第63話 柳眉を逆立てる様は〇〇の如し

「黒い調味料はソースくらいしか聞いた事が無いね。でもソースは大豆が材料じゃないし……

 白い穀物、米もねぇ……。白くてモチモチした穀物なら大麦じゃないのかい? 押し麦とかスープに入れるとモチモチ、プチっとした食感で美味しいよ」


 大麦か……そう言えば、ご飯を炊く際に混ぜる雑穀だとか、麦飯だとかあったな。ダイエットや健康にいいとかCMで見たような?

 ただ、食べた事が無いので美味しいのか知らないし、大麦100%でもいけるのだろうか?

 俺の反応が鈍いせいか、ムッツさんは別の提案をしてきた。


「そうなると、アドラシャフト領には無いだろうから、他領か他国で探すしかないね」

「他領か他国か……探しに行けるのは随分先になりそうだなぁ」

 この村のダンジョンですら、ようやく半分といったところだ。何年先になる事やら……


「それなら、僕が代わりに探してこようか? 商売のついでに調べてくることが出来るからね」


 ムッツさんは営業スマイルのままだが、その言葉に引っかかりを覚えた。

 調べてきて貰えるのは非常に助かる……。でも、自称情報通なムッツさんが、だと米は無い。それに、商人的に考えてタダで調べてきてくれるとは考え難い。つまり……



「ムッツさんは他領や他国に行くことが出来るんですか? 街と街を繋ぐ転移ゲートで繋がっているとはいえ、関所があるのでは?」

「…………そうだね。領内なら商業ギルドの許可証で飛べるけれど、他領や他国への転移ゲートは領主様の許可証がいるんだ。君の専属という事で、領主様の許可証が貰えるように進言して貰えないか? そうすれば、僕が情報を集めてきてあげるよ」


 なるほど、商人的な利益は許可証か。入手するには貴族のコネか、商業ギルドとやらにかなり貢献しないといけない、みたいな感じだろうか。どちらにせよ、俺にはそんな権限は無いし、ノートヘルム伯爵に迷惑は掛けたくない。


「お断りします。

 そもそも、俺はただの平民の探索者ですから、許可証なんて発行して貰えるわけ無いでしょう」

「それは違うよ! 君とアドラシャフト家の縁が切れたわけじゃない。第一「ねえ、あなた。また家を空ける算段ですか?」」


 怒気を含んだ女性の声が、ムッツさんの後ろから響いた。カウンターの奥の通路からフルナさんがバスケットを持って現れる。バスケットには商品らしき物が見えるので、調合した物を陳列しに来たところで、立ち聞きでもしていたのだろう。

 恐る恐る後ろに振り向いたムッツさんは「ヒッ!」っと身体をビクンと震わせた。


 フルナさんはバスケットをカウンターの上に置くと、ムッツさんに近付く。腰に手を当てて前のめりに話しかけているが、その顔は笑みを浮かべているものの、視線は氷のように冷たかった。


「あなたが街に行っている間、私と子供達が寂しい思いをしているのに……他国?他領? 一体どれだけ遠くに行くつもりなんですか?」


「い、いや、商売の話だからね。販路が増えれば儲けも大きくなるし、転移ゲートの範囲ならそれほど長くは……」


「この村の販路と私の調合品を独占しているだけで、十分な稼ぎはあるでしょう。それとも結婚式の時の誓いの言葉を忘れたんですかぁ……ちゃんと思い出させてあげないと……」

 フルナさんは、ムッツさんの頭を掴むと今度は俺の方を向いた。その冷たい視線からは、ゴリラゴーレムと同じ位の威圧感を感じて、思わず身体が震える。


「ザックス君の用事は終わりでいいかしら? ちょっと旦那を再教育しわからせないといけないの」

「ええ、大麦を食べればいいという事で話は終わりましたので、どうぞ。」

「ありがとう。ついでに外の営業中の札をひっくり返してもらえるかしら?」


 俺は了解してカウンター上の地図を手に取ると、店の外に逃げ出した。扉を閉める前に、中から声が聞こえてくる。「もうお昼だから!子供達が帰ってきちゃうよ」「今日はお弁当を持たせてあるから大丈夫。夕方までは…………」


