第97話 上手の猫の爪は、付け爪でした?

 何とかレスミアの御機嫌を取り、その後もワザと引っ掛かる方法を試した。数回もすればレスミアも慣れて、楽に狩りが出来るようになり、探索速度が上がる。


 13、14層は、片道だけ狩りをして採取後に脱出。15層も2つの採取地を巡りながらレベル上げをした。しかし、そこまで終わっても職人のレベルは14。体感的にもうちょいだと思うのだが……

 それと、残念ながら今日の採掘では宝石は出なかった。ご機嫌取りに使いたかったが、出ない物はしょうがない。



 そして、現在16時。階段部屋で小休止をしていた。ぼちぼち、切り上げを考えても良い頃だが、ご機嫌取りに「今日中に料理人を取らせる」と約束しているので、もうちょい頑張ろう。



「了解。それじゃあ、食材になりそうな物は売らずにストックしておくよ」

「蜜リンゴは数が多いので、今まで通りに半分は売っても良いですよ。フルナさんも欲しがっていますから」


 今日だけで300個以上収穫しているので、半分でも多くないだろうか? まあ、明日は錬金術を教えてもらえるので、賄賂代わりに売っておいた方が良いかもな。ああ、それに錬金術と言えば、依頼のために蜜蝋も取っておきたい。


「それで、この後は16層の様子を見に行かないか?

 魔物のレベルが高い方が、経験値の多くて良いからな。苦戦する様なら、ここに戻って来て魔物を探せばいい」

「……次からは新しい蜂の魔物でしたよね? 戦ってみたいのなら、私は構いませんよ」


 まるで「仕方がないですねぇ」と言いたげな、生温かい目線で笑いながら言われてしまった。

 見透かされた?!いやいや、建前は大事だ。取り敢えず、反論はしておく。


「ウインドビーがドロップする蜜蝋が依頼に必要だからな。明日、錬金術を教わるついでに、材料も持って行きたいんだよ」

「分かりましたって、ウフフ。

 そうと決まったら、休憩はこれくらいにしましょう」


 レスミアはそう言って、テキパキと片付け始めた。


 うーむ、そんなに分かりやすい表情でもしていたのか? 普段通りに話したつもりだったのだが……右手で頬をさすっているところを見られて、またクスリと笑われてしまった。




 16層に降りて来た。

 周囲が樹々に囲まれているのは、相変わらず。頭上の枝の量は14層に近く、そこそこ明るい。

 念には念を入れて、ジョブは村の英雄レベル15、魔法使いレベル15、スカウトレベル16のガチ構成だ。

 時間も少ないので採取地を目指すのではなく、〈敵影感知〉と〈猫耳探知術〉で索敵を掛けて、近くの魔物を目指す事にした。


「通路に出て、直ぐ先にいます。虫の羽音が煩いくらいで……ジョブを職人に戻して下さい」


 俺の〈敵影感知〉でも薄っすらと圧力を感じるが、〈猫耳探知術〉の方が範囲が広いか。狩猫から職人に戻し、先に進むと本当に直ぐ蜘蛛の巣が目に入った。さっき、レスミアが虫の羽音と言っていたので、1匹ずつか。

 蜘蛛の巣と同じ位置から圧力を感じる。隠れている奴には〈敵影感知〉が有効だ。


「シルクスパイダーは、5本先の木の蜘蛛の巣の裏に隠れている。そっちは後回しにして、ウインドビーを先に倒すぞ!」

「了解! 木の上を飛び回って……降りて来ます!」


 枝葉の隙間を縫うように蜂が姿を現した。黒を基調に緑色の縞模様と毛が生えている。色合いがちょっと違うが、形はミツバチっぽい。シルクスパイダーもデカかったので、覚悟はしていたが、蜂もデカイ。胴体は猫くらいの大きさか? 何で飛べるのか不思議なくらいだ。そして、その体よりも大きな羽が残像に見える程の速さで羽ばたいている。


