第57話 モツ料理
「ようやく来た。ほら、レスミアちゃん起きな!」
隣に座っているジニアさんが揺さぶると、周囲を探るように猫耳が動いてから、のっそりと起き上がった。レスミアと目が合うが、その目はトロンとぼんやりしており、ほんのりと顔が赤い。どう見ても酔っぱらっている。
「ザックしゅさま、遅いですよぉ~、うふふふふ。 あ! それよりぃ、ど~ですか? この服!」
服を見せようと、いきなり立ち上がって、くるりと回る。しかし、そこは酔っ払い、反回転もしないうちに足をもつれさせて倒れかかるのを、慌てて肩を抱き留めた。
普段はメイド服や革のドレスなどで露出度が0なレスミアだが、今着ているのは肩出しのノースリーブの暗めの赤いワンピース?のようだ。掴んだ細い肩の柔らかい感触にドギマギする。が、同時にフラフラ、ふにゃふにゃと揺れる身体を支えるのにハラハラする。
「レスミアの髪には、よく似合っているよ。でも、危ないから一旦座ろうか」
「は~い」
褒められた事で機嫌をよくしたのか、大人しく座ってくれた。座っても左右にフラフラと揺れるので、見ていて危なっかしいが。
「まだ料理も来ていないのに、この酔い方。どれだけ飲んだんですか?」
反対側に座るジニアさんは肩を竦めている。
「景気づけに乾杯しただけだよ。そのコップの半分くらいなのに、こんなに酔っぱらうなんてねぇ。普段からこうなのかい?」
「前から弱い、苦手と聞いていたので、普段は全く飲まないんですよ。俺も村に来た時の歓迎会で、飲み過ぎて倒れてから苦手ですしね」
「まったく、健全だねぇ。たまには晩酌でもした方がストレス解消になるかもよ。
それと、さっきはちゃんと褒められたね。女が着飾った時はちゃんと褒めなきゃだめよ! そのワンピース、私の娘のお古をあげたから、今度は素面の時に褒めたげなさい」
同じテーブルの奥さんが、ジニアさんに「さっきはって何の話?」と食いつき、そちらでおしゃべりを始めたので、俺へのお小言は終了した。
さっきは、ああ言ったものの、俺の感性では似合っていない気がする。露出は良いんだが、ワンピースと言うより、スカートのオーバーオールに見えて田舎っぽいというか。線が細いレスミアにはレースやフリルの多いメイド服の方が似合っていると思う。露出は良いんだが。
もう一度服を見ておこうと隣を見ると、レスミアがちょいちょいと、木のコップに手を伸ばしている。ギリギリ届かない位置のコップに、ちょいちょい手を出す仕草は、まるで猫の様。
可愛いのでずっと見ていたいが、これ以上、お酒を飲ませるわけにはいかないので、コップを取り上げた。
「わたしのおさけ!」
今度は俺の方に手を伸ばして来るので、適当にブロックする。この調子だと、遠くに置くよりは飲んで処分した方が早いだろう。そう考えて一口飲む。口に広がる苦味と薄い炭酸、歓迎会の時に飲んだビールのようだ。ビールなら数杯飲んでも大丈夫なはずと判断して、飲み干した。
「ぁーーー、わたしのー!」
レスミアが悲しげな声をあげる中、丁度料理が運ばれてきた。
「お待たせしましたぁ~。モツの串焼き各種と、レバーの野菜炒めです。
後、レスミアさんにお水。お兄さんは何を飲みますか? ビールで良いですよね?」
「いや、俺も酒は弱いから酒以外で。冷たいお茶か水でお願い」
注文を答えながら水を受け取り、「う~う~」とぐずっているレスミアに渡す。
「え~、男の人ならビール飲まないと駄目ですよ。それに冷やしてある飲み物はビールだけです。ビールにしましょうビールに!」
「……お茶でいい。ところで、なんでそんなにビール押しなの?」
「ちぇっ。ビールは冬場になると売れないからね。そろそろ夜も涼しくなって来たから、在庫を減らさないといけないの。だから、ビールをじゃんじゃん頼んで欲しいのにな~」
そう言うと、レニちゃんはポニーテールを揺らしながら戻って行った。もうすぐ13歳と聞いていたから、食堂のお手伝いかと思いきや、なかなか商魂逞しいな。
届いた串焼きに手を伸ばす。洗ったので何となく分かる、心臓だろう。口にしてみるとコリコリした歯ごたえが堪らなく美味い。塩だけなのに臭みも無く、嚙めば噛むほど旨味が出てくる。
「レスミアも食べてごらん、美味しいぞ」
レスミアに串焼きを持たせようとしたが、フラフラ具合が怖いので、串から取り外してお皿に乗せる。フォークに肉を刺すのに苦労していたが、一度口にすると笑顔になっていた。食べていれば酔いもマシになるかもしれない、レスミアに取り分けながら食事を続ける。