 外の扉に掛かっていた営業中の札をひっくり返して【休憩中】にする。文字通りの休憩中だな。



 雑貨屋から十分距離を取ってから息を吐く。夫婦仲が良いのは結構だが、こちらを巻き込まないで欲しいものだ。一旦家に帰ろうと足を向けたが、丁度レスミアが広場に入ってきたのが見えたので、声を掛けて呼び止めた。


「あれ? ザックス様どうしたんですか? また昨日みたいに、何か依頼ですか?」

「いや、ただ雑貨屋に11層からの地図を買いに来ただけだよ」

 気が動転していたせいか、いまだに手に持ったままの地図をレスミアに見せてからストレージにしまった。


「あ、私も雑貨屋で買いたい物があったんです。ダンジョンに行く前によっても良いですか?」

「え!? あ~いや、もうお昼休憩に入るからって、俺も追い出されたからな。夕方か、明日にした方が良いんじゃないか。俺達もお昼御飯にしよう」


 小首を傾げるレスミアを引っ張って、いつものダンジョン裏手へ向かった。




 昼食を食べながら、10層のボスや、11層の採取地の事を話しておいた。11層の地図を広げて説明したところ、レスミアはなぜか猫耳を倒して落胆している。どうしたのか聞いてみると、


「村長の所でメイド見習いをしている時に、時々自警団への差し入れとか、書類のお使いをしていたんです。その時に「11層以上の採取の仕事は魔物も罠も一杯で大変なんだ」ってアピールを何度も受けた事があるんですけど…………なんですかこれ! 休憩所の直ぐ近くじゃないですか! 下手したら魔物にも会わない距離ですよ! しかも、11層行かないとか!」

 話しているうちにレスミアの耳が徐々に立ち、眉が吊り上がっていく。


「私も蜜リンゴ狩りには行っていたので、てっきり同じくらいの距離を歩いて、イノシシ相手に戦いながら採取しに行っていると思っていて…………あんな人達を褒めていたとか滑稽ですよねぇ。

 今思い出すと、私が山賊に捕まった時も、あの人達は後ろの方で遠巻きにしていただけな様な……」


 ああ、自警団の若い衆が、話を盛ってアピールしたんだろうなあ。可愛い女の子にちやほやされたいのは分かるが、嘘がバレると、こうなるよなあ。

 11層で会った自警団の内、手ぶらで装備もしていなかった2人の会話が脳裏を過ぎる。この村だと肉狩りが出来れば一人前みたいなものだろうか? 女性は蜜リンゴ狩り、男は肉狩りまでで、それ以上は進まないって聞いたしなあ。 

 いや、ちゃんと装備を着けていた青年みたいな人もいるから、自警団だからって十把一絡げにするのも可哀そうだろう。

 それに、尻尾をブンブン振って不機嫌なレスミアを放っておく訳にもいかないので、リンゴ水のお代わりを渡しながらフォローしておく。



「一応、自警団の人達は10層まで攻略して、ボスまで倒しているから、それなりに戦えるんじゃないか? 俺達みたいに〈ゲート〉で途中脱出も出来ないからな」


 俺の言葉に、レスミアはハッとして尻尾の動きが止まる。


「むぅ、それを言われると……ザックス様のスキルの恩恵に与っている私が怒る権利はありませんね。10層のボスって強かったんですよね?」

「パーティーメンバーなんだから恩恵だの何だの、気にする必要はないのに。

 まあ、ボスのゴリラゴーレムは中々強かったぞ。3mの巨体から来る威圧感で、俺も気圧され掛けたしな。でも動きが鈍重で、攻撃後の隙が大きいからね。レスミアの身のこなしなら大丈夫だよ」


 レスミアは「ゴリラ?」と首を傾げていたが、俺に大丈夫とお墨付きが貰えたせいか、機嫌は直ったようだ。






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 タイトルの○○に入るのはゴリラと猫でした

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