第56話 穴掘りと共同浴場

 昼食は和やかな雰囲気で進んだ。女性陣は楽しそうに料理談義をしており、男性陣は美味い美味いと食べ進めるだけだが。俺はレスミアとの約束もあるので、美味しいと感じた料理には感想を言っておく。


 レスミアの作ったシュニッツェルを挟んだタコスも好評で、あっという間に売り切れてしまった。特にオルテゴさんが気に入ったようで、「家の息子が余ってりゃ、嫁に欲しかったな、ガハハハッ!」と言って、ジニアさんに頭を叩かれていた。なぜか息子さんの方も、奥さんに頬を抓られている。

 レスミアの方に目を向けると、苦笑していた。俺の視線に気付いたのか、目が合うと花がパァと咲くように笑顔になる。可愛い。


 ではなく!何か声を掛けるべきなのだろうけれど……家のレスミアは嫁にはやらん!か? いや、これじゃ父親の台詞だ。しかし、夫婦でも恋人でもないのに、なんと声を掛けたものか……

 結局、言葉が見つからず、笑い返しておいたが、女性陣には溜息をつかれてしまった。




 昼食後、イノシシの内臓は女性陣が酒場に持っていくことになった。内臓系は足が速いのと、ジニアさんは午後も弓の指導をするので、料理をしている暇がないせいだ。

 酒場にモツの半分程提供すれば、今日の夕飯くらいはタダになるらしい。幸いな事に、午前中で大体洗い流す事は出来たので、残りの臭み取りや調理は酒場のプロに任せる。



 アイテムボックスに大量の内臓類を格納したレスミア達を見送り、残った男3人で落とし穴作りを始めた。


 〈ディグ〉で2m程の穴を掘る。ランク0の便利魔法は魔力を多く込めれば、効果範囲を広げられるので、あっという間に掘ることが出来た。

 面倒なのは掘った分、隣で隆起する土山。直接ストレージにしまう事は無理だったが、シャベルで刺した分は格納出来る事が分かり、3人でシャベルを刺しては格納する事で、さほど時間が掛からずに片付けた。

 

「やっぱり魔法は便利だな。俺が昨日半日かけて、腰まで痛めてまで掘ったのが、もう出来ちまった!

 よし、これだけ早く終わるならカモフラージュもやっとくか!」


 そんな上機嫌のオルテゴさんの指示で、夕方まで落とし穴を作り続けた。




 5の鐘が鳴り渡る。全部で5箇所、落とし穴を作り終わり、後片付けをしていたところだった。

 結局、穴を掘るより、カモフラージュをしていた時間の方が長かった。それもこれも「誰が一番違和感なくカモフラージュ出来るか競争するか!」なんて言い出したオルテゴさんのせいだ。

 まあ、表面に撒く砂の色を選定したり、カモフラージュ部分を盛り上らせず水平になるように工夫したり、少し夢中になったのは否めない。


「今更ですけど、イノシシは又来ますかね? 既に1頭捕まっているので警戒して来ないとか……」

「う~ん、荒らされた畑と足跡から、最低でも5頭以上はいるはずだ。腹を空かせたら又来ると思っとる。それに、荒らされた芋の分は、あいつ等の肉で返してもらわんとなぁ。」


 今日解体したイノシシが余程美味しそうに見えたのか、それとも作物を荒らされた恨みが深いのか、凶悪な笑みを浮かべている。


「まあ、今日のところは終いだ! さっさと帰って、飲みに行くぞ!」

 そんな上機嫌な声で、俺たちはオルテゴさんの家に戻り、地下貯蔵庫の涼しい所に解体したイノシシを置いてから母屋に顔を出すと、


「そんなに汚れてちゃ、酒場に行けるわけないでしょ!

