第92話 特製クリームシチュー

 残りの採掘と選り分け作業をしたが、新たに宝石は出なかった。もしや、と思い14層で採掘した分のフォルダをチェックしてみたが、ただの石玉ばかり。レアなだけあって、そうそう出るものではないか。



 採掘を終えて、ダンジョンの外に脱出した。まだ16時と少し早いので、ギルドに採取品の売却に行くことにする。


「5の鐘が鳴ったら帰って来て下さいね。今日は新しい食材の晩御飯にしますから」


 上機嫌なレスミアは、スキップでもしそうな足取りで帰って行った。ちょっと浮かれすぎな背中を見送り、ギルド入った。




「全部で6万6600円だ。中々良い稼ぎじゃないか。まあ、お前さんなら大丈夫だと思っていたが、これなら大丈夫そうだな」


 売却を終えて銀貨を受け取りながら、フノー司祭にそんな評価をされた。なんでも、稼ぎの定番の魔水晶が安定して採れるかどうかで、先に進めるパーティーなのか判別しており。それに満たないパーティーには、ギルドからメンバーの増減や、ジョブの見直しが勧められるらしい。


「2人で進めるなら問題無いな。まあ、仮に問題があっても紹介出来る人材もいないけどな、ガハハハッ!」


 笑い事では無いと思うが、以前聞いた自警団の内情から、肉狩りに落ち着いてしまった人しかいないっぽいからなぁ。やる気のある若い人は、稼げる他の街のダンジョンに行く。まあ、それでも日本の老人しかいない農村の過疎化よりはマシかな?


「上のレア度の装備に買い替えるのには、数倍から10倍は金が掛かるからな。今のうちに貯め込んでおけよ」

「稼ぐと言えば、採掘で宝石のターコイズを見つけましたけど、もしギルドで売るなら幾ら位ですか?」


「ほう、運が良いな。毎日採取している自警団でも、月1個有るか無いかってくらい珍しいぞ。因みに大きさは?」

 指で大きさを示しながら「これくらいです」と答えた。


「ああ、11層で産出されるのと変わらない様だな。それなら大体、5千円くらいだ。欠けや傷が多いと下がる事もあるがな。少しでも高く売りたいなら、街の彫金師に持ち込むほうが良い。この村じゃ大した加工も出来ないからな」

「レスミアの反応から察しは付いてましたよ。ところで、彫金師って職人系のジョブですか?」


「残念ながら違う。宝石やアクセサリーを扱う職人ってだけだ。

 それにしても、お前は本当にジョブの話が好きだな。ガハハハッ」


 くっ、職人の先のセカンドジョブかと期待したのに……

 軽く雑談をしてから、雑貨屋の方へ向かった。



「あら、いらっしゃい。蜜リンゴなら明日にしてもらえる? 今朝の分を調合するのにMP使い過ぎて、今日は無理よ」


 5の鐘が近いせいか、閉店準備をしていたフルナさんは、俺を見るなりそう言ってきた。開口一番で蜜リンゴの話題になるとは……確かに今日も採取して来たのだが、要件はそっちではない。


「いえ、そっちではないです。火属性スキル付きの武器ってありませんか?もしくは取り寄せとか」



「……ハァ、ある訳ないでしょう。ここのダンジョンじゃ、20層のボス以外では過剰過ぎる武器だもの。需要が無いわ。それに、取り寄せするにしても、街で出回っている物から探さないといけないし、火属性付きが見つかる保証は無いわよ。

 後、一番大事な事、スキル付き武具は最低でも100万円はするけれど、お金はあるの?」


「高っ!」


 今日の稼ぎを続ければ、半月程で貯まる額ではあるけれど、ポンっと簡単に出せる金額じゃ無い。装備一式揃え、更にパーティー分揃えるとなると、家が建てられるほど掛かりそうだ。

