第75話 財宝は地獄への誘い道(俗説です)
イチャイチャするのは、俺達が帰ってからにして欲しい。若干、呆れ掛けた頃、ひとしきりムッツさんの頬を引っ張って満足したのか、フルナさんは話の続きに戻った。
「それで次ね。ザックス君に錬金術を教えるのは、構わないわ。さっきも言った様に、弟子にする訳じゃないから、簡単な基礎を教えるだけよ。これくらいなら、村の学校でも臨時講師として教えている内容だから問題ないわ」
何でも弟子となると、錬金術師協会に登録が必要で、色々と面倒を見なければならないそうだ。錬金術師協会も気になるが、それよりも教えて貰えるのが知識だけと言うのが気に掛かった。今までの解放条件の傾向からして、そのジョブに関わる事を経験しないと駄目な気がするのだ。
「基礎を教えて貰うだけでなく、簡単な調合も体験させてくれませんか? 素材が必要なら、俺の手持ちから提供しますから」
「……その調合を教えるのは、弟子か血縁の子供相手だけなんだけどね。まあ、今回はお詫びって事だから特別よ。
一応先に言っておくけれど、練金釜は譲らないし、錬金術師協会への紹介状も書かないからね! 欲しかったら、自分の伝手を使って買いなさい」
「高いから、仕方がないね」
商人のムッツさんが高いと言うなら、相当高そうだ。何か金策も考えないと。最近は肉ばかり手に入って、売れる物が蜜リンゴしかない。折角11層に到達したのに、早く12層の採取地に行きたい。
「それで、教えるのはいつにする? 旦那が居る内なら店番を頼めるから、事前に予定を組めば私はいつでもいいけれど? ああ、一応確認しておくけれど、職人のレベルは幾つ? 5は超えて居るわよね」
「え!? すみません。まだ、職人のジョブは持ってないです」
そう答えた次の瞬間、フルナさんはカウンターに突っ伏した。その下でムッツさんが潰されて「グェ!」とカエルの様な声を上げているが、そんな些細な事より、フルナさんの胸の谷間が強調されるように見えて、目が吸い寄せられる。レスミア程ではないが、中々の大きさで目の保養に……
「コホンッ!」
レスミアの咳払いとともに脇腹を抓られて、慌てて目を逸らす。フルナさんも起き上がり、呆れた様な表情をしている。
「取り敢えず、先ずは職人のジョブを取りなさい。いつも野菜を入れている木箱があるでしょ。あれ、家の息子が作っているのよ。単純な作りだから、あれを参考にして箱とか椅子を作って入れば、そのうち取れるわ」
「分かりました。日程は職人ジョブが取れてから、という事で」
「……いいえ、職人ジョブがレベル15になってからにしましょう。錬金術師のジョブでないと教えられない事もあるから、まとめて教えた方が良いわ」
そして、お願い事の件が終わったので、次は黒毛豚の角を相談する。手に入れた経緯を簡単に説明すると、
「宝部屋に突っ込むなんて、無謀だねぇ。いや、若いから仕方がないのかな」
フルナさんが角を持って工房に行った為、抱擁から解放されたムッツさんはしみじみと言った。中学生みたいな見た目のムッツさんに若いと言われても違和感しかない。
「緊急避難として逃げ込んだだけですから、まさかモンスターハウスになっているなんて予想もしていませんでしたよ」
「あの燃えていた豚も、なんで火が点いたのか分かりませんよね。音で聞いた限り魔物しかいませんでしたよ?」
モンスターハウスは、一部屋に3セット以上の魔物が集まる現象(罠の一種とも)の事で、その全てを討伐すると、宝箱が出現する。今回ならフェケテリッツァとワイルドボア5匹で計6匹。11層では魔物はペアで出現するので、3セットという事だ(燃えていたジーリッツァ共は乱入)
深層になると、何十体もの魔物の群れと戦う事になるので、部屋に入る時は特に注意が必要になる。
「燃えている方は、他の誰かが戦っていて、火を点けたら逃げられた。くらいしか思い浮かばないけれど、モンスターハウスの方は予想出来る事だよ。
俗説だけど、宝部屋は外れだとモンスターハウスになるなんて噂もあるからね」
その昔、自称学者のトレジャーハンターが提唱したのが「宝部屋にはモンスターハウスが出来やすい」という説だ。ただ、ダンジョンギルドの協力を得て、高レベル探索者に聞き込みし、統計を取った結果……大して変わらないと結論付けられる。
その後、自称学者が3日連続でモンスターハウスに当たったので、騒ぎ立てた運の無い奴という笑い話で終わった。
と、思いきや、自称学者が研究結果をまとめた本「財宝は地獄への誘い道」を平民向けに売り出した為、その俗説が平民の間で少なからず広まってしまい、今に至る。
「僕も古書店で読んだけど、中々珍説が多くて笑えたよ。まあ、ダンジョン学の学説書と言うより、笑える娯楽本だったね。他の話も竜を使役する騎士とか、時を操る魔法使いとかは子供向けだよ」
うーむ、稀によくある、みたいな話だな。偶然発生した乱数の偏りをデータとして信じてしまったとか? 読んでみたいが、もう少しこの世界の常識を覚えないと、鵜呑みにしても不味いからな。
それにしても童話に続いて娯楽本でも竜騎士の話があるのか。竜にロマンを感じるのは、どこの世界でも似たようなものだ。もう少し、娯楽本について聞きたかったが、いつの間にかフルナさんが戻って来ていた。
「ハイハイ! そんな与太話は置いといて、鑑定と検証が終わったから聞いてくれるかしら?
