第70話 オオカミの末路と癒しの盾

 赤く燃えるジーリッツァに追われる事から始まった戦いは、ようやく終局を向かえていた。


 硬い金属同士が打ち合う音が響き、黄色の光剣とぶつかりあったが折れて消えていった。


 何があったのかと言うと、黄色の光剣は警戒されているのでオートモードで囮にして、紫色の光剣のカーソルを操作して滅多刺しに攻撃していた。更に黄色の光剣で角を切り落としたのだが、その直後フェケテリッツァの口に咥えられてしまったのだ!

 しかも咥えた黄色の光剣で、紫色の光剣を迎撃する始末。無事な前脚一本で良くやる。


 そして現在、紫色の光剣を破壊したあと、咥えたままの黄色の光剣を地面に叩きつけている。ロックオンカーソルを動かして、逃げるように指示しても動けないようで、どうにもならない。

 耐久値が限界を迎えたのか、黄色の光剣は噛み砕かれて消えていった。


 それと同時に、フェケテリッツァも倒れ伏す。全身を切り刻まれて、脚3本も潰した。完全に死に体だが、その目は真っ直ぐに俺達の方を向いている。


「私が止めを刺してきます。さっきのミスリルソードを出して下さい!」


 レスミアが申し出てくれるが、即答は出来なかった。フェケテリッツァの目はまだ死んじゃいない。角は折れても牙は残っているので、近付くのは危険な気がした。


 しかし、そうは言っても遠距離手段が魔法しかない。しかも、弱点無しの相手にどれだけ撃ち込めばいいのか……MPも心許ない。


「レスミア、弓はないのか?」

「この部屋に転がり込んだ時に、弦が切れて落としちゃいました。矢だけなら矢筒に残ってますけど」


 矢があっても撃ち出す弓が無いのでは……いや、撃ち出すならアレがあるじゃないか!

 特殊アビリティ設定を開いて聖剣を消し、いつもの設定に戻した。ついでにレスミアのジョブも狩猫にしておく。そして、魔法陣に魔力を充填し、


「〈ウインドシールド〉!」


 レスミアを対象にして発動させた。そしてストレージから石玉を全て取り出して足元へ転がす。ここに来る前、落石の罠で補充しておいて正解だったな。


「レスミア、止めは任せた」

「なんか思っていたのと違うけど、これはこれで……お任せあれ!」

 そう言うと、笑顔で石玉を拾い始める。口元がニヨニヨと緩んでいるので、相当嬉しいのだろう。


 レスミアは砲撃し易い位置へ移動して砲撃を開始した。一発目は盛大に外れたが、位置や投げ入れる場所を修正して、二発目から直撃させている。的のフェケテリッツァが大きいのもあるが、よく当てられるものだ。うつ伏せに倒れているフェケテリッツァの背中側面に、二発三発と連続に石玉が砲撃されると、その衝撃で横倒しになる。あ、唯一無事な脚が上側に……

 脚を空回りさせたり、身体をよじったりして逃げようとしているが、その腹に石玉が何度も砲撃された。



 斬撃耐性があっても、砲撃による打撃には耐えられなかったようだ。石玉ボディブローの連打で腹が裂けて、そこから内臓にダイレクトアタックされている。その光景から童話の【赤ずきんちゃん】に出てくるオオカミの末路を思い出したが、リアルで見るとグロいなあ。いや、オオカミも、こんな乱暴に石を詰められた訳でもないか……


