第61話 11層の下見と罠
休憩所を見て周る。
白い石製の扉には「仮眠室1」と彫られており、中を覗くと6つの石のベッドが並んでいた。広い部屋で天井も高く、窓がなくても閉塞感は無いが、肝心の寝具が無い。石のベッドでは床で寝るのと変わらないだろうに……まあ、俺は野営用のマントや毛布がストレージに入っているので問題はないが、レスミア用の物を準備しておくべきか。
炊事場には壁から伸びた石製のパイプから水が湧き出ていた。湧き出た水は、その下の流し台サイズの溜池に貯まり、溢れ出た分が壁下の排水口に流れて行く。
湧き水で手を洗い、少し飲んでみたが、程々に冷たくて美味しい。
そして、流しの直ぐ近くに、石で出来た竈が設置されている。しかし、燃料となる薪は無いので、自前で準備する必要があるようだ。ああ、ボスドロップの木材か木炭を使えって事かな?
一通り見て周ったが、ダンジョンとは思えない程の休憩所のようだ。魔物や犯罪者に襲われる心配が無く、水が使い放題、個室トイレ付と言うだけで、野営なんかより遥かに良い。
まあ、脱出用の転移ゲートがあり、村が直ぐ近くなので、ここで寝泊まりすることは無いだろう。
こういった休憩所が活躍するのは、僻地にあるダンジョンを攻略する時だそうだ。近くに街や村どころか、寝泊まり用の小屋すら用意できない場合。もしくは魔物の溢れ出た領域で安全が確保出来ない場合は、このダンジョン内の休憩所で寝泊まりするらしい。
そういうパーティーはアイテムボックスや、魔道具のアイテムカバン等に大量に物資を詰め込んで、ダンジョンに住み込みになる。俺も将来そうなると思うと、今から物資を貯め込み、マットレス……いやベッドごとストレージに入れておいた方が良いかもしれない。
休憩所の一番奥、両開きの扉を潜ると坑道に出た。ダンジョンの11層だ。
また坑道かと思いたくなるが、行動が制限される丸太だらけの階層よりはマシと思おう。ここから罠が登場するので、スカウトがジョブにセットされている事を確認する。〈罠看破初級〉がようやく役に立つ。
道順を確かめるためにストレージから地図を取り出して確認…………しようとしたが、10層までしか持っていなかった。そう言えば、フルナさんに「10層のボスを倒せたら残りの20層までの分を売ってあげるから」と言われた覚えがある。
さて、どうしようか?
地図が有れば採取地か階段を目指すのだが、無いので当てもなく彷徨う事になる。一旦外に出て地図を買いに行くか?
懐中時計を見ると9時過ぎ。10層は半分以上歩いただけで、さらに魔物も3人で分け合ったので、あまり時間は掛からなかったようだ。ボス戦もハメ殺しで終わったしね。
結局、11層を彷徨う事にした。偵察程度に罠と魔物2体の戦闘を経験しておきたい。雑貨屋に行くのは昼前でもいいだろう。
左肩に槍を担ぎ、右手のワンドで〈エアカッター〉を発動待機させながら探索を始めた。二刀流なんてスキルは持ってないが、ワンドは出会い頭に一発撃つだけなので問題ない。
すぐ分岐路に出たので、角の先を警戒して覗き込んだ矢先、視界にポップアップが表示される【かすみ綱】
ポップアップが出ている周辺をよく目を凝らしてみると、黒く細い網が通路の上半分を覆っている。ランタンとヒカリゴケの弱い光では薄暗く、網の色とも相まって闇に溶けこんでおり、見逃していたようだ。
一応講義で習った罠なのに、ここまで見え難いとは思わなかった。〈罠看破初級〉のポップアップのお陰だな。〈エアカッター〉をキャンセルして、〈詳細鑑定〉を使う。
【罠】【名称:かすみ綱】【パッシブ】
・視認し難い細い糸の網。顔や体に巻き付いて行動不能にする。本来は鳥用だが、薄暗いダンジョン内で引っかかるとパニックになることもある。壁との接合部は緩く、少し引っ張れば外れる程度。
触っても大丈夫そうなので、かすみ網を手で押してみる。少したわんだ程度で、壁の方からパツンッと軽い音がして網が垂れ下がった。手の中に残った網を両手で引っ張ってみるが、細いわりに頑丈だ。これは、引っ掛かってから避けるのは無理、巻き付かれたら力の弱い後衛ジョブだと抜け出すのは難しいな。
そんな考察をしていると、通路の先からランタンの光が近づいているのが見えた。この階層の魔物はジーリッツァとワイルドボアしか居ないので、探索者だと思うが……
