第91話 罠狩りと宝石

 トラップハウスの殆どの罠を解除したので、ここで戦う分には問題は無いはず。むしろ、隠れているシルクスパイダーが、来てくれるなら好都合とも言える。大量に来たら来たで〈ストームカッター〉で一網打尽にすればいいしな。

 しかし、地図を見ていたレスミアからは、違う意見も出た。



「罠の鑑定結果は『周囲の』なんですよね? この部屋、角部屋で周囲には私達が通って来た道しかありませんよ。どこまでが周囲なのか分かりませんけど……」

「それも一理あるな。でも、集まる数が少ないなら、今のうちに試しておきたいな。罠の効果範囲は知っておいて損はないだろう」


「……仕方がありませんねぇ。ホント、変な事が好きなんだから」


 レスミアは仕方がないと言いながらも、頬に手を当てて柔らかく微笑んでいた。



 その後、軽く打ち合わせをしてから、部屋の扉にドアストッパー代わりに木の端材を噛ませ、開いたままにする。そして、配置に着き、警報装置の罠のスイッチを踏んだ。その途端、ジリリリリリリリ、と大音量のアラームが鳴り響き、天井から赤い光が点滅する。天井を仰ぎ見ると、いつの間にか出現した赤い石が、パトランプの様に点滅していた。


 そのアラームの音とパトランプは10秒程で止まる。天井の赤い石も溶けるように消えて行き、罠のポップアップも消えた。レスミアは猫耳を抑えて蹲っているが、〈猫耳探知術〉をスタンバイしていた所為だろう。頼りになる猫耳が更に鋭敏になるらしいが、大音量に弱いという弱点も強化されていないだろうか?

 アラーム音が消えて、復帰したレスミアは扉の向こうへ猫耳を向けて探っている。


「大分遠いです。イノシシ1匹に、蜘蛛3匹かな? イノシシだけが先行しています」


 それなら〈ストームカッター〉は必要ないか。魔方陣に充填を始めて、レスミアに〈ウインドシールド〉を張り、ジョブをスカウトに戻す。

 折角のトラップハウスだ。こちらも罠で出迎えてやらないとな。俺は出入り口の直線上の壁際に居て、姿を見せる囮役だ。


 しばらくして、出入り口の向こう側から走ってくる、ワイルドボアの姿が見えた。向こうも俺を標的に定めたのか、走る速度が上がる。そして、入り口に入る直前でレスミアに合図を出した。


 入り口から見えない位置に隠れて居たレスミアが1歩前に出る。それに合わせて前に出たウインドシールドのにワイルドボアが突っ込んだ。切り裂かれながら、斜めに転がっていき、そのまま動かなくなった。


 少し遅れて、並んで走って来たシルクスパイダー3匹も同じ様に〈ウインドシールド〉トラップに嵌る。1匹目が切り裂かれたのを見て、2匹目が急制動を掛けていたのに、3匹目が後ろから追突し、諸共に〈ウインドシールド〉に突っ込んだのには笑ってしまった。

 レアドロップ品のシルクの糸束も1つ手に入ったし、4匹を魔法1回で殲滅倒せたのは美味しい。もう1個、警報装置があったら鳴らしたいくらいだ……いや、周囲に魔物が居なくなっているなら意味ないか。強制的にリポップするなら、4匹程度な筈は無いよな。



 次の採取地へ目指して出発した。既に通って来た道で、魔物が居ないのでスイスイ進む。そして、分岐路の先で無人の蜘蛛の巣を2つ発見した。おそらく、警報装置で呼び出されたシルクスパイダーの内の2匹分だろう。

 そこは宝箱部屋から2部屋先。地図で確認すると、そこそこ距離がある。部屋から部屋までの距離もマチマチだが、もし仮に階層の中心で鳴らした場合、4方へ2部屋分の魔物16匹が殺到するのか。いや、1方向は通って来た道だから、3方向としても12匹、十分多いわ! 通路にいる分も含めると、もっと増えるな。


 結論、今回みたいな罠で嵌める事が出来る状況でないと厳しい。範囲魔法? 充填に時間が掛かるから、列を成して来られると、一発で終わらなかった場合が怖いな。一応、特殊アビリティの〈無充填無詠唱〉で範囲魔法を連打する手もあるが……




 その後は、特に波乱もなく採取地で鉱石を採取し、階段まで辿り着いた。シルクスパイダーを、2人で連携して倒すのに慣れてきたお陰もあるのだろう。


 階段部屋でお茶しながら、次の15層について相談する。地図によると採取地が2つあるのだが、これまた端の方に離れているのだ。長方形の15層の4隅に階段と採取地が2つずつあり、上り階段の対角に下り階段、残りの角に採取地がある。

