第68話 鬼門で待ち侘びし統率するもの

 後半に視点変更があるので、ご注意下さい。

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 黒い巨体のサイの様なジーリッツァが吠える。その咆哮が合図だったかのように、その奥から5匹のワイルドボアが突進して来た。それも、何故か横一列に整列して、こちらへ向かって来る。


 この数、モンスターハウスか? 

 咄嗟に迎撃を考えたが、槍は先程転んだ時に手放してしまった。そして、腰の後ろに刺してあるはずのワンドを取ろうとしたが、手が空を切る。転がった時にワンドも落としたらしい、ストラップでも付けておくべきだったか……

 その数舜を無駄にしたが、逃げに徹する事にした。どの道、魔法を充填する時間も無い。後ろは赤く燃えるジーリッツァが転がっていて下がれない。隣で何故か動かないレスミアに声を掛けながら、その手を掴み横へ走る。


「レスミア! 何ぼーっとしてんだ! 逃げるぞ!」

 耳をペタンと寝かせて身体を震わせている様子は、怯えているようだったが、手を引かれて動き出すと正気に戻った。


「え?! あれ?! いったい何が……」

「いいから、走れ! 一旦、逃げるぞ!」


 レスミアの手を引いて横方向へ走る。しかし、部屋の奥にいる黒いジーリッツァが吠える毎に、5匹が軌道修正して、中々逃げ切れない。5匹も並んでいるのに、隣とぶつかる事無く軌道修正を掛けてくるのは、鳴き声のせいか?!


 そして、ワイルドボアが至近に迫る。結局、ワイルドボアの突進コースからは逃れる事が出来なかった。打開策は……後ろのレスミアにもう片方の手を伸ばすと、向こうも察したのか空いている手を伸ばして繋ぐ。そして、そのまま走る速度と遠心力を使って、レスミアを衝突コースの外へ投げ飛ばした。


「待って!? 何でぇぇぇぇ!?」

 いや、一人だけでも逃がすつもりだったのだが、投げた直後に驚いた顔をしていたので、全然察していなかったようだ。以心伝心とはいかないものだな。


 レスミアを投げ飛ばした影響で、急制動が掛かり立ち止まってしまう。

 ここまで走りながら打開策を考えていた。武器無し、魔法を充填する時間無し、5匹の間をすり抜ける……多分軌道修正されて撥ねられる。垂直飛びで飛び越える……ワイルドボアの全高からして無理。槍でもあれば棒高跳びの要領で……助走距離が無いし、成功しても一人しか逃げられない。


 最後に残ったのは、いつか見た映画のワンシーンだった。車に撥ねられそうになった主人公が、ボンネットに手をついて車の上を転がるように受け身をとる。CGじゃなくて、スタントマンっぽかったから、リアルでも出来る……筈だ!


 ぶっつけ本番で一か八かの賭けになるが覚悟を決め、タイミングを見計らってワイルドボアの頭上へ飛びあがった。その毛皮の背中に右手をついて身体を丸めようとした時、左足に衝撃を受けて下半身が打ち上げられる。反転した視界に、ワイルドボアが牙を突き上げているのが見えた。


 視界が2転3転し、頭から地面に激突する寸前に、ギリギリ右手で前回り受け身を取り、ゴロゴロと転がる。ようやく止まった頃には、着地と回転の衝撃で意識を失いかけたが、右腕と左太腿の焼けるような痛みで意識を繋ぎとめた。


 スキル〈パーティー状態表示〉で視界に映るHPバーは半分程だが、その横に赤い水滴の様なマークが付いている。身体を起こし左足の状態を見れば分かる、出血状態のマークだろう。ソフトレザーのウエストアーマーとズボンを貫通して、左太腿に穴が開き赤く染まっているからだ。解体した時のイノシシのように、ドバドバ溢れ出ているわけではないので、多分動脈は外れている筈だ。右腕が動かないので、無事な左手でズボンごと押さえて止血を試みる。


 そこへ、レスミアが駆け寄って来た。目に涙を浮かべながら、頬に擦り傷、髪や防具が土埃で汚れているが、無事だったようだ。


「生きてますか?! 生きてますよね! 「いっだだだ!右腕も怪我してるから!」 良かったぁ! 今ポーションを」

 有無を言わさずに、口の中に試験管の様なポーション瓶が突っ込まれた。薄目の青汁の様な味で苦みも薄いが、後味が青臭い。飲み終わると、少し痛みが和らいだ気がする。確かポーションはHPの20%回復だけど、即時に治るわけでなく5分程時間を掛けて治る。今の状況だと少しじれったい。

 HPバーの減りは止まったが出血マークはまだ出たまま。もう少し回復するまでじっとしていたいが、時折聞こえる鳴き声に焦燥感が拭えず、落ち着かない。


「レスミア、立つのに手を貸してくれ。移動するぞ」

「まだ血も止まってませんよ! 今動いては……」

 そう言い掛けたレスミアだったが、猫耳をピクピクさせると、ワイルドボアが走り去った方向に目を向けた。

「……ワイルドボアが2匹、反転してこちらへ向かっています。」

「やっぱりか、左手を掴んで起こしてくれ。 クッ! なんとか動けそうだ」

 レスミアの肩に左腕を回し、右足だけで立つ。レスミアも重いだろうに、体を支えてくれて、二人三脚状態で移動を始める。


 長く苦しい逃避行が始まった。




「〈エアカッター〉!」

 風の刃がワイルドボア目掛けて飛んで行くが、急に突進コースを変えて避けられる。しかし、コースがずれた事により空いた安全地帯へヨタヨタと逃げ込む。


 あれからギリギリのところを、何とか掻い潜って避け続けている。5匹のワイルドボアが四方八方から突進してくるので、2人で全周囲を警戒して、さらにレスミアが猫耳で距離を把握して、優先順位をつけながら逃げ回っていた。

