第96話 レベリングと蜘蛛の巣に掛かった猫
もう一つの実験を始める事にした。
焼け焦げた木の枝の残骸を集めて火を点け、フライパンを乗せる。多少ぐらつくが、温まるまでだから問題ない。その間に、豚バラ肉を切り分け、元気の無い踊りエノキを〈ウォーター〉で洗ってから石突を切り落とし、ヨモギに似た薬草も洗っておく。
温まったフライパンに豚バラから投入して、炒め始めた。
「お昼の準備が出来ましたよ~って、何故ザックス様が料理をしているんです?
もしかして、いつもの量では足りませんでしたか?」
「ああ、違う違う。料理人のジョブを手に入れたから、どんなスキルなのか試してみたくてね」
「えっ! 料理人ですか!」
先程聞き流されたブラストナックルの話とは違い、食い付きが良い。レスミアはサッと近寄って来て、隣でフライパンの中を覗き込み始めた。バフ料理に関して話すと、献立を考える様な顔になる。
「へ~、噂には聞いていましたけど、バフ付きの料理はダンジョン産の食材限定なのですか……それなら、味付けはピンクソルトが良いですね」
ストレージから、丸いピンク色の岩塩を取り出すと、レスミアはおろし金で削って適量をフライパンに投入してくれた。
「後使えそうなのは……白ワインや香草が使いたいけど、ダンジョン産じゃ無いんですよね……」
「香草ならセージがあるぞ。パララセージだけど」
根っこ付きのパララセージを取り出して見せる。そこから、葉を1枚だけ取ると匂いを嗅ぎ、一口嚙ると「うん、葉は普通のセージと同じですね」と言って、ハサミで刻んで投入した。
俺は焦げない様にトングでかき混ぜるだけ、味付けは任せた方が良いだろう。
レスミアは一口味見をしてから、追加でピンクソルトを少し削り入れると、再度味見をして完成と言った。
【食品】【名称:豚バラの薬草炒め】【レア度:E】
・豚バラ肉と薬草を炒めただけのシンプルな料理。豚の油で、薬草のエグ味が感じ難くなり、食べ易くなった。
ダンジョン産の調味料が使われているため、効果時間が伸びている。
・バフ効果:HP自然回復量小アップ、HP小アップ
・効果時間:15分
鑑定結果を口頭で教えてあげると、更にテンションが上がった。
「いいですね! これは面白いかも!」
HP自然回復量小アップは、薬草をそのまま食べた時と同じだが、調味料のお陰で効果時間が長い。そうすると、HP小アップは豚バラ肉の効果だろうか? 食材として入れたのに、料理名にも効果にも鑑定文にも一切出てこない踊りエノキは泣いて良い。
そんな考察を話しあっていたが、料理が冷めてしまう前に新しい皿に盛り付けて、昼食にする。
うん、味は普通に美味しい。薬草も生と比べると格段に食べやすい。
しかし、レスミアが用意してきた、カニクリームシチューのキッシュの濃厚な美味さに比べると見劣りする。昨日のシチューの残りからのリファインらしいが、ベーコンや野菜が追加されていて、また違った美味しさだった。
食後のお茶を飲みながら、そんな感想を話しところ、レスミアはポツリと呟く。
「この蜘蛛の脚もダンジョン産ですよね。この手間をかけたシチューなら、どんな効果になるのでしょう?」
料理人のジョブに興味津々の様だが、何を悩んでいるのだろう?
俺としては、食材が取りやすくなるらしいのでレベルは上げたいが、バフ料理自体はレスミアに任せたい。もっと簡単に食い付くと思ったのに。少し恥ずかしいが、俺から頼むしかないか……
「そうだな。良い効果が付けば、10層毎のボス部屋の前で食べたいと思っている。けれど、俺が料理しても、レスミアに手伝ってもらっても、普通の味が精々なんだよ。
俺の代わりにバフ料理を作ってくれる、料理上手な可愛い子は何処かにいないだろうか?」
レスミアの目を見つめながら(気恥ずかしので正確にはオデコ辺りだが)、そう誘い掛けいみる。しかし、数秒もしないうちに、顔を逸らされた。横顔を見ると耳が赤くなっているので、照れているだけの様だ。
「可愛いは余計ですよ……でも、ザックス様の料理は、メイドの私の領分ですからね。私がバフ料理も作りますよ!
