第100話 薬品調合と錬金釜調合

 隠れ家のようなアトリエにわくわくしながら、敷地内に入ろうとした時、フルナさんが何かを思い出したようにポンッと手を叩いた。


「あら、いけない忘れていたわ。ムトルフ、貴方が作ってくれたポーションを入れる箱、忘れて来ちゃったわ。お母さんの部屋にあるから、取ってきて」

「ええ?! ここまで来て?」


「ごめんね。お母さん達は先に準備があるから、走らなくていいわよ。ついでに道を覚えると思って、歩いて行きなさい」

「もう、しょうがないなあ」


 ムトルフ君はトボトボと、元来た道を歩いて行った。その背中を見送るフルナさんは、何かを企むようなにんまりとした笑い顔になっている。その笑顔がこちらを向いた。


「それじゃ、ムトルフが戻ってくる前に、錬金術師のジョブを取ってしまいましょうか」

「あ、やっぱり、ワザと忘れ物取りに行かせたんですか?」


「ムトルフに見学させたくない内容なの。

 それに、別にアイテムボックスがあるから、本当は入れ物の箱なんて無くても問題無いのよ」


 アトリエの中に招かれると、部屋の中心に大きな釜があるのが目に入った。高さは1m程だが、口と幅が広く、炊き出しでも出来そうなサイズだ。釜は深い緑色の金属の様で、銀色の線で模様が絵描かれている。そして、中心にはエメラルド色の大きな菱形の宝石が埋め込まれていた。しかし、アトリエ内は石畳なのに、なぜか釜の下だけは地面のまま。そこに直置きで、薪をくべる場所や、魔道具のコンロも見当たらない。


 改めて部屋の中を見回すと、壁際に大きなタルとツボが並び、引き出しの多いタンスがいくつもある。部屋の端には一際目を引く、鍵付きで彫刻が施された重厚な木製のチェストボックス、貴重品入れだろうか。収納が多いな。

 まるで研究室のような様子を見ていたら、フルナさんに腕を引っ張られて連れて行かれる。その先には、コンロや流しが付いた調理台……調合台と言えばいいのかな。その調合台の引き出しから、乳鉢等の調合器具や鍋を取り出している。


「時間が無いって言ったでしょう。ハイ! これを磨り潰して!」


 フルナさんは手で青い植物を細かく千切り、大きめの乳鉢に放り込んだ。葉っぱの形がハート型、青い植物……解毒草じゃないか。急かされるがままに乳棒を持ったが、時短にいいスキルがあるのを思い出した。


「〈インペースト〉!」


 材料の入った乳鉢が光に包まれ、次の瞬間にはペースト状になる。おお、便利便利!

 と、喜んだのも束の間、フルナさんにジト目で見られている事に気が付いた。


「ちょっと、ザックス君。もしかして錬金術師のジョブ持っているの?」

「ええ、既にレベル10まで上げておきました」


「と言う事は、この苦いのも飲んだのね?」

「ああ、磨り潰しただけの解毒草液ですね。苦すぎて味覚が死にましたよ」

 簡単にレスミアと飲ませあった事を話すと、爆笑された。


「うぷぷ、アーハハハハハハハッ!

 2人して何やっているのよ! 薬草を生で食べるのも笑えるわ!」



 一頻り笑い続け、ようやく治ったところで事情を教えてくれた。


「察しは付いていると思うけど、解毒草を磨り潰して薬にしてから、自分で飲むのが錬金術師になる為の条件よ。私も師匠だった母に飲まされたわ。まあ、母もその又師匠にやられたらしいから、伝統的な儀式みたいなものね。

 2人の話は面白かったけど、実際にこの目で見れなかったのは残念だわ。やっぱり、ムトルフで試すしかないわね」


 そんな悪戯っ子みたいに、ニンマリと笑わなくても……悪戯は卒業したと言う息子に、悪戯を仕掛ける母親。うん、伝統ならしょうがないね。ジョブの解放条件が薬を作るだけでいいという事は、教えなくてもいいな。楽しそうだし。



