第71話 黒毛豚の角と血塗れの盾
宝箱の中に入っている血塗れの盾の汚れ具合には見覚えがある。しかし、アレはダンジョン内で捨てた筈……まさか手元に戻って来る呪いのアレか? 冗談だったのに、本当に戻って来るとは……
「うわぁ……また血塗れの盾ですか。これで2個目ですよね。そう言えば、前回のはストレージに入れっぱなしですか?」
「……いや、ダンジョン内に捨てた。そして、多分汚れ具合からして、その捨てた奴が戻って来たようだ」
その言葉にレスミアが硬直する。ギギギと錆び付いた音でも聞こえそうな様子で、振り向いた顔は若干青くなっていた。そして多分、俺も同じだ。背筋が寒い気がする。
「あはは…………まさかそんな訳ないですよ。よく似てるだけじゃないですか? ザックス様が言っていた呪いなんて、ある訳ないですよぅ」
【武具】【名称:スモールレザーシールド】【レア度:F】
・木枠に豚革を張り合わせただけの簡素な盾。攻撃を受け止めるのではなく受け流そう。
鑑定文も以前と同じで、呪いがあるような文言は無い…………が、また捨てて戻って来られるのも困る。取り敢えず、ストレージに封印する事にした。ただの死蔵とも言うが、時も止まるストレージ内なら外に影響も出ない筈だ。
「あれ? もう一つ何かが入っていますよ」
血塗れの盾をストレージにしまった後、レスミアが宝箱の底から見つけて取り出す。大きな黒い三角錐……フェケテリッツァの角だった。
【素材】【名称:黒毛豚の角】【レア度:C】
・フェケテリッツァの鼻の上に生えた大きな角。円錐状で、ウーツ鋼と同等の硬さを誇る。魔力を込める事で、相手の防御力を半減させる貫通効果が発動する。
ほうほう、防御貫通の特殊効果持ちとは……もしかして、光剣があっさり壊されたのは、この特殊効果のせいかもしれないな。
「良い事思い付きました! この角で槍を作りませんか?! 角なので剣にするのは無理ですけど、防御貫通するなら槍が最適じゃないですか? 魔物素材の武器とか竜騎士ドランみたいでカッコいいです」
竜騎士ドラン? 初めて聞く名前だが、有名っぽいのでどんな人か聞き返してみると、童話の主人公だそうだ。
ドラゴンに戦いを挑んでは負け続けるドラン。しかし、逃げる際に巣に落ちていた竜のウロコを持ち帰り、それでナイフを作ってドラゴンへ再挑戦する。それでも負けてしまうが、ナイフのお陰で多くのウロコを持ち帰り、盾を作る。そして再挑戦、これを繰り返して鎧を作り、爪から曲刀を作り、角から槍を作り、最後にはドラゴンに勝利する。
努力と創意工夫を教える童話なのだそうだ。
なかなか面白そうな話だ。個人的にはドラゴンに負けたのに、逃げ延びるのが凄いな。教訓的には、勝負に負けても生きて挑戦する限り負けじゃないってところか。俺は足に一撃貰っただけで逃げられなかったから、特にそう感じた。
「私の通っていた学校では教材になっていたので、有名と思っていたんですけど、貴族だとまた違うんですかね?
私、この話は好きでしたけど、続編でドラゴンを手懐けて、背中に乗って旅をするのはどうかと思いましたよ。夢があると言えばそうなのですが、流石に荒唐無稽過ぎます」
ファンタジーな世界の住民にファンタジー呼ばわりされているのも気になる。俺には、その線引きが分からないからな。取り敢えず、レスミアの反応から、魔物使いみたいに魔物を仲間にするのは無理そうだ。錬金術や魔道具があるなら、捕獲するカプセルみたいのがあってもいいだろうに……
「それじゃ、俺が貰って、その童話みたいに槍の素材にしようか。
と、なると山分け的に血塗られた盾はレスミアにあげようか?」
「いりませんよ!!」
一通りの後始末が終わったが、まだ気になる事がある。
宝箱を持って帰れないか?
空になった宝箱をストレージにしまおうとしたが、入らない。接地面が張り付いて動かせない様なのだ。いっその事、ツルハシで掘ってやろうか?
