第90話 トラップハウス

「あっ!ここに居たんですか。煙が上がっていると思えば……」


 3つ目の蜘蛛の巣を解体している途中で、後ろから声を掛けられた。

 フライパンを持ったまま振り向くと、木々の向こうから呆れた表情のスミアがやって来た。また変な事を始めた、みたいな目で見られてしまったが、ただの解体作業だ。作業を続けながら、簡単に依頼の事を説明した。



「すみません。私の手紙の件で、余計な依頼を押し付けられたのではないですか?」

「いや、それは無いな。俺が行った時には既に、ダンジョンギルドへ依頼されていたようだからね。それに、お貴族様相手だから、レスミアの手紙が無くても依頼は断れないよ。」


「それなら良かったです。手紙の件はありがとうございました。

 それにしても、シュピンラーケンですか……実家の商品には無かったですね。食料品がメインで武具とかは少なかったので。後で私も手伝いますね」


 安心した様に、ホッと息を吐いたレスミアは昼食の準備を始める。アイテムボックスから取り出して準備が整い終わる頃、何かを思いついたのかパンッと手を叩いた。


「ザックス様、このフライパン使っても良いですか? せっかく温まっているなら、サンドイッチを焼いて、ホットサンドにしましょう!」


 3つ目の解体作業も、横糸の巻き取りが終わったところなので了承した。トングや皿など、必要と言う調理器具をストレージから渡す。

 そして、縦糸を切るためにウッドキャンドルの切れ目に横からナイフを挿して温め始めたのだが……目の前のウッドキャンドルの上には、フライパンでサンドイッチが焼かれる良い音がする。腹が減るじゃないか。


 誘惑を振り切って、縦糸を切り取り始めるが、今度はパンの焼ける良い香りが漂い始めた。美味そうな匂いに気が散ってしょうがない。〈作業集中〉を発動させてなんとか解体作業を続けた。




 パリパリ、サクサクのパンにトロけるチーズの相性は最高でした。


 食後はレスミアも手伝ってくれていたのだが、5つ目を解体したところで終了した。ウッドキャンドルの上部が燃え尽き、炭化した部分が崩れてフライパンが載せられなくなったからだ。下の方はまだ燃えているので、手持ちでフライパンを温めて残りの作業をしたが、やはり温めるのがネックだな。


 5つは解体出来たのだし、次のウッドキャンドルを用意すればいいだけの話だ。でも、温める手間を減らせないものか? そう、ゲームであるような、火属性武器とか、刀身が熱くなるとか。


「ありますよ、属性武器。あ~、でも刀身が熱くなるかどうかは知りませんねぇ」


 レスミアは学校で簡単に習ったそうだが、ダンジョンを討伐しようとするなら、魔法使い系と属性武器は必須らしい。詳細は分からないが、入手が困難そうなのは分かった。

 多分、この村には無いだろうけど、後でフルナさんかムッツさんに聞いてみるか。




 後始末と休息を終えて、14層に降りた。ここも樹々が立ち並ぶ階層の様だが、少しだけ暗く感じる。それもそのはず、木が杉の木ではなく広葉樹に変わり、長い枝葉が空を半分以上隠していたからだ。



【植物】【名称:コナラ】【レア度:E】

・落葉広葉樹。小さいナラの木なのでコナラと呼ばれる。火力が強く日持ちが良い薪や炭として利用される。

 なお、ダンジョン内に季節は無いので紅葉したり、どんぐりを落としたりはしない。



 鑑定してみると、どんぐりの木だった。子供の頃に公園で拾い集めた覚えがある。杉と比べると木の幹は細いが、頭上では青々とした枝葉を広げており、通路は木漏れ日が差し込む遊歩道の様な様相だ。ダンジョンでなければ散歩デートな気分になれるのに、無粋な害獣(イノシシ)や、隠れている害虫(蜘蛛)がいる。


 それだけではなく、14層には宝箱部屋もある。次の階段までは大回りになるが、宝箱部屋と採取地を回れるルートを再確認して、出発した。



 杉の木の場合は、シルクスパイダーの体が枝に隠れきれていなかったので発見出来た。しかし、この階層の広葉樹は枝が多くて巧妙に隠れている。見つけられれば〈エアカッター〉で終わるが、見つけられない事が多く、レスミアの猫耳頼りで奇襲を回避する他なかった。

 範囲魔法の〈ストームカッター〉で一掃したいが、午前中の経験で倒し損ねる事も有ると分かっている。更に、寄り道が長いのでMPが足りなくなる可能性が高い。単体魔法の〈エアカッター〉で節約だ。レベルが上がって最大MPは増えたはずなのに、またMPが足りずに困るとはなあ。