「さて、続きにしましょう。

 この解毒草液を飲みやすくしたのが、解毒薬よ。作り方を教えるからやってみなさい」


 フルナさんの指示のもと、作業を始めた。解毒草のダイコン部分を大根おろしにして(インペーストで楽に出来た)、布で濾して液体だけにする。同じように解毒草液も濾す。2つの液体を同量だけ混ぜ合わせて、蜜リンゴの蜜を適量入れて完成。

 その薄い青色の液体に〈詳細鑑定〉を掛けると、確かに解毒薬と表示された。



【薬品】【名称:解毒薬】【レア度:E】

・有害物質を無毒化する薬。人体に影響を及ぼす毒ならば、どのような毒にも効果はあるが、強力過ぎる猛毒には症状を遅らせる程度。

 調合する素材をリンゴから蜜リンゴに変えているため、飲み易くなっている。

・錬金術で作成(レシピ:解毒草+解毒草の根+リンゴ)



「はい、一口飲んでみなさい。劇的に飲みやすくなっているから。そんなに警戒しなくても大丈夫よ!」


 そう言われても前科があるし……まあ鑑定文を信じて、スプーンで一口飲んでみる。

 うん、少し苦いが青汁レベルになっていた。後味は悪いが水を飲めば、洗い流せる程度だ。解毒草の根というか、大根おろしを入れるだけで、ここまでマシになるとは。


「後は薬瓶に入れて完成よ。解毒薬は火を使わない事が重要ね。煮込んだりすると効果が落ちちゃうのよ。まあ、磨り潰すだけで簡単に出来る反面、あまり長持ちしないから在庫は少な目にして、素材の状態で確保しておくのがいいわ」


 先が尖ったお玉で、試験管に詰めてコルク栓を閉めた。保管に関してはストレージがあるので問題無い。




「次は基本のポーションを作りましょう。こっちは煮込むから、間違えないようにね」


 薬草を〈フォースドライング〉でカラカラに乾燥させてから、乳鉢で粉末にする。それをお湯で煮出して、濃い緑色になったら布で濾す。

 それとは別に、生きのいい踊りエノキをみじん切りにして、お湯で煮込む。白く濁って来たら布で濾す。

 薬草の煮出し液と踊りエノキの煮出し液を、7:3で混ぜ合わせれば完成。



 調合台にコンロが3つも付いていたのは、同時進行で煮込むためで、冷める前に混ぜ合わせなければ効果が落ちるそうだ。スキルを使って手間は減らしているのに、結構大変だ。



【薬品】【名称:ポーション】【レア度:E】

・服用するか、患部にかける事で傷の治りを早める。HP+18%(5分)

 徐々に回復するため、複数服用しても治りが早くなる訳ではない。

 事前に服用しても、効果時間内に怪我をすれば効果は出る。

・錬金術で作成(レシピ:薬草+踊りエノキ)



 ん? 以前、鑑定した物より効果が低い? ストレージ内から買った方を出して鑑定してみると、



【薬品】【名称:ポーション】【レア度:E】

・服用するか、患部にかける事で傷の治りを早める。HP+20%(5分)

 徐々に回復するため、複数服用しても治りが早くなる訳ではない。

 事前に服用しても、効果時間内に怪我をすれば効果は出る。

・錬金術で作成(レシピ:薬草+踊りエノキ)



 2%だけだが、回復量が落ちている。レシピは同じなのになぜか聞いてみる。


「レシピが同じでも素材を採取した階層や、粉末の細かさ、煮出す時間、混ぜ合わせる比率とか色々な条件で、効果や効果時間が変化するから奥が深いのよ。店で売っているのも、私が少し改良した作り方で作っているから、少しだけ回復量が増えているの。

 初心者でも作れるし、改良もしやすい生活の必需品だから、錬金術師協会に登録されているレシピだけでも何十種類もあるのよ。ただ、実際は手間と原価との相談ね。手間と貴重な素材をかけて回復量が25%に増えたけど、売値が数万円なんて売れないわ」


 ただのポーションと思うなかれ、意外と大変だな。まあ、売りに出す訳でもなし、自分で使う分なら気にしないでもいいかな?