「う〜ん、そこまでして欲しい物ですか? ザックス様は何でもかんでもストレージに入れているから、入れ物なんて使いませんよね?
クローゼットとかタンスとか、洗濯済みの物を入れているのに毎回空になっているのが、最初の頃は不思議でしたよ」
「いいじゃないか。箱として使っても良いし、インテリアにもなるぞ。何より浪漫があるだろ!」
後ろから「男の子ですねぇ」なんて呆れた声がポツリと聞こえた。
ツルハシで掘るのが正攻法?と思うが、激戦の後で疲れているので、楽をする事にした。特殊アビリティ設定を変更、聖剣クラウソラスを取り出し、宝箱の接地面に斜めに突き刺す。そのまま横に地面を切り裂いた。相変わらず良い切れ味だ。それを四方から行い、地面を四角錐に切り出す。宝箱がグラグラと動く様になったのでストレージに格納した。土を落とすのは暇な時にでもやれば良い。
「良し、宝箱ゲット! 次は……レスミア、入り口で足を引っ掛けた奴以外に、この部屋に罠は有ったか?」
「いえ、入り口の【転びの罠】以外にはありませんでした。それより、聖剣をそんな風に扱って神様に怒られませんか?」
「さあ? 特殊アビリティ自体も神様から貰ったのか定かじゃないからな。インテリジェンスウェポンでも無いのだから、道具は道具として便利に扱うよ。
さあ、次は罠の解除に行こう」
部屋の入り口、内側から見れば【転びの罠】は一目瞭然だった。
【罠】【名称:転びの罠】【パッシブ】
・視認しにくい金属ワイヤーが足首付近の高さで張ってあり、通過する探索者、魔物を転ばせる。草原や森林フィールドにもよく設置されており、階層によってワイヤーに使われている金属が変わる
扉の外枠に隠れる様に小さな金属製の円柱が両側に立っており、その間に細い金属製のワイヤーが張られている。扉の向こう、入ってくる時は細いワイヤーしか見えないと言うわけだ。
しかも、扉を開けた直ぐ足元なので視界に入らず〈罠看破初級〉のポップアップが出ない始末。すごく単純な割に悪辣だ。何にせよ、放置しておくと次に部屋に入る人も危ない。
円柱部分の根元の地面を、聖剣で切り出して解除した。罠自体は金属製なので何かに使えるだろうと思い、ストレージにしまう。
更に入り口にある扉の外枠、蝶番で留められている部分を切り取り、扉を丸ごと外してストレージにしまった。
「罠の解除は分かりますけど、扉なんてどうするのですか?」
「うん? ああ職人のジョブを取るために工作するつもりだけど、その材料かな。まあ、上手く出来てからのお楽しみって事にしておいてくれ。
さて、これで後始末も終わった事だし、12層を目指そうか」
「駄目です! 大怪我して、出血も多かったんですよ。大事をとって帰りましょう。」
俺の提案は即座に却下された。〈ヒール〉で治して、HPも100%になっているから大丈夫だと思うが、レスミアの勢いに押されて帰る事になる。
しかし〈ゲート〉を出そうとしたところで、再度止められた。
「あ、ちょっと待って下さい。先に血塗れのズボンを変えませんか? そのまま帰ると、門番にバレて面倒になる予感が……血塗れなのに怪我も治した後なので更に……」
「それもそうだな。レスミアはちょっと向こう向いていてくれ。着替えて血を洗い流すよ」
ウエストアーマーにも穴が空いているので、身に付けたままだとバレる可能性もあるな。ソフトレザー防具一式は全て外してストレージにしまう。血に濡れたズボンや下着も脱いで、〈ウオーター〉の魔法で洗い流した。
「あ、血に汚れた物はシミ抜きしますから、明日洗う時までストレージに入れておいて下さいね」
「……ああ、了解」
下半身全裸の状態で話しかけられて、ビクッと震えてしまった。戯けて「ああ血塗れの盾も頼む」と言い返す……なんて考えが頭を過ぎったが、レスミアが驚いたり、強く否定しようとしたりして、振り向かれても困るので、普通に了解した。
流石に露出の趣味はない。
それから着替え終わった後、帰路についた。
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