見えたから、薬瓶を入れるのは辞めたの。だって、消えてしまうのは勿体ないじゃない。薬瓶だってタダじゃないのよ。


 それに、万が一にでも、最初から成功するなんて駄目よ! これからも散々失敗するのだから、失敗に慣れておきなさい!」


 勿体無いのは分かる。でも、最後のが本音かなぁ。

 なんでも、錬金術師のアトリエから頻繁に赤い煙が出ている方が印象が良いらしい。精力的に新商品を開発している証なんだとか。逆に青い煙ばかりのアトリエは良くない。創造調合は頻繫に成功する物ではないから、必然的に錬金釜調合の青い煙と分かる。そして、青い煙が多い=余分な素材が多い。つまり、計量すら適当に行う杜撰な錬金術師なのだ。


「創造調合の難しさを分かってもらえたかしら?

 アドバイスしておくと、創造調合は大きく、複雑な形状、複雑な構造な程、難易度が高くなるわ。なるべく小さく簡潔に、可能なら分割して調合する方が成功しやすくなるの。大型の物を分割する場合は、他の職種に頼るのも手よ。

 貴方が修理に持ってきたブレンダーや携帯コンロが良い例ね。あれも調合で作るのは、回転する部分や火の出る部分、動力部分くらいで、他の金属部品や筐体は鍛冶師が作って組み立てているの」


 そういえば、携帯コンロは火が出る部分が壊れて、そこを買い替えないと駄目って言われた覚えがある。なるほど部品単位で作って組み立てるのか。実際に調合したから分かるが、電化製品の内部構造までイメージするのは厳しい。ガワくらいなら……いや、鉄製品の製造過程なんて、漠然とした事しか知らないからイメージ出来ないな。



「そうやって、売れる商品を作るか、レシピを錬金術師協会に登録して、レシピの売り上げ金の一部を貰うのが、錬金術師のお金の稼ぎ方よ。最初は独占して売って、評判になったらレシピを登録するのが多いかしら?

 まあ、素材が手に入りにくい物だとレシピも売れ難いから、ずっと独占する場合もあるけどね。私もその口」


 独占しているレシピか……そこで、ハッと気付いた。蜜リンゴを大量に買い取ってくれるけど、もしかして、その独占レシピに使っているのか? そうなると、蜜リンゴは手に入り難い?

 その辺を聞いてみたが、


「レシピは秘密……だけど、あれだけ買い取っていたら、察するわよねぇ。私がこの村にいるのは、旦那に口説かれたのが8割だけど、残りは蜜リンゴ目当てなの。

 まあ、普通の蜜リンゴのは、街でも多少出回っているから、解毒薬のレシピとかに使う分には問題ないわよ」


 


 これで基礎的な話は終わり、終了となった。

 見学なのに色々手伝ってくれたムトルフ君に、聖剣クラウソラスを見せてあげたら、文字通り飛び上がって喜んでくれた。フルナさんに紙を貰ってスケッチし始めたので、木剣作りの参考にでもするのだろう。

 フルナさんには蜜リンゴを100個。俺も貯金しないといけないので、仕方がない。まあ、フルナさんも聖剣を鑑定して失敗したり、持とうとしてバチバチ弾かれたり、楽しそうだったから問題ない。


 親子が聖剣に夢中になっている間、ラストチャンスで煙幕玉の創造調合させてもらったが、敢え無く失敗した。イメージと魔力制御の両立は本当に難しい。





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 前話では簡単に見えた調合ですが、オリジナルを作ろうとした途端に鬼畜難易度になりました。3DプリンタをPCの代わりに頭で動かして物を作るようなものです(もちろん側だけでなく内部構造と効果も)。日本の簡単な便利グッズくらいならまだしも、家電なんて……


 次回の講義は、難易度を緩和する「動力源と属性晶石」の予定です。錬金釜を手に入れた後なので、大分先の話ですが。

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