第65話 ボスの攻略法(裏)と自警団の実情

 レスミアが下の部屋から戻って来る。その足取りは軽く、満面の笑みで何かを掲げるように持っていた。


「やっぱり〈不意打ち〉気持ち良いですね~。それに、またお肉が出ましたよ! 豚肉より出ないって言われているイノシシ肉!」


 その手に持っていたのは、透明なビニール袋に入った塊肉だ。念のため〈詳細鑑定〉を掛けると、



【素材】【名称:ぼたん(背ロース)】【レア度:E】

・ワイルドボアの背の肉。赤身の赤と脂身の白のコントラストが美しい。豚よりも味が濃く、脂はサラリとして食べやすい。ダンジョン産は臭みが少ない。



 ぼたん肉……イノシシ肉と同じだよな。昨日解体した肉は熟成に数日掛かるっていうのに、先に別のイノシシ肉が手に入るとは。手渡されて持った感じから1kg程度なので、食べ比べするには丁度いい量かもしれないが、説明文の「臭みが少ない」と言う部分が気になる。これ、ネズミ肉の時にも書いてあったよ。つまり、臭み消しをしないといけない程度には臭みがあるという事だ。ネズミ肉ジャーキーの二の舞は嫌だ。


 まあ、それはそれとして、レスミアの頭をちょっと乱暴気味にグリグリ撫でておく。


「上手くいったから良かったけど、下に降りるなって言っただろ! ワイルドボアは体力あるから、倒しきれなかったら危なかったぞ」

「……それは、万が一の時はザックス様が魔法で援護してくれるって信頼してたんですよ! ほら、ワンド見せて、任せろ!って感じでしたよね!?」


「声出すなってジェスチャーで、何をするつもりなのか聞けなかったからな。止めるか押すか。幸いワイルドボアなら〈エアカッター〉で倒せるから、押しただけだよ。今度からは何をするのか話してくれ」


 いつだったか、レスミアが言った台詞で注意しておく。レスミアも覚えていたようで「むぅ」と口を噤んだ



「それにしても、頭蓋骨は硬かっただろ。手は痛めていないか?」

「それなら大丈夫ですよ。〈不意打ち〉が効いたので、肉を刺した程度の感触しかありませんでしたから」


 詳しく聞いてみると、パペット君で試していた頃から〈不意打ち〉が成功すると、切った感触が薄いと言うか、切れ味が良くなるらしい。今回のワイルドボアの頭も、焼き鳥の串打ちみたいなものだそうだ?

 料理に例えられても困る。と言うか、イノシシ頭の串焼きとか、どこの邪教だ!


 どうも聞いた限りだと、〈不意打ち〉はクリティカルヒット、もしくは防御無視で攻撃しているように思える。

 こうして聞く分でも狩猫ジョブは羨ましい。〈猫着地術〉と〈不意打ち〉どちらも使いどころは限られるけれど、高所からの奇襲や、身を隠して近付く手段があれば強い。暗殺者向けのスキルと言うか、【狩】猫なだけはあるな。



 そんな雑談をしながら進み、ボス部屋前の広場に着いた。念のために見回すが、広場にジーリッツァは見当たらない。前回の俺と同じく、大扉を見上げているレスミアの手を引いて、ボス部屋前の休憩小屋へ向かった。



 扉を開けて中に入ると順番待ちをしている先客が3名居る。その中に見覚えのある、色々と大きいおばさんと目が合う。ジニアさんは手を振って、俺達に声を掛けてきた。


「あら、レスミアちゃん達じゃない。昨日の今日で会うなんてねぇ。弓の調子はどうだい?」

「ジニアさん、こんにちは。豚肉相手なら3、4本で倒せているので、まあまあじゃないですか」


 ジニアさんに隣の席を勧められて、近くの椅子に腰掛ける。レスミアはジニアさんと弓談義を続けており、残りの男性達もジニアさんの向こう側で何か話し合っているので、若干手持無沙汰だ。

 しばし周囲を見ていたら、違和感を覚える。ジニアさんは腰に矢筒を着けているのに、弓が見当たらない。男性達は皮鎧を身に着けているが、武器を身に着けていないのだ。代わりに手に白い物を持っているようだが……

 そう言えば、以前見かけた長槍のおじさんも、ボス戦前なのに槍をアイテムボックスにしまっていたな。少し気になるので、レスミアとの話がひと段落したところで、ジニアさんの矢筒を指差しながら聞いてみる。