 内臓へのダメージは大きかったのか、いつしかフェケテリッツァの鳴き声が止んでいた。


「レスミア! もういい! 倒せたみたいだ!」


 まだ歩けないので、座ったまま声をかける。レスミアは身体をビクッとさせて我に帰ると、ハッとしたようにフェケテリッツァの頭を見ながら、追加で石玉を砲撃した。

 石玉がぶつかっても反応しない事に、ようやく安堵したのか大きく息を吐く。

 それから小走りに俺の方へ戻って来るのだが、〈ウインドシールド〉がこちらを向いていて怖い。慌ててキャンセルして消した。


「レスミアもお疲れ。何度も死ぬかと思ったが、何とか生き延びられたな」

「そんな事より、ストレージにポーション有りますよね! 早く使って下さい!あの大怪我がポーション1つで治るわけがないんですから」


 レスミアは俺の、血だらけのズボンを見て心配してくれていた。確かに血は止まって、HPバーは6割程に回復しているが、右腕と左足は動かせそうにない。

 ステータスを開くと、レベルアップして【NEW】マークが表示されているのが見えたが、後のお楽しみにして特殊アビリティ設定画面を開いた。ミスリルソードを消す時に、隣に並んでいるのを見て、使えそうだと思っていた物がある。それと〈MP自然回復速度極大アップ〉を設定してから、画面を閉じると左手に銀色の丸い盾が出現した。



【武具】【名称:癒しの盾】【レア度:B】

・軽くて魔力伝達率が良い金属、ミスリルで作られた盾。僧侶のスキル〈ヒール〉が付与されており、適性が無い者でも魔力を込めるだけで使用することが出来る。

 ミスリル武具の特徴として、魔力を通していると魔力で盾全体が保護され、抗魔力状態となり魔法攻撃のダメージを和らげる。

・付与スキル〈ヒール〉〈HP自然回復増加 大〉〈加護〉



 ミスリル製の為か非常に軽く、スモールレザーシールドと比べても大差無い。本当に金属製なのか疑わしくなる程だ。盾の表面には華美な意匠が施されており、翼の生えた天使が祈る様に胸の前で手を組んでいる。そのまま宝飾品として飾れそうな代物だ。

 その祈りの盾に魔力を注いでいく。


「わっわっ! 天使様が緑に光ってますよ。綺麗……」


 その言葉で、祈りの盾に目を向けて見ると、全体が淡く光っているものの、確かに天使の意匠部分が特に強く光っていた。鑑定の説明文にあった、ミスリルの特性だろう。初級魔法の倍ほどの魔力を込めたところで、頭の中に〈ヒール〉と言葉が浮かんだ。対象も選べる様なので自分を選び、発動する。


「〈ヒール〉!」


 すると盾から緑色の光の粉がキラキラと舞い、右腕と左足に降り注いだ。痛みが徐々に消えていく……HPバーも8割程に回復している。ポーションと違って、即時回復するのは良いな。

 もう一度使って全回復した。右腕を回しても、立ち上がっても痛みは無い。ついでに所々擦り傷があるレスミアにも〈ヒール〉を掛けておく。


「ありがとうございます。これがあれば僧侶が居なくても安心ですね!」


 レスミアは擦り傷以外に、手荒れも治ったと喜んでいる。

 因みに、俺は逆に〈ヒール〉しか使えないから、他に解毒などの状態異常も治せる僧侶があれば、祈りの盾は使わないだろう、なんて思っていたよ。まさか未だに僧侶のジョブが手に入らないとは……祈りの盾さんありがとう! 心の中で祈りの盾の天使様にお礼を言っておいた。


「さて、手分けしてドロップ品集めようか」

「ザックス様は休んでいて下さい。私が集めてきますから」


「怪我ならもう大丈夫だよ。それじゃ、遠くの方を頼む。俺は近くのを拾うから。ああ、ジョブはスカウトに戻しておいたから、罠には注意してくれ」


 レスミアは「最初からスカウトですよね?」と小首を傾げていたが、走ってドロップ品の回収に向かって行った。

 近くにはミスリルソードで切り捨てられたのが2匹、そこには元気に踊る、踊りエノキが……更に光剣で倒したワイルドボアの所にも踊りエノキ……3つ連続でハズレか。


 フェケテリッツァのいた所には、ビニール袋に包まれたお肉と宝箱が落ちていた。



【素材】【名称:黒豚ロース肉】【レア度:C】

・フェケテリッツァの肩の肉。柔らかさと弾力のバランスがとれた赤身に、融点が低くとろけるような甘みの脂肪が混在し、濃厚な味わいを楽しめる。

 幻獣種の肉は、入手頻度の少なさとその味の良さ、滋養の高さ、更に料理系スキルで良い効果を発揮出来るため、高値で取引される。



 高級肉だ!

