第64話 弓の特訓の成果

 昼食を終えた後、5層の蜜リンゴを採取してから10層へ降りた。

 エントランスの青い鳥居から階層を選択する際、ボス討伐証を持っていないレスミアが居るのに11層が選択出来たので、試しに潜ってみたが、抜けた先は10層だった。やはり、ボス討伐証がないと通してもらえないか。



 10層の奥を見ると先客が見えた。既に道行の2/3は進んでいるようなので、魔物は残って無さそうだ。

 そう思って先を急いだが、途中の部屋でジーリッツァが再出現リポップする瞬間を発見した。部屋の中央に煙が立ち込め、その中からジーリッツァが歩いて出てきた。煙は直ぐに霧散して消えていく。まるで転移でもしてきたかのよう……ダンジョンのどこかに魔物の待機部屋が有ったりしてな。楽屋で豚がブーブー言いながら順番待ちしているのを想像してしまった。出荷したら肉として狩られるし、ただの養豚場じゃないか。



「ザックス様、あの豚肉は私が狙っても良いですか?」

 レスミアが矢筒から矢を引き抜きながら、そう言ってきたので了承した。

 

 土手の上から部屋の中央にいるジーリッツァまで30m程。以前は10m程で3割の命中率だったが、訓練でどれだけ上達したのか……

 斜め後ろから見学させて貰う。ここならレスミアの姿と的のジーリッツァが両方見える。


 弓を引く姿に若干の違和感を覚えるが、放たれた矢はジーリッツァの背中に突き刺さった。続いて放たれた2本目は前足の肩口に当たる。ジーリッツァはその場から動かずに、敵を探してキョロキョロと頭を振って探しているが、そこに3本目の矢が頭の羊毛……もとい豚毛を掠めて外れる。地面に突き刺さった矢を見て、ようやく攻撃されている方向を悟ったようだが、こちらへ振り向いた頭に4本目の矢がスコンと突き立った。

 脳天に刺さったのが止めになったようで、ジーリッツァは崩れ落ちる。それを見たレスミアは、大きく息を吐いて緊張を解すと、俺に笑顔を向けて「ドロップ品と矢を回収してきます」と、下の部屋に降りて行った。


 その後ろ姿を見ながら思い出す。以前にダンジョンの外で試し撃ちをしていた撃ち方は、とても綺麗に見えて写真に残したいくらいだったが、先程の撃ち方は崩れていると言うか、斜めにズレていた。それも胸……胸部装甲(硬革のブレストアーマー的)に当たらないようにズラしているようだ。そして若干、普段より胸が小さいのも、ジニアさんに教わった着方のせいか……


「ザックス様~! お肉出ましたよ、お肉! どうです? 私の弓も戦力になるでしょう!」

 坂道を駆け上がって来たレスミアは、軽やかなステップを踏みながらロース肉を掲げている。嬉しそうに尻尾をくねらせているので、レザーキャップを被っている頭を撫でてあげた。


「この距離から倒せるのは凄いな! 以前と撃ち方が違うように見えたけど、そのせいで当たるようになったのか?」

「あ~、前のは学校で習った撃ち方だったんですけど、あれは基本の射形なんですよ。大人になると人によって体格や筋力が違うので、その人に合っていて且つ一定して撃ち続けられる射形を見つけた方が良いってジニアさんにアドバイスして貰いました。それからジニアさんに監修して貰いながら色々試した結果が今の射形です。止まっている相手なら、自信はありますよ。

 あ、さっき一発外しちゃいましたけど、あれは豚肉が頭を動かさなかったら当たっていたんですから!」


 魔物相手に動くなって、無茶を言うものだ。むしろ2発射られて、頭しか動かさないジーリッツァは鈍い方だと思うが……それでも3発命中で倒せるのは凄い。前回は5発ほど必要だったから、頭に当てたおかげだろう。

 その辺を聞いてみると何でも、最初は大きい的になる胴体を狙ってから、徐々に微修正を掛けて急所に近付けていくそうだ。いきなり一撃必殺を狙って小さい頭や、動きを封じるために足を狙うのは難しいので、先ずは確実に一当てするらしい。


「あと、〈猫着地術〉! 覚えてから初めて高い所から降りましたけど、凄いですよ! 殆ど着地の衝撃が無いんです!」


 土手の上からでは、部屋の中に着地したところは見えなかったが、〈猫着地術〉の事が頭になかったレスミアは下で困惑していたらしい。2m程の高さなので、膝を曲げて着地の衝撃を逃がそうと思っていたのに、拍子抜けするほどストンと降りられたそうだ。