「ジニアさんはボス戦で弓を使うんですか? あの巨体だと、矢が刺さっても効果が薄いと思うのですが……」

「アッハッハッハ、弓矢なんて使うだけ勿体ないでしょ! 私が使うのはコレよ」


 ジニアさんが矢筒から取り出したのは、松明らしき物だった。細い棒に枯草を巻いただけの、簡素な使い捨てにしか見えない。

 そして、向こう側の男性の手元から何かを取り上げて見せてくる……ビニール袋に入った、溶けかけのラードだった。


「このラードをぶっかけて、松明で火を点けて燃やすだけ。

 ラードはここに来る間に豚から取れるから、事前準備は松明だけよ。まあ、これもパペットの丸太から作った奴だから、元手はタダみたいなものだけどね。

 ザックス君みたいに魔法が使えるのが、羨ましいわ。こんな手間いらないものね」


 なるほど、武器が要らないわけだ。デカいと言っても所詮は木製。前回斬った断面から察するに、乾燥した木材なのは間違いないから、よく燃えるだろう。

 楽に、安全に倒す方法を確立するのは俺も好きなので、感心して聞いていると、隣のレスミアがで問いかけた。


「このラードで燃やす方法って、自警団でもやっているんですか?」

「そりゃあ当然だよ。この村を開拓しているころに編み出されてから、ずっと自警団で教えているからね。最低2人組で一人が攻撃を誘っているうちに、もう一人がボスの背中に火を点けるってね。

 村の若い男の子は、自警団に入って豚が狩れるようになって、ボスを2人で倒せて一人前みたいな感じかしら」


 何と言うか、ハードル低いな。ジーリッツァなんてヒュージラットより弱いだろうに。

 ん? 10層攻略で一人前なのに、その先に進まないのは何か理由があるのだろうか? 11層は罠が増えただけで、出る魔物は10層と同じなのに……


「でも、自警団の人から聞いた話だと、その一人前になった人達も11層から先に進まないとか。何か理由があるんですか?」

 ジニアさんは困った顔をしながらも、溜息をつくと、話してくれた。


「……私も井戸端会議で聞いたりした程度の話だけどね。6割方はイノシシが怖くて戦えない。まあ、10層だと上から見えるから最初から戦わないしね。

 3割はイノシシ相手でも戦えるけど、スカウトが居ないから進めない内に肉狩りに落ち着いてしまった子達。ほら、戦える子はみんな戦士に成りたがるし、戦いが苦手な子はアイテムボックスが使える職人や採取師になるんだよ。

 どうにも地味なスカウトに成りたがる子が少なくてねぇ。村の学校でもスカウトの重要性は教えているけれど、実際に11層まで来ないと実感できないからねぇ……」



 因みに、僧侶と魔法使いは、ジョブに就ける人が少ない。条件が教会で修行と、魔法使いの血筋だからな。見習い修行者に至ってはジョブに就いていると恥ずかしいらしい。13歳になっても基礎レベルが5未満だと、遊び惚けていたとみられるため、転職出来るようになるとすぐジョブチェンジしてしまうのでさらに少ないそうだ。


「確かに10層までだと〈マッピング〉くらいしか有用なスキル」がないから、地味かもしれませんね。〈弓術の心得〉は弓使いでないと意味がありませんし。でも11層で実感したならジョブを変えればいいのでは?」

「……実感したからといって、それまでレベルを上げてきたジョブを変える子なんていないわよ。」


 ジニアさんに呆れ顔で言われてしまった。思わずレスミアに顔を向けるが、首を振られる。

 んん? どの道、10層でレベル11になったら、入手経験値に補正が掛かって激減するので、別のジョブを育てればいいのに。日替わりでスカウトを交代すれば解決する問題じゃないのか?



「それで、残りの1割は、スカウト入りパーティーでダンジョン攻略に意欲的だけど、他の街のダンジョンに行ってしまう子達だね」

「ああ、20層まで攻略し終わって、その先を目指したんですね」

「そうじゃなくて、20層のボスが強すぎるから、もっと攻略しやすいダンジョンに移り住んで行くのよ」


 もっと詳しく聞こうとしたところで、ボス部屋への扉が開いた。


「お袋、ボスが空いたみたいだぜ。おしゃべりはその辺にして、早く行こうぜ」

「あら本当ね。それじゃレスミアちゃん達、先に行くよ。またね。」

 連れの男性……息子さんに急かされたジニアさんは、手早く松明に火を灯すと、ボス部屋へ入って行った。




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 エヴァルト「あそこは低層の魔物が弱くてレベルが上げやすいんだ。まあ、20層のボスはかなり強いが、ザックスもボス戦では聖剣を使うと言っていたし、大丈夫だろう」

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