第74話 増血の奇跡と魔道具の修理

 レスミアと二人でダンジョンギルドを訪れていた。雑貨屋で買い物をする前に、昨日のレア種のフェケテリッツァの報告をする為だ。


「おはようございます。フノー司祭」

「おう、ザックスか、おはよう。買い取りか?」


「いえ、肉と蜜リンゴはありますけど、他は大した数がないので、また今度にします。それより、11層でレア種に遭遇しまして……」

 11層のモンスターハウスと、レア種について説明した。



「豚が燃えていたとか、モンスターハウスは運がなかったで済むが、レア種の黒い豚か……んん? ちょっと待て、何処かで読んだ覚えがあるぞ」


 あらましを聴き終えた後、心当たりがあったのか、ギルド内の書棚を漁り始めた。本というよりは、羊皮紙を紐で纏めただけの紙束にしか見えないが。しばらくして「あった、あった!」と声が響いた。書棚付近を盛大に散らかしたまま、フノー司祭が戻って来る。


「俺がギルド長を引き継いだ時に、教えて貰ったんだ。ここのダンジョンで一番価値のあるドロップ品を落とすレア魔物だって。そいつは何落とした? 皮か?」

「いえ、そいつの角とロース肉ですよ」

 フノー司祭は、報告書らしき羊皮紙を読んでいくが、途中で少し落胆した様に肩を落とした。


「角は初めてだな。因みに皮の方だと斬撃耐性の特殊効果が付いていたようでな。低層の素材の割に、貴族相手に高額で取引されたらしい。惜しかったなぁ」


 フェケテリッツァの斬撃耐性は、光剣でも苦戦した代物だからな。そりゃ欲しがる人は多いのだろう。しかし、そう残念そうに言われると、ハズレを引いた様で気分が悪い。そう思い、反論する。


「角の方もいい効果が付いてますよ。防御貫通ですから」

「そうですよ。これで槍を作れば、強力な武器になります!」

 隣にいたレスミアも、同じ様に感じたのか、俺の言葉に強く同意してくれた。しかし、フノー司祭は腕を組んで難しそうな顔をすると「槍か……その角のレア度は?」と聞いてきた。


「レア度はCです。実際に見てみますか……どうぞ」

 ストレージから黒毛豚の角を出してカウンターに置いた。フノー司祭はそれをしげしげと眺めて、コンコンと叩いて調べている。


「すまんかった。俺は鑑定が使えないから詳しくは分からんが、確かに強そうな素材だな。俺のバトルメイスに使われているウーツ鋼に匹敵するんじゃないか?

 ただ、そうなると、この村だと加工出来る職人はいないと思うぞ」


 思わずレスミアに目を向けるが、頷かれてしまう。そこそこ大きな村なのに、農具や自警団の武器とか、鍛治師が居ないで大丈夫なのか?

 その辺を聞いてみると、鍛治師のお爺さんが亡くなってしまい、現在お孫さんが街に修行に行っているのだとか。その人が帰って来るまでは、ムッツさんが金属製品を買い付けて来てくれているので、村人はムッツさんに頭が上がらないらしい。

 それと、錬金術なら何か手はあるかもしれないので、フルナさんにも相談してみる事になった。



「それにしても、黒豚レア種含めて9頭に囲まれて、よく生きて帰って来られたな。やっぱり聖剣の力か?

 過去に出た2回とも、黒豚レア種が強過ぎて被害が出たらしいからな。最終的に騎士団に討伐して貰ったと書いてあるぞ」


「あの時は聖剣を出して居なかったので、死ぬかと思いましたよ。大怪我をした後は、レスミアと助け合いながら、何とか聖剣を出して逆転勝利って感じです。お陰で、まだ身体がだるいので、今日は休みにしてのんびりしますよ」

「本当にザックス様は、無茶し過ぎです。今日だって、本調子でないのにダンジョンに行こうとするのですから!」


「大怪我か」と呟いたフノー司祭は、俺の方へ向くと、腕を取り脈拍を測り、額に手を当てて熱を測ると問診を始めた。まるで医者の様だが、教会の司祭だからそういう役割もあるのかもしれない。


「ザックスの怪我はポーションで治したんだな。しかし、身体がだるい。昨晩、熱は出たか?」

「いえ、だるいだけです」


「おそらく血を流し過ぎて、足りてないのだろう。血を増やす奇跡があるが掛けてやろうか? お布施に3000円頂く事になるが」

「それじゃあ「是非、お願いします」」


 俺が答えるまえに、レスミアが食い気味に返事をした。更にメイド服のスカートから財布を出し、大銅貨3枚を支払っている。


「ふむ、確かに頂いた。神に祈りを………………〈インクリースブラッド〉!」


 フノー司祭の手の平に出現した魔法陣に魔力が充填され、光っていく。僧侶の使う奇跡をじっくり見るのは初めてだが、魔法使いの魔法陣とはデザインが違うのか。魔法使い方は9属性を表す、三角形を3つズラして重ねた九芒星がメインだが、僧侶の魔方陣は太陽と月をデザイン化した物の様だ。2柱の創造神を表しているのかな?


