第62話 地図と白紙

 ダンジョンを出た後、雑貨屋を訪れると、中ではムッツさんが品出しをしていた。彼の持つバスケットにはポーションや解毒薬、煙幕玉、石鹸などが見える。午前中はフルナさんが調合すると言っていたので、その成果物だろうか。そのバスケットの端に白い物を発見して、思わず声を掛けた。


「おや、いらっしゃい。気が早いね。修理の件なら昼過ぎにって話しただろう」


「いえ、そっちではなく。10層ボスを倒したので、11層以降の地図を買いに来たんですよ。あと、その白い紙を見せてくれませんか?」


「白紙かい? はい、どうぞ。」


 渡された紙束を手に取り、見せて貰う。真っ白でつるりとした手触りと薄さは、コピー紙のようだ。前世で慣れ親しんだ紙に懐かしさすら感じる。


 講義で少し使ったザクスノート君の学園の教科書が白紙で作られていたので、【白紙】が一般的と思いきやそうではなかった。和紙のような厚めの【紙】と、安価な藁半紙のような色付きの【色紙】が主流だったのだ。この雑貨屋でも色紙しか置いていないし、野菜の買い取りの明細書や、ギルドの依頼書も色紙が使われている。

 まあ、俺がペン先をインク壺につけて書くのに慣れていないせいもあるが、書き難い色紙以外の紙が欲しかったのだ。


「いいですね、これ! 街で仕入れて来たんですか? 在庫があれば50枚ほど下さい」


「街で仕入れてきたのは材料のベーキングソーダの方だね。白紙はこの村じゃ売れないから、街へ行く際にアイテムボックスの隙間があればついでに入れて行くんだよ。嵩張らないから隙間埋めに丁度いいんだ。

 これは、ついさっきフルナが調合したところだから数はあるけれど、そんなに沢山買って本でも書くのかい?………………ああ、エロ本が手に入らないから、自作すると。凄いな、その発想は無かった」


「ムッツさんの発想の方が怖いですよ! そのネタいつまで引っ張るつもりですか!ただの資料をまとめるのに使うだけです」


 揶揄うような笑顔のムッツさんに反論して釘を刺しておく。あんまり効いている気がしないが……若干苦手だ、この人。


 ただ本にするというアイディアは良いかもしれない。

 元々、ノートヘルム伯爵とエヴァルトさんへの報告書……ジョブの〈詳細鑑定〉結果や、車やバイク等のアイディアのメモ書きようとして白紙を使う予定だった。ジョブの情報をまとめて攻略本にしたら面白いかもしれない。転職条件は普通の鑑定では見えないようだから、需要は多いだろう。


「まあまあ、地図も買うのなら、先にフノーの所で討伐証を見せてきなよ。11層以上の地図はギルドの許可証がいるからね。その間に白紙も準備しておくからさ」


 そう言えば、地図の改定もギルドが管理していたな。購入に制限が掛かっているのは初耳だが、許可がいるなら仕方がない。ギルドへ繋がっている扉から入り、フノー司祭に声を掛けた。


「フノー司祭。10層のボスを倒して来たので、地図を買う許可を下さい。はい!簡易ステータス!」



【人族:転生者】【名称:ザックス、16歳】【基礎Lv9、戦士Lv8、魔法使いLv8、スカウトLv7】

・パーティー:レスミア 【追加】

・ボス討伐証:AL371ダンジョン10層●


 カウンター越しに簡易ステータスを見せると、フノー司祭は色紙を取り出して書き写し始めた。そして、書き終えると、簡易ステータスと紙を何度も見比べている。


「AL371……確かに討伐証を確認した。それにジョブ三つか、特殊とは聞いていたが……

 まあ、あまり無理はするなよ。ザックスが来てから、まだ1週間程度なんだぞ。低層とは言え普通はもっと時間が掛かるものだからな」


「ワイルドボア相手でも戦えているから大丈夫ですよ。因みに、討伐証のAL371ってダンジョンの名前なんですか?」


「さあ? ダンジョン毎に違うから、そうなんじゃないか?