 そんな、解説を聞きながらポーションも瓶詰めをしていると、ムトルフ君が箱を抱えて戻ってきた。


「母さん、はい。これだよね」

「そうそう、ありがとう。そこの出来たポーションを挿しておいて」

 ポーション用の箱は1本ずつ立てられるように仕切りが出来ている。雑貨屋の陳列棚でも見た覚えがあった。



「ポーションは煮込むだけあって保存が効くから、在庫は多めでもいいわ。素材の薬草も乾燥しておけば1年は持つけれど、踊りエノキの方が保存が効かないのが問題ね。

 ここのダンジョンみたいに定期的に取れる場所を確保するか、さっさとポーションにして保管するか。ただ、踊りエノキは他の素材のから、他のレシピでも重宝するのよねぇ」


「踊りがゆっくりになったのが、ご飯に出るよね。豚肉で巻いたのが美味しいから好き!」

「あら、嬉しい事言うじゃない。今晩はそれにしましょうか」


 そんな親子の微笑ましい会話を聞きながら、瓶詰め作業を続けた。

 その後は、3人で使った鍋などの片付けに入る。調合はもう終わりなのようだ。


「出来たポーションと解毒薬は、ザックス君が買い取りで良いわよね? 素材は出してもらったから、薬瓶代だけでいいわよ」

 提示された額は大した事がなかったので、そのまま買い取った。僧侶の回復の奇跡があるけれど、緊急時には魔法を充填している暇もないだろうからな。小物用のポーチには常に1本ポーションを入れてあるが、毒持ちの魔物がいる階層では解毒薬も入れておくべきか。


「この瓶ってどこで売っているんですか? 街にガラス屋があるとか?」

「街のガラス工房は、主に住宅用の窓ガラスを作っているから無いわよ。この後に話すつもりだったのだけど、薬瓶は錬金調合で作るの。

 それに、個人で自作ポーションを使うなら、入れ物は何でもいいけれど、商売として売る場合はレシピ通りの薬瓶を使いなさい。薬品は少ないと効果が出ないし、多過ぎても意味が無いばかりか、物によっては毒になるわ。どんな薬品でも、効果がある適量サイズなのが、この薬瓶って訳」


 なんでも、錬金術師協会が研究の末に定めたサイズらしい。所謂、規格みたいなものか。割れないような金属管とか考えたけど、研究機関があるなら既に誰か検証しているだろうなぁ。



 調合台を囲んで、本格的な講義が始まった。

 紙とペン、インク壺を出してメモ取りの準備をしていたら、ムトルフ君に驚かれてしまった。村の学校では紙が勿体ないから、ノートなども取らないそうだ。文字や計算の授業では、石板にチョークで書き覚えるのだとか。


「私の実家の街では、普通に色紙を使ってたけどね。そんな事より始めるわよ。

 錬金術師の調合は大きく分けて3つ。【薬品調合】、錬金釜の補助を使った【錬金釜調合】、スキルのみので行う【創造調合】よ。

 1つ目は、さっき作った手作業での調合ね。スキルも魔力も要らないから、作り方を知っていれば誰でも作れるわ」


「あれ? 僕が箱を取りに行っている間に終わったの? さっきのは準備じゃなかったの?!」

「ああ、火を使う調合だからムトルフには、まだ早いわ。もうちょっと大きくなったらね」


 準備もしてから終わらせたので、嘘は言ってないな、嘘は。火を使うのが危ないってのも本当だろう。ただ、真意を隠したまま、息子に柔らかい微笑みを向けている様子はちょっと怖い。商売をしているせいか、女性だからか……まあ、壮絶に苦い思いをするだけだけど、近い将来のムトルフ君の無事を心の中で祈っておこう。南無。



「錬金術師としては、量産には向かないから普段は使わないわ。でも、新しいレシピを開発するのに必要な効能の抽出方法や、成分比率の調整、調合器具の取り扱いを学べるから、見習いには先ずこれを練習させるわね」


 因みに、錬金術師が居ないような辺鄙な村では、村長がレシピを買って手作業でポーションなどを作るそうだ。誰でも作れるけれど、ポーションの売れ行きが落ちないように、レシピを買った人にしか教えないらしい。


「あれ? 俺はレシピ買っていないけど、教えてもらって良かったんですか?」

「お詫びって事もあるけれど、貴方は後々レシピを買う事になるから良いのよ。

 その辺の話は、2つ目の錬金釜の補助を使った【錬金釜調合】を説明した方がいいわね」


 そう言うと、フルナさんはアイテムボックスから小さい錬金釜を取り出した。いや小さいといっても、寸胴鍋くらいの大きさはある。


「アトリエの中央にある錬金釜の小っちゃい版よ。容量は1/10くらいかしら?