 俺の驚き様に「やっぱりねぇ」とでも言いたげな、呆れ顔をしていたフルナさんだったが、急に思いついた様に手を叩いた。


「あ! ザックス君の聖剣なら、あの光っている剣を出せるわよね。アレって属性が有るって聞いた覚えがあるけど、それじゃ駄目なの?」

「ああ、〈プリズムソード〉の光剣の事ですね。火属性も確かにあるけれど、攻撃箇所が焼けたりはしていなかったような?」


 後で試して……いや、そういえば他の特殊武器に炎っぽい名前があった覚えがある。以前、一回出してみただけなのですっかり忘れていた。


「まだまだ、スキル付き武具なんて早いわよ。今のうちにお金を貯めておきなさい。具体的には蜜リンゴを取って来るといいわ」

「俺は蜜リンゴ農家のジョブじゃ無いですけどねぇ」

「あはははッ!そんなジョブがあったら面白いわね!」


 肩を竦めて皮肉を返したら、フルナさんには大受けした。それに釣られて俺も笑ってしまう。蜜リンゴの収穫が増えたり、熟成が早まるスキルとかあっても良さそうだ。ちょっと限定的過ぎるけど。


「そうそう、ジョブと言えば、今日の探索で職人のレベルが14になりましたよ。明日には15にするので、錬金術を体験させてもらう約束、お願いしますね」

「早いわね。それなら、明後日の午前中で良いかしら?」


 それに了承して、必要な物などを聞いていると5の鐘が鳴り響いた。ホワイトな雑貨屋は閉店するので、また追い出される。フルナさんに別れを告げて帰宅した。




「お帰りなさいませ! お夕飯は、もう少し掛かりますから、先にお風呂どうぞ」


 レスミアが上機嫌で出迎えてくれた。いつもの通り装備品の手入れをしてから、風呂へ向かう。今日1日でレベルが上がったのは、以下の通り。


 ・戦士レベル11→14  ・スカウトレベル11→14

 ・僧侶レベル7→10   ・商人  レベル8→11

 ・職人レベル11→14  ・修行者 レベル7→10

 ・遊び人レベル1


 変なジョブが増えたが、それ以外は特筆することはない。

 そして、聖剣の〈プリズムソード〉で火属性の赤い光剣を呼び出して、風呂に沈めてみた。お湯が熱くなるわけでもなく、湯船からあげて素手で触ってみても熱く無い。ハズレだったか。聖剣をポイントに戻して、湯船に浸かり直した。他の特殊武器は、明日でいいか。



 風呂から上がり、リビングへ向かうと食欲を唆る良い香りがしてきた。しかし、その食欲もテーブルの上を見た瞬間に萎んでしまう。

 様々な料理が並ぶ中、真ん中に蜘蛛の脚がデデンと乗っていたからだ。脚先から第2関節まで1m弱もあるので存在感が凄い。一応、お皿には乗っているが、はみ出し過ぎだ。



「あの~レスミアさん。この蜘蛛の脚はもしかして……」

「ええ、茹でた蜘蛛の脚ですよ。村長の奥さんに習って料理したのですけど、殻を剥くところはザックス様にも見せたくて、殻ごと茹でたままを用意しました。

 さぁ、座って座って!」


 急かされて席に着くと、レスミアは蜘蛛の脚に手を伸ばした。脚先をハサミでバチンと切り落とし、第1関節に近い所にハサミを入れて、中の身を切らないように殻だけ切っていく。戦っている時は硬かったが、鑑定文の通り火を通すとハサミで切れる程度になるのか。

 殻を一周切り終わった後、俺に見せつけるように両手で持つ。


「いいですか? いきますよ! えい!」


 腕が引かれると、殻から出て来たのは棒状の真っ白な身。その名の通りシルクのような白さだ。殻が焦げ茶色なので余計に白さが目立つ。まあ、殻の剥き方と言い、表面が赤かったら蟹脚だ。むしろ茹でたら赤くなれば蟹にしか見えないのに、ビジュアルで損をしているな。

