第83話 騎士団の帰還

「んんんぅぅーーーー」


 レスミアも口元を押さえて、蹲ってしまった。下を向いてプルプル震えているので、心配になる。しばらくしてから、先程の俺のように上を向いて飲み込んだ。口直しにリンゴ水を差し出すと、木のコップを奪い取るように飲み干す。


「ううぅ、先生ごめんなさい。拷問みたいな授業だと思っていましたけど、摩り下ろしに比べれば苦い野菜レベルでした」


「やっぱり噛んだ方がマシだったのか。これを子供が飲むのは無理だと思ったよ」


 リンゴ水をちびちび飲んでいるが、まだ舌が麻痺して味が感じられない。追加スキルを入れ替えて、〈ファーストエイド〉と〈ディスポイズン〉を自分に掛けてみたが、効果は無かった。しかし、〈ディスポイズン〉を使った事をレスミアに見咎められた。


「あーー! それがあるなら、解毒草なんて飲まなくてもよかったじゃないですか!」

「いや、味を知っておくべきなんて言ったのはレスミアだろう」

「私も、こんな酷いとは知らなかったですよ!」


 そこから、軽く文句の言い合いになった。残りの採取をしながら、日常的な不満や文句を言う。とは言え、まだ知り合ってから一週間程なので、直ぐにネタが尽きて、お互いに謝って終わった。


 ただ「たまに目線がエッチです」と言われても、男だからしょうがないんじゃよ。



「不満を言っちゃいましたけど、感謝もしてますからね。山賊から助けてくれましたし、ダンジョンでも引っ張ってくれて頼りになりますし」


「それは俺も同じだよ。料理、掃除、洗濯と生活の殆どをレスミアに頼り切りっているからな。料理は美味しいし、可愛いから目の保養になるしな」


 何故か、今度は良いところの言い合いになる。

 まあ、3つ程言ったところで我に返り、恥ずかしくなってしまったが。丁度、採取も終わったので、蜜リンゴを一つ追加で捥ぎ取り、休憩する事にした。


 普通のリンゴもストレージにあるが、多分食べても味を感じないだろう。蜜の塊のような蜜リンゴの果肉を口に入れると、少しだけ甘さを感じた。


「甘いですけど……蜜リンゴでこの程度しか甘さを感じないなんて、お夕飯どうしましょうか? かなり濃い目に味付けしないと、味が感じられないと思います。帰るまでに自然と治れば良いんですけどね~」


「まあ、時間を置けば治るだろうけど、夕飯は厳しいかもな」


 ん? 自然と治るか……ちょっと閃いた。

 薬草の葉を10枚程追加で摘んで来て、半分をレスミアに渡した。残りは自分でモシャモシャと食べる。あ、味覚が無いので食べ易い。蜜リンゴも少し齧れば、ただの甘い野菜だ。

 食べ切ると、〈HP自然回復力小アップ〉のアイコンが点灯した。


「んん?甘い!…… 少しだけ味覚が戻りましたよ!」


 効果時間が短いので、追加で3回繰り返して食べると、大分戻った気がする。舌の麻痺は怪我じゃないから〈ファーストエイド〉は効果がなく、毒ではなく薬なので〈ディスポイズン〉も効果がない。薬草は自然回復力を上げてくれるから効果があったのかな。ただこれ、


「間食にしては、食べ過ぎましたね。リンゴ水と薬草でお腹が膨れてしまいました。お夕飯どうしましょう?」

「いや、食べたと言ってもサラダみたいなものだから、夕飯を抜くと眠る頃にお腹が空くパターンだな。サンドイッチみたいな軽食でいいから、作ってくれないか?」


「分かりました。ところで、今何時くらいですか? ダンジョン内は鐘の音が聞こえないから不便ですよね」


 懐中時計を見ると18時を過ぎていた。2.5層分進んで、採取地2箇所もよれば時間は掛かるよなぁ。特に、ここの採取地は広い上に、グダグダし過ぎた。


 慌てて帰り支度をして〈ゲート〉で脱出した。




 薄暗い道を急ぎ、村の門まで戻って来たが、既に門は閉まっていた。


「お、ようやく帰ってきたか。遅かったから心配したぞ」


 門の向こう側、櫓の上から声を掛け来たのは、よく挨拶をしている門番の人だった。門を直ぐに開けてもらえて中に入るが、いつもと違う光景に驚く。門の内側直ぐの空き地にテントが沢山張られていたからだ。

 何事かと思ったが、門番さんが笑いながら教えてくれた。


「あれは山賊退治に行っていた騎士団だよ。全員は宿屋に入りきらないから、溢れた見習いや下っ端はテントなんだとさ。見習いがぼやきながらテントを張っていたよ。


 ああ、そうだ。見習い騎士が君のことを探していたぞ。そこのテントの奴だ。

 おーい、探していたザックスが帰ってきたぞ!」


 門番さんが声をかけたのは、一番門に近いテントだ。そして、テントから出て来た角刈りの青年と目が合う。あまり特徴のない顔には見覚えがあるような……


「ザックス! ようやく帰って来たのか! 探したんだぞ」

「…………ああ! エクベルト隊長! お久しぶりです」


 なんとか思い出せた。この村まで護衛してくれた騎士見習い102分隊の隊長さんだ。確か山賊討伐の本隊に連絡に行ったと、ベルンヴァルトが言っていたような覚えがある。無事に合流できたのは何よりだが、


「 探していたって聞きましたけど、何か俺に用でも? 」

「ああ、最近ダンジョン攻略しているのが、ザックスだけって聞いてな。騎士団の副団長が少し話しが聞きたいそうだ。これから時間は空いているか?」


「ここのダンジョンの? 今更、聞きたいようなことがあるのか?