 解説しながらポーションを調合して見せるわね」


 調合台の流しにある蛇口(水道の魔道具)で水を錬金釜の半分ほど入れた後、釜の中央に付いたエメラルド色の宝石を触りながら「〈錬金調合中級〉」と、スキルを発動させた。宝石が淡く光り始める。



「先ずは準備からね。錬金釜のコアを触りながらスキルを発動させるの。そして、混ぜ棒でかき混ぜながら、魔力を水に流して……釜の中が青く光ったら、純水の完成よ」


 錬金釜が、一瞬青く光ると同時に青い煙が少し発生した。釜の中を覗いてみるが、変化があったようには見えない。水から純水じゃ分かるわけもないか。〈詳細鑑定〉を掛ける。



【素材】【名称:純水】【レア度:F】

・水から不純物を除去したもの。主に薬品の調合、魔道具や宝飾品などの洗浄に使われる。

 料理には不向き。



 調合用……ああ、手作業で作ったポーションの効果が落ちたのも、普通の水を使ったから、不純物が悪影響を及ぼした可能性もあるのか。それに、料理には不向きって、確かミネラルがある方が美味しくなるんだったかな?

 フルナさんは、更に混ぜ棒……黒っぽい金属製の長いマドラーでかき混ぜ始めた。


「さっきの煙が水に入っていた不純物ね。余計な物はマナの煙に変換されてしまうのよ。それで、魔力を込めて更にかき混ぜると……調合液の完成」


 しばらくかき混ぜた後、また一瞬青く光る。今度は煙も出なかったが、水が青く変化していた。



【素材】【名称:調合液】【レア度:F】

・純水に過剰な魔力を込めた調合用の触媒。物質を分解し、マナへと変換しやすくする。

 ただし、レア度が高いほど魔力が多く必要になり、生き物に対しては効果が無い。時間経過で魔力が抜けるため、保存する場合は専用の容器が必要となる。



「ここからが本番よ。ポーションの材料を全部投入。あ、私の素材を使うから、ザックス君は出さなくてもいいわ」


 薬草の入った袋をひっくり返して全部入れ、踊りエノキも石突が付いたまま、踊りながら錬金釜に沈んでいった。水面が揺れているので、中で踊っているようだ。

 それだけでなく、10本の薬瓶とコルク栓まで投入されるのを見て、思わずムトルフ君と2人で、声を上げて驚いてしまった。


「「瓶まで入れるの!?」」

「材料は全部入れるって言ったでしょう。まあ見てなさいな」


 ちょっと得意気な表情をしたフルナさんは、またかき混ぜる始めた。しばらくは、ガラス同士がぶつかり合う音が聞こえていたが、次第に聞こえなくなっていく。錬金釜の中を覗くと、ただの青い水面にしか見えない。


「かき混ぜていると感触で分かるけど、既に全部の材料がマナに分解されて調合液に溶けたわ」


 更に5分ほど、かき混ぜ続けた後、また錬金釜が青く光った。今度は大量の青い煙がモクモクと立ち上る。


「レシピの分量よりも余分に入っていた分は、煙となって消えていくの。だから、出来るだけレシピ通りの分量を量って入れた方がいいわね。今回は分かりやすいように、大雑把に入れたけど、踊りエノキも石突を落として入れた方がいいわ。

 水に沈みながら踊っているのは面白いけど」


 煙が収まっていくと、錬金釜の中の青い調合液は消え失せていた。いや、錬金釜の底には薬瓶が有る。ポーションが詰められ、コルク栓で封をされた状態で……

 得意気なフルナさんが錬金釜から取り出して見せてくれるが、そのまま店に並べても良い程だ。


「簡単にまとめると、スキルを使ったら水に魔力を注いで調合液を作り、レシピ通りの材料を入れて、更に魔力を注いで混ぜたら完成よ!

 ね!簡単でしょう!」


 お手軽過ぎる。最初の手作りポーションよりも、錬金釜調合が主流になる訳だ。

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