 レスミアは棒状の真っ白な身を、食べやすい大きさに切り分けて、皿に盛り付けてくれた。


「レモンバターソースと、白ワインビネガーとオリーブオイルのソース、マヨネーズと3種類用意しました。先ずは、お好きなのでどうぞ、召し上がれ」


 殻を外し、切り分けられると蜘蛛っぽさが無くなった。輪切りにされていると大きな貝柱に見えなくもない。覚悟を決め、蟹か貝柱のような物と思い込んで、レモンバターソースで口に入れた。引き締まってプリプリとした食感は蟹っぽい。しかし、味が薄いのか感じるのはソースの味ばかり。長く咀嚼していると蟹のような味がして来た。

 他のソースも試したが、ビネガーはサラダっぽくなり、マヨネーズは蟹味の薄いカニマヨだ。


「見た目のインパクトに反して味が薄いんだな。マヨネーズはパンに挟んでも良さそうだけど」

「茹でただけだと、そうなんですよね。今度は隣のクリームシチューを食べてみて下さい」


 フォークからスプーンに持ち替えて、クリームシチューを掬う。しかし、具が殆ど見当たらない。いつもなら野菜と肉がゴロゴロ入っている具沢山シチューなのに、今日のは煮崩れた人参や玉ねぎ等の野菜だけだ。疑問に思いながらも口にすると、口の中いっぱいに蟹の旨味が広がった。ベシャメルソースの濃厚な味わいに蟹の味が合わさって美味い。


「このカニクリームシチュー、美味いな!」

「カニ? ああ、川にいる小っちゃいの。いえ、これも蜘蛛の脚ですよ。脚の身と野菜を炒めて、そこから出た水分だけで長時間コトコト弱火で煮込みました。良い味が出てるでしょ~。

 あ、茹でた脚の身をクリームシチューに付けて食べるのも美味しいですよ」


 言われるがままに、フォークに刺した蟹……もとい脚の身にクリームシチューを付けて食べる。プリプリとした身に蟹の旨味が加わって、シーフードクリームシチューの具材の様だ。これは良い。折角用意してくれた最初の3種類のソースには悪いが、脚の身はこれが一番美味しく感じる。後入れでもいいから、クリームシチューの具材にすればいいのに。そう提案してみたが、レスミアは首を振られた。


「脚の身は熱が通り過ぎると固くなる上、水分が出て来てシチューが薄くなるので駄目ですね。4時間程煮込めば、細かく解れて良い旨味が出るので、別個に用意した方が良いんですよ。茹でただけの物は、冷ましてからパン代わりにするのが一番良いそうです」


 言われてみると、味が薄くてシチューに付けて食べるなら、パン代わりと言えなくもない。言われて始めて気づいたが、テーブルの上には主食のパンが無かった。脚の身に意識を取られ過ぎていたな。他には、以前も食べた薄いトンカツが2枚、サラダと共に出されている。メインの肉料理まで見逃しているとは……


「こっちのトンカツじゃなくて、シュ何とかは今朝渡したぼたん肉かな?」

「シュニッツェルですよ。1枚はぼたん肉で、もう1枚はオルテゴさんから頂いたイノシシ肉です。食べ比べするのも面白いかと思いまして。表面のバジルが多い方がイノシシです。

 そうそう、先程の3種類のソースを使っても美味しいですよ」


 解体したイノシシの熟成が終わったのか。何気に楽しみにしていたはずなのに、脚の身にとって喰われた感がする。

 しかし、警戒せずに食べられるのは良いな。カリカリでどちらも美味い。豚肉よりも少し固めの肉だが、噛めば噛む程旨味が出てくる。香草が効いているので臭みも殆ど感じなかった。敢えて言うなら、ダンジョン産のボア肉の方が豚肉に近いかな?

 どちらのシュニッツェルも味が濃い目だったが、白ワインビネガーのソースでサッパリと食べられたし、味の薄い脚の身と合わせて食べるのも悪くない、美味しく頂いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る