 レア度Cなうえ、わざわざ鑑定の説明文にまで書かれているなんて、期待が高まる。今夜は御馳走だな!

 そして宝箱の方を見ても期待が高まる。何故なら、今までと同じ木製だが、蓋がカマボコ状に丸く見た目からしてザ・宝箱と言った感じなのだ。縁取りにも金属が使われていてカッコいい、インテリアに欲しいくらい。今までのは宝箱じゃなくて、ただの木箱だよな。


 宝箱を眺めながら待っていると、しょんぼりと猫耳を伏せたレスミアが戻ってきた。


「私の弓と、ザックス様の槍……燃えちゃいました。うぅ、まだ買ったばかりなのに」


 手渡されたのは、柄の部分が半分以上燃えて無くなった槍だった。金属製の穂先と、石突きの金属製キャップは無事だが、そこから伸びる柄は十数cmで黒く炭化して折れている。恐らく、俺が落とした後に、燃えるジーリッツァの下敷きにでもなって引火したのだろう。

 ワンドの方は無事だったようなので、不幸中の幸いと思いたい。ワンドは雑貨屋だと売っていないからな。


「まあ、元より消耗品だからな、こういう事もあるさ。後で新しいのを買いに行こう。それで、抱えているのはお肉か?」

「はい、こっちは大量でしたよ。見たことないお肉もありましたけど」


 バラ肉や踊りエノキは受け取りストレージにしまうが、初めて見る赤い肉は〈詳細鑑定〉しておく。



【食品】【名称:焼豚】【レア度:E】

・豚のロース肉にハーブや香辛料をつけて焼き上げたもの。所謂ローストポーク。温めても美味しいが、火が通った後なので、切ってそのまま食べても美味しい。

 なお、業火猛進の炎上時間が長くても、短くてもドロップ品に影響はしない。



 あら? 煮込んだチャーシューじゃないのか。あれなら醤油味が楽しめると思ったのに……

 まあ、火が通っているならハムの様に切るだけでも食べられそうだ。サンドイッチの具材にでもして貰うか。

 鑑定結果をレスミアに教えると興味深そうな顔をして「何のレシピにしようかしら?先に味見もしないと」などと呟いて考え始めたが、高級肉の事を教えると更に喜色満面の笑みを浮かべた。


 弓が燃えて沈んだ様子は何処へやら、尻尾も大きく振り喜ぶ姿は見ていて癒される。ひとしきり眺めてから宝箱の事を教えて追撃する。


「確かに宝箱と言ったらこの形ですよね! 早く開けましょうよ!」

「まあまあ、この宝箱の真ん中に鍵穴があるだろう。多分、鍵が掛かって……んっ、とやっぱり開かない。

 でも安心しろ、ここに木の鍵がある!」


「わーーー!早く、早く開けましょう!」

 レスミアも拍手で盛り上げてくれる。ノリが良いのはいいが、テンションが上がり過ぎておかしくなっている。


 木の鍵を鍵穴に刺して、回そうとしたが回らない。不審に思ったところで、持ち手の部分の水晶から少しだけ魔力が吸い取られる。次の瞬間に、鍵は塵……いやマナとなって消えて行った。そして、ガチャっと音がして宝箱の蓋が少し開く。


 レスミアと顔を見合わせて頷き合うと、2人で蓋に手を掛けてゆっくりと開け……



 中には見覚えのある、真っ赤に血塗られた盾が入っていた。

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