「どうしましょうか?」

「あの、赤いラインに入るのも怖いよな。先に罠を作動させるしかないな」


 道中、通路を横切る様に50㎝幅の赤いラインが、に引かれているのを発見した。〈罠看破初級〉のポップアップもある事から罠で間違いないのだが、近くの木に蜘蛛の巣が張られている。コンビだったワイルドボアは〈エアカッター〉で処分済みなのだが、シルクスパイダーが見当たらない。かといって、罠があるところで戦う気にはなれなかった。



【罠】【名称:丸太の罠】【アクティブ】

・罠の直線状に人や魔物が踏み入れると、丸太が飛び出してくる罠。



 人感センサーの様なものか? 適当な木の棒を赤ライン上へ投げ入れてみる。その直後、通路の樹々の間から細目の丸太が飛んで来た。射出されたと言った方が正しいか……丸太は反対側のコナラの木に激突し、轟音と共に木が揺れる。あまりの音の大きさにレスミアは猫耳を押さえていた。


 揺れる木の上から、ポテッとシルクスパイダーが落ちて来た。赤いライン上に……起き上がったシルクスパイダーは転がる丸太の方を見て、前脚を振り上げて怒っている様にも見える。

 そこに2本目の丸太が射出されてきて、押し潰された。1本目の丸太に気を取られていたせいか、いつもの回避性能は見る影もなく、あっけない最後だった。


 うん、火吹き像で業火猛進状態になった件もあったので、魔物もトラップに掛かる事は知っている。ただ、今回は不幸な事故だった。隠れる場所を間違えたんだな。

 それにしても、今まで見かけた罠は、行動阻害系や軽い怪我程度が多かったが、丸太の罠は殺意が高い。交通事故レベルだぞ。


 丸太の罠は3本目で打ち止めになり、赤ラインも消えていった。残された丸太は、乾燥済みのようなので、ありがたく頂く。蜘蛛の巣の回収作業で木の在庫は増えていくが、生木どころか切り倒しただけの状態だから、使い道が無いのだ。


 因みに、戦闘後の蜘蛛の巣回収は、特殊アビリティ画面から聖剣を出して木を切っている。レスミアも聖剣が気になって、チラチラと見てくるが、ミスリルソードの時のように使いたいとは言ってこない。もうちょっと、焦らしておくか。




 その後、宝箱部屋の扉に辿り着いた。

 遊歩道の先、行き止まりに岩壁が見えたと思えば、壁に扉が嵌っていたのだ。

 一時的にレスミアのジョブを狩猫に切り替えて〈猫耳探知術〉を使ってもらったが、部屋の中からは物音はしないそうだ。まだシルクスパイダーが潜んでいる可能性はあるが。


 ジョブを戻して、ゆっくりと慎重に扉を引き開ける。

 すると、いきなりポップアップが目に入った。【かすみ網の罠】、そして足元にも【転びの罠】だ。

 かすみ網を引っ張って取り外し、足元の金属ワイヤーも切り取って回収した。改めて部屋の中を覗き込むと、学校の教室くらいの広さの部屋の至る所に罠が仕掛けられている。壁や天井は岩盤なので、シルクスパイダーが隠れている様子は無い。有るのは光量高めのヒカリゴケと大量の罠だけだ。モンスターハウスならぬトラップハウスかな?


 しかし、その罠の殆どは見たことがある。初見の罠は、部屋に入って1m程の所にある1つだけ。それを後回しにして、まずは周囲の罠から回収を始めた。〈罠看破初級〉があれば、トラップハウスも採取地と変わらないからな。石玉の残弾が増えて助かるし、火吹き罠からは石像と火精樹の油も手に入る。石像は何故かライオンだった。この世界のライオンは火を噴くのだろうか?

 そうそう、落水の罠はただの水なので放置した。



 レスミアと手分けして回収後、新顔の罠をどうするか話し合う。



【罠】【名称:警報装置】【アクティブ】

・スイッチ踏むと大音量のアラームが鳴り、周囲の魔物が警報装置の元へ集まってくる。その際、階層による頭数制限は受けない。



 本来なら、扉開けて直ぐの罠で転んで、警報装置に引っかかる。その後、集まってきた魔物と罠だらけの部屋で戦わなくてはならない、というコンボトラップだったのだろう。前回、引っかかった覚えがあるので、苦笑いをしてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る