 まあ、俺も山賊のアジトがどうなったか聞きたいから構わないけれど……」


 ただ、ダンジョンの話程度なら兎も角、山賊のアジトの話はレスミアに聞かせるのはまずい気がする。機密とか絡んでくるかもしれないし、騎士団の副団長とかお偉いさん……貴族関係だよなあ。


 レスミアの方を見ると視線が絡み、何かを察したかのように頷いた。


「では、私は先に帰って夕飯の準備をして来ますね」


 エクベルトに軽く会釈すると、足早に帰って行った。

 その後ろ姿を目で追っていたエクベルトが、茶化すように言う。


「おいおい、あの可愛い娘、人質だった子じゃないか? 夕飯って、一緒に住んでいるのか? 手が早いなぁ」


「違いますよ。この村に滞在中、通いで家事をお願いしているだけです。まあ、その縁でパーティを組んでますけど……お陰でいつでも美味しい料理が食べられるので助かってますね」


「クッ、羨ましい。ザックスのアイテムボックスの料理に比べると、騎士団の料理……と言うか行軍食は味気なく感じてな。食材も保存食以外は、山で現地調達で大変だったんだぞ。

 今日はそこの酒場の料理だからまだ良いが」


 伯爵家の料理と行軍食を比べるほうが間違っていると思うが。日本で例えるなら、災害地の避難所で保存食じゃなくて三ツ星レストランの料理を食べさせろと、言っているようなものだ。

 ん? 今の俺なら出来るな。いつでもどこでも出来立てが食べたられる。チートなストレージ様様だ。多分、死ぬまで外せないな……


 エクベルトが案内してくれたのは、広場にある宿屋兼酒場だった。。中に入ると席は満席で、7割以上が紺色のジャケットを着ている。騎士団の貸切状態のようだ。

 後に聞いた話だが、紺色のジャケットが騎士団の隊服らしい。20層ボスの皮で作られた物で防御力が高く、雷耐性を持ち、デザインもカッコいいと見習い達の憧れなんだとか。



 エクベルトは、入口近くのテーブルに居た紺色のジャケットの騎士に話しかけている。騎士のほうは赤い顔をして、大分酔いが回っているように見えたが、はっきりと答えてくれた。酒に強いのはちょっと羨ましい。


「副団長なら村長の所に行ったきりだな。夕飯もそこで食べてくるんじゃないか? おっ!噂をすればってな。後ろを見ろ、丁度お帰りのようだぞ」


 そう言われて入口の方へ振り返ると、紺色のジャケットを着た騎士が3人、入ってくるところだった。特に先頭の赤茶色の髪の男性が目立つマントをしているのが気になる。左腕を隠すように着けられた髪と同じ赤茶色のマントには複雑な刺繍が施され、留め具には宝石が散りばめられていた。それに紺色のジャケットこそ他の騎士と同じだが、それ以外の服装はジャケットよりも仕立てが良さそうに見える。どう見ても貴族だな。


 その顔は体育会系の騎士よりも、ビジネスマンが似合いそうな感じだが、何故か俺を見て目を見開いて驚いている。……ああ、ザクスノート君の知り合いかな?

 そこにエクベルトが空気を読まずに声を掛けた。


「副団長、お疲れ様です。情報提供者のザックスを発見したので、連れて来ました」

「……ああ、ご苦労。話は私が直接聞こう。護衛は不要だ、お前達も食事にしなさい」


「クロタール様、宜しいので? 相手は……」

「ああ、問題ない。そこの君、着いて来なさい」


 心配している護衛の騎士2人を置いて、副団長は2階へ上がって行ってしまった。周囲の視線が集まるのを感じて、俺もそれに続いて階段を上がり、一番奥の部屋に招き入れられた。


 部屋は4人部屋のようで広く、壁にはタペストリーが飾られており、調度品も多い。恐らく、一番良い部屋なのだろう。まあ、テーブルなどの調度品には彫刻も無く、艶々に磨かれているわけでもなく、無骨に四角いのは田舎だからだろうか。


 副団長はマントを脱いで、コートラックにマントを掛けると、俺の方へ向き直った。微笑を浮かべているが、そのまじめな雰囲気に何となく教師を前にしたような感じがして、背筋を伸ばし言葉を待つ。しかし次の瞬間、予想だにしなかった行動に混乱してしまった。



 副団長は、胸の前で右拳を左手で握り、頭を軽く下げた。


「若、大怪我をしたと聞きましたが、お元気そうで何よりです。

 手紙で連絡を受けた時には、山賊の調査で街を離れておりましたので、駆け付ける事が出来ずに申し訳ありません」


 んんっ?! あれ? 副団長は俺の事情を知らないのか?

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