第84話 副団長との会談

 副団長は、胸の前で右拳を左手で握り、頭を軽く下げている。


 それに、あの礼……ノートヘルム伯爵が他の人にされていたような。恐らく、目上の人に対する礼だよな。本来なら俺の方がしなくちゃいけないのでは?


「頭を上げて下さい! 私はザクスノート君ではなく、中身は別人です。それに既に廃嫡されて平民なので、頭を下げるのは私の方です」


 見様見真似で右拳を左手で握り、頭を下げる。


 お互いに頭下げて、部屋の中がしんと静まりかえる。防音が良いのか酒場の喧騒さえ聞こえ無い。しばらくしてから、「フッ、フフッ」と堪え切れないといった感じに笑い声が漏れ、次第に大きくなった。


「ククッ、ハーハッハッハッ、これは確かに別人だ! 若が私に頭を下げる訳が無い。いや、若なら「ちゃんと跪け」ぐらいは言うだろうからな!」



 どうやら、俺がザクスノート君本人か確認するための芝居だったようだ……人騒がせな。先ほどよりも砕けた口調になっているので、ちょっと突っ込んで聞いてみようか。


「えーと、ザクスノート君とは仲が良くなかったのですか?」


「私の方は特に何とも思っていなかったが、若からは嫌われていたな。

 おっと、ザックス君。その礼の拳は左胸の前で組むんだぞ……そう、その辺だ。

 更に上位の貴族に対して、敬意や忠誠心を表す場合は右膝をつく、こうだ。真似してみなさい」


 礼儀作法については折角なので教わる。今後はノートヘルム伯爵にも礼をしなければならないので、覚えておいた方が良いだろう。

 ただ、露骨に話題をズラされたのは気になった。ザクスノート君の人間関係は、俺にも影響があるのだから。初対面で訳も分からずに嫌われるのは勘弁してほしい。



 その後、席を進められた。ただ、この部屋には水差ししかなくキッチンや魔道具の類も無いので、お茶も出せないと謝られてしまう。


「下でお茶か酒でも頼んでおくべきだったな。ちょっと待っていなさい」

「それなら、俺の手持ちを出しますよ」


 ストレージから、淹れたての紅茶と蜜リンゴクッキーをお茶菓子として出して振舞う。休憩用のお茶と、お菓子菓子は常備してあるのだ。家のキッチンには使われていない茶器が沢山あるので、有効活用させて貰っている。

 更に、簡易ステータスや聖剣クラウソラスを見せて、別人と言う事を証明しておいた。


「ううむ、手紙と見習いからの報告では半信半疑だったが、実際に見せられると信じる他ないか。怪我のせいで記憶喪失や、廃嫡にせざるを得なくなった為の方便だと考えていたのだが……」


 副団長は難しい顔をしながら、テーブルに置いた聖剣クラウソラスを触って、バチバチと拒絶されている。聖剣の盗難防止機能と注意したのに、なぜ皆して触ろうとするのだろうか?


 そう言えば、レスミアにはじっくりとは見せていない。フェケテリッツァとの戦闘中だったからな。実際に触らせたら、バチバチに驚いて尻尾を膨らませそうだ……ドッキリには良いかもしれないが、今日は口喧嘩をしたばかりだし、次の機会にしよう。


 しばらくして、聖剣を鑑賞するのに満足してくれたようなので、ポイントに戻し、話の続きとなった。


「では、改めて自己紹介を。第1騎士団 副団長のクロタール・アルグリム男爵だ。

 元々グリムアルト男爵家の次男だが、家督は兄が継いだのでな。私はダンジョン攻略後に準男爵を賜って、アドラシャフト領の騎士団に所属している」


 クロタール副団長は襟元に付いている銀色のブローチを、こちらへ見せながら自己紹介をしてくれた。鳥の翼を象り、星が2つ付いている。時折、反射光がエメラルド色をしている事からミスリル製のようだ。

 ただ、ブローチを見せる事に何の意味があるのか分からなかったので、尋ねてみたところ若干呆れられた。


「君はこの国の常識も身に着けなさい。

 これは王都にある学園を卒業し、ダンジョンを討伐した者に与えられる貴族の証だ。

 貴族の知識と礼節を身に着けても、力がなくては貴族では無い。

 逆に平民がダンジョン討伐で準男爵を得ても、貴族社会では半貴族扱いだ。一応、学園への入学資格は与えられるが……」


「結構厳しいのですね。貴族の生まれってだけでは、貴族になれないなんて」


「貴族とはダンジョンの侵食から領地を守る者だからな。代わりに攻略さえ出来れば、男爵、子爵くらいには上がれるぞ。

 私のブローチには星が2つあるだろう。これは2つ目のダンジョンを討伐した証でな。その功績でアルグリムの家名と男爵位を頂き、更に副団長に就任した訳だ」


 学園の卒業生がダンジョンを1つ討伐すると、星1つのブローチが貰えて貴族になる。更に1つ目よりも10層以上深いダンジョンを討伐すると星2つになるそうだ。星2つは貴族社会においても一目置かれ、同格の爵位よりも上に扱われる。