だから、レベル上げは手伝って下さいね」
頬を赤らめて、柔らかい表情の笑顔を見せられては、断る男などいない。二つ返事でお願いした。
因みに、何を迷っていたのか聞いてみたが、職人のジョブでは、ダンジョンに役立つスキルも戦闘スキルも無く、ステータス補正も低いので完全に足手まといになる。なので、気が引けて言い出せなかったそうだ。普通ならば、地道に生産活動をしてあげるか、お金で護衛を雇いダンジョンでレベル上げするらしいからな。
既にパーティーメンバーなのだから、身内みたいなものだ。遠慮するなと言っておき、食器や作業途中で放棄した蜘蛛の巣を片付けに掛かった。
レスミアの職人はレベル3。アイテムボックスを目当てに、家事の間しかセットしていないにでこんなものだろう。
取り敢えず、10層のゴリラゴーレムを2周ほどシバいて、レベル10まで上げた。丁度、俺も新ジョブが手に入ったからな。遊び人と新ジョブ3つに経験値増4倍、遊び人の〈取得経験値中アップ〉で一気に上げる事が出来た。やはりボスの経験値は美味しい。レベルが遅れているジョブや、新規に手に入ったジョブは、ボスでレベリングするのが一番か。
つまり20層のボスも完封出来る方法を考えないとな。
遊び人レベル10で覚えたのは〈ジャグリング〉と〈絵を描く〉だ。
【スキル】【名称:ジャグリング】【パッシブ】
・空中に投げた物をキャッチしやすくなる。
【スキル】【名称:絵を描く】【パッシブ】
・絵が少し上手く描ける。
村の広場でパフォーマンスでもしろってか……次行こう。新入りの3つのジョブはステータス補正も上がっていた。
【ジョブ】【名称:錬金術師】【ランク:2nd】解放条件:職人Lv15、魔法使い系の血筋、薬品系アイテムを調合する。
・薬品や魔道具を作り、ダンジョン探索をサポートするジョブ。専用スキルの錬金調合は、材料をあらゆる物の元となるマナへ還元し、再構成することで新たな調合品へと変化させる。しかし、大量のMPと術者の確固たるイメージが必要になるため、難易度は高い。
一応、初級属性魔法も少し覚えるため、ダンジョンで戦えなくもない。
・ステータスアップ:HP小↑、MP中↑【NEW】、筋力値小↑、耐久値小↑、器用値中↑
・初期スキル:職人スキル、初級鑑定、錬金調合初級
・習得スキル
Lv 5:アイテムボックス小【NEW】、インペースト【NEW】
Lv10:フォースドライング【NEW】、MP中↑【NEW】
【スキル】【名称:インペースト】【アクティブ】
・対象をペースト状に加工する。水魔法の亜種。
【スキル】【名称:フォースドライング】【アクティブ】
・対象の水分を抜き、急速乾燥させる。火風魔法の亜種。
何気に魔法使いのジョブより先にMPが増えた。それに、料理にも使えそうな〈インペースト〉に、洗濯物を乾かすのによさそうな〈フォースドライング〉か。どこぞのメイドに目を付けられてしまう。
【ジョブ】【名称:料理人】【ランク:2nd】解放条件:職人Lv15、一人で一食分の料理を作る。
・体の資本である料理を作るサポートジョブ。ダンジョン産の食材を使うことで、様々な効果があるバフ料理を作ることが出来る。
非戦闘職ではあるが、多少のステータスアップはあるので、多少は戦える。食材の探求は程々に。
・ステータスアップ:HP小↑、筋力値中↑【NEW】、耐久値小↑、器用値中↑
・初期スキル:職人スキル、アイテムボックス小、バフ料理初級
・習得スキル
Lv 5:初級鑑定【NEW】
Lv10:インペースト【NEW】、筋力値中↑【NEW】
セーフ!料理人も〈インペースト〉を覚えるなら問題ないな! そして、筋力値補正が中とか、戦士より上になったぞ。戦闘スキルは無いけれど、多少は戦えるってのは本当だな。武器の訓練をしているのが前提だけど。
【ジョブ】【名称:熟練職人】【ランク:2nd】解放条件:職人Lv15。
・熟練した技術により、様々な物を作り出すサポートジョブ。アクセサリー等の小物から、服飾、革加工、写本等々、様々なスキルを習得できる。自分の職業に合ったスキルを使い、効率化しよう。
・ステータスアップ:HP小↑、筋力値小↑、耐久値中↑【NEW】、器用値中↑
・初期スキル:職人スキル、アイテムボックス小、ポリッシング
・習得スキル
Lv 5:熟練集中【NEW】
Lv10:エアリング【NEW】、耐久値中↑【NEW】
【スキル】【名称:熟練集中】【アクティブ】
・長時間の間、器用値アップ。
【スキル】【名称:エアリング】【アクティブ】
・服や布類を痛めつけずに乾かす。風水魔法の亜種。
〈熟練集中〉は職人の〈作業集中〉の上位版かな? 確か〈作業集中〉は10分程度しか持たなかったが、長時間だとどれだけ持つのやら。具体的な数字が出ないことには慣れてきたので、実際に使って確かめるしかない。ああ、これもネタになりそうだ。
そして〈エアリング〉、乾燥させるなら〈フォースドライング〉と同じかと思ったが【衣類を痛めつけずに】というのがミソか。急速乾燥させる〈フォースドライング〉との使い分けろって事か?