レバーと言えば、給食に出ていた苦くてデロっとした食感や、独特の臭いが苦手だった覚えがある。しかし、今日のイノシシのレバーにはそれらが無く、まるで別物だった。余程上手こと臭み消しをしたのか、臭みも無く旨味が強く美味しく頂けた。
「は~い、お待たせ! 茹でたモツのニンニクラー油掛けと、モツのピリ辛トマト煮込みです。
頂いたモツの代金分はここまでなので、追加注文するときは気を付けてね~」
レニちゃんが持ってきた追加の料理はどちらも赤く食欲をそそる。
辛い物は好きなので、真っ赤な見た目のニンニクラー油掛けから頂く。ラー油のスパイシーな香りに、ニンニクの風味がガツンと効いて美味い。どこの部位か分からないが、歯切れがよく程よい歯応えで、ラー油の辛さに引き立てられたのか甘みさえ感じる。
辛かったのか、レスミアがコップの水を飲み干した。
「ザックスさま。このお酒、苦く無くて美味しいですよ~。もっと冷たいといいのですけど~」
言動はマシになって来たけど、水を酒と間違えているあたり、まだまだ酔っているようだ。
冷たい飲み物はビールしかないので、テーブルの陰でストレージを開き、リンゴ水の一番甘い物をコップに注いであげた。
「このお酒も甘くて美味し~」
モツ煮込みの方は、醤油や味噌でなくトマト煮なのは慣れないが、こちらもトウガラシが入っているようでピリ辛で美味い。肉の方もクニュクニュした食感は小腸と大腸なので直ぐにわかったが、ふわふわしたマシュマロみたいな食感の部位が分からない。
レスミアに聞いてみたが「わたしもこれ好きです~」と酔ったままなので要領を得ない。そんな様子を見かねて、ジニアさんが笑いながら肺の部位だと教えてくれた。なるほど、肺は呼吸するためにスポンジみたいな構造と習った覚えがある。ふわふわな食感はそのせいだろう。
モツのピリ辛トマト煮込みは肉も美味しかったが、その旨味が出たスープも美味い。パンに吸わせて食べるとまた格別で、パンを追加注文してしまう程だった。
食後のお茶として、レスミアにリンゴ水のお代わりをあげていたら、他の奥様方に見つかってしまった。甘味話した時点で、女性陣と子供達から期待の目線を向けられる。流石に断るのは無理なので、リンゴ水とアップルパイを振る舞った。
アップルパイは伯爵家の物を真似て、蜜を多めで棒状に作った物である。元々野外でも食べられるように棒状にしてあるため、切り分ける必要が無く手早く行き渡った。
「ああ、これレスミアちゃんが手土産に持ってきてくれたアップルパイと同じだね。悪かったね、ここでも貰っちゃって。ほら、あんた達もお礼を言いなさい!」
小さいお孫さん達から口々にお礼を言われる。美味しそうに食べてくれたので、振る舞った甲斐があったというものだ。
なぜか、隣のレスミアまで「ありがと~」と、お礼を言ってきた。君は作った側だろうに……
「ちょっと甘すぎかと思ったけど、生地が多いから丁度良くなるわね」
「形もねぇ。切る手間は省けるから包丁が無い所にはいいわね。自分で作るのは面倒だけれど……」
「モツ料理で温まったから、冷たいリンゴ水が美味しいわ。家も冷蔵の魔道具が欲しいわ~」
「でも、これから涼しくなっていくから、来年の春でいいんじゃないかしら?」
奥様方もおしゃべりを始めたので、巻き込まれないようにお孫さん達の相手をする。街の話をせがまれたが、あまり詳しくはないので伯爵家の話を少し話してお茶を濁しつつ、先程食べたイノシシの話へ切り替えた。イノシシを狩るところや解体の大変さを語り、おじいちゃん、オルテゴさんの解体の手際の良さを褒めておいた。まあ、一番喜んだのは落とし穴をたくさん作ったから、又今日の料理が食べられるかもねってところだった。この村の子供達ならお肉好きなのは当たり前だったよ。
暫くして、お孫さんやレスミアが眠そうにしていたので、お開きとなる。男勢はまだ飲むそうだが、奥さん勢は先に帰って子供達を寝かしつけるそうだ。イノシシのモツ料理を食べたので、夜の準備が必要なんだとか……
そんな話はレスミアをおんぶした状態で、俺に聞かせないで欲しいのだが……背中に当たる感触で意識してしまう。俺の内心も見透かすように、奥様方は「頑張んなよ!」と肩を叩いて帰って行った。
まあ、飲みサーの様にお持ち帰りをするわけもなく、普通に村長宅へ送り届けた。
その帰り道の間、背負っているレスミアが、俺の後ろ首辺りにスリスリと頭を擦り付けて来たのは、何だったろうか? 酔っ払いだから理由なんて無いかもしれないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます