第86話 手紙と側近の懸念
扉の外側には護衛騎士2人が控えていて驚いたが「お疲れ様です」と会釈しながらサッと通り過ぎて、事なきを得た。
レベル15しかない俺相手に警戒しすぎな気もするが、護衛騎士の仕事なのだろう。
1階の酒場を見回したが、エクベルトの姿は見えない。挨拶くらいしておこうと思ったのだが、いないのなら仕方がない。そのまま、酒場を後にした。
帰宅すると、甘い香りが漂ってきた。キッチンを覗くと、レスミアがせっせとパイ生地に煮たリンゴを挟んで整形している。以前も作った棒タイプのアップルパイだろう。オーブンからもアップルパイが焼ける香ばしくて甘い香りがしている。
「お帰りなさいませ! お夕飯は出来ていますから、すぐ準備しますね」
「ああ、ありがとう。それにしても大量に作ってるな」
「ええ、ザックス様は騎士団と懇意のようでしたので、差し入れでも作っておこうかと思いまして。もし不要なら、オヤツにすれば良いですから」
気が効くなぁ。騎士団とは見習いに村まで護衛してもらった程度の仲だったが、クロタール副団長には色々教えて貰ったので、何か餞別を渡しておいた方が良いかもしれない。報告書も届けてもらうから、心象は良い方が良いだろう。
レスミアにお礼を言ってから、軽い夕飯を食べる。薬草に加えて、お茶菓子も食べているのでお腹は減っていないが、味覚が大分戻ってきたのでピリ辛のサンドイッチは美味しく感じた。
そして食後に、クロタール副団長からの依頼の件を話しておく。ただ、山賊がダンジョンに入っていた事や黒幕っぽい存在については秘密にしておいた。
今後は宝箱部屋にも行かなければならないが、口止めされた機密情報を話す必要性は感じなかったからだ。事情を知らなければ、万が一の場合でも無関係と言い張れる。
まあ、現状ではそこまで深刻な案件には思えないが……
「ああ、黒豚の皮でしたっけ? 貴族にも人気ってフノー司祭が言っていたのは。でも、レア種に会えるとは限りませんよねぇ?」
察しの良さが斜め上の方へ飛んだのか、勝手にレア種目的と勘違いしてくれた。折角なので、乗っかる事にする。
「だから、宝箱部屋を周るだけで良いんだ。運が良ければって程度だよ。報酬も実家へ手紙を届けてもらうだけだからね」
「あ、それは良いですね。そろそろ、私も実家に手紙を出そうと思っていたんです。
ザックス様、私の分もお願い出来ませんか? アドラシャフトの街から先は、自分で払いますから」
普段は、ムッツさんが街に行く際に、お願いしているそうだ。そこから更に、街の商業ギルドで手紙配送を依頼して、隣国ドナテッラに行く商人が持って行ってくれるらしい。
ギルドから先だけでも、配送のお値段なんと1万円。〈転移ゲート〉でワープ出来るのが商人だけとはいえ、暴利だよなあ。
「街のギルドまでで良いなら交渉してみるよ。手土産のアップルパイも有るなら、多分大丈夫だと思う」
「ありがとうございます。それでお願いしますね。
それと、焼けたアップルパイと焼けてない方、両方ともストレージに入れておいてもらえますか? 明日の朝に残りを焼きますから」
今夜は手紙を書かなきゃと、張り切るレスミアを裏まで見送り、俺もささっと風呂を済ませる。
先日作った丸太の千切り……もとい、ニス塗装した下敷を使って手紙を書き始めた。
ダンジョン攻略の報告書は、難なく書く事が出来たが、近況はどうしたものか? 家族のように書く訳にもいかないので、知り合いに元気でやってますと知らせる感じかな。
取り敢えず「朝晩は涼しくなりましたね」的な季節の書き出しは書いたものの、内容が思い浮かばない。それもそのはず、ダンジョン攻略ばかりしていたから、それ以外の話題が……村でイノシシの罠作りに協力したり、メイドさんの料理が美味しいと言う話題でお茶を濁した。
報告書に対して、あまりにも近況の文章量が少ないので、白紙埋めにファーストジョブの解放条件を書き出しておいた。〈詳細鑑定〉でしか確定情報は得られないようなので、学校等の教育機関に情報展開すれば、役に立つだろう。
もちろん村の英雄と僧侶については書いていない。
『その他のジョブは、私が街に帰った後に直接相談させて下さい』っと、こんなものかな。
うわ、いつの間にか22時過ぎか、眠い訳だ。この世界に来て初めて夜更かししたな。インクが乾くまで封筒には入れられないが、明日でいいか……寝よう。
翌朝、レスミアに叩き起こされた。
「ザックス様、起きて下さい! アップルパイ焼く時間が無くなっちゃいますよ!」
朝晩は涼しくなって来たので、薄い掛布団を剥ぎ取られれば流石に目を覚ます。夜更かしのせいで、いつもの起床時間を寝過ごしていたようだ。
「おはよう……んー眠い……」
「もう5時過ぎて、きゃっ!…………と、とにかく、着替えてキッチンに来て下さいね」
朝一にメイド美少女に起こされる、なんて贅沢なんだ。などと寝ぼけていたら、急にレスミアは顔を赤くして部屋から出て行った。何故か、下の方をマジマジと見られていたような?
あ!若いから、テント張るのは生理現象だから仕方ないんじゃよ。身体は15歳だし、いや中身も20歳だから若いけどね!
取り敢えず、着替えるか。
焼く前のアップルパイを出すついでに、焼けた分バスケットに詰めるのを手伝ったり、朝食を取ったりしていると、あっという間に6時半を過ぎていた。2の鐘が7時なのでそろそろ出ないといけない。
「はい、私の分の手紙と配送料です。よろしくお願いしますね」
封筒と銀貨1枚を受け取る。
レスミアの封筒も紐で縛るタイプのようだ。後々聞いた話だが、外国や領地外に手紙を出す場合は大抵検閲が入るので、封を破る必要が無い紐付き封筒の方が良い。むしろ貴族でも無いのに、接着したり封蝋したりしていると逆に怪しまれるのだとか。
個人情報……とか言ってもしょうがないか。
「それと、ザックス様1人で宝箱部屋に行っては駄目ですよ。行くなら、私が居る時にして下さいね」
「分かっているよ。それじゃ行って来ます」
またモンスターハウスだったら洒落にならないからな。1人で無茶な真似はするつもりは無い。レスミアに見送られて出発した。
村の門の前は非常に混雑していた。テントを片付けている見習いや、馬車に荷物を積み込んでいる人、馬の世話をしている人など様々だ。手の空いてそうな人にクロタール副団長の居場所を聞いてみると、出立準備が出来るまで宿屋にいるそうなので、宿屋兼酒場へ向かう。
酒場に入ると一番近くのテーブルで、クロタール副団長と数人の騎士が話し合いをしていた。話が途切れたら声を掛けるか。等と考えていたら、気付かれて話し合いを中断させた上に、全員の視線を浴びる羽目になった。しかも、敵視とまでは言わないが、好意的な目線は無い。
声を出す前に、ハッと気付いて、昨日習った臣下の礼を取って頭を下げる。
「ザックスか、報告書は出来たのか」
「おはようございます。はい、領主様への提出をよろしくお願い致します。あと、私のパーティーメンバーが差し入れに蜜リンゴのアップルパイを作りましたので、皆さまでどうぞ」
顔をあげると、周囲の目が幾分和らいでいた。ストレージを開いて、テーブルに封筒2つと銀貨1枚、それにバスケットを2つ取り出す。まだ焼き立てなので、甘い香りが広がるとバスケットに視線が移った。
「ふむ、行軍で疲れたところに甘味があると、隊員も喜ぶであろう。
昨日のクッキーも美味しかったが、同じ方かな?」
昨日のクッキーと言ったクロタール副団長に周囲の視線が集まる。なんだろう、バスケットといい、みんな甘いもの好きなのだろうか?
「ええ、家事もしてくれているメイド兼パーティーメンバーのレスミアが作りました。
それと、誠に勝手なお願いではありますが、そのレスミアの手紙も街まで持って行っては頂けないでしょうか?
故郷の実家に手紙を出したいと……街の商業ギルドに持って行って貰えれば、この配送料で依頼出来るはずです」
側近の騎士が2通の封筒と銀貨を持ち、何やら確認してから、クロタール副団長に手渡す。そして、クロタール副団長が目配せした他の騎士が、何故かそのまま外へ出て行った。以心伝心……男同士だとちょっとキモいな。
「出立準備の事だから気にするな。それにしても、隣国のドナテッラか。レスミアとやらは猫族か猫人族か?」
それから、レスミアについて2、3聞かれたので答えておく。出会った経緯とか、仕事ぶりとか、別段隠すような内容でも無いしな。
「まあ、いいだろう。こちらの手紙は商業ギルドに出しておこう。
代わりにと言っては何だが、追加で依頼を出しておいた。20層までの探索で手に入る物なので難しい依頼ではない。詳細はギルドで確認するように」
追加依頼の詳細を聞きたいが、側近に囲まれた状態では、昨日のようにあれこれ聞くのは無理そうだ。唯々諾々と受けるしかないな。
「了解しました。ついでに採取出来る物であれば入手してまいります」
「よろしい。この後、我々はまだ準備がある。君は下がりなさい」
「よろしくお願いします。では、失礼します」
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クロタール>情報源の手紙を2通ゲット!
日本人の思考で呑気に考えていますが、副団長側は情報収集に励んでいます。少なくとも臣下の礼を見せたお陰で、敵対という事態は避けられました。
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