 ちょっと羨ましいが、狩猫ジョブの【猫】着地術だからなあ。種族限定っぽい。スカウト辺りに類似スキルがあると良いのだが……




 先に進むと、ジーリッツァがまばらにリポップしていたので、弓の的になって貰った。大体3~5本で倒せているが、それはジーリッツァが動かないお陰だったようだ。

 ワイルドボアを狙った際、1本目は命中したけれど、攻撃された事に気付いて部屋中を走り回られると、途端に矢が当たらなくなる。走る速度が速くて当たらない。Uターンでスピードを落とした時に当たるかどうかという程度だ。ワイルドボアが疲れた場合でも土手側から離れた部屋の端で休憩するので届かない。いや、山なりに撃てば届くだろうが、当てる技量は無かった。

 まあ、たった1日しか訓練していないから、動く相手に当てろと言うのも酷だろう。むきになって連射し始めたレスミアを止めて、〈エアカッター〉で仕留めた。


 レスミアが飛び降りて、下の部屋にドロップ品と矢を回収しに行くのを上から見ているが、目を疑いたくなる。

 既に何度も飛び降りて慣れたのか、下に降りるのではなく前にジャンプして片足で着地、そのまま走っていくのだ。横スクロールアクションの配管工か! キノコ(踊りエノキ)拾って来るしな。


 戻ってきたレスミアは、踊りエノキを手渡しながら不満を訴えてくる。


「こんなに距離があるうえ、動くイノシシ相手には当たりませんよ。次は下に降りて戦っても良いですか?」

「せっかく上から一方的に攻撃出来るのに、わざわざ下に降りる必要は無いだろう。動く的への練習に丁度いいじゃないか。どの道、次の11層からは坑道だから、魔物が近づく前に一射して後は接近戦になるよ」


 そう返したのだが、何故かレスミアは考え込むように、顎に手を当てている。「上から……接近戦……」

 そして考えがまとまったのか、急に笑顔になった。


「良い事思いつきました! イノシシ相手はちょっと怖いので、豚肉が壁際に居たら試して良いですか?!」

「……いいけど、何を試するんだ? あまり危険な事はだめだぞ」

「大丈夫ですよ。豚肉相手ならそうそう危険でも無いですから!」

 楽し気に笑うレスミアに手を引かれて、先に進んだ。



 中間地点にあった採取地(鉱石)も2山しかなかったので取らずに通り過ぎる。道も半分を過ぎると、リポップしているジーリッツァが殆どいなくなってきた。先客は既にボス部屋前の広場に着いているのが見えるので、ここら辺の魔物は倒されてから、そう時間が経っていないせいだろう。


 順調に進むのはいいが、10層は競争が激しいのが困る。土手道には魔物は出ないし、部屋の上から一方的に倒せるし、メインの魔物が豚肉……ジーリッツァだからなあ。肉狩りの人達が、10層というぬるま湯に籠るのはよく分かる。

 ゴール近くでようやく魔物を見つけたが、ワイルドボアの方だった。しかも、おあつらえ向きに壁際にいる。ジーリッツァではないので、どうしたものかとレスミアの方を向くと、やる気に満ちた顔で頷き返された。

 さらに唇に人差し指を当てて、しゃべるなとジェスチャーされたので、仕方なく右手のワンドを見せて〈エアカッター〉の魔方陣に魔力の充填を始める。いざという時は、援護してやると言う意味合いだったが、レスミアにも通じたようで、再度頷くと弓を置いてからソロソロと足音を立てないように部屋の方へ向かって行った。



 ワイルドボア近くの壁の上にたどり着いたレスミアは、いつの間にか抜刀していたスモールソードを逆手に持ち真下に向けると、音も無くふわりと飛び降りた。

 その真下にはワイルドボアの頭があり、スモールソードの切っ先は、その頭蓋骨を易々と貫く。着地したレスミアは突き刺さったままのスモールソードを手放すと、バックステップでワイルドボアから距離を取る。警戒したのも束の間、脳天を貫かれたワイルドボアはそのまま崩れ落ちた。


 それを見たレスミアは、俺の方に向かってガッツポーズをすると、

「やりました! 〈不意打ち〉成功ですよ!」

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