 つまり、全部回ろうとするとZを描く様に遠回りしなければならない。


「今の時間は、15時過ぎか。片方の採取地経由で階段目指せば、ギリギリ到着出来るかな?」

「目標の15層に到着したのですから、そこまで急がなくてもいいじゃないですか。昨日みたいに遅くなると、お夕飯が遅くなりますよ」


「それもそうだな。後は近い方の採取地だけ見て、早めに帰ろうか。俺もちょっとやりたい事が出来たしな」

「私もです! 今日は珍しい食材ですから、楽しみにして下さいね」


 ああ、今朝渡したワイルドボアのぼたん肉だろう。数日前に食べた黒毛豚肉ショックのせいで、豚肉そのものが制限されて食卓に上がらなかったが、ようやく解禁の様だ。

 鶏肉も美味しいが、ガッツリ食べるなら豚肉の方が良い。あ、そろそろトンカツも……




 15層に下りてきた。樹々が立ち並ぶ光景に変わりは……少し暗くなっている様な気がする。上を眺めると、明らかに枝が増えていた。ランプが必要な程ではないが、木と木の間には暗い影が落ちている。あまり暗くなると、シルクスパイダーが〈ディグ〉で穴掘って隠れているのが見つけ難くなるので、明るい方がいいのだが……

 っと、そういう事か。ダンジョンがホームなのだから、魔物側が戦い易いような地形になっていくのは当然だな。この調子だと、次の16層は完全に枝葉に覆われて、真っ暗になってしまいそうだ。



 採取地までの道中で、何度かシルクスパイダーと交戦した。探し難くなったが、レスミアの猫耳で奇襲は回避出来ているので、問題は無い。前脚の攻撃を盾で受け流してカウンターするのにも慣れてきたところだ。まあ、奇襲以外だと、なかなか攻撃してくれないので、連携して攻撃するしかないのは相変わらずだ。


 辿り着いた所は、また鉱石系の採取地だった。

 ツルハシで土山を崩していくと、魔水晶がザクザク取れる。普通の鉱石よりも沢山採れるので、少し楽しい気分になるな。芋掘りで豊作だった気分だ。

 そういえば、家の魔道具を動かすのに使われているなら、少し回した方が良いのだろうか? その辺を管理しているレスミアに聞いてみると、即座に不要との答えが返ってきた。


「いえ、補助金から準備されていますので、採取した分はザックス様が好きにすれば良いですよ。むしろ、3ヶ月分は用意したのに、1月も掛からないペースで攻略していますから、補助金がかなり余りそうって、村長が嬉しそうに言ってました」


 普通は3ヶ月も掛かるのか……基本的に経験値増の3倍を付けていたからそんなものかな?

 それに確か、余った補助金は村の予算になるんだったか。まあ、ダンジョンで取れない食材や日用品くらいしか使い道が無いので、贅沢しようもないがね。


 そんな雑談をしながら作業を続けていると、レスミアから黄色い声が上がった。


「宝石出ましたよ! 宝石! 青いからターコイズですね!」


 そう興奮気味に尻尾を振り、目をキラキラさせながら手に持っていた石玉を見せてくれる。その石玉の表面に小さな空色の石が盛り上がっていた。宝石は出るが、滅多に出ないと聞いていたので驚きだ。



【宝石】【名称:ターコイズ】【レア度:E】

・魔水晶の属性が偏り、水属性のマナが凝縮して鉱物化した物。水晶石の成り損ないだが、見た目と希少性から宝飾用として扱われる。魔水晶のように魔道具の動力にすることは出来ない



「装飾品にしか使えないのか……レスミアが欲しいならあげるけれど、原石だからカットしたり磨いたりしないと駄目だよな? この村に加工出来る人はいるのかい?」



 その途端、尻尾の動きが止まった。顔も笑顔のまま固まってしまっている。分かり易い反応をありがとう。頬っぺたをつついてみたが、正気に戻る様子はない。

 この村じゃ、宝石を扱う様な……細工師?の需要は少ないだろうからな。



 取り敢えず、蚤と金槌で石の部分を削ってみる。コンコンと叩き、ターコイズの入っていなさそうな部分を削り、割って取り除いていく。その音で我に返ったレスミアが、俺の手元を見ながら、宝石について話してくれた。



 レア度の高いルビー等の宝石は魔道具の動力源になり、尚且つ、その美しさから貴族が買い集めるので高価になる。その為、平民の宝石と言えば、レア度の低いターコイズ等になるらしい。お祭りや結婚式で身を飾り立てる為に、母親の物を引き継いだり、恋人から貰ったり、成人してからお金を貯めて購入するそうだ。

 どこの世界でも女性の宝石好きは変わらないな。

 コッソリと〈相場チェック〉を掛けてみると【8000円】とポップアップが出た。お手頃価格、なのかな?



「私も母から成人祝いで貰ったイヤリングがありますよ。この前のお祭りでも着けてましたけど、気が付きませんでした?」

「気が付く以前の話だよ。レスミアの姿を見る前に、酒でダウンしたから……

 おっと、こんなものかな」



 余分な石を取り除いたターコイズ本体は小さく、見えていた部分が殆どだった。それでもブラシを掛けて布で磨いてやると、鮮やかな空色が映える。うん、低レアとか、装飾品にしか使えないなんて言われても、十分綺麗じゃないか。まあ、原石の表面に艶はないし角張っているので、装飾品として加工してあげた方が良いのだろうが、そのままレスミアに渡した。


「原石のままだけど、初めて取れた宝石だからね。レスミアにあげるよ」

「ありがとうございます! 大事にしますね!」



 レスミアは満面の笑顔でターコイズをハンカチで包むと、いそいそと腰のポーチにしまい込んだ。俺としても、嬉しそうな顔が見れたので満足である。

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