念のため分岐路の角に隠れて、手鏡で様子を窺う。徐々にランタンの光が近づき、相手の顔が視認できた。3人とも見覚えがある顔……自警団の人達のようだ。門番をしているところを挨拶した程度だが面識はある。
軽く息を吐いて緊張を解してから、角を出て声を掛けた。
「お疲れ様でーす!」
「うお!……誰かと思えばザックス君かぁ。驚かすなよ」
「おいおい、もうここまで来たのかよ。追いつかれちまった!?」
「いや、お前は何年ここで足踏みしてんだよ。もう先の階層に行く気はねえだろ……」
3人とも若く、農家のお兄さんにしか見えない。特に後ろの2人は鎧も着けずに普段着のままで手ぶらで、会話内容からも「俺は肉狩り出来ればそれでいいんだよ!」採取要員のようだ。
取り敢えず、先頭の鎧を身に着けたリーダーっぽい青年と話を続けた。
「さっきボスを攻略して11層の下見をしているところですよ。そちらは採取ですか?」
「ああ、その帰りなんだが……ここにあった網知らないか。もしかして引っ掛かっちまったか?」
「ん? かすみ網なら取り外してしまいましたけど、これダンジョンの罠ですよね?」
隠れていた角の床に置いてある、かすみ網を指差すと青年は渋い顔をした。
「そのダンジョンの罠を目印代わりにしていたって話さ、その様子だと知らなそうだな……しょうがない、ダンジョンの先輩として教えておくか」
青年が教えてくれたのは、3層の蜜リンゴと同じく、この村独自のルールだった。
11層の休憩所近くに採取地があるが、ギルドの半分採取のルールを守って絶対に取り切らない事。毎日7~9時と13~15時に自警団が採取に来るので、その時間の利用は避けて欲しいと言うお願いだった。
計4時間も独占するのは横暴な気もするが、村の必需品となる塩や鉄、薬草等を安定供給するためであり、且つ自警団の運用資金源になっている。という理由を聞けば仕方がない事のように思えた。ただ、同時にギルドもグルのグレー案件な気もする……
「色々教えて頂いてありがとうございます。そういう理由があるなら、俺はここの採取地は使わずに先を目指しますね。採取地は12層以降でも構わないので」
「一応時間外なら君も採取して構わないけど、気を遣わせたようですまないな。自警団も村の人も、ここの採取地までしか来ないから、先に進むなら気を付けてな」
自警団の3人組とは分かれ、採取地とは別の方向へ進んだ。
魔物か罠を探して適当に歩き回り、ジーリッツァ2匹を発見。2匹はこちらに気付いて突進してくるが、途中で我先にと急ぐようにぶつかり合って、速度が落ちている。
「〈エアカッター〉!」
押しのけ合いながら突進するジーリッツァ目掛けて、発動待機させていた〈エアカッター〉を撃つ。単体魔法だが、横一文字に飛んで行った風の刃は2匹の顔をまとめて切り裂いた。弱点属性ではないので、頭蓋骨までは斬れなかったようだが、血と毛が飛び散り、痛みに鳴き声を上げて2匹の速度が落ちる。
その隙に回り込んで後ろを取ると、槍で交互に突き刺し機動力を奪った。
ジーリッツァ2匹は引っ付きすぎたせいか、足の痛みのせいか、方向転換すら出来ずにまごついている。続けて残りの後ろ足を突き刺してやると、もつれ合うように倒れ伏す。
何か哀れに思えてきたので、顔の方へ周り、ジーリッツァ2匹まとめて喉元を突き刺して止めを刺した。
「他愛もない。いや、本当に攻撃の手間が増えただけだな」
どうやら、2匹ずつ魔物が出るようになったと言っても、連携は取らないようだ。むしろ、お互いに足を引っ張っていたのは、所詮豚肉と言うところだろう。
ワイルドボア2匹が連携を取るのかも見ておきたいが、一応は目標を達成した。ただ、先ほど採取をお預けされたので、他のところでも良いので採取がしたくなる。最近は肉とラードとエノキなので、あまり売るものが無いのだ。少しお金稼ぎもしておきたい。
〈ゲート〉でエントランスに戻り、再度転移ゲートを使って6層に降りた。階段で5層に上がると、近くの採取地で蜜リンゴを30個程採取した。全部売れば3万円の稼ぎか……午後も回収に来よう。
12層以降でも、こんな風に階段近くの場所があって欲しいな。
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