 おっと、忘れるところだった。ほら、この木札を雑貨屋に渡せば地図を売ってもらえるぞ」


 手渡された木札にも「AL371-10層攻略済み」と書かれている。フノー司祭も大分適当だからなあ、エヴァルトさんに聞いてみた方が面白い話が聞けるかもしれない。




 フノー司祭にお礼を言って雑貨屋に戻ると、ムッツさんがカウンターに地図と白紙の束を用意して待っていた。許可証の木札を渡すと、笑顔で商談に入った。


「許可証を確認したよ。それじゃ11層から20層までの地図セットが1万5500円。そして白紙が10枚一束で2千円、50枚だから1万円。計2万5500円になります」


 おお、結構高い。蜜リンゴを取ってきて正解だったな、後で売ろう。

 それに地図も高いけど、白紙1枚200円か……前世じゃ1枚1円程度だったから200倍か~。

 代金を払いながら、そのあたりを聞いてみると、


「地図は階層数×100円ってギルドで決められているからね。ギルドの代理で販売している僕ではどうしようもならないよ。

 それに白紙も錬金術師が調合する手作りだからね。これでも利益率は高くないんだよ。需要的に普通の紙や色紙と食い合っているから、値段も上げられないし。それに錬金術師もレベルが上がれば、もっと稼げる調合品を作り始めるから、供給も減る。

 現状、新人が作るか受注生産、後は僕みたいに隙間埋めのついでに売る程度かな」


 錬金術師しか作れないのに、利益が少ないから作られないのか。製紙工房で量産されている紙や色紙は安く普及しているので、白紙も工場で量産出来ないのだろうか……


「あれ? 学園の教科書は白紙で作られていたような?」


「ああ、貴族向けの本とかは、工房専属の錬金術師が作っているね。貴族も専属の錬金術師がいるから、日常的に白紙を使っているなんて聞くよ。

 まあ、それは置いておいて、地図の説明をしようか。と言っても11層の村独自のルールだけどね」



 ムッツさんは11層の地図を見せながら、休憩所近くの採取地を指差す。鉱物系と植物系の採取地が二つ並んでいる好立地の場所だ。ついさっき自警団の青年に聞いた事だな。既に聞いている事を話すと、


「話が早くて助かるよ。ただ、それだけだと村の自警団が取り易い場所の採取地を独占していると思われるから、経緯も話しておくね。

 この二つの採取地は最初から休憩所の近くにあったわけじゃなく、もっと遠くの位置にあったんだよ。採取物を全て取り切ると、採取地が消えて別の場所に移動してしまうのは知っているだろう。

 そう、休憩所の近くになるまで、採取地を取り切って移動させるのを繰り返したんだよ。

 自警団が主導で何年も掛かって、ようやく今の位置に移動させたから、自警団が優先されている訳さ」



 もっともらしい理由を付けてきたが、要するに「うちの村が開拓したから、うちの村の土地だぞ」という主張だろう。それが領主やダンジョンギルドに認められていればいいのだが……

 講義ではダンジョン内に法はなく、低層の採取半分ルールもあくまでお願いでしかないと習っている。まあ、24時間独占している訳じゃなく4時間だけ、あくまで村からお願いしているだけ、と言う態で逃げ口を作っているのだろう。面倒くさい。


「俺としても、利用時間が制限されているのは面倒なので、使わずに先に進みますよ」

 俺の言葉に気をよくしたのか、ムッツさんの笑みが深まる


「そう言って貰えると、村としても助かるよ。

 代わりと言っては何だけど、白い穀物について相談を受けようか。フルナからの又聞きだと今一要領を得ないから、もう少し詳しい情報が欲しいな」


 ……!? そう言えば、フルナさんに米について聞いていたな。旦那さんが帰ってきたら、という事で保留になっていたが……

 俺は米と、ついでに醤油について特徴を話した。

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