 警戒しているのか、俺達の周りを回るように、時折ジグザグに、斜め後ろに離れるように動いてなかなか近付いて来ない。

 此れ幸いにと、その隙に〈詳細鑑定〉を掛ける。


【魔物】【名称:ウインドビー】【Lv16】

・50㎝サイズの大型蜂。高速移動による毒針刺しと、風魔法亜種の〈ウインドニードル〉を使用する。本体の毒針に刺されると、高確率で状態異常の毒に陥るため、解毒薬は携帯しておこう。魔法を使う際は止まるので狙い目。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:火

【ドロップ:兵隊蜂の毒針】【レアドロップ:ハチミツ、蜜蠟】



「針に毒がある。動きが素早いが、魔法を使う際に止まるから狙い目!

 毒針を喰らったら、また苦い思いをしなきゃならんからな。気を付けろよ」

「えぇ!? 万が一、毒になったら〈ディスポイズン〉を使って下さいよ!」


 近付いて来ないので、じゃれ合って緊張を解した。しかし、それがウインドビーには隙に見えたのか、いきなり一直線に向かって来る。

 俺はその動きを視界の端に捉えていた。迎撃のためにショートソードを構え、剣の間合いに入るのに合わせて、横に一閃……する直前、ウインドビーは斜め上に飛び、逃げて行った。


 また、周囲をジグザグに飛ぶ睨み合いに戻ってしまう。

 レスミアも弓を構えているが、不規則に飛ぶウインドビーに翻弄されて狙いが付けられないよう。撃った数本も全て外れ。


 コイツ、シルクスパイダー以上に消極的だ。更に3次元で動き回るから、もっと達が悪い! あのデカさで、小さな蜂の様に素早く飛び回るのは卑怯じゃないか?


 左手でワンドを抜き、魔方陣に魔力を充填して弱点の〈ファイアボール〉を予想軌道上に撃ち出す。

 しかし、直線移動から鋭角に軌道を変えるウインドビーは、あっさりと上に避けた。

 駄目か、いくら弱点属性でも当たらなければ意味が無い。〈エアカッター〉なら弾速が早いので当たるかもしれないが、風属性のウインドビーに使ってもなあ。


 上に逃げたウインドビーは、そのまま更に上昇し、枝葉の高さで停止した。そしてお尻の針をこちらに向けると魔方陣が出現する。魔力が充填されて、魔方陣をなぞる様に緑色の線が走るのが見えた。


 魔法を使う時が狙い目って、あんなに高い位置とは聞いていない! 遠距離攻撃手段がないと狙う事すら出来ないじゃないか。遅いかもしれないが、もう一度〈ファイアボール〉の充填を開始する。


「私が狙います!」


 斜め後ろからレスミアの声が聞こえた。次いで矢音を鳴らして、矢が飛んで行き……ウインドビーの下の方を抜けて行った。2発目は左側に外れ、枝葉の中に消えて行く。


「レスミア! 落ち着いて狙え!」

「分かってます! 分かってますよぅ」


 しかし、3発目を打つ前にウインドビーの魔方陣が少しだけ向きを変え、緑色の円錐、針が5本現れる。〈アクアニードル〉の風属性版か。いや、そんな事よりも、針の向きからしてレスミアが狙われている?!

 斜め後ろのレスミアの方をチラリと目を向けると、弓を構えようとしていて、逃げる様子は無い。俺は咄嗟に移動して、弓を押し退けながらレスミアの前に立った。


 その直後、ウインドビーの魔法の針が射出される。それと同時にギリギリ充填が間に合った俺も〈ファイアボール〉を撃ち出した。



 5本の緑色の針と〈ファイアボール〉が、俺の数m先という至近で激突し爆発する。

 予想はしていたので、左腕に括り付けられたソフトレザーシールドを顔の前にかざして爆風を避けたが、その盾に何かぶつかった。


 爆風が抜けた後、ウインドビーのいた所に目を向けるが居ない。〈敵影感知〉の感覚を探ろうとした時、後ろから声が響いた。


「後ろです!」


 慌てて振り向くと、レスミアも後ろに振り向きざま、右手に持ったウインドビーに向けて振るうところだった。どちらにとっても完全に奇襲。お尻の針をこちらに向けて突撃していたウインドビーは、その矢の振り回しを避けようと軌道を変える……がしかし、背中の大きな羽は避けきれずに矢の鏃がぶつかった。