その次は13層から15層まで、採取地を巡るついでにレベル上げだ。罠看破と索敵用にスカウトを装備して、残りはレベル上げ目的で僧侶と採取師に切り替えた。
「罠が出始めてから、スカウトじゃないのは初めてなんですよね。罠が有るか無いか分からないのが、こんなに不安とは知りませんでした。
ザックス様、罠があったら直ぐに教えて下さいね。職人のジョブだと体が重いんですから、万が一丸太の罠にでも掛かったら、避けられませんよ」
重いと言っても、レスミアが太った訳ではなく、敏捷値の補正が【中アップ】から【無し】になっただけだ。身体能力系の【小アップ】程度なら然程違和感は少ないが、【中アップ】は体感で直ぐに分かる。ジョブをコロコロ入れ替えている俺もよく感じているが、まあ慣れるしかない。
それはさておき、13層に入って直ぐ、レスミアはキョロキョロして警戒している様だったが、10m程先の罠には気付いていない。初見の罠なので、3m棒で離れた所から起動してみる事にした。ついでに、棒で指し示して、レスミアにも鑑定結果を教えておく。
【罠】【名称:くくり罠】【アクティブ】
・スイッチを踏み抜くと周りのロープが閉まり拘束する。壁際まで引きずられて拘束されるタイプと、天井からぶら下げられるタイプもある
「あ、棒の先のちょこっとだけ凹んでいる所ですね……言われないと分かりませんよ、コレ。やはりスカウトは必須ですよ」
3m棒でスイッチを押してみると、思いの外深く地面に押し込まれた。10cm程の穴か?
次の瞬間、穴の周囲の地面に埋まっていた、輪っか状のロープが3m棒に絡み付き、巻き取られていった。巻き取られる先は、例の見えない壁。そこまでいくと、今度は上に登って行った。
スイッチを足で踏み抜くと、ロープで壁際まで引きづられて、最後は逆さ吊りか。複数人のパーティーなら、助けてもらえるから致命的な罠ではないな。ただ逆さ吊りの場合、ソロで腹筋が弱い人だと、抜け出せずに死にかねないけど。
それに、罠の素材回収するにしてもロープくらいか。上に巻き取られると回収も出来ない。ハズレだな。
利用するなら、ワイルドボア辺りを誘き寄せて、逆さ吊りにするのは面白そう。そのまま解体出来そうだ。いや、ダンジョンで死ぬと消えてドロップ品になるから無理だけどな。
後は、シルクスパイダーの蜘蛛の巣にワザと引っ掛かる方法もレスミアに伝授しておいた。この方法が使えるかどうかで、効率が違うからな。
案の定、呆れられたが……実際に実演してみせる。
「来ませんねぇ。本当に来るんですか?」
蜘蛛の巣から、少し離れた木の陰に隠れていたレスミアが、顔だけ出してそう言う。弓矢をいつでも撃てるように警戒しながらも、顔には疑問符が浮かんでいた。
「おかしいな。いつもなら、少し待つだけで出て来るのに……〈敵影感知〉の反応からして、居るはずなんだが。
レスミアが隠れているのがバレているのか? いっそのことレスミアも蜘蛛の巣に掛かってみるのはどうだ?」
「ええ!? 私もですかぁ!」
一旦、蜘蛛の巣をストレージに格納し、直ぐに動ける事をアピールしてから、再度巣を貼り直す。そして、真ん中から左側にズレて、蜘蛛の巣に掛かった。
空いた右側に誘うと、当のレスミアは、渋々といった感じで弓を抱えたまま、背中から巣にもたれかかる。
「キャ! 尻尾が……くっ付いて気持ち悪い……むぅぅ……」
「そんなに長くないから、少しだけ我慢してくれ。
ホラ、来たぞ」
出待ちでもしていたのか、思いの外早くシルクスパイダーが飛び出て来た。そして、巣に掛かった俺達の前まで来ると、踊りだす。
「本当に踊り始めましたね。ちょっとだけ可愛いかも?」
「コミカルではあるけど、可愛いとまでは……そろそろ、後ろを向くぞ。そうしたら、蜘蛛の巣をしまって攻撃を仕掛けるからな」
レスミアに指示をしておき、シルクスパイダーが後ろを向いた瞬間に、ストレージへ格納する。俺はシルクスパイダーの側面に回り込み、脚に邪魔されないように上から「キャア!?」ショートソードを突き刺してとどめを刺した。
「もう!こんなの聞いてませんよ!」
シルクスパイダーが動かなくなった事を確認してから、声のした方を見る。そこには白い液体……もとい粘着糸を掛けられた涙目のレスミアがいた。
あ!後ろを向いたら粘着糸を出す事を言い忘れてた!
攻撃指示しかしていないから、レスミアはその場で弓を番えていたのだろう。
「ごめんなさい!粘着糸を出すこと言い忘れていました!」
「もう! いいから、早く何とかして!」
幸いにも粘着糸はストレージに格納する事が出来、粘着質も残らずに済んだ。お陰でレスミアの機嫌も、そこまで悪くならなかった……多分。
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