第67話 走り抜いたその先は天国か地獄か

「作戦通りに上手く行きましたね! 私達なら燃やして逃げ続けるなんて、卑怯な手を使わなくても楽勝なんですよ!」


 レスミアが晴れやかな笑顔で喜んでいる。自警団の話を余程ストレスに感じていたのか…… 〈不意打ち〉を何度も使えたのも、大きいかもしれない。普段の遭遇戦で魔物に気付かれずに〈不意打ち〉するのは難しい。ゴリラゴーレムは動きが鈍く〈挑発〉で注意を引き続けられたから、〈不意打ち〉には最適の相手だったな。


 それにしても、俺としては多少卑怯な手でも楽に倒せるに越したことは無いと思うのだが……

 今回はドロップ品的に木炭よりも木材が欲しかったので正攻法で戦ったが、魔物相手なら卑怯な手でも問題ないよな?

 人間相手で衆人環視の試合ならルールに則った戦いをするけれど、山賊のような赤字ネームに容赦はする必要は無いと思う。


 まあ、喜んでいるところに水を差す必要もないか。丁度、ドロップ品の木材と宝箱が出現したので、それで気を逸らす事にした。


「そこに木の宝箱が出たから開けてきてくれないか? 俺はドロップ品を回収してくる」

「え?! 良いんですか! 一緒に開けてもいいんですよ?」

「俺は午前中に一度開けているから、レスミアに譲るよ」


 そう言って宝箱を指差してやると、レスミアは尻尾をくねらせて宝箱へ向かって行った。

 どの道、大したものは入っていないだろう。この程度で喜んで貰えるなら快く譲れる。俺の方もストレージを開いて木材を回収しようとしたが、どうも見た目がヒノキと違う。念のため〈詳細鑑定〉を掛ける。



【素材】【名称:木材(ブナ)】【レア度:E】

・ブナの木材。硬くて粘強く、曲げ耐性があり弾力性に優れた木材。主に家具材や武器素材として使われる。

 ブナは保水力が高く、乾燥が難しい木材だが、ダンジョン産は乾燥済み。

 しかし、レア度は低いので品質も相応。



 木材でも種類が違うのか。木材は2mあるので小物を作るなら十分だが、大きい家具や建材にするには少ない。それなのに、数を揃えようとするなら、ランダムドロップの分だけボス戦の周回が増えるな。

 そんな大物を作る予定は無いので、余計な心配か。ストレージにしまったところで、レスミアが小走りに駆けてきて、両手に包んだ戦利品を見せてくれた。


「こっちは大銅貨5枚でしたよ! 山分けにしましょう」

「お、ドロップ品じゃなかったのか。当たりの部類かな。 

 俺は木材を貰ったから、レスミアが4枚で俺が1枚でどうだ?」 


「う~ん、木材なんてこの村じゃ高く売れませんよ。私3枚ザックス様2枚にしましょう」


 気を使ってくれたのか、レスミアが硬貨を2枚手渡してくる。別にこの村で売らなくても、自分で使うか他の街で売ればいいだけなのだが、固辞するのも悪いのでそのまま受け取った。まあ、死蔵される危険性もあるが。


「ザックス様も午前中に宝箱を開けたんですよね。何が入ってたんですか?」

「それよりも、転移魔方陣が出たから、先に休憩所に行こう。戦利品なら小休止しながら見せてあげるから」

 そう促すと、レスミアを連れて青く光る魔方陣で転移した。



 レスミアも休憩所は初めてだそうなので、一緒に見て周る。女の子的にはしょうがないが、特に個室トイレを喜んでいた。普段はダンジョンが吸収してくれるとはいえ、外でしているのと変わらないからな。DIYで出来るか分からないが、簡易トイレのガワだけでも作ってみるのも良いかもしれない。丁度、2mの木材がある事だしな。

 仮眠室では寝具の話題になったが、今の家の毛布等は持っていっても大丈夫らしいが、流石にベッドを持っていくのは駄目なようだ。今後も来客用に使われるので困ると。家の物は好きにして良いと言われたが、常識的に考えるとそんなものか。ストレージに何でもかんでも入れて、根こそぎ持っていく方がおかしいな。



 その後、小休止をしながら11層の地図を見て方針を決めた。とは言っても、採取地を無視して代わりに宝部屋を目指すだけ。自警団でも採取地にしか立ち寄らないなら、11層の殆どは長らく放置されていたはずだ。もしかすると宝箱が出現しているかもしれない。


 レスミアのジョブをスカウトに変える。俺の方は村の英雄レベル9、魔法使いレベル9、スカウトレベル7だ。スカウトが重複しているが、一先ず罠に慣れるまでは〈罠看破初級〉が欲しい。

 休憩所を出て、11層の探索を始めたが、歩くと直ぐに採取地への分岐路に出た。かすみ網があった場所に、またポップアップが出ていた。


「あ、何か文字と赤い点線が出てますよ! 【落石の罠】? これが〈罠看破初級〉ですか?」

「〈罠看破初級〉のポップアップだね。罠があると表示が出て教えてくれるんだ」

 ぱっと見ではスイッチが分からないので、ポップアップ付近に〈詳細鑑定〉を掛ける。



【罠】【名称:落石の罠】【アクティブ】

・スイッチを踏むと天井から石が降ってくる罠。複数回作動する。



 そのまんまだな。アクティブなのはスイッチを踏まないと作動しないためか。吹き出しの様なポップアップの指す床にスイッチがあるようで、そこから赤い点線が天井に伸びている。

 試しに離れた場所から作動させてみようと、ストレージから3m棒を取り出して……2m弱に短くなっているのを忘れていた。これでは槍と大差ないが、槍を傷つけるのも嫌なので、そのまま使うことにする。


「こいつで罠を作動させてみるから、離れていてくれ」

 そう注意してから、2m弱棒でポップアップの指す床を押してみる。1㎝程沈み込むとカチッという音がして、天井から石玉が3つ落ちてきた。

 地面に落ち、こちらへ転がってきた石玉を手に取って見てみるが、採取地で取れる物と同じ物のようだ。今度は天井を見ながらスイッチを押すと、天井の一部がスライドし、その穴から石玉が落ちてくる。そのままスイッチを連打してみたが追加で落ちてくることは無く、天井の穴が閉まってからしか反応しなかった。


 4度目の落石が終わった後、ポップアップが消えて行った。スイッチのあったところも、ただの地面になっている。ふむ、玉切れになると罠自体が消えてしまうのか。

 周囲に落ちた石玉は手分けして回収した。図らずも砲撃の残弾が増えるのは嬉しい。


「この罠は学校でも習いましたけど、実際に見てもあまり大した事がありませんね。仮に当たってもたんこぶが出来る程度じゃないですか?」

「まあ確かに、移動中ならその程度で済むな。けど、戦闘中に罠を踏むのは避けたい。落石に驚いた隙にワイルドボアの突進を避けそこなったら、たんこぶですまないからな。スカウト以外にはポップアップが見えないから、誤って踏む可能性もあるし、可能なら罠を解除するか、罠が無い所までおびき寄せてから戦いたいな」


 そう言い含めておいてから、先へ進んだ。

 途中で2回、魔物と遭遇したが、ワイルドボアは〈エアカッター〉で直ぐに1匹減らせる事が出来、ジーリッツァは矢を当てれば怯む。魔物が2匹連れで現れるようになったが、問題なく対処出来ていた。

 意気揚々と進み、宝部屋への分岐路が見えて来たところで、その分岐路を赤い火の玉が2つ通り過ぎて行った。思わず顔を見合わせるが、レスミアは首を横に振った。


「足音から、イノシシか豚肉の様な四つ足が2匹だと思いますけど……何か赤かったですよね?」

 正体は分からないが、遠ざかっているようなので、無視して先を急いだ。


 しかし、それが裏目に出る。


 宝部屋の扉の近くまで来た頃、レスミアが急に振り向いた。猫耳をピクピクさせて索敵しているようだ。


「ザックス様! さっきの赤い奴がこちらへ向かっています! 多分数も増えてる!」

 そう言うのと同時に、後ろの通路のカーブから躍り出る赤い火の玉が4つ、走ってくる姿が見えた。見た目は毛皮が赤いジーリッツァ? 先頭の奴に〈詳細鑑定〉を掛ける。



【魔物】【名称:ジーリッツァ(業火猛進)】【Lv11】

・羊のように毛が生えた豚。毛が油で濡れているため、斬撃武器は効き難い。油塗れのため火で簡単に燃やすことが出来るが、火に耐性があるためダメージは少ない。

・火が点くと毛が赤く燃え上がり業火猛進状態へ移行する。燃える炎の熱さと痛みで我を忘れ、縦横無尽に走り回り、敵味方を区別出来ずに、動くものへ体当たりを行う。また、炎上ダメージと引き換えに、少々の傷を無視するスーパーアーマー状態であり、スタミナの代わりに命を削って猛進する。

 文字通り、地獄の業火で燃え尽きるまで走り続ける。


・属性:水

・耐属性:火

・弱点属性:土

【ドロップ:ラード、焼豚】【レアドロップ:豚ロース肉、豚バラ肉】



 説明文が長い! 内容を読んで把握しているうちに、レスミアが弓を撃った。しかし、にも関わらず、赤いジーリッツァは歯牙にも掛けずにそのまま突進してくる。


「当たった! あれ?当たったよね?! 何で止まらないの? 豚肉の癖に!」

 むきになって2射目を番えようとしていたので、俺はその手を掴んで走り出した。


「説明は後だ! 通路ここじゃ狭いから、宝部屋に誘い込んで戦うぞ!」

 扉まで10mも無い。走れば突進するジーリッツァと接敵するより早く宝部屋に入れる。そう判断して、ダッシュで扉へ近づき、内開きの扉を開けて中へ駈け込んだ……


 次の瞬間、何かに足を引っ掛けられて、すっ転んだ。


 レスミアは受け身を取っているようだが、俺は受け身に失敗して、身体を打ち据えながら転がった。寝転んだまま扉の方に顔を向けると【転びの罠】とポップアップが表示され、ワイヤーの様な物が張られている。

 扉を開けた足元に罠は卑怯過ぎないか、視覚に入らないじゃないか! ダンジョン側に文句を言いたくなったが、扉の向こうから赤いジーリッツァの姿が見えたので、慌てて身体を起こす。


「ザックス様!早くこっちへ!」

 受け身を取って、先に体勢を整えていたレスミアの手に引っ張られて、扉の直線上から何とか逃げる事が出来た。間一髪、俺達と同じように罠で転んだ赤いジーリッツァが、次々と転がり入って来る。



 何とか体勢を整え、転がっている赤いジーリッツァに目を向けたところで、今度は後ろから獣の咆哮が聞こえた。

 慌てて後ろを振り返ると、部屋の奥に黒い巨体のサイが居た。いや、身体のモコモコした毛皮や顔はジーリッツァか? 黒い巨体のジーリッツァは、鼻の上に生えたサイの様な大きな角を掲げて吠える。その様は獲物が来た事を喜んでいるようにも見えた。

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