 あたしらは、先に行って席取っとくから、さっさと風呂行ってきな!」

 汗の臭いと土汚れが酷いからと、ジニアさんに一括されて追い払われた。


 因みに風呂と言っても共同浴場の事らしい。俺は一度家に帰ってもよかったが、共同浴場も気になったので、着いていく事にした。


 ここは薪を持ってくれば、誰でも無料で使える。川の水をダンジョンの薪で沸かしているので低コストで運営出来ているからだそうだ。パペット君から幾らでも丸太が取れるから実質運搬の手間だけだが、アイテムボックス持ちがいれば、それすらも大した手間ではない。

 更に、燃料にした後の灰は、畑の肥料や石鹸の材料になるそうだ。無駄がない。

 俺もパペット君の丸太は余っているので、少し多めに提供しておいた。


 ただ、銭湯をイメージしていたのだが、それよりも簡素だった。男女別で脱衣所と浴室があるのだが、シャワーは無く、湯船のみ。皆、湯船から桶でお湯を汲んで、備え付けの石鹸で体を洗っていた。湯船には誰も浸かっていない、気になって隣で体を洗っているオルテゴさんに聞いてみる。


「別に浸かっても構わんぞ。ただ、5の鐘の後は込むからな。この時間に来る奴は体だけ洗う奴の方が多いな。ゆっくり入りたい奴は、もう少し遅い時間に来るぞ。

 後は、秋になったとはいえ昼はまだ暑いから、浸かる奴は少ないってのもあるか。逆に冬になるとイモ洗いみたいに込むがな!

 おっと忘れちゃいかん。俺みたいに早く酒場に行きたい奴も、さっさと上がっちまうな! ガハハハッ!」


 そう言うと、洗い終わったのか掛け湯をすると、早々に浴室から出て行ってしまう。

 湯船に浸かった方が疲れは取れると思うが、今日のところは置いて行かれないように、俺も出る事にした。




 風呂で汗を流し、ストレージに入れていた服に着替えてさっぱりした後は、そのまま酒場に向かう。夕焼けに染まる道を歩くと、涼しい初秋の風が快い。普段は気に留めていなかった虫の鳴き声もまた、秋を感じさせるものだった。

 この村に来てから初めてダンジョンに潜らず、レスミア以外の人と過ごした一日だったが、意外と楽しかったな……解体のグロさ以外は。後は内臓……モツ料理が美味しければ、解体への苦手意識も薄まるだろうか?

 そんなことを考えながら、前を歩くオルテゴさん親子の背中を追った。




 酒場の中に入り、先に来ている女性陣の姿を探していると、看板娘のレニちゃんが出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ~。あ、オルテゴさん! 今日はイノシシのモツをありがとね!」

「ハハハッ、いいって事よ。今日は手が空いてなくて、軽く洗うくらいしか出来なかったからな。プロに任せた方が良いってもんだ」

 オルテゴさんは笑いながら、レニちゃんの頭をグワングワン撫でるが、直ぐに逃げられている。


「もう!小っちゃい子供じゃないんだから……

 ジニアおばさん達なら先に来てるよ。あっちのテーブルね!」


 オルテゴさん達に続いて、レニちゃんの指さす奥のテーブルに向かおうとしたが、服の裾を引っ張られる。後ろを向くと、申し訳なさそうな顔をしたレニちゃんが謝ってきた。


「ザックスお兄さん、ごめんなさい。私がお酒の勢いで、なんて言わなければ……」

「何の事?」


 聞き返しても、目を泳がせるだけで「席に行ったら分かるから、後でお水持っていくね」と言うと、厨房の方へ駆けて行った。



 取り敢えず、奥のテーブルへ向かう。テーブル3つを繋げて使っているのが、オルテゴさん一家のようだ。


「あんちゃん、すまんな。家の息子夫婦や孫たちが増えてるが、適当に相手して飲み食いしていってくれ。支払いは俺が持つから気にせんでな。

 後、一番奥の相手も……」


 人数が15人ほど、他の息子さん夫婦やお孫さんも増えている中で、オルテゴさんの指をさした一番奥のテーブルに、突っ伏している銀髪の猫耳が見えた。

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