この角、私の手持ちのチタン製工具じゃ歯が立たないわ。つまり、私と村の職人じゃ加工は無理ね。レア度がCだから私の〈錬金調合中級〉スキルで、加工出来なくもないけれど、レシピも無しに初見の素材で調合するのは怖いわね。失敗してもいいなら試すけれど……」
また捕獲されたムッツさんも大人しく聞いていたが、フルナさんの話が終わると、それに続いて提案をして来た。
「そうなると、取れる道は3つだね。
1つ目は僕が街に行くついでに、金属製品を買っている鍛治師の所へ持ち込んで槍にしてもらう。
2つ目は、フルナの錬金術で槍の穂先へと調合加工する。ただし、失敗した時は消えて無くなるよ。
3つ目は、君自身で信頼できる鍛治師の所へ持ち込むまで保管しておく。
こんな所かな? 僕的に、おススメは3つ目だよ」
ふむ、2つ目の博打は無いにしても、1つ目は手数料云々でムッツさんも儲かりそうなのに、商機を避けるのは変だな?その辺を突いてみると、
「単純に面倒な案件だからだよ。
レア種の素材ともなると、普通の人はオーダーメイドするからね。それを仲介して鍛治師に作らせても、顧客が満足する出来になるか……後々揉めるんだよ。事前に色々条件を聞いていても、専門の鍛治師じゃないと分からない部分もあるから、細かい所は無理。
角をそのまま使うのか?加工が可能ならどんな形にするのか? 柄の素材は木製、金属、金属補強? ああ、君が使いやすい重量バランスとか無理だよ。
もし、1つ目にするなら〈契約遵守〉のスキルを使うからね」
「〈契約遵守〉のスキルですか?」
「商人のスキルでね。羊皮紙に書かれた契約内容を破ると、契約した両者に伝わるスキルさ。あと任意だけど、商業ギルドにその契約書を登録すると、破った者への取り立てを手伝ってくれるんだ。
もし契約するなら、そうだね……仲介して作られた結果には文句を言わずに受け取る。破った場合は罰金か、槍の没収かな。
ああ、君の方からも条件が付けられるよ。素材を持ち逃げしない事とかね」
契約書に条件をまとめて、守られるなら1つ目でも良いか? アビリティポイントを使わない強い武器は欲しいからな。そう考えていた矢先、レスミアが俺の腕を引いて、耳打ちしてきた。
「辞めた方がいいです。今回の条件は複雑化するでしょうし、契約書にしても、条件を潜り抜ける方法はありますから。実家が商家なので、そう聞いた事があります」
ああ、商人側が自分の利益を守る為の契約書だよな。相手側の条件の裏を突くかどうかは、商人次第か。結局のところ、ムッツさんが信用できるかどうかだけど……
「今回は3つ目の保管にしておきます」
出会って数日で何度か、からかわれたからね。悪辣な騙しはしないと思うが、イマイチ信用がねぇ。
答えを聞いたフルナさんの方が、安堵した様に息を吐くと、ムッツさんを強く抱き締め直した。
「ふぅ、良かったわ。1つ目だと儲けにはなるけれど、街の滞在時間が長くなるから、寂しくて、寂しくて」
「そう言うと思ったよ! フルナ、痛いからもうちょっと力緩めて……
ふぅ。まあ、レア種を倒せる君達なら、この角の武器が無くても大丈夫じゃないかな。20層のボス以外なら」
またそれか、みんなボスが強い強いと言うだけで、具体的な情報が無い。詳しく教えて貰えるように聞いてみる。
「フノーに聞けば教えてくれる話だけど、まあいいか。
20層のボスは巨大な鹿の魔物でね、雷魔法を使ってくるんだ。そう、中級属性の雷だよ。
魔法使いのザックス君なら分かるでしょ、初級属性魔法を使っても、中級属性の相手には弱点も突けないし、ダメージは軽減されるから、魔法で楽勝って訳にはいかないんだよ」
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