 魔法陣から溢れ出た光の粒子が俺の身体に降り注ぐと、その魔法よりも幻想的な演出に、目を奪われる。身体がポカポカと暖かくなり、だるさが和らいだ気がした。

 確かに神の奇跡と言われるような美しい光景と、傷が治るなどの効果があれば、神に祈りたくなる気持ちは分からなくもない……ような、そうでもないような。

 まあ、元が日本人なので宗教と言われてもピンとこないわけで……神様にお祈りって初詣くらいだよ。回復の奇跡? 魔力(MP)使うなら魔法と同じじゃないか?

 この世界だと多分異端なので、胸の内にしまい込んでいるが。


「ありがとうございます。少し楽になりました」

「ああ、今日一日は安静にしておけよ。それと、今回は良かったが、緊急時以外なら傷口を洗ってからポーションを使うんだぞ。毒素が入って熱が出たりするからな。万が一の時は教会に来い〈ディスポイズン〉してやるぞ、有料でな!」




 ダンジョンギルドを後にして、隣の雑貨屋に入る。カウンターにはフルナさんとムッツさんの夫婦が揃って……イチャイチャしていた。背の低いムッツさんの後ろから、フルナさんが抱きついて、何か話し合っている様だ。


 こちらに気付いた様なので挨拶を交わして、いつもの野菜買い取りを行った。

 ストレージにしまい、数が間違いない事を確認してからカウンターに戻ると、レスミアを含めて3人でおしゃべりをしている。お客が来ているというのに、フルナさんは未だに抱きついたまま……いや、よく見るとムッツさんは疲れた顔をしている。


 あっ、うん、夫婦生活が大変なのだろう。それに気付くと、昨日の様子からして抱きついている、と言うより、捕獲されている様にも見えてきた。カマキリかな?


「あ、そっちは終わったようね。それじゃあ、2人のお願い毎の件を話しましょうか。

 先ず魔道具の修理の方ね。携帯コンロの方は、直すとしても予算オーバーね。コアの部分を作り直すから+5万円くらいは必要になるわ。まあ、そこまでするなら新品に買い替えた方が良いと思うけど。

 そしてブレンダーの方は、ただの凹みと断線だから予算内で直せるわ。ただ補助動力箱が無いから、風晶石が必要になるのが難点ね。この村のダンジョンじゃ採取出来ないから、うちの店で買うしかないわ」


 ふむ、携帯コンロの方は論外だな。ブレンダーは直しておきたいが、ランニングコストが掛かると……どのくらいの頻度か分からないが。レスミアと相談してみると、


「う~ん、家の魔道具は全部、魔水晶で動くようになっているので、風晶石の在庫はないんですよね。でも、村長に話せば領主様からの補助金で買う事は出来ると思います」


 2人の考えがまとまった頃、ムッツさんを撫でまわしていたフルナさんが、別の案を出して来た。


「うーん、流石に気付かないかぁ。

 お二人さん、私からの提案があるわ。携帯コンロに付いている補助動力箱を、ブレンダーの方に移植して使うのはどうかしら? 両方とも後付けの部品だから、使い回しが出来るわ。それなら、魔水晶で使える様になるからお得ね。

 余った携帯コンロは、ザックス君が錬金術師になるなら、分解して構造を勉強したり、調合の練習に使ったりすると良いわ」


「なんだ、互換性があるなら先に教えて下さいよ。それでお願いします」

 レスミアも頷いていたので、それで提案内容で依頼した。しかし、何故かフルナさんに駄目出しを受ける事になる。ついでにムッツさんの顔がムニムニと弄られているが、スルーしておく。


「駄目よ、ザックス君。錬金術師を目指すなら、これくらいは自分で気付かないと。うちの旦那に破損箇所を話していたから、多少の知識はあるようだけど、まだまだね。

 錬金術師は集中力と想像力、閃きに発想の転換が出来る頭の柔らかさが必要なのよ!」


「まあ、そう言うフルナも、師匠になれるほどレベルは高くないけどね」

「子供に教えるだけなら、問題無いのよ! 子育てだって忙しいんだから!」

 余計な事を言ったムッツさんの頬は両側から引っ張られた。

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