 鉄の鏃は軽い音を立てて、羽を斬り裂く。振り抜いた矢と一緒に、細かい羽の破片が紙吹雪の様に散らばった。


 片側の羽を失ったウインドビーは、落下して転がる。丁度、俺の足元に来たため、反射的に蹴り上げてしまった。その感触は紙風船のように軽く、殆ど飛ばずに近くにポトリと落ちる。トドメを刺そうと近寄ったが、既に頭が潰れて動かなくなっていた。


「矢は当たらなかったけど、決め手は矢の一撃でしたね!」


 レスミアは晴れ晴れしい顔で喜んでいる、色々と突っ込みたいが後回しでいいか。


 それよりも、蹴った感触が気になる。動かない事を確認してから、ウインドビーを持ち上げてみると、大きさに対して軽過ぎる。下手するとリンゴよりも軽い。そして、強度確認のために踏んでみると、一瞬たわんで耐えたものの、直ぐにクシャっと潰れた。クロワッサン、いやチョココーティングされたスナック菓子か何かかな?

 飛ぶための軽量化なのだろう……もしかして、体当たりされてもダメージにならないのではないか? いや、それを補う為の毒針か。

 そうなると……色々と考察し掛けたところで、袖を引っ張られた。矢の回収に行っていたレスミアが戻って来ていたようだ。


「そろそろ、蜘蛛の方も倒しましょう。蜘蛛の巣を出して下さい」


 あ! そう言えば、ペアのシルクスパイダーを忘れていた。通りでウインドビーの死体が消えない訳だ。




 シルクスパイダーの踊りを見学した後、ウインドビーがドロップしたのは、毒針だった。



 【素材】【名称:兵隊蜂の毒針】【レア度:E】

・針の中に出血性の毒が仕込まれた、ウインドビーの針。表面には微細な返しが付いており、一度刺さると抜け難くなる。無理に引き抜けば出血を促して、毒が効きやすくなる。



 出血が止まらなくなるとか、ヤバイな。ウインドビーの鑑定文では、漠然と毒と受け取って読んでいたが、出血性=HPが減るって言う事なのかな?

 使い道は……毒を抽出して刃に塗るか、そのまま鏃に使うかってところか。使い捨ての毒矢の方が簡単か? 矢自体は雑貨屋で買っているから、これもフルナさんに相談するか。



 そして矢と言えば、今日に限ってレスミアの命中率の悪さが気になる。まあ、推測はあるが確かめてみるか。


 蜘蛛の巣の解体に使っている大きめの丸太を取り出し、ナイフで削って的になるような円を描いた。レスミアには少し遠い20m程離れた先から、弓で狙ってもらうように頼んだ。


「普段、上の方には撃たないから慣れていなかっただけですよ。地面にいる敵なら問題ないです」

 そう言って、自信ありげに撃ち始めたのだが、1本目外し、2本目円ギリギリに命中、3本目円の外、4本目円の中、5本目円の外。


 ここでコッソリ、ジョブをスカウトに変更する。すると、残りの6本目から10本目まで全て円の中に命中した。レスミアは胸を張って喜んでいるが、


「どうですか! 後半は調子が戻りましたよ!」

「あー非常に言い難いので、先ずはステータスを見てくれないか?」


「ステータスですか? ……んん! え?! いつの間にスカウトに?!」

「6本目からだな。つまり調子が戻ったと言うより〈弓術の心得〉が補正してくれたお陰じゃないかと思う」


「ええぇぇ!?噓でしょう! 私には弓の才能があるかもって密かな自慢だったのに!」



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 実のところ弓の訓練後、レスミアが素の状態で弓を使っていたのは【第64話、弓の特訓の成果】の間だけなんです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る