 因みに星3つに至っては、国の英雄待遇なんだとか。最低でもレベル70だからな。



「なるほど、星2つの副団長は出世頭と……そこをザクスノート君に嫉妬されたとか、ですか?」


「……本人じゃないと分かっていても、同じ顔に聞かれるのは変な気分だな。

 先ほども言ったが私の方は、特に何とも思っていない。相手は次期領主候補なのだから、普通は取り入るべきだからな。そもそも、長らく第3騎士団でダンジョン攻略に勤しんでいたから、あまり接点は無かったんだ。騎士団長に訓練してもらった時に、睨まれた程度で、険悪な目線を向けられる様になったのは、半年ほど前に第1騎士団の副団長に就任してからだな。

 後々、若が領主様に、私の副団長就任に強く反対していたと聞いたときは肝が冷えた」


 ただの嫉妬か? クロタール副団長は若く見えるから。でも、今まで聞いた情報から、粗野で脳筋っぽいザクスノート君なら、直接突っかかりそうな気もするけど?


「最早、真相は闇の中だ。若と領主様には申し訳ないと思うが、時期領主に睨まれて将来を心配する必要がなくなったのは助かる。君なら理性的に話が出来そうだ」


「ザクスノート君の因縁を引きずられるのも困りますから、私のほうこそ宜しくお願い致します。

 とは言っても、既に廃嫡されて平民なので大したことは出来ませんが」


「ダンジョンを討伐して、貴族へ返り咲くのだろう。そういう気概のある奴は嫌いじゃない。さっさと上に上がってこい」


 まだまだ先の話で、現状では答えようがないので、紅茶を一口飲んで笑い返しておいた。




「そろそろ本題に入ろうか。山賊の襲撃以降にダンジョン内で何か変わった事がなかったか教えて欲しい」

「構いませんが、代わりに山賊のアジトの事も教えて下さい。もう全部終ったんですよね?」


 クロタール副団長は腕組みをして、眉を八の字に寄せて考え込んでしまった。あれ? 機密事項とは言え、終わった事の確認程度のつもりだったのだが、聞いては不味い話なのか?

 しばらくしてから、腕組みを解き、難しい顔で話し始めた。


「他言無用で頼む。君に話した事は領主様にも報告しておくからな。

 山賊の残党は捕らえる事は出来た。ただ、裏で糸を引いていた者がいる可能性が高い。


 山賊のアジトは、山の麓の洞穴にあった。元々は獣の巣だったが、獣除けスズランで獣を散らして奪い取ったようだ。洞穴の入口に吊るしてあったから、間違いないだろう。それに、村長からもイノシシによる作物被害が出て、罠で3匹捕まえたと聞いているからな。山から逃げ出したイノシシがこの村に来たに違いない」


 あ、イノシシの捕らえた数が増えている。俺の作った罠も役に立ったかな?

 クロタール副団長は、荷物から布に包まれた物を取り出して、見せてくれた。小さい鈴のような白い花が3つ並んだスズランだ。一言断ってから〈詳細鑑定〉を掛ける。



【素材/道具】【名称:獣除けスズラン】【レア度:B】

・高濃度のマナで硬質化したスズラン。振ると人間には聞こえない音を奏でる。獣はこの音を嫌がり逃げ出すため、獣除けとして利用される。ダンジョン内の魔物には効果は無い。



「鑑定すればわかると思うが、レア度Bの51層以上でしか取れない植物だ。山賊が自分達で取りに行ったとは考え難く、赤字ネームがギルドで買えるはずも無い。そうなると誰が買い与えたか……

 一応、捕らえた残党から聞き出したが、商人から支援を受けていたらしい」


 鑑定ついでに〈無充填無詠唱〉をセットして、クロタール副団長をこっそり鑑定した。星2つとやらの実力が気になっていたのだ。



【人族】【名称:クロタール・アルグリム男爵、28歳】【基礎Lv62、魔導師Lv62】



 おお、レベル高っ。ノートヘルム伯爵がレベル65くらいだったから、それに次ぐ強さか。それに騎士団の副団長ってかなり上の役職と思われるが、アラサーで就けるものなのだろうか? それとも星2つの恩恵なのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る