 最初の様に5匹まとめて来られたら終わっていたはずなので幸運と思いたいが、黒いジーリッツァの楽しげな鳴き声を聴くと、俺たちを嬲って楽しんでいる様にも思える。

 それに、4匹の赤く燃えているジーリッツァも、敵味方関係なしに縦横無尽に走り回って厄介だ。たまに魔物同士で衝突しているところには助けられているが。



 視界に映るHPゲージは6割まで回復し、出血マークも消えたが、一人で歩くのは無理だった。そして、周囲を警戒しながら痛みを我慢しているせいか、普段の倍近くの時間をかけて魔法の充填をする。

 しかし、その魔法も当たれば一撃で倒せる威力のはずなのに、牽制にしかなっていなかった。


 原因は2つ、ワンドが無いので左手の指から撃っているが、レスミアの肩に左腕ごと回しているので狙いが定まら無い。そしてもう一つは、魔方陣に充填が完了すると、黒いジーリッツァが鳴き声を上げて注意している様なのだ。

 普段なら気にせず突っ込んで来るのに、統率するリーダーがいるだけで、ここまで厄介になるとは……



 不味いジリ貧だ、いつまで逃げられるか……

 こんな事なら、部屋に転がり込んだ時、走って逃げていた時、ポーションを飲んだ時に、聖剣クラウソラスを出すべきだった。混乱していたから、怪我していたからなんて言い訳にしかならない。

 現状、全周囲を警戒しているギリギリの中で、視界の半分以上を塞ぐステータスを出して、ジョブを1つに戻して、特殊アビリティを開いて、さらに殆どを解除して再セットする、そんな余裕は無い。

〈詳細鑑定〉も同様だ。あの黒いジーリッツァを鑑定したいが、鑑定画面が邪魔なうえ悠長に読んでいる時間も無い。



「右後ろから来る。レスミア、何か時間稼ぎできそうな物持ってないか?」

「いえ、左の奴の方が近いです! えーと…時間稼ぎ…」

 左から来た赤く燃えるジーリッツァの衝突コースから避けて、俺が見つけたワイルドボアには〈エアカッター〉で衝突コースをずらした。


「少しでもいい、何かないか? 真後ろから来てる!」

「反転します! よっと、左に走りますよ…………よし!

 えーと、あ!さっき5層で採取した煙キノコが2つ、蜜リンゴを取るのに夢中で渡し忘れていました。矢筒の小物入れの中に……っと、左から来るので前に!」


 煙キノコ? 確か以前使った時は3mくらいしか目暗ましにならなかったはずだ。慌ただしく移動しながら、打開策を練り始めた。





 黒いジーリッツァ……希少種のフェケテリッツァは、逃げ惑う人間共を楽しそうに見ていた。


 この部屋に出現して長い時が立ち、自我を持つようになったが誰も来ない。暇という感情も分からず殆ど寝て過ごす中、人間が2匹部屋に転がり込んできた。

 人間を見た瞬間、魔物としての本能が殺せと命じてくる。

 全力で殺すため、眷属のワイルドボアを全てぶつけてみたら、それで方が付いてしまった。何と呆気ない。

 これでは暇つぶしにもならないと考え、止めを眷属達に任せたが、手負いの人間共は存外にしぶとく動いていた。


 そのヨタヨタと逃げ惑う姿が妙にそそられて、殺せと叫ぶ本能を押さえ、眷属達に1匹ずつ順に攻撃するように指示を出す。これが良かった。逃げ惑う人間共の姿を見ると高揚する。フェケテリッツァが楽しいと言う感情を知った時だった。


 眷属達に細かく指示を出して、ギリギリまで追い詰めるように楽しんでいる最中、いきなり煙が立ち込めて人間共の姿が見えなくなる。眷属達は戸惑っているようだが、煙は大きな部屋の中の狭い範囲だけ、構わずに攻撃指示を出した。

 1匹が突っ込み、煙の中を突き抜けて行くと、その勢いで煙も一緒に流れていく。2匹目も突っ込むが、薄くなった煙の中にいた人間共も相変わらず逃げ惑うだけ。やはり、ただの苦し紛れか。しかし、そんな予想外の行動も楽しい。


 更に追い詰めるように攻撃指示を出そうとした時、先程の倍ほどの煙が立ち込めた。先程と同じ苦し紛れ、そう判断して攻撃指示を出す。

 1匹目が突っ込み、突き抜けて…………来ない。煙は少し流れたが、まだ内部は見えず。不審に思ったが、2匹目に指示を出して突っ込ませる。今度も突き抜けて来ず、断末魔のような鳴き声が聞こえた。


 煙がまた少し流れ、薄くなったところに、一人の人間が躍り出てくる。頭が白い人間は、緑色に反射する剣を構えると吠えた。

「ここからは通しません!!!」

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